◆ グルジアの戦争:  nando ブログ

2008年08月10日

◆ グルジアの戦争

 グルジアとロシアのあいだで戦争が起こった。どうしてこの戦争が起こったのか、事情がわかりにくいので、私なりにまとめてみた。

 ──

 まず、基本としてあるのは、次のことだ。
  • この領域(オセチア)は、もともとオセット人の領域だった。(12世紀以降。)文化的には、イラン系統であり、グルジアともロシアともまったく異なる文化だ。
  • 歴史的な曲折の末、近代になって、ロシアとグルジアに分割統治されるようになった。北オセチアは、ロシア。南オセチアは、グルジア。このまま、均衡が続いていた。
  • 南オセチアでは、自治が認められ、オセチア語が公用語として認められていた。(当り前だが。日本人が日本語を使えるのと同じ。)
  • 最近になって、グルジアで民族主義が高まり、「グルジア化」を進めようとした。南オセチアの自治を認めず、オセチア語を公用語からはずし、グルジア語を公用語にしようとした。(昔の日本が台湾や韓国で日本語化を進めたのと同様。)南オセチアは怒って、独立を宣言した。
  • グルジアは、独立を認めず、自治権すらも廃止した。
  • しかしながら南オセチアでは、当然ながら、実質的に自治状態が続いていた。
  • グルジア政府は、南オセチアの自治状態を弾圧するために、南オセチアを武力弾圧した。
  • これを見て、ロシアは、「オセチア人の利益を守る」というような名分で、グルジアに対抗した。かくて、ロシアとグルジアの戦争が始まった。(ロシアが圧倒的に優勢。)
 さて。以上のようにして戦争が始まったあとで、たいていの日本のマスコミは、「戦争状態を停止せよ。武力の行使をやめるのが第一だ」というふうに述べている。
 しかし、以上の歴史的な過程を理解すれば、このような主張はおかしい、とわかる。
 そもそも、武力を行使したのは、グルジアが最初だ。だとすれば、「武力の行使を停止するべき」と言うのであれば、まずはグルジアに言うべきだ。グルジアが南オセチアから撤退すれば、物事は収まるはずだからだ。
 しかしながら、グルジアは親米国家であり、米国はグルジアを支持する。一方、日本は米国の下僕だから、グルジアを支持する米国をも支持せざるを得ない。つまり、武力行使をするグルジアを(間接的に)支持せざるを得ない。……となると、自己矛盾に陥ることになる。一方では「武力行使をやめよ」と主張し、他方では「武力行使をするグルジアの見方をしよう」となるからだ。
 そして、こういう本質を理解しないまま、表層で「武力行使をやめよう」とだけ口先で唱えているのが、日本のマスコミだ。(呆れたものだ。小学生と同じですね。物事を何も見ないで、口先だけで語る。あげく、自己矛盾。)

 ──

 では、悪いのは、グルジアか? 以上を読むと、そう思えるかもしれないが、実は、グルジアだけが悪いのではない。ロシアも同様だ。
 そもそもロシアは、北オセチアの独立を認めていない。チェチェンの独立も認めていない。「独立を認めない」という点では、グルジアもロシアもどちらも同様なのだ。どちらも「独立への弾圧」を方針とする。
 とすれば、実態は、次のことだ。
 「オセチアを奪い取ろうとする、ロシアとグルジアという両巨頭がいる。これらがオセチアを奪い取ろうとして、いがみ合っている。そのあげく、戦争となった。どちらも『オセチアを的に渡すまい』としているからだ。その一方で、オセチア人の権利は、両巨頭に踏みにじられている」


 これが真相だ。つまり、「どちらが悪か?」という質問には、「どちらも悪だ」と答えるのが正しい。そしてまた、「どうすればいいか?」という質問には、「ただちに戦争をやめよ」というのではなくて、「どちらも手を引け」というのが正しい。つまり、オセチアを独立させてしまえばいい。ロシアのものでもなく、グルジアのものでもなく、というふうに。
 しかしながら、現実には、「独立」というのは非常に難しい。国家の体面というものがあるからだ。中国だって台湾の独立を認めていない。
 では、どうすればいいか? こういう場合には、歴史的に最適解がわかっている。それは「自治の拡大」だ。
 その意味を簡単に言えば、こうだ。
 「国家としての独立は認めないが、自治権の拡大による民族自決を認める」

