( 前項の続き )
国全体の生産量を調整するには、どうすればいいか? その本質は「マクロ的な均衡点の移動」である。
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国全体の生産量を調整するには、どうすればいいか、ということは、マクロ経済学の問題である。
これについては、「泉の波立ち」でも言及したが、統一的な説明は、「経済学の教科書」で詳述した。
→ 経済学講義「悪魔の見えざる手」
簡単に示せば、こうだ。
「生産量を変えるということは、マクロ的な均衡点を移動させるということだ」
つまり、単に「需給が一致すればいい」のではなく、「需給が一致するときの生産量を適切にすればいい」となる。
不況の 400兆円で「需給が一致すればいい」のではなく、好況の 500兆円で「需給が一致すればいい」となる。
つまり、「縮小均衡」という均衡点を脱して、「拡大均衡」という均衡点に移ればいいのだ。
ここでは、「需給が一致するか否か」が問題なのではなく、「需給が一致するときの生産量」が問題となる。
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このことを、図示的に示そう。
● → ●
縮小均衡 拡大均衡
古典派経済学者は、「均衡か否か」ということだけを考えた。それは、 ● について、「完全な丸か、不完全な丸か」を考えるようなものだ。
しかし、マクロ経済学者は、「均衡か否か」ということだけでなく、均衡状態の大きさを考えた。それは、 ● について、「その大きさはどれだけか」を考えるようなものだ。
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では、このような量的な変動をさせるものは、何か? ここが問題となる。
答えを言えば、それは次の二つだ。
・ 生産量を拡大させるための「最初の一撃」
・ 拡大の進行を促す促進作用
比喩的に言おう。
大きな鉄球が、一箇所で止まっている。ここは間違った場所だ。どうやら台風のせいで移動してしまったらしい。そこで、この鉄球を、正しい場所に戻したい。そのためには、どうすればいいか? 多くの人々が来て、「こうすればいい、ああすればいい」と口先で案をひねった。
・ 古典派経済学者 …… 「放置すればいい。自然に戻るはずだ」
・ インフレ目標論者 …… 「鉄球は動く、と日銀が嘘を言えばいい」
・ マネタリスト …… 「鉄球が動いたあとで、少しずつ押せばいい」
これらの案がまさしく実行された。しかし、そのどれもがうまく行かなかった。
そこに、ヒゲもじゃの変人が現れて、こう言った。
「(i) まずは鉄球に『最初の一撃』を加えなさい。(ii) そのあとで、鉄球が移動するように、常に押し続けなさい。……以上の二点をすれば、鉄球は元の位置に戻るでしょう」
この (i) に対して、国民は反対した。
「最初の一撃? そんなものは不要だ。鉄球が動くためには、少しずつ押し続けるだけでいい。そのためには、小さな力だけで足りるはずだ。とにかく、最初の一撃は、いやだ。ドカンとやるなんて、そんなのは倫理的じゃない!」
こうして、最初の一撃を拒んだために、鉄球はいつまでも動きませんでした。
──
大型減税は、「最初の一撃」に相当する。(「最初にドカン」とも言う。)
これによって、需要が増えて、生産量の増加が起こる。こうして、経済は好転する。つまり、不況を脱することができる。
ここが重要なのだが、多くの人々は、そのことに気づかない。だから鉄球はいつまでたっても動かない。つまり、景気は変動しない。
( ※ なお、2兆円規模の減税では、焼け石に水ぐらいの効果しかない。これっぽっちで景気が好転するはずがない。病気の患者に、必要量の1割しか薬を与えないようなもの。気休めぐらいの効果しかない。)
──
前項(定額減税の意味)と絡めて言えば、次のように言える。
「減税は、それ自体は、物価上昇をもたらすだけだ。しかし、減税にともなって生産量が増えれば、物価上昇は抑制される。つまり、ろくに物価上昇なしに、生産物を手にすることができるようになる。つまり、富が増える。……そして、ここでは、人々が富を増やすことができたのは、金をもらったからではなくて、自分たちが働いたからだ。減税の分だけ金が増えたのではなく、働いた分だけ金が増えたのだ」
「ただし、減税がなければ、働く機会を得られない。そのせいで、金も得られない」
「結局、減税は、それ自体は富の増加をもたらさないが、『労働量を増やすことで生産量を増やす』という効果をもたらす。そして、それこそが、不況期には欠けていたことだった」
不況期には、人々は、金がない。ここで、どうするか?
人道的な偽善者は、「貧しい人々に金を恵んであげよう」と思う。しかし、貧しい人々に与えるべきものは、金ではなくて、労働機会なのだ。
減税は、そのための道具である。減税は、(実質的な)金を与えず、労働機会を与える。そのことで、人々の富が増える。
──
では、どうして、減税は労働機会を与えるのか?
