◆ イラク戦争(湾岸戦争)の評価:  nando ブログ

2010年09月06日

◆ イラク戦争(湾岸戦争)の評価

 米国はイラクとの間で二度、戦争をした。父ブッシュの戦争と、子ブッシュの戦争。この二つの戦争を、あらためて評価しよう。

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 この二つの戦争は、名称が少し混乱している。次のような命名がある。
   ・ 第一次イラク戦争 / 第二次イラク戦争
   ・ 湾岸戦争 / イラク戦争


 前者の命名では、二つの戦争の総称が「イラク戦争」だ。
 後者の命名では、二番目の戦争だけが「イラク戦争」だ。

 本項では、混乱を避けるため、「第一次イラク戦争 / 第二次イラク戦争」という言葉を使う。両者の総体については、「イラク戦争全体」という言葉を使う。これならば混乱はないだろう。

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 さて。
 第二次イラク戦争については、先日にも「泉の波立ち」で紹介したように、朝日新聞が精力的なシリーズを掲載した。そこで判明したとおり、これは明らかに大失敗である。
  • 大量破壊兵器はもともと存在しなかった。(戦争の理由がなかった。)
  • そもそも、9.11 テロへの反発としてアフガンに侵攻するつもりだったのが、アフガンよりもイラクの方が攻撃しやすいということで、方向を勝手に変えてしまった。
  • フセインの虐殺を咎めるためというが、数百人か数千人の虐殺を咎めるために、戦争を始めたせいで、結果的に何十万人もが死ぬことになった。
  • 戦争のあとで、イラクはひどい混沌状態になった。(結果は悪化した。)
 子ブッシュの戦争は、明らかに失敗だった。これは今日では、広く合意されていると言えるだろう。もはや論議の余地はほとんどない。

 では、父ブッシュの戦争は、どうだったか? 成功だったか? これが、本項における話題だ。

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 第一次イラク戦争(= 湾岸戦争 = 父ブッシュの戦争)は、どう評価されるか?
 これについて、読売新聞 2010-09-06 に、興味深いコラムがあった。米国人筆者のコラムによると、子ブッシュの戦争は失敗だったが、父ブッシュの戦争は成功だったという。限定された形での戦争にすぎなかったが、それゆえ、被害を極小にとどめ、それなりに十分な効果を上げた。特に目立つデメリットはなく、その一方で有意義な効果を得た。これは成功だったと言えるそうだ。

 具体的には、次の点だ。( Wikipedia の情報による補充を含む。)
  • 戦争の範囲は、イラクによるクウェートへの侵攻を防ぐことのみ。
  • バグダッドの要所を空爆したが、本格攻撃はしなかった。あくまで限定的。市民への被害もない。
  • 政権転覆を狙わなかった。(政権はその後も維持された。)
  • 短期間で収束した。
  • 被害は最小だった。(米軍の死者数や戦力損耗もわずか。)
  • コストも少なく済んだ。(大部分を他国の協力金でまかなった。米国の支出は少額。)
  • イラクによる侵略を懲らしめるという重大な正義をなし遂げた。
  • そのような正義は、経済制裁ではなし遂げられなかった。その意味でも、武力行使をしたことは正当だった。
 つまり、戦争の大義はあり、メリットも十分あり、デメリットは少なかった。あらゆる点で非の打ち所のない、立派な戦争だった、ということになる。
 
 このようにして、
 「父ブッシュの戦争は正しい戦争だったが、子ブッシュの戦争は間違った戦争だった。両者はまったく異なる」
 という結論を下して、評価としている。

 では、その評価は正しいか? それが本項の話題だ。

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 ここで、私の評価をいきなり示すと、こうなる。
 「第一次イラク戦争は、有意義な戦争だったが、そのことが、第二次イラク戦争を引き起こした」