 たとえば、台湾は実質的に自治がなされている。自治がなされていれば、名目的な国家の独立はなくても我慢できる。台湾は実を取り、中国は名を取る。こうして妥協が可能だ。


 だから、オセチアでも、同様にするのが現実的だ。それが最適解となるだろう。

 ただし、今回は、グルジアがそれを否定した。民族主義の高まりのもとで、南オセチアの自治を否定しようとした。これはいわば、中国が台湾に侵攻するのと同様だ。こうなれば、戦争は避けられまい。……かくて、グルジアの民族主義が原因となって、戦争は必然的に発生した。



 [ 付記 ]
 では、どうしてグルジアはそういうことをしたかというと、不思議でも何でもない。あらゆる国家は「国益のため」というのを主張する。わかりやすく言えば、「国家のエゴイズム」である。そして、国家のエゴイズムがぶつかりあえば、戦争になるのは当然だ。
 読売であれ、自民党であれ、いつも「国益のため」と主張する。そういう連中は、国家エゴイズムのかたまりであるから、グルジアと同様である。こういう連中が政権を取っていれば、いつかは日本もまた戦争をするようになるだろう。最初は「イラクに自衛隊派遣」というような形で。次は、また別の形で。
 とにかく、エゴとエゴのぶつかるところでは、戦争は不可避なのだ。そして、戦争を避けるための唯一の方法は、「武力を停止せよ」というふうにきれいごとを口先だけで言うことではなくて、エゴでふるまうのをやめることだ。
( ※ 実際には、日本はそうしていない。あくまで「国益」を唱えて、エゴを原理としている。)
 


  【 追記 】
 読売新聞によると、今回のグルジアの侵攻には、誤算があったらしい。(読売・朝刊 2008-08-11 )
 グルジアの見込みでは、こうなるはずだったらしい。
  ・ ロシアが反攻しなければ、南オセチアを実行支配できる。
  ・ ロシアが反攻すれば、ロシアが領土侵犯で国際的に非難され、グルジアの立場が強まる。

 だから、どっちにしても、うまく行く……と思ったらしい。そして、その前提は、「南オセチアはもともとグルジア領だから、何をしようがおれたちの勝手」という発想だ。

 しかしながら、現実には、この見込みははずれた。つまり、こうなった。
 「ロシアは反攻すれば、領土侵犯・戦争開始で国際的に非難されたのは、ロシアとグルジアの双方だった。」
 こうして、誤算となった。

 逆に言えば、戦争を引き起こしたのは、「見込み違い」だったのである。「独りよがりの自分勝手な見通し」に基づいて戦争を始めたが、現実は見込み通りにはならなかった(誤算だった)、ということだ。
 戦争は誤算によって起こるということ。このことは、すでに別項でも述べてあった。
  → 戦争はなぜ起こるか?

 [ 注記 ]
 上記項目でも述べているが、フセイン・イラクによるクウェート侵攻は、「誤算」によって起こった。
  ・ クェートはイラク領内ということで、米国大使から「不介入」の意向を取り付けていた。
  ・ 米国が不介入ならば、クウェートの石油を自分のものにできる。

 こういう甘い見通しのもとで、戦争を始めた。ここにも「誤算」があった。そして、その前提にあるのは、「クウェートはもともとイラクのものだ」という独りよがりな発想であった。
 この意味で、グルジアによる南オセチア侵攻と、フセイン・イラクによるクウェート侵攻は、とてもよく似ている。
 