前項で述べたとおり、減税は物価上昇をもたらすだけだ。しかし、物価上昇が、労働機会の増加をもたらすのだ。
これは、次の経路を取る。
減税 → 需要増加 → 生産量増加 → 労働量増加 → 所得増加
ここには、一段ずつの過程がある。そして、このような一段ずつの過程を学問的に明らかにするのが、「マクロ経済学」だ。
しかるに、たいていの人々は、一段ずつの過程を理解しない。最初と最後を簡単につなげて、次のように考える。
減税 → 所得増加
このことは、結果としては正しいのだが、短絡的に結びつけて考えると、途中過程が見失われてしまう。つまり、次の真実が。
「富をもたらすのは、紙幣ではなくて、労働(生産活動)である」
ただの紙(= 紙幣)は、富をもたらさない。富をもたらすのは、あくまでも労働(生産活動)だ。そして、減税は、そのきっかけを与えるだけだ。
この真実を見失ってはならない。しかるに、多くの人々は、次のように錯覚する。
「減税は富をもたらす」
そのあげく、次のように迷う。
「天から降ってきた富を、自分が使うか、国が有益に使うか」
そのいずれも間違っている、ということに気づかない。本当は、その富は、天から降ってきたのではなく、国民が自分で働いて生み出した富なのだが。そして、国民が自分で働いて生み出さない限り、単に物価上昇が起こるだけで、富は少しも増えないのだが。( → 前項 )
現在の経済論議のすべては、「金は天から降ってくる」という錯覚に基づいてなされている。「富は自ら働いて生み出すものだ」ということに気づかない。
そこに現在の日本の不幸がある。
[ 付記1 ]
前項の最後では、次のように述べた。
「すべての根源は、金ではなくて、生産活動なのである」
これは大切なことだ。「金だけもらえばいい」という発想はするべきではなく、「働くこと」「生産活動をすること」こそが大切だ、とわきまえる必要がある。
このことは、昔の人に学ぶといい。
レーニンはこう言った。「働かざる者、食うべからず」。
新約聖書には、元になる言葉がある。「働きたくない者は、食べてはいけない」。
昔の人は、「金は天から降ってこない」と知っており、それゆえ、「働くことが大切だ」と強調した。
現代人は、「働かなくても金は政府が生み出してくれる。それには、紙幣を印刷機で刷ればいいのさ」と思い込んでいる。紙や、木の葉が、富になると思っている。
何という愚かさ! 現代人は、二千年前の人間よりも、はるかに知性が劣っているようだ。
そして今、天から降ってくる金の使い道について考えて、「定額給付金よりも公共事業に使うべきだ。それが賢明な人間のすることだ」と思い込んでいる。度しがたい愚かさ。
[ 付記2 ]
政府支出の使途として、公共事業や、環境や福祉などが提案されている。しかし、これは、まったく愚かなことだ。この件は、先に述べたとおり。
→ クルーグマンの方法の難点 (*)
つまり、短期的に事業をしても、途中でやめては、とんでもないことになる。2年ぐらいは公共事業をして、その後に放棄すれば、造りかけの橋などが大量にできる。また、途中で放棄しなければ、ひどい物価上昇が起こる。
このことは、環境や福祉でも同様だ。
・ 太陽光発電の研究を2年だけやって、途中放棄する。
・ 介護労働者を2年間だけ増やして、その後は大幅削減する。
・ 介護会社を雨後の竹の子のように増やして、その後は倒産させる。
こんなことをやっていたら、日本は崩壊する。
では、正しい方法は? それは、上記項目(*)で述べたように、次のことだ。
「不況期に減った分のみを、全産業で少しずつ増やす」
たとえば、自動車や電器製品などの需要が少しずつ減ったときには、自動車や電器製品の需要を少しずつ増やす。国全体の総需要をまんべんなく増やす。……特定の産業(≒ 建設業)だけを増やそう、というのは愚の骨頂だ。
[ 付記3 ]
減税の効果は、何か? その本質は、次のことだ。
「需要が縮小していると、需給の均衡点は縮小する。そこで、需要を拡大することで、需給の均衡点を拡大する」
このことは、「需要が縮小している」という状況でのみ、有効だ。もともと供給力が過大であるときには、需要を増やすだけで生産量が増える。そして、そのために、減税が役立つわけだ。
このことが「マクロ経済学」からわかる。( → 詳細は、上記の教科書 )
【 補説 】
このあとは、やや高度な話を述べる。話はいささか面倒になるので、読み飛ばしてもよい。(読まなくてもいい。あるいは、あとで気の向いたときに読めばよい。)
(1) 増減税の意味 (虚偽)
増減税には、どんな意味があるか? 従来の発想では、
「国民に金を与えたり奪ったりすること」
だと思われてきた。しかし、そんなことはない。物価上昇が貨幣価値の変動をもたらすからだ。つまり、増減税で金を得たり奪われたりしても、実質的には損得がない。( → 前項 )
(2) 増減税の意味 (真実)
では、増減税には、本当はどんな意味があるのか? 増減税は、何のためになすのか? それは、「マクロ的な均衡点の移動」のためだ。つまり、需給が均衡するときの生産量を変動させるためだ。
