◆ 小野善康の錯覚:  nando ブログ

2010年10月27日

◆ 小野善康の錯覚

 日本の経済が悪いのは、内需が縮小しているからだ。内需が縮小しているのは、人々が金を稼いでも貯め込むばかりで、金を使わないからだ。そこで、人々が金を使わないならば、政府が金を使えばいい。……というのが小野善康の主張。どこに間違いがあるか? 

 ──

 小野善康が朝日新聞にコラムを書いた。( 2010-10-27 )
 趣旨は次の通り。
  ・ 円高はプラスかマイナスか? 
  ・ 需要のあるときには、通貨価値の上昇で、人々は豊かになる。
  ・ 需要不足のときには、生産性向上のためリストラが進み、状況は悪化する。
  ・ 円高という状況の解決策は、内需の拡大だ。
  ・ しかし人々は、金を稼いでも貯め込むばかりで、金を使わない。
  ・ 内需を増やすには、政府が需要を増やすしかなさそうだ。


 一見、まともな理屈に見える。しかし、間違いだ。どこが間違いか? 

 ──

 6項目のうち、初めの4項目は、完璧に正しい。
 ひるがえって、古典派経済学者ならば、次のように主張するだろう。
  ・ 供給を改善せよ
  ・ 生産性を向上せよ
  ・ 構造改革をせよ
  ・ 市場原理の促進で規制改革せよ

 こういう馬鹿げた方法(需要不足という状況をさらに悪化させる方法)に比べれば、小野善康ははるかに正しい。
 また、「金融政策で何とかしろ」「インフレ目標を導入せよ」というリフレ派に比べれば、経済の実態(生産活動)を見ているという点で、小野善康ははるかに正しい。
 ここ 10年ぐらい、あまりにも馬鹿げた経済学者の説を見てきたが、そのなかでは小野善康は最も正解に近い。たいていの経済学者のなかで、最もマシである。少なくとも、病気の理由が何であるかを、はっきりと認識している。
 つまり、「病気の診断」については、小野善康は正解をほぼ得ていると言える。(内需不足という認識。)
 
 ──

 しかしながら、彼の結論(病気への処置)は、間違いだ。
 「日本の経済が悪いのは、内需が縮小しているからだ。それは人々が金を稼いでも貯め込むばかりで、金を使わないからだ。人々が金を使わないならば、政府が金を使えばいい。」
 というのが、彼の主張だが、最後の「政府が金を使えばいい」という結論は、間違いだ。では、なぜ間違いなのか? 

 その理由は、その一つ前にある。
 「人々が金を稼いでも貯め込むばかりで、金を使わない」
 という認識が間違っている。ここには、マクロ的な認識が欠落している。彼もまた、ここでは「需要と供給のバランス」という古典派経済学的な認識に染まっており、「生産量の大小」というマクロ的な認識ができなくなっている。

( ※ 「需要と供給のバランス」という発想は必要ない。需要と供給は、市場原理により一致する。需給ギャップというのは、「供給に対する需要不足」のことではなく、「供給能力に対する需要不足」のことだから、「需要と供給のバランス」という発想はマトはずれだ。)

 ──

 では、正しくは? 
 モデル的に示そう。次の二つの状況がある。

    《 豊か 》

     所得が 500万円で、支出が 500万円。
    《 貧しい 》

     所得が 400万円で、支出が 400万円。


 この二つの状況では、どちらも需給は均衡している。だから、
 「不均衡状況を解決するためには、規制緩和で均衡にすればいい」
 というような古典派の説は成立しない。

 ここで小野善康は主張する。
 「支出が 400万円しかないのは、お金を使わないで貯め込んでいるからだ。差額の 100万円は、金を使わないで、貯め込んでいる。だからその金を、政府が使えば、需給はともに 500万円で均衡する」

 馬鹿げた話だ。貧しいときにも所得が従来のままあると思い込んでいる。貧しいときには所得が縮小しているという状況を理解できない。そのせいで、「お金を貯め込んでいる」と勘違いしている。
 ( ※ 貧乏な家庭を見て、「質素にしているのは貯蓄ばかりしているからだ」と勘違いする発想。)
 現実に家計調査を見ればわかる。家計の貯蓄額は、増えるどころか減っている。お金を貯め込むどころではない。その逆なのだ。それが「貧しい状況」の真相だ。それを小野善康は理解できない。

