◆ 善と偽善:  nando ブログ

2008年07月09日

◆ 善と偽善

 「恵まれない人々を援助しましょう」とか、「省エネをしましょう」とかというのは、「善」でなく「偽善」である。
 では、善と偽善はどう違うか? 偽善をやる者は、自分で金を払わず、他人に金を払わせる、ということだ。

 ──

 善と偽善の違いはどこにあるか? 善なる行為をなすか否かではない。善なる行為をなすには、それなりの負担が必要だが、その負担を誰が払うかだ。
  ・ 自分で負担するなら、善である。
  ・ 他人に負担させるなら、偽善である。(ほとんど詐欺に近い。)

 
 ──

 たとえば、貧乏なマッチ売りの少女がいる。この少女は貧乏で可哀想だ。助けてあげたいな、と思う。ここまではいい。
 しかし、現実は厳しい。自分の手元には、百円しかない。百円を払えば、少女は救われるが、自分はパンを買えなくて飢えてしまう。で、どうするか? 
  ・ 自分の負担で、マッチを買う。    → 善である。(自己犠牲)
  ・ 他人の負担で、マッチを買わせる。 → 偽善である。

 こういう違いがある。

 たとえば、他人Aが負担するとしよう。
 Aが、そうとわかっていて負担するのであれば、その行為はAの善である。
 しかし、Aが「自分の損だ」とわからないで、「自分は得をする」と信じて金を出したのであれば、Aは「だまされた」と思う。この場合、Aをだまして金を拠出させることは、偽善である。(詐欺的である。)

 ──

 以上のことからわかる。朝日を代表とするマスコミのやっていることは、善ではなくて、偽善である。

 (1) 地球温暖化

  ・ 朝日が自分で自発的に金を出す   → 善である。
  ・ 朝日が他人をだまして金を出させる → 偽善である。

 たとえば、根拠不明な「炭酸ガスと地球温暖化」の関連性を声高に主張する。「海面が大幅に上昇して各地が水没する」という大嘘をついて、人々を恐怖に駆り立てる。こうして大ボラをついて、人々に巨額の金を出させる。
 具体的には、太陽光発電などだ。朝日の記者が自分で 300万円を出して、太陽光発電をするのなら、善だ。朝日の記者が自分では金を出さずに、国の金を当てにして、「補助金を出せ」と要求するのであれば、国民全体の金を奪うという大泥棒(詐欺)だ。
( ※ 国民は「国が金を出してくれる」と思うが、実際には国民全体が金を出すのだから、その真実を教えない朝日は、国民をだまして大損をさせている。)

 (2) 外国人労働者

  ・ 朝日が外国人記者を雇用する     → 善である。
  ・ 朝日が外国人単純労働者を招かせる → 偽善である

 朝日が「外国人労働者を招け」と唱えるとき、外国人記者を雇用して、日本人記者をクビにするのであれば、自らが負担を払うことになるので、善である。
 朝日が「外国人労働者を招け」と唱えるとき、超低賃金の外国人単純労働者を雇用することにして、競合するワーキングプアをいっそう低賃金化するのならば、偽善である。(悪である。)

 ──

 一般に、善をなすことは気持ちがいい。しかしながら、善をなすには、負担がかかる。そこで、たいていの人は、負担を払ってまで、善をなさない。
 しかるに、偽善者は、そうではない。「自分は負担しないで、他人に負担させて、それで自分が善をなしたことにする」という、虫のいいことを考える。
  ・ 他人の負担で省エネをしよう
  ・ 他人の負担で外国人労働者を豊かにしよう


 自分では何も負担しないで、他人に負担をおっかぶせて、自分ではいいことをした気になる。……これが「偽善者」の本質だ。
 そして、朝日のような偽善者は、しばしばこれをやる。他人に負担をさせるために、「洗脳キャンペーン」というのをやるわけだ。「本当はあなたたちは大損するんですよ」という真実を隠して、「これはあなたのためになるんですよ」と信じさせて。……詐欺師の手口。



 [ 付記1 ]
 環境保護について「善」と「偽善」の区別をする基準の一つに、次のことがある。
 「バイオエタノールは是か非か?」
 これは典型的な設問となる。これに是と非のどちらで答えるか? 
  ・ 地球温暖化を阻止するゆえ是だ、と答える。  → 偽善。
  ・ 貧しい人々を飢えさせるゆえ非だ、と答える。 → 反省。