  【 後日記 】
 書き忘れていたことがあるので、加筆しておく。(もともと書くつもりだったのだが、つい失念。)
 ロシアがグルジアを攻撃したが、この問題の根っこには、「コソボ紛争」や「クロアチア独立」などの前例がある。コソボであれ、クロアチアであれ、国内の特定の地域が、国家から独立しようとした。その理由は、「この地域の民族は、同じ国の多数派民族(政権を取っている民族)とは異なるから、独立したい」ということであった。
 ま、それだけならどうということもないのだが、現実にはそこで「武力による独立」という方針が取られた。「独立を阻止しようとする政府の人員(軍や警察)を、武力によって排除する」という方針だ。
 こうしてコソボやクロアチアは、武力によって独立した。これを欧米(西側諸国)は支持した。ロシアは反発したが、無視された。そして、「そんなことをすると、あとで同様のことが起こるぞ」と警告した。
 その後、実際に、逆のことが起こった。つまり、南オセチア人がグルジアから独立しようとした。ロシアは「これ幸い」とばかり、南オセチアの独立運動を支持・援助した。グルジアは頭に来て、独立運動を弾圧しようとした。……ここで、コソボやクロアチアとそっくりのことが起こった。ただし、対称的に。(今度は独立を支持するのが、西側ではなくてロシア側だ。)
 というわけで、ロシアの介入は、西側諸国の真似をしただけにすぎない、という面がある。私としては、もともと西側諸国の武力的な行動について、批判的に見ていた。「ロシアを弱体化できるから、この戦争行為を支持しよう」なんていうのは、およそ正気の沙汰ではないからだ。

( ※ ついでに、皮肉をひとこと。……そもそも、ブッシュの「反ロシア」思想が根源にあるのだろう。ブッシュは「反ロシア」思想ゆえに、ロシアとのあいだに揉め事を起こす。「反フセイン」思想のせいで、イラク戦争を起こしたのと同様だ。ブッシュはもともと戦争が大好きなのだ。だからこそ戦争が起こった、と見なすのが妥当だろう。「自分は悪をやっつける正義の味方だ」と思い込む馬鹿ガキは、やたらと喧嘩や揉め事を起こす。)

( ※ 参考サイト → http://archive.mag2.com/0000012950/index.html
 
posted by 管理人 at 18:21 | Comment(11) | 政治 このエントリーをはてなブックマークに追加 
この記事へのコメント
 【 追記 】 を加筆しました。 タイムスタンプは上記 ↑
Posted by 管理人 at 2008年08月11日 12:56
細部においていくつか疑問を覚えましたので、お伺いします。


>>「そもそもロシアは、北オセチアの独立を認めていない。」

近年、北オセチア共和国でロシアからの分離独立を求める動きがあったのでしょうか?


>>「こうしてコソボやクロアチアは、武力によって独立した。これを欧米(西側諸国)は支持した。ロシアは反発したが、無視された。」

クロアチアの独立承認は
91年12月 ドイツ
92年1月 ドイツ以外のEC加盟国
92年2月 ロシア
92年3月 日本
92年4月 アメリカ
の順に行われたらしいので日米より先に承認したようなのですが、
ソ連解体とロシアへの再編の渦中にあったロシアより、
内心はともかく表立っての反対はあったのでしょうか?
Posted by 通りすがり at 2008年08月24日 01:32
> 近年、北オセチア共和国でロシアからの分離独立を求める動きがあったのでしょうか?

 皆無ではないですよ。何百万人かがいれば、独立派は必ず少しは存在します。ただし武力で強行しようとするかどうかは、別問題。

> ロシアより、表立っての反対はあったのでしょうか?

そう書いてあるでしょ? それ以上知りたければ、自分で調べましょう。
なお、ここでは「ロシア」=「ソ連」なので、お間違えなく。
Posted by 管理人 at 2008年08月24日 09:03
グルジアと南オセチアは、旧ソ連で同じ行政単位だったようですね。
Posted by ツーラ at 2008年09月01日 00:52
御回答ありがとうございます。


>皆無ではないですよ。何百万人かがいれば、独立派は必ず少しは存在します。ただし武力で強行しようとするかどうかは、別問題。

「少しは」というのは、住民の過半数未満と理解させていただいてよろしいでしょうか?
北オセチア共和国の人口約71万人(オセット人53%、ロシア人30%、イングーシ人5%、他アルメニア人、グルジア人) の中で、
「少しは」存在する独立派が分離独立を求めた場合、
道義面においてロシアはこれを受け入れ北オセチアの独立させるべきでしょうか?


