◆ 歴史と現在:  nando ブログ

2008年07月11日

◆ 歴史と現在

 歴史を学ぶことは大切だ。なぜなら現在は歴史に制約されているのだが、人々はそのことに気づかないからだ。つまり、「自分の発想は歴史に制約されている」という真実に。

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 難民問題であれ、外国人労働者問題であれ、欧州は日本に「人道的に対処せよ」と要求する。たいていの日本人はあっさり納得ができないのだが、(朝日のような)欧州かぶれは、「欧州がそういうんだから、彼らが正しいんだろう」と思って、彼らの言い分を信じる。
 しかし、歴史を知ると、意外な真相がわかる。

 ──

 欧州は「人道的に対処するべし」と主張する。では、なぜか? 彼らが人道的であるからか? 違う。彼らの歴史的な過ちがあったからだ。
  ・ ヒトラー時代のユダヤ人
  ・ ユダヤ人,ジプシー(ロマ),中東移民


 前者は、「難民」という形で、過去の汚点となった。日本は杉浦千畝の力で多くのユダヤ人を受け入れたが、欧州の多くはユダヤ人を受け入れず、ガス室送りにした歴史があった。その後ろめたさから、「もうあんなことは二度とあってはならない」と思って、「難民を受け入れよ」と主張するようになった。
 後者は、やはりユダヤ人などとの関連で、過去の汚点となった。国籍や人種などを理由として、ナチス占領下でナチスの方針に従い、外国人を職場から追放することがあったが、「もうあんなことは二度とあってはならない」と思って、「外国人労働者を差別してはいけない」と主張するようになった。(また、これには、米国の黒人差別も関係する。)

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 以上からわかるように、欧州にはナチス・ドイツ時代の汚点がある。ヒトラーの言い分に唯々諾々としたがって、非人道的なことをなした、という汚点が。
 そして、悪しき過去のの反動として、現在においては逆のことをなそうとする。つまり、「難民を受け入れよ」「外国人労働者を差別してはいけない」と過剰に主張するようになる。

 ここには、「過去が現在に波及する」という形の原理がある。そのことに注意しよう。
 欧州が人道的なことをやっていると見えるのは、欧州が人道的で、日本が非人道的であるからではない。その逆だ。欧州はあまりにも非人道的なことをなしたから、その後ろめたさから、逆のことをしているだけだ。
 なのに、そういう歴史もわきまえず、「欧州のことを真似しよう」と思うようでは、ただの欧州かぶれにすぎないのである。

 朝日の立場は、たとえれば、こうだ。
 「欧州が人殺しをしたから、われわれも人殺しをしましょう」
 「欧州が人殺しを反省したから、われわれも人殺しを反省しましょう」

 こんな欧州かぶれの発想では駄目だ。むしろ、「欧州には非人道的な歴史がある」と知った上で、「過去の逆をやろうとしても、そんなのは後ろめたさを隠すだけだ」と見抜くべきだ。
 そして、そのためには、欧州の歴史をはっきりと理解しておく必要がある。さもないと、「欧州は人道的だから、そういうことをしているんだな」と勘違いするようになる。

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 比喩的に言えば、殺人犯が出所後に社会奉仕をするようなものだ。
 駅前でゴミ掃除をしている人を見かけたとしよう。その人が社会奉仕活動をしているのを見て、「立派だなあ」と思ったとしよう。で、先生が生徒に教える。「あの人は立派です。あの人の真似をしましょう」
 すると生徒は、その人に話を聞いて、彼が過去に殺人を犯したことを知る。先生に「あの人の真似をしましょう」と言われた生徒は、こう思った。「じゃ、僕も殺人をして、出所後にゴミ掃除をしよう」

 ──

 他人が善行をしているからといって、それが善意から出た人道的な行為であると思い込んではならない。ただの「罪滅ぼし」であることもある。
 そして、「罪滅ぼし」のやっかいな点は、次のことだ。
 「自分が善をなしているというつもりなので、やたらと過剰になる」

 つまり「度が過ぎる」というふうになりがちなのだ。

 ──

 たとえば、外国人労働者問題では、「過剰な受け入れ」という問題がある。やたらとアラブ圏の人口を受け入れたせいで、今日では社会問題になってしまったりする。何でもかんでも外国人労働者を受け入れればいい、というものではないのだ。
 そこで、朝日のような偽善的な人は、「数を限って受け入れればいい」と主張する。しかし、これこそ、「偽善」の最たるものであろう。
  ・ 少しでもやることで、「善」をしたフリができる。
  ・ 数を限ることで、実効性がほとんどない。


