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まず、基本としてあるのは、次のことだ。
- この領域(オセチア)は、もともとオセット人の領域だった。(12世紀以降。)文化的には、イラン系統であり、グルジアともロシアともまったく異なる文化だ。
- 歴史的な曲折の末、近代になって、ロシアとグルジアに分割統治されるようになった。北オセチアは、ロシア。南オセチアは、グルジア。このまま、均衡が続いていた。
- 南オセチアでは、自治が認められ、オセチア語が公用語として認められていた。(当り前だが。日本人が日本語を使えるのと同じ。)
- 最近になって、グルジアで民族主義が高まり、「グルジア化」を進めようとした。南オセチアの自治を認めず、オセチア語を公用語からはずし、グルジア語を公用語にしようとした。(昔の日本が台湾や韓国で日本語化を進めたのと同様。)南オセチアは怒って、独立を宣言した。
- グルジアは、独立を認めず、自治権すらも廃止した。
- しかしながら南オセチアでは、当然ながら、実質的に自治状態が続いていた。
- グルジア政府は、南オセチアの自治状態を弾圧するために、南オセチアを武力弾圧した。
- これを見て、ロシアは、「オセチア人の利益を守る」というような名分で、グルジアに対抗した。かくて、ロシアとグルジアの戦争が始まった。(ロシアが圧倒的に優勢。)
しかし、以上の歴史的な過程を理解すれば、このような主張はおかしい、とわかる。
そもそも、武力を行使したのは、グルジアが最初だ。だとすれば、「武力の行使を停止するべき」と言うのであれば、まずはグルジアに言うべきだ。グルジアが南オセチアから撤退すれば、物事は収まるはずだからだ。
しかしながら、グルジアは親米国家であり、米国はグルジアを支持する。一方、日本は米国の下僕だから、グルジアを支持する米国をも支持せざるを得ない。つまり、武力行使をするグルジアを(間接的に)支持せざるを得ない。……となると、自己矛盾に陥ることになる。一方では「武力行使をやめよ」と主張し、他方では「武力行使をするグルジアの見方をしよう」となるからだ。
そして、こういう本質を理解しないまま、表層で「武力行使をやめよう」とだけ口先で唱えているのが、日本のマスコミだ。(呆れたものだ。小学生と同じですね。物事を何も見ないで、口先だけで語る。あげく、自己矛盾。)
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では、悪いのは、グルジアか? 以上を読むと、そう思えるかもしれないが、実は、グルジアだけが悪いのではない。ロシアも同様だ。
そもそもロシアは、北オセチアの独立を認めていない。チェチェンの独立も認めていない。「独立を認めない」という点では、グルジアもロシアもどちらも同様なのだ。どちらも「独立への弾圧」を方針とする。
とすれば、実態は、次のことだ。
「オセチアを奪い取ろうとする、ロシアとグルジアという両巨頭がいる。これらがオセチアを奪い取ろうとして、いがみ合っている。そのあげく、戦争となった。どちらも『オセチアを的に渡すまい』としているからだ。その一方で、オセチア人の権利は、両巨頭に踏みにじられている」
これが真相だ。つまり、「どちらが悪か?」という質問には、「どちらも悪だ」と答えるのが正しい。そしてまた、「どうすればいいか?」という質問には、「ただちに戦争をやめよ」というのではなくて、「どちらも手を引け」というのが正しい。つまり、オセチアを独立させてしまえばいい。ロシアのものでもなく、グルジアのものでもなく、というふうに。
しかしながら、現実には、「独立」というのは非常に難しい。国家の体面というものがあるからだ。中国だって台湾の独立を認めていない。
では、どうすればいいか? こういう場合には、歴史的に最適解がわかっている。それは「自治の拡大」だ。
その意味を簡単に言えば、こうだ。
「国家としての独立は認めないが、自治権の拡大による民族自決を認める」
たとえば、台湾は実質的に自治がなされている。自治がなされていれば、名目的な国家の独立はなくても我慢できる。台湾は実を取り、中国は名を取る。こうして妥協が可能だ。
だから、オセチアでも、同様にするのが現実的だ。それが最適解となるだろう。
ただし、今回は、グルジアがそれを否定した。民族主義の高まりのもとで、南オセチアの自治を否定しようとした。これはいわば、中国が台湾に侵攻するのと同様だ。こうなれば、戦争は避けられまい。……かくて、グルジアの民族主義が原因となって、戦争は必然的に発生した。
[ 付記 ]
では、どうしてグルジアはそういうことをしたかというと、不思議でも何でもない。あらゆる国家は「国益のため」というのを主張する。わかりやすく言えば、「国家のエゴイズム」である。そして、国家のエゴイズムがぶつかりあえば、戦争になるのは当然だ。