 こういう違いが出る。

 「地球温暖化阻止のためにバイオエタノールを」という主張は、ひところは非常に優勢だった。食料価格高騰の恐れは、あることはあったが、「大したことはあるまい」と思えた。
 しかるに、今にしてみると、現実に食料価格高騰が起こった。飢えは現実の問題となった。特に、途上国で。
 たとえば、100の量の食糧があったとして、そのうちの 20をバイオエタノールにすれば、20の食糧を失って飢える人がたくさん出る計算になる。
( ※ なお、餓死はしなくても、栄養失調で病死する人はたくさん出るだろう。途上国の病死の最大原因は、栄養失調だ。「世界で飢えに瀕している人口は世界総人口の半分になる、と言われる。バイオエタノールはその状況をさらに悪化させる。)

 なるほど、食糧は十分にある、という仮定のもとでは、「バイオエタノールはすばらしい」と言えた。しかしもはやその仮定は成立しないのだ。ならば、「バイオエタノールはすばらしい」とは言えないのだ。むしろ、「バイオエタノールは駄目だから、さっさとやめよう」と言うべきなのだ。
 なのに、環境保護という善意に凝り固まった人々は、自らの誤りを認めない。……実は、誤りをなしたことは仕方ない。人間は未来を予知する能力はないからだ。人間は間違いをする生物である。しかし、誤りがあったと判明したあとで、なおも誤った方針に固執するとしたら、それは罪であろう。

 ここで、「善」と「偽善」の差が現れる。善なる人は、自分の誤りを認めて、「バイオエタノールは非だ」と修正するだろう。一方、偽善の人は、あくまで「省エネはすばらしいことだ」と自説にこだわるだろう。科学的な妥当性がぐらついても、「よくわかりません」と先日に答えることはなく、あくまで「自分は絶対に正しい」と言い張るだろう。他人の批判には一切、耳を貸さないだろう。(意図的な盲目性。)
 現代の省エネブームは、偽善である。そこでは、「省エネのフリ」ができるかどうかが大事なのだ。「自分が善行をしているフリができるかどうか」だけが大事なのだ。
 だから、自分の見せかけの善行(バイオエタノール)のせいで、世界中の多数の人々が飢えて死ぬとしても、平然としていられる。「温暖化阻止のためには、大多数の人が死ぬのは仕方ない」と思って、平気な顔をしていられる。

( ※ 今度のサミットでも同様だ。「バイオエタノールはすぐにやめるべし」という方針は決して打ち出されまい。かわりに、「農業輸出規制をやめよう」というような、どうでもいいことを打ち出すだけだろう。そんなことをやろうがやるまいが、食物の総量には影響しないのだし、飢えの問題の解決にはならないのだが。食物の総量に影響するのは、バイオエタノールをやめることだ。だが、環境保護という建前だけが大事、というのが今度のサミットだ。)
( ※ ニュースもある。「洞爺湖サミットが開かれる洞爺湖町のガソリンスタンドで、環境に優しいバイオガソリンの販売を始めた」という記事。つまり、富者の環境保護運動のために、貧者の食糧を奪って、「これは善行です」という偽善をするわけだ。)( → 読売新聞の記事

 [ 付記2 ]
 もう一つ、別の話題もある。「原発」だ。
 十数年前には「原発は悪だ」という大ブームがあり、ドイツでは「原発廃止」という国家方針を立てた。これは現在でも引き継がれている。
 そして、その延長上に、「太陽光発電の普及」という方針を立てて、莫大な補助金を支出することにした。ただし、その補助金の原資は、国民から徴収している。国民は余計な金をたくさん徴収されている。
 朝日はこれを見て、「日本もドイツのように補助金を出せ」と主張するが、「日本もドイツのように莫大な料金を国民から徴収せよ」とは言わない。「金は天から降ってくる」とでも思っているのだろうか?

 なお、ドイツがいくら補助金を出しても、太陽光発電の普及率はごく低い。仮に、国家全体の電力を太陽光発電だけでまかなうとしたら、国民の所得のほとんどは太陽光発電のために徴収されてしまう。
 たとえば、太陽光発電のためにかかるコストが 300万円。国民は 300万円を徴収され、自分の家の屋根に 300万円の太陽電池をつけてもらう。……年収 400万円で、300万円を取られたら、残りは 100万円。それでいいんですかね? 
(ま、毎年そうなるのではなく、最初の年だけだが、それでも 300万円を強制徴収されることには変わらない。)

 しかも、それで得られる結果は、「曇りの日には電力不足で、夜間には電力がありません」という状況だ。夜中には電気冷蔵庫がストップするので、冷蔵庫の肉は腐ってしまう。   (^^);
 これを理想とするのが「太陽光発電の推進派」だ。こういうのは、とても「善」とは言えない。