 ──

 経済学的には、小野善康の主張は、こうまとめることができる。
 「縮小均衡という概念を理解できない」

 古典派経済学ならば、需要と供給の「均衡」という概念があるだけで、均衡がどうであるかは問わない。(市場原理で需給が決まるだけだ。)
 マクロ経済学ならば、均衡か不均衡かを問うだけでなく、均衡点の大小を問う。つまり、「縮小均衡/拡大均衡」という違いを見る。
 たとえば、GDPが 500兆円の均衡と、GDPが 400兆円の均衡とでは、どちらも均衡であっても、実状が異なる。
 つまり、好況か不況かは、「均衡か不均衡か」ではなくて、「拡大均衡か縮小均衡か」という違いなのだ。これがマクロ的な認識だ。
 そして、小野善康の主張には、このようなマクロ的な認識が欠けている。「縮小均衡」という概念を理解できないのだ。この点では、彼の認識は、古典派経済学者と大同小異である。

 ──

 結論を言おう。
 現状は、縮小均衡である。そこでは、供給も需要も縮小している。もちろん、所得も縮小している。
 ところが小野善康は、「需要は縮小しているが、所得は縮小していない」と勘違いしている。そこで、「所得と需要の差は、貯蓄として貯め込まれている」と勘違いしている。そこで、「貯蓄を使えば、需要が増える」と思い込んでしまう。
 現実は違う。マクロ的な認識をすればわかるように、所得もまた縮小している。つまり、貯蓄は増えていない。
 したがって、「家計の貯蓄をつぶして政府が金を使えば、需要が増える」という小野善康の主張は成立しない。

( ※ ただし、「企業の内部留保をつぶして、政府が金を使えば、需要が増える」ということは成立する。とはいえ、その規模は、小さすぎる。国全体における需要不足のうち、企業の需要不足の割合は、小さすぎる。企業に増税して内部留保を吐き出さされば、現状よりはいくらかマシになるだろうが、不況を解決するにはほど遠い。「企業いじめ」ぐらいの効果しかない。……それでも「法人税減税」というトチ狂った方針に比べれば、よほどマシだが。)
 
( ※ なお、日本全体で見れば、巨額の貯蓄があるのは事実だ。しかしそれは家計が支出を減らしているからではなく、高齢者の貯蓄だ。そして高齢者の貯蓄は、企業が投資活動に使うのが原則だ。政府が勝手に使えばいいというものではない。「内需が増えて、消費も投資も増える」という状況が正常だ。「高齢者が貯蓄するなら、政府が無駄遣いすればいい」という発想は、成立しない。)
 


 [ 付記 ]
 では、正解は? こうだ。
 「マクロ的な均衡点を移動させる」

 つまり、均衡点を、「縮小均衡」から「拡大均衡」へと、移動させる。GDPの均衡点が、現状よりも 50兆円ぐらい高める。そのことで、GDPを自然に 50兆円ほど拡大する。この件は、前に述べたとおり。
  → 生産量の調整
 ここでは、「マクロ的な均衡点を移動させる」という原理のほかに、そのために取るべき経済政策も示している。
 
( ※ 簡単に言えば、大型減税をすればいい。そのことで名目所得を増やし、均衡点を移動させる。名目所得が増えたあとで、物価上昇が起こるので、実質所得は増えない。しかしながら、一時的には所得が増えるので、GDPが拡大する効果がある。……ここでは、富を与えるのは、金ではなく、生産活動である。マクロ的な均衡点が移動することで、生産活動が増えるので、富も増える。ただしその富は、天から降ってくるわけではなく、自らが働いて生み出す富である。)

 とにかく、マクロ経済学の基本原理は、「生産量の調整」である。つまり、「マクロ的な均衡点を最適化すること」だ。
 「金を使っていないから、金がたっぷりと余っているはずだ」
 と思うのならば、各人の預金通帳を見ればいい。「不況のときには支出を切り詰めたので預金通帳の貯蓄がたっぷりとある」と信じている小野善康は、人々の預金がどれほど巨額になっているか、調べればいい。(国の家計調査を見ればすぐにわかることだ。……このような基礎データさえ見ないということからして、小野善康が経済学者としては欠陥をかかえていることがわかる。だいたい、「家計調査を見ろ」というのは、私が前に指摘したことなんだが。)
  


 【 関連項目 】

  → 小野善康の主張
     ※ 「金を使えばいい」という発想への批判。
       「生産活動」というマクロ的な概念が欠落していることの指摘。

  → 増税で景気回復?(小野善康)
     ※ 「国民の貯めている貯金を政府が使えばいい」という発想への批判。
       「家計の貯蓄残高は減っている」という指摘もある。

 → サイト内検索「小野善康」
この記事へのコメント
>「不況になればなるほど預金通帳の貯蓄額が増える」と信じている

小野氏の著作を読む限り、縮小均衡ということについては十分にその理論に取り込まれていると思います。 「不況のメカニズム」では合成の誤謬として「みんなが貯金をしようとすればするほど不況になって却って所得が減り貯金が出来なくなる」という風に言及されていました。
Posted by abz2010 at 2010年10月28日 19:33
 それは縮小であって、縮小均衡ではありません。
 