>そう書いてあるでしょ? それ以上知りたければ、自分で調べましょう。
>なお、ここでは「ロシア」=「ソ連」なので、お間違えなく。

 1991年当時のソ連側の対応についていくつか資料をあたってみましたが
見つけることができませんでしたので、管理人様が御論拠とされた資料を
ご教示いただけましたら、誠にありがたく存じます。

また当時のECおよびアメリカの対クロアチア外交については、以下を参考に
させていていただきました。

「旧ユーゴスラヴィア内戦の要因をめぐる諸論争」
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/98-6/itinagi.htm

こちらを拝見しますと、クロアチア独立への欧米の態度は、
アメリカは独立宣言前は反対を表明、宣言後は欧州任せ、
ECは独立宣言前は反対、宣言後はドイツが強く支持、英仏は反対するも
ドイツの単独承認に、EC内の意思統一を優先して追従承認、という
流れであったように理解しております。

「こうしてコソボやクロアチアは、武力によって独立した。これを欧米(西側諸国)は支持した。
(中略)ロシアを弱体化できるから、この戦争行為を支持しよう」なんていうのは、およそ正気の沙汰ではないからだ。」

とのことでしたが、1988年の新ベオグラード宣言等からも見られるように、
ソ連が自ら東欧から手を引いていったソ連末期に、
クロアチアのユーゴスラヴィアからの分離独立によって引き起こされる
「ソ連=ロシアの弱体化」とは、どのような状況をさしておられるのでしょうか?
また欧米のクロアチア承認の目的が「ソ連=ロシアの弱体化」の弱体化にあったと
される御論拠とされた資料がありましたら、ご教示を頂くことができましたらありがたく存じます。


Posted by 通りすがり at 2008年12月31日 23:59
すみません。
再質問は4カ月もしないうちにしてください。4カ月以上も前の言葉に問われても、もう忘れちゃいました。


Posted by 管理人 at 2009年01月01日 09:57
> ECは独立宣言前は反対、宣言後はドイツが強く支持、英仏は反対するも
ドイツの単独承認に、EC内の意思統一を優先して追従承認、

 それは不正確です。それは政府の態度のみ。民間のマスコミは、ほぼ一貫して、「クロアチアは善人で、セルビアは悪人」というものでした。(その理由は宗教対立でしょう。同じ宗教の側に味方するわけ。)

> 御論拠とされた資料がありましたら、ご教示を

歴史的な資料というものは、そちらの引用文にあるような、二次資料は価値をもちません。すべて一次資料であるべきです。
すなわち、当時の新聞報道などです。図書館で当時の新聞を調べるといいでしょう。

ついでですが、私は、当時の一次資料を調べて、今になって新たに意見を形成したのではなくて、当時の一次資料に従って当時の意見を形成し、それを今になって思い出しているだけです。本項に記している意見は、今の私の意見ではなくて、ずっと前(当時)の私の意見です。

はっきり言って、今になってクロアチアの問題を論じるなんて、時期的に遅れすぎています。今では一次資料も少なくなっているし。「証文出し遅れ」みたいですから、今になって論じるのは無意味でしょう。論じても「何も知らない子供は引っ込んでろ」と放置されるだけです。


Posted by 管理人 at 2009年01月01日 14:02
ご回答ありがとうございました。


>> ECは独立宣言前は反対、宣言後はドイツが強く支持、英仏は反対するもドイツの単独承認に、EC内の意思統一を優先して追従承認、

>それは不正確です。それは政府の態度のみ。
>民間のマスコミは、ほぼ一貫して、「クロアチアは善人で、セルビアは悪人」というものでした。
>(その理由は宗教対立でしょう。同じ宗教の側に味方するわけ。)

各国の最大宗教およびそのうちの教派を考えますと、
宗教はセルビア、クロアチア、西欧各国、ロシアは共にキリスト教国、
最大教派はセルビア・ロシアは正教、クロアチア・フランスはカトリック、米英独はプロテスタント、
他にコソボ紛争の際、キリスト教国の欧米が同じキリスト教国のセルビアでなくイスラム教国のコソボを支持した例もありますので、宗教の不一致に基づく動機では欧米全般のマスコミの支持は説明しきれないかと考えます。