 わかりやすく言えば、「成功が失敗の理由となった」と言える。
 つまり、二つのイラク戦争を、分離してとらえるべきではない。セットでとらえるべきだ。
 つまり、「第一次は立派で、第二次は駄目だ」という評価ではなく、「第一次と第二次とは一連のつながりで生じた。第一次が第二次を引き起こしたのだから、第二次を引き起こした原因となる第一次もまた駄目だった」となる。

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 このことは、直接的には、第二次イラク戦争を勃発させた経過を見ればわかる。当時の米国には、次の意見が多かった。
 「第一次イラク戦争は、不完全であるがゆえに、失敗だった。せっかく圧倒的に有利な状況になったのに、バグダッドを攻撃せず、フセインの延命を放置した。あまりにも甘い攻撃だった。むしろバグダッドを攻撃して、フセインを失脚させるべきだった。そうすれば、イラクは民主化して、文明国家となったはずだ。ちょうど、日本を敗北させたことで、日本を民主化したように」

 こういう理由で、
 「今度こそイラクを徹底的に攻撃して、徹底的に敗北させよ。フセイン政府を完全に崩壊させよ」
 という方針が取られて、第二次イラク戦争が起こった。そして、その結果は、ご存じの通り。(つまり、地獄のような混乱である。)

 ではなぜ、こういう間違った方針が取られたか? それは、第一次イラク戦争の成功だ。その成功体験が、次の第二次イラク戦争を招いた。

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 二つのイラク戦争は、セットで考えるべきだ。その理由は、それ以前の歴史から続けて見ると、判明する。

 第一次イラク戦争以前は、どうだったか? そこにあったのは、
 「戦争は悪だ」
 という認識だった。

 この認識は、ベトナム戦争という手ひどい失敗体験に由来する。ベトナム戦争で、米国は莫大な損害を出し、莫大な環境破壊をなし、莫大な虐殺をなした。世界中から非難を浴びたし、金銭的にも人的にも莫大な損失をこうむった。それでいて、成果はゼロであった。ただの「敗北」だけがあり、ベトナムという国は敵勢力の手に落ちた。
 こうして「戦争は悪だ、平和が善だ」という認識や風潮が広まった。

 その他、考えられる戦争としては、ソ連との核戦争があった。ソ連に屈服しないために、核兵器を大量に用意した。ただし、「核戦争」はあくまで仮定のものであり、報復システムもまた仮定の上に成立するだけだった。現実の戦争などはなかった。また、現実の戦争が起これば人類の絶滅という結果になる、という認識を共有していた。

 いずれにせよ、第一次イラク戦争以前には、戦争というものはタブーだった。それは現実的な悪であるか、人類絶滅という破滅的な悪であるか、いずれかだった。

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 第一次イラク戦争はそのタブーを打破した。この戦争は、その成功体験ゆえに、これまでの「戦争は悪だ」という概念を破壊した。
 この成功以降、「戦争は自由を守るための美徳だ」というふうに、米国の風潮は大転換した。
 そして、そのことが結果的に、子ブッシュのイラク戦争に結びついた。彼は父親の成功体験をなぞろうとしたし、さらに、父親を越えようとして大々的に侵攻した。

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 このことは、比喩的に言えば、こうだ。
 「殺人は癖になる
  ※ そういう題名の推理小説もある。( → クリスティー作。Amazon

 一度殺人を犯した人は、二度、三度、と殺人を繰り返しがちだ。人殺しに一度手を染めた者は、人殺しへの抵抗感が薄らぐので、容易に人殺しを繰り返す。
 それと同様だ。戦争という人殺しに一度手を染めた者は、人殺しへの抵抗感が薄らぐので、容易に戦争を繰り返す。

 つまり、一度目の戦争をしたときに、人殺しや戦争への心理的な壁を破った。しかも、それが成功体験であったがゆえに、心理的な壁はあっさりと破られた。もはや戦争へのタブーはなくなった。それゆえ、第二次イラク戦争を簡単に引き起こしてしまった。