 昔、「原発の廃止」というのは、「善」だと思えたが、今となってはとても「善」だとは言えない、とわかってきた。また、今では「太陽光発電は善だ」と思われているが、とんでもない高コスト現実が知られるにつれて、それが「善」ではない、と気づかれるようになってきた。
 口先だけで「善」を唱えていると、ドイツのように「昨日の善は今日の悪」というふうになってしまうものだ。「何でもかんでも欧州の真似をすればいい」と思っている人々は、欧州の過ちに気づくべきだろう。

 [ 余談 ]
 太陽電池の好きな欧州かぶれの人に、イヤミを一言。
 そもそも、世界で最大の戦争の歴史をもつのは、欧州なのだ。日本でも中国でも、戦争のない時代がかなり長くあったが、欧州ではたえず戦争が続いていた。さらには、南米に出向いてインカやアステカを絶滅させ、米国に進出してインディアンをほぼ絶滅させ、豪州に出向いてアボリジニをほぼ絶滅させた。
 いずれの土地にも、原住民である黄色人種はほとんど残っていない。黄色人種を滅ぼした悪魔のごとき欧州人を「すばらしい神様」と崇めるような人々は、さっさと絶滅してしまえばいいのだ。
(……あ、それで、「太陽光発電」と唱えて、勝手に絶滅したがっているのかも。  (^^); )



 [ 補足1 ]
 なお、私はあらゆる慈善活動に反対しているわけではないので、念のため。たとえば日本テレビが「愛は地球を救う」というキャンペーンをやっている。これで視聴率を稼いだり、省エネグッズを売りつけたり、と言うのは、偽善的だが、ま、このくらいは通常の商売だと見なせるし、特に悪と言うほどでもない。(めくじらをたてるほどでもない。)
 肝心なのは、「だましていない」ということだ。たとえば、番組を見て、コンビニの募金箱に百円玉を入れる人がいる。この人は、「自分が身銭を切って百円を払う」ということを自覚している。だから、せいぜい百円ぐらいしか金を出さない。……ここでは「だましていない」と言える。「百円を募金したのにちっとも儲からないぞ」などと文句を言う人はいない。
 一方、太陽光発電や燃料電池の補助金では、「だましている」と言える。人々は「国から 200万円の補助金がもらえるから損をしない」と思い込む。しかし、実際には、莫大な金が国庫から拠出されることで、国民の通常のサービスは切り詰められる。たとえば、「産科医不足のせいで、生まれる子供が死んでしまう」という損失をこうむる。なのに、そういう損失が起こることを隠して、「省エネはすばらしい。そのために大金を使いましょう」と甘い声でささやく悪魔がいる。その悪魔は、「大金を差し上げますよ」と言うのだが、その大金があなた自身の金であることを隠している。あなたは得をするつもりで大金を得るが、大金を得れば得るほどあなたは大損をする。
 こういう悪魔的な偽善に引っかかるな、というのが、私の主張だ。

 [ 補足2 ]
 で、どうして「引っかかるな」と言いたいのかというと、実際に引っかかってしまう人が、たくさんいるからだ。さすがに、太陽光発電や燃料は電池ならば、莫大な補助金がもらえるので、大赤字ということはないだろう。しかし、太陽熱温水器(屋根の上についている鏡とタンク)だと、被害者は、わんさといる。ネットをさがしても、見つかるだろう。
 具体的に、被害者の声を引用しよう。(あるブログのコメント欄から。)
 「太陽熱、20年前にセールスの口車に乗って太陽熱温水器を取り付けましたが、能書きの割に性能は今一で、結局10年で熱交換器が壊れ、取り外しました。購入費用は結局ペイしなかったようです。太陽熱発電と言うことですから、温水器とは異なりますが、そんなに良い性能のものが出来るのかな?と、やや不信感です。」