読売であれ、自民党であれ、いつも「国益のため」と主張する。そういう連中は、国家エゴイズムのかたまりであるから、グルジアと同様である。こういう連中が政権を取っていれば、いつかは日本もまた戦争をするようになるだろう。最初は「イラクに自衛隊派遣」というような形で。次は、また別の形で。
とにかく、エゴとエゴのぶつかるところでは、戦争は不可避なのだ。そして、戦争を避けるための唯一の方法は、「武力を停止せよ」というふうにきれいごとを口先だけで言うことではなくて、エゴでふるまうのをやめることだ。
( ※ 実際には、日本はそうしていない。あくまで「国益」を唱えて、エゴを原理としている。)
【 追記 】
読売新聞によると、今回のグルジアの侵攻には、誤算があったらしい。(読売・朝刊 2008-08-11 )
グルジアの見込みでは、こうなるはずだったらしい。
・ ロシアが反攻しなければ、南オセチアを実行支配できる。
・ ロシアが反攻すれば、ロシアが領土侵犯で国際的に非難され、グルジアの立場が強まる。
だから、どっちにしても、うまく行く……と思ったらしい。そして、その前提は、「南オセチアはもともとグルジア領だから、何をしようがおれたちの勝手」という発想だ。
しかしながら、現実には、この見込みははずれた。つまり、こうなった。
「ロシアは反攻すれば、領土侵犯・戦争開始で国際的に非難されたのは、ロシアとグルジアの双方だった。」
こうして、誤算となった。
逆に言えば、戦争を引き起こしたのは、「見込み違い」だったのである。「独りよがりの自分勝手な見通し」に基づいて戦争を始めたが、現実は見込み通りにはならなかった(誤算だった)、ということだ。
戦争は誤算によって起こるということ。このことは、すでに別項でも述べてあった。
→ 戦争はなぜ起こるか?
[ 注記 ]
上記項目でも述べているが、フセイン・イラクによるクウェート侵攻は、「誤算」によって起こった。
・ クェートはイラク領内ということで、米国大使から「不介入」の意向を取り付けていた。
・ 米国が不介入ならば、クウェートの石油を自分のものにできる。
こういう甘い見通しのもとで、戦争を始めた。ここにも「誤算」があった。そして、その前提にあるのは、「クウェートはもともとイラクのものだ」という独りよがりな発想であった。
この意味で、グルジアによる南オセチア侵攻と、フセイン・イラクによるクウェート侵攻は、とてもよく似ている。
【 後日記 】
書き忘れていたことがあるので、加筆しておく。(もともと書くつもりだったのだが、つい失念。)
ロシアがグルジアを攻撃したが、この問題の根っこには、「コソボ紛争」や「クロアチア独立」などの前例がある。コソボであれ、クロアチアであれ、国内の特定の地域が、国家から独立しようとした。その理由は、「この地域の民族は、同じ国の多数派民族(政権を取っている民族)とは異なるから、独立したい」ということであった。
ま、それだけならどうということもないのだが、現実にはそこで「武力による独立」という方針が取られた。「独立を阻止しようとする政府の人員(軍や警察)を、武力によって排除する」という方針だ。
こうしてコソボやクロアチアは、武力によって独立した。これを欧米(西側諸国)は支持した。ロシアは反発したが、無視された。そして、「そんなことをすると、あとで同様のことが起こるぞ」と警告した。
その後、実際に、逆のことが起こった。つまり、南オセチア人がグルジアから独立しようとした。ロシアは「これ幸い」とばかり、南オセチアの独立運動を支持・援助した。グルジアは頭に来て、独立運動を弾圧しようとした。……ここで、コソボやクロアチアとそっくりのことが起こった。ただし、対称的に。(今度は独立を支持するのが、西側ではなくてロシア側だ。)
というわけで、ロシアの介入は、西側諸国の真似をしただけにすぎない、という面がある。私としては、もともと西側諸国の武力的な行動について、批判的に見ていた。「ロシアを弱体化できるから、この戦争行為を支持しよう」なんていうのは、およそ正気の沙汰ではないからだ。
( ※ ついでに、皮肉をひとこと。……そもそも、ブッシュの「反ロシア」思想が根源にあるのだろう。ブッシュは「反ロシア」思想ゆえに、ロシアとのあいだに揉め事を起こす。「反フセイン」思想のせいで、イラク戦争を起こしたのと同様だ。ブッシュはもともと戦争が大好きなのだ。だからこそ戦争が起こった、と見なすのが妥当だろう。「自分は悪をやっつける正義の味方だ」と思い込む馬鹿ガキは、やたらと喧嘩や揉め事を起こす。)
( ※ 参考サイト → http://archive.mag2.com/0000012950/index.html )
>>「そもそもロシアは、北オセチアの独立を認めていない。」
近年、北オセチア共和国でロシアからの分離独立を求める動きがあったのでしょうか?