管理人様が言及されていた「欧米」は「政府」ではなく、「マスコミ」だった訳ですね。
そうしますと上記のお言葉は以下のように読ませていただけばよろしいですね。

 こうしてコソボやクロアチアは、武力によって独立した。これを欧米(西側諸国)(のマスコミ)は支持した。
 ロシアは反発したが、無視された。そして、「そんなことをすると、あとで同様のことが起こるぞ」と警告した。
 その後、実際に、逆のことが起こった。つまり、南オセチア人がグルジアから独立しようとした。
 ロシアは「これ幸い」とばかり、南オセチアの独立運動を支持・援助した。
 グルジアは頭に来て、独立運動を弾圧しようとした。……ここで、コソボやクロアチアとそっくりのことが起こった。
 ただし、対称的に。(今度は独立を支持するのが、西側(のマスコミ)ではなくてロシア側だ。)
 というわけで、ロシアの介入は、西側諸国(のマスコミ)の真似をしただけにすぎない、という面がある。
 私としては、もともと西側諸国の武力的な行動について、批判的に見ていた。
 「ロシアを弱体化できるから、この戦争行為を支持しよう」なんていうのは、およそ正気の沙汰ではないからだ。




>歴史的な資料というものは、そちらの引用文にあるような、二次資料は価値をもちません。すべて一次資料であるべきです。
>すなわち、当時の新聞報道などです。図書館で当時の新聞を調べるといいでしょう。

>ついでですが、私は、当時の一次資料を調べて、今になって新たに意見を形成したのではなくて、
>当時の一次資料に従って当時の意見を形成し、それを今になって思い出しているだけです。
>本項に記している意見は、今の私の意見ではなくて、ずっと前(当時)の私の意見です。

>はっきり言って、今になってクロアチアの問題を論じるなんて、時期的に遅れすぎています。
>今では一次資料も少なくなっているし。「証文出し遅れ」みたいですから、今になって論じるのは無意味でしょう。
>論じても「何も知らない子供は引っ込んでろ」と放置されるだけです。

確かに南オセチア問題を問うのに、それ自体の再検証が困難というクロアチア・コソボに対する欧米の対応を引き合いに出して批判するのは「証文の出し遅れ」かもしれません。
4カ月前の御記述について失念されておられた管理人様の17年前の御記憶を元にされた御記述ですし、
本稿含め管理人様の御記述は、歴史的視点から考える資料として拝見させていただく分には二次資料、三次資料でおられることを失念しないよう、気をつけて拝見させていただきます。
Posted by 通りすがり at 2009年08月09日 22:23
>参考文献 : 講談社「ステルス戦闘機」 by ベン・R・リッチ(解説ページ 。現在絶版)

管理人様がステルスについての資料として挙げられていた上記の資料を拝見する機会がありました。
 

>難しいのはエンジンだが、エンジンを自主開発する必要はさらさらない。エンジンぐらい、世界中でいくらでもエンジンメーカーが売ってくれます。
>高度な戦闘機のエンジンを使うわけじゃない。チンタラチンタラゆっくりと飛ぶ爆撃機のエンジンだから、小型旅客機のエンジンで十分。その意味で、レシプロだって構わない。レシプロの方が排熱が低いから、かえってステルス性が高まるかも。

「技術的にはさまざまな発想の転換が必要で、とくに空気取入口や排気システムに関しては、それが強く要求された。
排気システムは複雑で難問だったが、防音と熱源を隠すために石英タイルを用いた。」
との記述がありました。
F-117 に倣う場合、エンジンについてもステルス性を考慮した設計が求められるのではないでしょうか。


>ステルス爆撃機は、爆弾搭載量が圧倒的に多い。F-117 の1機は、F-22 の数機分の爆弾搭載量をもつ。ステルス爆撃機の1機で、ステルス戦闘爆撃機の数機分の効果がある。

F-117の爆弾搭載量については、以下のような記述がありました。
「この機には二発の2000ポンド(約900キロ)爆弾を搭載することになっていた。」
「ひそかに敵陣深く忍び込んで、二個の爆弾を落とすのが使命だった。」

一方F-22の爆弾搭載量は、wikipediaによりますと1000ポンド爆弾2発もしくは285ポンド爆弾8発とのことで、
攻撃できる目標数は同じもしくはF-22が多く、爆弾一発あたりの威力はF-117が大きい、ということかと理解しました。


「F-22の性能は奇跡に近い。(中略)これに乗れば世界のいかなる戦闘機をも圧倒できる。
その上、F-117Aで達成されたステルス性も受け継いでいる。」
との記述がありました。