 結局、この二つの戦争はセットで考えられる。一番目があったから、二番目も生じた。一番目だけを見て成功だと判断するのは、早計だ。一度目の成功は、二度目の失敗を招いた。とすれば、その総体を引き起こした(口火を切った)第一次イラク戦争は、決して成功とは言えないのだ。というか、第二次イラク戦争という大失敗の遠因となった第一次イラク戦争は、全体としてみれば大失敗だったのだ。

 ──

 核心を言おう。
 第一次イラク戦争が成功だったか失敗だったかは、軍事的な成否だけを見ても仕方ない。「軍事的には成功だったから、成功なのだ」というふうに判断するべきではない。
 第一次イラク戦争の最大の影響は、「戦争への心理的な壁」を破ったことだ。この心理的な壁を破ったことで、次の戦争を招きやすくした。
 一方、第二次イラク戦争は、失敗だったことが判明しつつある。このことで、次の戦争を引き起こしにくくするだろう。その意味では、プラス面もある。……とはいえ、このようなプラス面は、「戦争は悪だ、平和は善だ」と認識している普通の人なら、誰もがもっているプラス面だ。だから、第二次イラク戦争の教訓は、「絶対的なプラスである」というよりは、「マイナスをなくしてゼロにした」という程度のことだろう。(そもそも「戦争は善だ」という発想自体が、もともと狂っている。そして、その狂った発想をもたらしたのは、第一次イラク戦争だった。)

 ──

 結局、第一次イラク戦争を評価すれば、次の二点となる。
  ・ 軍事的な成功    (プラス面)
  ・ 心理的な壁の喪失 (マイナス面)


 第一次イラク戦争は、軍事的には成功したが、それゆえに、(戦争への)心理的な壁を破壊した。そのことで、米国人は、良心を失った。10万人以上のイラク人を殺すことで「勝利」を獲得したが、10万人以上を殺すことをも厭わないように「良心の喪失」が起こった。
 そして、その「良心の喪失」が、しっぺ返しとなって、第二次イラク戦争を招いたのだ。

 ──

 では、第一次イラク戦争のとき、米国はどうすればよかったか? フセインがクウェートを侵略したとき、米国はどうすればよかったか?
 放置か? いや、放置は駄目だ。経済制裁か? いや、経済制裁は無効だ。ならば、どうすればよかったのか? 

 このことについて、比喩的に考えてみよう。
 静かな家庭に、泥棒が侵入した。夫は、手にした銃で射殺した。これは、過剰防衛ではあるが、やむをえないということで、法的には容認されるだろう。
 しかし、人を殺したことを「善」と見なす経験が生じるがゆえに、夫は人格が変容した。以後、暴力的となり、ふたたび銃を握って、殺人事件を起こした。家に入ったセールスマンを、泥棒と勘違いして、射殺してしまったのだ。こうして夫は、重罰を受けることとなった。
 では、夫は泥棒に対して、どうするべきだったか? 次の二つが考えられる。
  ・ 泥棒が侵入したとき、射殺をするべきではなかった。
  ・ 泥棒を射殺したことに、あとで反省するべきだった。

 そのいずれかであれば、夫は殺人罪で重罰を食うことはなかっただろう。

 ──

 以上の比喩から、第一次イラク戦争のときに、米国がなすべきだったことも判明する。
 当時のイラクへの攻撃自体は、過剰防衛に属する。クウェートを侵略したイラクを罰することは必要だったが、イラクと大々的に戦争をする必要はなかったし、イラク兵を大量殺害する必要もなかった。イラク軍がクウェートで泥棒や殺人をしたからといって、イラク人を10万人も殺すべきではなかった。なのに、そういう大量殺害をして、それを正当化したとき、心や人格が悪魔となったのだ。(それを成功体験と見なすべきではなかった。)

 過剰防衛が駄目なら、どうすればよかったか? 次の二点は、問題ない。
  ・ バグダッドの要所を巡航ミサイルで攻撃する。
  ・ クウェート内にいるイラク軍を追い出す。