>>「こうしてコソボやクロアチアは、武力によって独立した。これを欧米(西側諸国)は支持した。ロシアは反発したが、無視された。」
クロアチアの独立承認は
91年12月 ドイツ
92年1月 ドイツ以外のEC加盟国
92年2月 ロシア
92年3月 日本
92年4月 アメリカ
の順に行われたらしいので日米より先に承認したようなのですが、
ソ連解体とロシアへの再編の渦中にあったロシアより、
内心はともかく表立っての反対はあったのでしょうか?
皆無ではないですよ。何百万人かがいれば、独立派は必ず少しは存在します。ただし武力で強行しようとするかどうかは、別問題。
> ロシアより、表立っての反対はあったのでしょうか?
そう書いてあるでしょ? それ以上知りたければ、自分で調べましょう。
なお、ここでは「ロシア」=「ソ連」なので、お間違えなく。
●
>皆無ではないですよ。何百万人かがいれば、独立派は必ず少しは存在します。ただし武力で強行しようとするかどうかは、別問題。
「少しは」というのは、住民の過半数未満と理解させていただいてよろしいでしょうか?
北オセチア共和国の人口約71万人(オセット人53%、ロシア人30%、イングーシ人5%、他アルメニア人、グルジア人) の中で、
「少しは」存在する独立派が分離独立を求めた場合、
道義面においてロシアはこれを受け入れ北オセチアの独立させるべきでしょうか?
●
>そう書いてあるでしょ? それ以上知りたければ、自分で調べましょう。
>なお、ここでは「ロシア」=「ソ連」なので、お間違えなく。
1991年当時のソ連側の対応についていくつか資料をあたってみましたが
見つけることができませんでしたので、管理人様が御論拠とされた資料を
ご教示いただけましたら、誠にありがたく存じます。
また当時のECおよびアメリカの対クロアチア外交については、以下を参考に
させていていただきました。
「旧ユーゴスラヴィア内戦の要因をめぐる諸論争」
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/98-6/itinagi.htm
こちらを拝見しますと、クロアチア独立への欧米の態度は、
アメリカは独立宣言前は反対を表明、宣言後は欧州任せ、
ECは独立宣言前は反対、宣言後はドイツが強く支持、英仏は反対するも
ドイツの単独承認に、EC内の意思統一を優先して追従承認、という
流れであったように理解しております。
「こうしてコソボやクロアチアは、武力によって独立した。これを欧米(西側諸国)は支持した。
(中略)ロシアを弱体化できるから、この戦争行為を支持しよう」なんていうのは、およそ正気の沙汰ではないからだ。」
とのことでしたが、1988年の新ベオグラード宣言等からも見られるように、
ソ連が自ら東欧から手を引いていったソ連末期に、
クロアチアのユーゴスラヴィアからの分離独立によって引き起こされる
「ソ連=ロシアの弱体化」とは、どのような状況をさしておられるのでしょうか?
また欧米のクロアチア承認の目的が「ソ連=ロシアの弱体化」の弱体化にあったと
される御論拠とされた資料がありましたら、ご教示を頂くことができましたらありがたく存じます。
再質問は4カ月もしないうちにしてください。4カ月以上も前の言葉に問われても、もう忘れちゃいました。
ドイツの単独承認に、EC内の意思統一を優先して追従承認、
それは不正確です。それは政府の態度のみ。民間のマスコミは、ほぼ一貫して、「クロアチアは善人で、セルビアは悪人」というものでした。(その理由は宗教対立でしょう。同じ宗教の側に味方するわけ。)
> 御論拠とされた資料がありましたら、ご教示を
歴史的な資料というものは、そちらの引用文にあるような、二次資料は価値をもちません。すべて一次資料であるべきです。
すなわち、当時の新聞報道などです。図書館で当時の新聞を調べるといいでしょう。
ついでですが、私は、当時の一次資料を調べて、今になって新たに意見を形成したのではなくて、当時の一次資料に従って当時の意見を形成し、それを今になって思い出しているだけです。本項に記している意見は、今の私の意見ではなくて、ずっと前(当時)の私の意見です。
はっきり言って、今になってクロアチアの問題を論じるなんて、時期的に遅れすぎています。今では一次資料も少なくなっているし。「証文出し遅れ」みたいですから、今になって論じるのは無意味でしょう。論じても「何も知らない子供は引っ込んでろ」と放置されるだけです。