 たとえて言うと、貧者が千人いるときに、千人に十円ずつ上げるのではなく、一人に一万円を上げる。上げる金額は同じだが、ごく少数の人を特別豊かにさせて上げることで、「おれはこんなに善行をしたんだ」ということを目に見える形で理解できる。
 これが偽善家の特質だ。 (朝日はもうちょっとタチが悪くて、自分では金を出さず、他人に金を出させようとする。真の偽善家。 → 善と偽善

 ──

 なお、欧州人は、朝日の上手をゆく。次のことだ。
 「かつて植民地にした国々を助けたい。また、難民も助けたい。しかし、自国で受け入れるのは、大変だ。だから、自分たちの受け入れを、日本に任せたい。本当は、アジア・アフリカ各国を植民地にしたりして、ひどい目に遭わせたのは、自分たちなのだから、自分たちが責任を取るべきなのだが、自分たちは戦勝国だから、責任を取りたくない。戦敗国に責任をなすりつけたい。だから、馬鹿な日本に、自分たちの歴史の尻ぬぐいをさせよう」
 こういう理屈で、日本に「難民を受け入れよ」と主張する。尻ぬぐいをさせるために。
 すると、お馬鹿な欧州かぶれの人々が「はい、喜んで尻ぬぐいをします」と叫んで、「日本でも難民を受け入れましょう。外国人労働者を受け入れましょう。それが人道的なんです」と主張する。

 歴史を知らない阿呆は、「人道的」という言葉に、あっさりと騙されてしまうのだ。



 [ 付記 ]
 では、どうすればいいか? そんなことは政治家や経済学者ならば、誰でも知っている。こうだ。
 「日本に来た少数の人々に巨額を与えるのではない。(1国あたり千人ぐらいに、日本人としての豊かな待遇を与えるのではない。」
 「かわりに、本国に留まっている人々全員に、豊かになる方法を与える。つまり、経済援助をする」

 この方法は、実際、成功してきた。日本が資金や技術を援助したアジア各国では、戦後、すばらしい経済成長を成し遂げた。
 その一方、欧州はアフリカ各国にほとんど経済援助をしなかった。「ミルクを与える」「薬を与える」というような人道的な援助をしたことはあったが、「学校や道路を与える」という経済的な援助をろくになさなかった。その結果、経済基盤が整わないまま、人口ばかりが爆発的に増えた。国民の生活は向上するどころか低下することもあった。いずれにせよ、アジアの急成長とは裏腹に、貧困からなかなか脱せなかった。

 こうしてわかるだろう。人道的な援助というのは、ただの「偽善」なのである。「自分はいいことをなしている」という気分にはなるが、人々の生活を実質的に向上させない。
 援助の内容を見ても明らかだ。薬やミルクや小学校の援助などに、援助内容が偏っている。その一方で、社会基盤整備や高等教育には、ろくに金を回さない。そのせいで、頭がすごく悪い連中が政府を支配して、エゴとエゴの剥き出しで、国家が紛争状態になっている。猿山の争いのような状態だ。
 愚かな猿同士にバナナを与えることが「人道的だ」と思っているようだが、愚かな猿が喧嘩しているときにバナナを与えても、喧嘩がいっそうひどくなるだけだ。どうせなら愚かな猿から人間に戻るようにと、まともなことに金を使うべきだ。
 しかし、欧州人には、そういう発想はない。「過去への罪滅ぼし」という意識はあるし、「哀れなものに恵んでやろう」という意識もあるのだが、「相手は人間だ」と考えて、「自分と同じような教育を施そう」という意識はない。

 欧州人であれ、朝日であれ、「可哀想だから恵んでやろう」という意識は、一段上のところから相手を見下している発想だ。そこには「過去の自分たちの罪」への反省がないのだ。
 特に、朝日のような日本人は、欧州の歴史を知らないがゆえに、「欧州人には真の反省が欠けている」ということが気がつかないのだ。かくて、いつまでたっても、「可哀想だから恵んでやろう」という発想から抜けきれない。

 [ 余談 ]
 島田紳助が「行列のできる法律相談所」で、「アジアの恵まれない子供のために学校を建設しよう」と唱えている。こうして「知恵を与えよう」という方針こそ、最善だ。
  ・ そのために、自分の富や時間を多大に削る。
  ・ 目先のパンを与えるのではなく、教育を与える。

 このような態度を、朝日は学ぶべきだ。現実にやっているのは、こうだが。
  ・ そのために、自分の富や時間を全然削らない。
  ・ 目先のパンを与えるだけで、教育を与えない。