(3) 増減税の効果
増減税には、どんな効果があるか? 次の二つだ。
最初の「減税」(という一撃)で、経済の拡大がもたらされる。GDPの拡大。
最後の「増税」(という抑制)で、経済の拡大がストップする。
なお、どうして増税が必要かというと、経済が無限に拡大することはないからだ。生産量の上限は、供給力の上限で制約される。その上限に達していれば、いくら景気刺激をしても、生産量は増えず、単に物価が上昇するだけだ。だからここでは、経済拡大効果を抑制するために、増税が必要となる。
(4) 増税の必要性
増税は必要か? 実は、必ずしも必要ない。このことは、(1) による。
一般に、減税のあとで、物価上昇が起こる。その分、国民は損をしている。とすれば、その分、減税で得た富の分は払っている。すでに損をしているのだから、それ以上さらに損をする必要はない。だから、特に増税をしなくてもいい。
では、増税は不要か? いや、そうも言えない。増税を放置すれば、物価上昇で、インフレが起こる。下手をすると、経済が暴走する。それを避けるためには、増税が必要となる。(物価上昇が起こっているときは、供給不足だから、供給拡大が必要であり、そのためには、投資拡大が必要で、金利引き下げが必要となる。そのために増税が必要となる。)
ただし、増税は、この先の物価上昇を抑制するためであって、過去の分の物価上昇については、国民は支払う必要はない。すでに貨幣価値の低下で損をしているからだ。(とはいえ、長年の財政赤字があれば、物価上昇の圧力はかなり蓄積しているので、長年の財政赤字の分をまとめて支払う必要が出るかもしれない。人々は、「2兆円の定額給付金」というものだけをもらっていると思っているが、そうではない。実は、毎年数十兆円の財政赤字があり、その分、すでに減税してもらっているのと同じなのだ。その分も支払う必要がある。将来的に。)
(4) 減税と国債残高
減税をすると、国債残高が増える。その分、将来世代へのツケ回しをすることになるか? これは、必ずしも「イエス」とは言えない。
(i)
第1に、建設国債ならば、60年で償還するので、将来世代への赤字とも言える。しかし、減税をまかなう赤字国債ならば、中期的に全額を償還するので、将来世代への先送りとはならない。現在世代の内部で貸し借りが済む。
(ii)
第2に、景気回復にともなって物価上昇が起これば、その分、国債残高は(資質的な額が)減少する。たとえば、物価が3%上昇すると、国債残高が3%減少したのと同じ効果がある。
具体的に示そう。1000兆円の国債残高があるときに、30兆円の借金をして、30兆円の減税をしたとする。それで物価上昇が4%あったとしよう。このとき、(1000兆円の)国債残高は 30兆円増えるが、同時に、物価上昇の4%で国債残高の実質価格は 40兆円減少する。将来世代の負担は、かえって減ってしまうのだ! (その分、国債保有者が損をするから、必ずしも「得をした」ということにはならないが。)
ともあれ、減税のために赤字国債を発行することで、「借金が積み上がるから大変だ」という説は、正しくない。その説は、物価上昇の効果を忘れている。
さらに、もっと重要なことがある。減税によって経済成長があれば、その分、確実に富が増えるのだ。物価上昇だの国債残高だの、そんな会計の数字のことなどは、二の次である。無視してもいい。大切なのは、まさに働いて生産活動を増やすことだ。そのことで、借金の返済も可能となる。ここに本質がある。……帳簿上の借金の額ばかりを注目するような人々は、物事の本質を勘違いしている。
( ※ そういう馬鹿連中は、優秀なベンチャーが生産拡大をしようとしたときに、借金を禁止する。「借金? 赤字拡大で、経理内容が悪化しますから、駄目です。借金は禁止です」と言い渡す。こうして、成長するべきベンチャーが、成長の機会を奪われる。……これと同じことが、今の日本に当てはまる。馬鹿丸出し。経済音痴の会計主義者というものは、こういう愚かなことをやらかすのだ。)
2009年01月14日
◆ 生産量の調整
posted by 管理人 at 19:44
| Comment(6)
| 経済
しかし、日銀などに勤める、いわゆる経済エリートと言われる方々も、少しは気づいてるとは思うんですけどねぇ。昔の失敗を認めるのを恐れてるのか、本当に気づきもしないほど考え方に偏りがあるのか、せめて実質GDPじゃなくて、名目GDPを注視していただきたいと思うんですけど。政府は政府で消費税増税とか言い出しますし…。
テリー伊藤が朝の番組で減税をプッシュしてましたが
その理由まではちゃんと説明できてはいなかったみたいです。(時間的なものもあるかも)
その横に座ってた人が(名前失念)、燃料電池車開発推進という供給政策を出してたのには、このHPのこともあり、2重の意味でちょっと笑ってしまいましたが(笑)
南堂さんの政策をメールしたら効果あると思うんですけどね。いかがでしょう?