>しかし、科学技術の専門家ならば、次の差に着目する。
> ・ F-117 …… ステルス機能はほぼ完璧。
> ・ F-22  …… ステルス機能は中途半端。

管理人様は以上他何度か両者のステルス性能の格差について言及されておられましたが、「ステルス戦闘機」とは別の資料によられたのでしょうか?
Posted by 通りすがり at 2009年08月09日 22:26
> ・ F-117 …… ステルス機能はほぼ完璧。
> ・ F-22  …… ステルス機能は中途半端。

 レーダーにどのくらいの大きさで見えるか、という指標。
 前者は、ネジの頭ぐらい。後者は、小鳥ぐらい。
 どちらも発見は困難だが、前者の方が優秀。
 上記の本を読んだりネットを調べたりすればわかる。

 また、F-22 は価格が高価すぎるので、撃墜危険性の高い対地攻撃には向いていない、という面もある。この件、報道済み。
 また、機体曲面の整備も大変。
 また、故障率が高い。

 F-22 が対地攻撃に使われた実戦例はありません。(あるとしても1回か。)
 爆撃は、以前は F-117。最近は、無人爆撃機。
 
Posted by 管理人 at 2009年08月09日 22:42
たまたまネットサーフィンをしていてこのブログを見つけたのでコメントします。遅いとは思われるでしょうが

もともとオセット人達は極めて親ロシア的でした。カフカスという民族の坩堝の中でイラン系という孤立した集団だったからでしょうか。彼らはこの地にロシア人がやってくるとその庇護を求め、積極的に支配を受け入れます。
山岳部族で体も強いため、時にはロシアの征服事業のための有力な尖兵として活動することもありました。その忠実さは時のロシア皇帝から「我が臣民」と親しみをこめて呼ばれるほどだったそうです。
当然のことながら、グルジア人やチェチェン人など他の諸民族からは「ロシアの狗」として恨まれることになりましたが。

やがて時代は下り、ロシアでは革命が勃発。各地に独立政権ができグルジアも例外ではありませんでしたが、ご多分にもれずすぐにソ連へと再統合されてしまいます。ただソ連は連邦でしたから、グルジアはそのままの枠組みで連邦を構成する共和国として残されます。
この際歴史的、それに政治的管理の都合上北のロシアとの境界はカフカス山脈になりましたが、問題もありました。もともと山岳部族であったオセット人はカフカスの南にもいたのです。
こういう時のソ連的解決法は簡単です。チェチェン人やその他カフカス、中央アジア諸民族のように強制移住か粛清してしまえばいいのです。
しかしオセット人達の運命は違いました。長年の忠誠の賜物でしょうか。ソ連中央におけるオセット人の心象は相当良かったみたいで、強制移住どころかそのままグルジア領内で自治州を作ることが特別に認められるのです。これが今の南オセチアになります。
ちなみに当時は北オセチアもロシア共和国内の自治州でしたから、この分割は今でいう民族を引き裂くようなものではなく、日本でいえば○○県北△市と□□県南△市くらいの感覚だったと思われます。

ところで北オセチア人は南オセチア同様ロシアからの独立を望んでいるでしょうか。それはおそらくNOです。というのも彼らは今でもロシアから相当の恩恵を受けているからです。
本来オセチアは今私たちが見る北オセチア共和国とはちがって相当小さいものでした。ところが周囲のイングーシ人やチェチェン人がソ連に反抗します。結果彼らは追い出され、本来彼らのものだった土地はオセット人に渡されました。
その事が原因でソ連崩壊の際にはイングーシ・オセチア間で武力衝突もありました。もちろんロシアがどちらの味方をしたかは言うまでもありません。
文化的にも彼らは相当「ロシア化」しています。イラン系ではありますが、彼らが信ずるのはイスラムではなく東方正教会、それもロシア正教です(一部にはムスリムもいますが)。民族語はオセット語ですが、ほとんどがロシア語も話せるバイリンガルです。

南オセチアはロシアへの編入を求めていると言われますが、それもほとんど本心からのようです。彼らは少数民族である苦痛を知っていますが、資源のほとんどない小国が独立してやっていけないことも知っています。
またロシア人が自分たちに忠実なものには意外なほど寛容であることも身を持ってよく知っているのです。
Posted by 通りすがりのロシア好きの変人 at 2011年07月15日 03:17
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