 これを「人道的」と信じて、読者にも「そうしましょう」というキャンペーンを張るのが、朝日流。まったく、偽善的。

( ※ なお、朝日の悪口を言うのが目的ではない。朝日みたいな愚かな偽善家にならないために、歴史をちゃんと学ぼう、というのが趣旨。別に、ギリシア時代の歴史まで詳しく学ぶ必要はないが、20世紀の第二次大戦の歴史ぐらいは詳しく知っておいた方がいい。……こういうことは、高校の教科書にも書いてないので、多くの書籍を読む必要がある。とはいっても、今どき、コンピュータの情報ばかり読む人が増えているが。ネットばかりうろついて、細切れ情報ばかりを漁ったりしないで、厚い本をじっくり時間をかけて読みましょう。)



 【 関連項目 】
  → 善と偽善
  → 朝日の洗脳キャンペーン
posted by 管理人 at 19:56 | Comment(5) | 歴史 このエントリーをはてなブックマークに追加 
この記事へのコメント
日本が資金や技術を援助したアジア各国では、戦後、すばらしい経済成長を成し遂げたと書かれているが、はたしてそうだろうか?
たしかに韓国や台湾は経済発展しているが、これは日本の援助の御蔭と言うよりは、彼らの勤勉さと商売上手さの賜物ではないのか?
同じように援助を受けたフィリピンやインドネシアは大して発展していないのはどういうことか?
もし前者を優先して援助したからだとすれば、もし仮に後者を日本が優先して支援していたら今頃どうなっていたのか?

経済発展するためには商売上手な国民と自由な市場が揃わなければならないが、アフリカには前者が欠けている。かつての中国には後者が欠けていたために発展が遅れた。そして北朝鮮には今も無い。日本、韓国、台湾、香港、シンガポールは、それらを兼ね備えていたので発展できた。

アフリカの貧困はヨーロッパ人の援助の仕方や植民地政策にも多少は責任があるかもしれないが、最大の原因はアフリカ人自身の資質に原因があると思う(婉曲的な表現をするなら、アフリカ人は商売が下手ということ、はっきり言えば黒人のIQは100以・・・)

この問題を解決しない限り、いくら援助してもアフリカ経済が軌道に乗ることは無いだろう

手っ取り早い解決策としては、商売上手な民族との交配などがあげられるが、まず実現できないだろう。何より黒人自身がこの問題の存在さえ認めず無視し続けているから。たとえれば髪の毛が燃えているにもかかわらず、燃えていないと言い張り続け消火しようともせず、せっかく指摘してくれた人にも罵倒を返す状態だ。
Posted by    at 2008年07月15日 18:44
> 最大の原因はアフリカ人自身の資質に原因がある

それは、かつて欧米人が黄色人種に対して言ったのと同じ理屈です。真似したんですか? 
こんな非科学的な人種差別発言をすると、日本人の恥です。
2ちゃんねらーみたいな人種差別発言は、今後は削除することがあります。
Posted by 管理人 at 2008年07月15日 19:16
> フィリピンやインドネシアは大して発展していない

両国はアジアでは最低レベルですが、国民所得は 4800ドルか 3200ドルあります。一方、多くのアフリカ諸国は、2000ドル以下で、特に 1000ドル以下がかなり多くを占めます。
当てずっぽうではなく、ちゃんと調べてから書きましょう。
Posted by 管理人 at 2008年07月15日 19:28
アフリカにはジンバブエみたいな滅茶苦茶な国があるということですよね。
ウィキペディアで調べたら対米ドルの為替レートが1980年に1米ドル=0.68ジンバブエ・ドルだったものが2008年7月16日現在には1米ドル=2414億2104万9361新ジンバブエ・ドルとなっているとありました。
2006年8月1日にデノミネーションが行われているので実質は1米ドル=241兆4210億4936万1000ジンバブエ・ドルということですか?
2008年6月のマネーサプライ90京以上?
天文学的数字です。
ブラジルのクルゼーロと僕の理解を超えました。
Posted by 倉秋健太 at 2008年07月18日 09:56
歴史は勝者が自在に改変できる自家薬籠の物
敗戦国日独はもう一度戦争を戦い勝利しないと
いつまでも贖罪強要され国際政治に翻弄され続ける
西欧人は人と動物を厳密に区分する
口では世界平和と言いつつ腹では有色人種を猿扱い
美辞麗句で猿に尻を拭かせて御機嫌上々
猿の経済成長すら因縁ふっかけて紛争起こし軍事産業の餌に変える・・これを肥育出荷という


Posted by 通りがかり at 2014年12月15日 12:11
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