つまり、通貨量に投資需要が追いつけなくなり、無理な需要を作ったのがサブプライムであると思います
とすると、需要―生産―所得の循環を起こす最初の一撃は、社会全体に広がる利益の出せる投資だと思います
今、人に消費を奨励しても、賛同して聞く耳を持つ人は少ないと思います
みな将来への漠然とした不安を感じており、ケチで貯蓄をしているとは思えません。
この漠然とした不安を解消するのは、経済学ではなく政治の仕事だと思います。
とすれば、景気対策は経済だけでは無く、政治との関連で考える物と思います
つまり、国家理念の問題だと思うのですが
個人に需要の喚起を求めることが困難な状態では、国が政策として需要を起こす投資を始めることが必要だと思うのです
仮に投資目標を、国全体の生産性改善、国のエネルギー転換、産業形態を非公害型へ転換
とすると。
高速道路の無料化、
高速道路の側溝に大容量ケーブルを敷設し、情報国道として無料開放する
高速道路に自動走行路を作りトラックを無人輸送する
日本近海の地下資源開発を行い、10年で原油依存度を大幅に引き下げる
家庭電圧を200Vに引き上げ効率を引き上げる
すべての包装資材を自然界で分解できる物に切りかえる
電気自動車の開発普及目標をつくる
など
やるべき事が多くあるような気がします
◆ 定額減税の意味
http://nando.seesaa.net/article/112512035.html
◆ クルーグマンの方法の難点
http://nando.seesaa.net/article/112193908.html
経済素人のせいか、すっきりとしない部分が有り、再投稿させていただきます
1.“不況期に限っては、物価上昇が生産量の増加をもたらす”
価格上昇は額の増加であり、生産量の増加を意味していないと思うのです
また、所得の増加は、数量の増加を伴った額の増加から生まれると、思うのですが!
価格上昇時―――インフレ分の所得があるか、貯蓄の減少――――数量が不変―――――生産は不変
価格上昇時―――所得が同じか、減少―――――――――――――数量が減少―――――生産は減少
2.また、消費したいと思う物が無ければ、新消費対象物を作らない限り消費は増えないと、思うのですが
いくら鐘太鼓をたたいても、飽食の犬は動かないと思うのです
3.需要は国内消費と輸出の和
供給は輸入と国内生産の和、もしくは、各流通の経営経費から割り出された最低流通必要額
と考えてよろしいのでしょうか
4.会計方法の変更により、企業経営方針に変更をもたらした
今までは、利益を社員の確保と新事業への投資と回していた
新会計法後、利益を内部留保、配当に当てなければならなくなた
是により、景気変動の調整に社員のリストラが手段として取られるようになり、労働の流動化が促進した
しかし、国家機構がその企業の変化に対応していないため、社会不安をもたらし、景気回復の足枷となっている。とすると、社会組織の再整備が求められているのでは無いでしょうか
現在、多くの分野で産業の空洞化が起きており、需要の増加は国内生産の増加だけを意味していない。
消費は、単に輸入量の増加となり、社会への広がりは以前より小さくなってきている
このような状況から、景気対策も長期と短期の視点で行い、1企業ではできない産業環境を整備して企業活動を誘発する必要もあるのではないでしょうか
ご教授をお願いいたします
「疑問に思ったら、まずは自分で調べる」……これが原則です。
あれこれ質問する前に、ちゃんと勉強してください。私はあなたの家庭教師じゃありません。人に質問するより、まずは基礎の勉強をしてください。数学でも何でも、基礎から勉強するでしょう?
勉強するための箇所は、次の箇所です。上記の質問への回答は、すでに説明されています。もう幼稚な質問の相手はできないので、書き込まないでください。
http://www005.upp.so-net.ne.jp/greentree/koizumi/
またはその目次一覧から、「付録」と書いてある各ページ。特に、
「需要統御理論」 簡単解説
という初心者向けページ。