 これらのことは、問題ない。そして、そこで止めておけばよかったのだ。
 このあと、やるべきことは、イラクの油田を接収することだ。そのことで、イラクに経済的に損失を与えればよかった。
 つまり、経済制裁は、ありふれた「輸出入の禁止」ではなく、「油田の接収」という形で実行すればよかった。

 もちろん、イラクがそれに従わない場合は、戦争の継続となる。ただし、一気呵成に壊滅させる必要はなかった。補給線が断たれた戦車団は、何もしないでおくだけで、無力化する。イラク兵は、やがて餓死寸前となり、白旗を揚げる。現実にそういう例が多かった。……だから、敵兵を捕虜にすればよかったのだ。(砂漠はそれ自体が監獄みたいなものだから、イラク兵が戦車から離れて、白旗を揚げた状態で、放置するだけでよかった。戦車から離れなければ、戦車内で餓死するだけだから、その場合も放置すればよかった。)(やるべきことは、補給線を走る補給車を破壊することぐらいだ。)

 現実にやったのは、何か? 大量の蟻を殺すように、大量のイラク兵を殺害した。空爆によって戦車や装甲車を破壊しただけでなく、ナパーム弾で大量に焼き殺した。また、大部分は、焼け死ぬ前に、ナパーム弾による酸欠状態のもとで窒息死したと推定されている。
 こうして莫大な死体が生じたが、それらの大量の死体は砂漠の下に埋められた。多くのアメリカ兵がやったことは、戦場で戦うことではなく、大量のイラク兵の死体を砂漠に埋めることだった。(埋める前に焼却した可能性もある。)
 そして、それらの死者数の実数について、米軍は情報統制を敷いて、死者の実数が判明しないようにしている。自分たちの大量虐殺行為を隠そうとしている。( → Wikipedia

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 ともあれ、米国は、このような大量虐殺をした。それは、一応は戦争としての殺人ではあるが、大量の蟻を殺すようなもので、なぶり殺しに近い。スポーツのリング上で対等に戦うような争いではない。むしろ、一方は手足を縛られた状態で、他方がマシンガンをも持っているような状態だ。そして、ここにおいて、
 「あの戦争では、こちらだけがマシンガンを持っていたから、圧倒的に勝利できた。あれは成功だった」
 と評価して、ろくに罪もないイラク兵を大量に虐殺したことを正当化する。( それは、広島や長崎の何十万という死者を無視しようとするのと、同じ心理だろう。自らの悪を直視しない心理。)

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 戦争においてなすべきことは、勝利することではない。敵軍を圧倒的に打破することではない。軍人ならば、勝利だけが目的だが、政治家ならば、勝利だけが目的ではない。むしろ、正義が目的となる。そして、正義とは、相手を悪と見なして殺害することではない。
 戦争とは、それ自体が悪である。そのことを認識することが最優先だ。悪と悪のぶつかり合いで、自分自身が生き延びるためには、どうしても相手を殺さなくてはならないことがある。それはやむをえない。しかし、
 「あの戦争では、こちらだけがマシンガンを持っていたから、圧倒的に勝利できた」
 というふうに自惚れて、他人を大量虐殺することを「成功」と見なすようでは、心が悪魔となってしまうのである。
 そして、悪魔となった米国の招いたものが、第二次イラク戦争という大失敗であった。人を殺すことに対して、心がマヒしてしまえば、そのような愚か者の末路は、ひどいものとなる。

 そういうことが、第一次イラク戦争と第二次イラク戦争とを通して見ることで、判明する。
 


 【 参考書籍 】

  → イラク・湾岸戦争の子どもたち

 米国がいかに悪魔のようなことをなし遂げたかを、写真が示す。
 ベトナムでは枯れ葉剤で奇形児を産んだが、イラクでも同様だ。
 ( ※ 「行列のできる相談所」でも、同様の写真が放送されたが。)
 
posted by 管理人 at 22:50 | Comment(0) | 政治 このエントリーをはてなブックマークに追加 
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