「> 太陽熱発電の装置を取り付けて元が取れるの15年〜20年かかりますよと…。

 まさに私の場合でおっしゃるとおり。穴があったら入りたいです。
 我が家はプレハブで「屋根がフラットなので工事も修理も簡単で月に一万以上電気代がお得です。」などと口車に乗ってしまいました。確かに夏場は月に一万以上電気代が安くなりましたが、冬場はせいぜい五千円ぐらいしか安くなりません。天井のパネルは壊れなかったのですが、十年で熱交換器が壊れ交換するのに二十万以上と言われ撤去しました。撤去費用も含めてトータルではマイナスで、嫁にかなりなじられました。
 太陽熱発電も効率が良いのなら前のオイルショック後にとっくに開発されているはずなのに未だに完全実用化になっていないというのはまだまだうさんくさい代物だと経験上思います。」
 はっきり言っておくが、「太陽熱温水器」というのは、一種の詐欺商品である。「儲かりますよ」という口車で、高額の商品を売りつけて、あとはトンズラ。儲かったか損したか判明するのは、十年以上も後で、装置が壊れたときだ。そのときになって「損した」とわかっても、手遅れだ。
 こいつが詐欺商品であることの証拠は、「訪問販売」だということだ。たいていの商品は、店を構えていて、客が来たら販売する。しかし「太陽熱温水器」は、いくら待っても、客は来ない。そんなもので得をするとは思えないからだ。「今 30万円払って、10年後に 35万円の利益で、差し引き回収できます」と宣伝されても、たいていの人は今すぐ 30万円を払わない。そこで、「儲かりますよ」という口車を語る詐欺師(セールスマン)を家庭に訪問させる。ただし、それには、莫大なセールス費用がかかる。だから、「太陽熱温水器」のコストのかなり多くの部分が、セールスマンの販売費用になってしまっている。あなたが 30万円を払っても、そのうちの 10万円ぐらいは、「セールスマンのトーク代」である。つまり、あなたは「だまされるための費用」を自分で払っていることになる。……こうして、詐欺産業が成り立つ。それに加担しているのが「省エネに協力しましょう」と語る偽善的なマスコミだ。
 実は、太陽熱の利用というのは、エネルギー的には収支が合う。ただし、それは、「ローコストな方法を使った場合」に限られる。30万円も払うなんて、狂気の沙汰だ。……にもかかわらず、マスコミは、コストの点を無視して、「どんなに高額でも環境のために石油使用を減らしましょう」と宣伝する。こうして、詐欺師にだまされる被害者が続出する。
 だからこそ、私は警告するわけだ。「だまされるな」と。

( ※ 他にも似た例はわんさとあるようだ。  → Google 検索 その1その2
( ※ なお、一番安い業者(詐欺的でない業者)を利用した例では、「ペイした」という声もある。だが、それでも、故障後の撤去費用までは見込んでいないようだ。最後に高額の撤去費用を払って、ペイしたと言えるかどうか。また、運が良くなければ、途中で故障して、交換費用もかかりそうだし。……ま、それはマシな例で、大部分の業者は、高額のシステムを売りつける、詐欺的な業者である。)
( ※ 太陽熱温水器については、次の関連項目を参照。)



 【 関連項目 】
  → 省エネと太陽熱 の (4)(5)
    ( ※ 太陽熱温水器よりも安価な太陽熱利用。参考リンクあり。)

  → Open ブログ 「省エネという自己満足」
    ( ※ 省エネをしているという自己満足だけがあること。)

posted by 管理人 at 17:26 | Comment(3) | 政治 このエントリーをはてなブックマークに追加 
この記事へのコメント
ネアンデルタール人との混血でたどり着いてから、楽しく読ませて頂いています。

「善と偽善」に関して、「プリウスでエコラン」は、偽善ではないかと。
自分はどちらかと言うと、速度超過で切符を頂戴する方ではありますが、プリウスならば、発進時はモーターの大トルクで加速も良いだろうに、たらたらと走り、余計に信号に止まってしまうならば、プリウス以外の車が必要以上に停止し、排ガスを撒き散らす事になる。
プリウス自体は、普通に走って十分、環境に優しいとは思われ、実は、かなりスポーティーな車だと思われます。
いかがでしょうか?
Posted by 次元大好 at 2013年04月25日 03:49
 何だか話があまりにも細かすぎる気がしますが。   (^^);

 「自分は良くとも全体には逆効果だ」
 という発想は「合成の誤謬」に相当するので、面白い発想です。エコの分野でも、現実に当てはまることはありそうです。
 ただ、自動車の発進という意味では、とろとろ発進した方がガソリン車にとってはエコになるので、とろとろ発進する方がよさそうです。
 余計に信号に止まってしまうかどうかは、信号の間隔との関係ですが、確か、警察は、「とろとろ発進すると青信号が続く。急加速すると、赤信号に引っかかる」というふうな設計をしているという話を読んだことがあります。
Posted by 管理人 at 2013年04月25日 05:48
交通の流れを無視してとろとろと走っておきながら、赤信号を無視して走り抜けて行く自己中な人が結構いますが、本当に腹が立ちます。くだらない書き込みで失礼しました。
Posted by murata at 2013年04月27日 06:30
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