 縮小は時間的にどんどん減っていく変化。
 縮小均衡はそれとは別です。
Posted by 管理人 at 2010年10月28日 19:51
小野氏の言う「合成の誤謬」が縮小均衡なのか縮小なのかはともかく、コメントの趣旨は小野氏が

>「不況になればなるほど預金通帳の貯蓄額が増える」と信じている

わけではないという事です。 
よって「基礎データさえ見ない」という批判はあたらないでしょう。
Posted by abz2010 at 2010年10月28日 20:46

 「基礎データさえ見ない」という批判は正当でしょう。さもなければ、彼の主張そのものが成立しなくなる。

> 小野氏の著作を読む限り

 本項は、著書に基づいた話ではなく、朝日に執筆したコラムに基づいた話です。まずは朝日のコラムを読んでからにしてください。議論のベースが異なると、議論が成立しません。

 なお、ネットで「小野善康 貯めて」で検索しても、彼の主張がいくらかわかります。
Posted by 管理人 at 2010年10月28日 21:06
ならば海外在住の為朝日のコラムは読めませんので議論は成立しないということかもしれませんが、もしコラムに小野氏が

>「不況になればなるほど預金通帳の貯蓄額が増える」と信じている

とはっきり分かるような箇所があったら驚きます。 少なくとも著作でははっきりとそのことを否定していましたから、

ちなみに検索した範囲でも小野氏がそういう風なことを言っているものも見当たりませんでした。 そういう風に批判しているサイトならいくつも見つかったのですが、
Posted by abz2010 at 2010年10月28日 21:35
>「不況になればなるほど預金通帳の貯蓄額が増える」

 ということ自体は、実は、正しいことであり、間違いではありません。(短期的には)
 好況のときから不況のときに転じるときには、所得が変わらないまま、消費性向が低下するので、上のことはまさしく成立します。
 その意味で、上の表現を小野善康が主張していれば正しく、それを小野善康が主張していなければ間違いです。(短期的には)

 ただし、長期的には、上記のことは成立しません。いったん不況が深刻化したあとでは、それが成立しません。
 本文で指摘したかったのは、そのことです。その意味で、本文の表現はいささか不正確でした。短期と長期の区別ができていませんでした。
 というわけで、本文中の記述は、次のように修正しておきます。

「不況のときには支出を切り詰めたので預金通帳の貯蓄がたっぷりとある」
Posted by 管理人 at 2010年10月28日 21:53
 小野善康の主張を簡単にまとめると、
 「家計は支出を減らして貯蓄を増やしているから、その貯蓄を政府が使ってしまえ」
 というもの。
 一方、私の指摘は、
 「家計は所得が減っているから、貯蓄は増やさずに支出を減らしている」
 というもの。
 この違いをはっきり理解してください。さもないと、論議が進まない。
 小野善康が「所得が減っているのが問題だ」という認識をすれば正解だが、「家計が貯蓄を使わないのが問題だ」というのは、完全な間違い。その理由は本文の最後の方で述べたように、「家計が貯蓄をして、企業が投資をする」というのは、経済学の基本原理だから。
    S = I
 という基本等式。彼はこの基本原理さえも理解できていない。家計が貯蓄するのは当然なのだ、ということを理解できていない。

 ──

 彼がもうちょっと経済学を理解していれば、
 「家計が貯蓄を使わなければ、政府が貯蓄を使う」
 なんてことは主張せず、かわりに、
 「企業が投資をしなければ、政府が公共投資をする」
 というふうに主張したはずだ。それならケインズ理論になる。これなら理屈は通っている。(是非は別として。)
 小野善康の主張は、ケインズ理論を曲解して歪めているにすぎない。それを彼は「ケインズ理論を進歩させた」と勘違いしている。ケインズ理論を劣化させたものを、改善したと勘違いしている。


Posted by 管理人 at 2010年10月28日 21:55
小野氏の理論は簡単にまとめると

「各人の貯蓄(貨幣)への選好によって需要が収縮し、不況になり、所得が減り、最終的には貯蓄も支出も減ってしまっている」

というもの。よって「所得が減っている」のはその前段として各人が貨幣への選好から「需要を抑制した」結果としている。 

ちなみに貯蓄=投資という基本原理がなぜ成り立たないかということについては結局のところ需要が無い限り投資は行われない為、需要収縮の状況下では貯蓄が投資に繋がる保障は無く、1にも2にもまずは需要を増やすことだという考えが書かれていました(
又著作の話になって恐縮ですが)。

もちろん所得が減っている理由が貯蓄(貨幣)への選好なのか或いはその解釈は原因と結果が逆であり他に本当の理由があるのかについては議論があるところと思いますが、管理人様が指摘されているように

>「不況になればなるほど預金通帳の貯蓄額が増える」と信じている
>このような基礎データさえ見ない
>彼はこの基本原理さえも理解できていない

というような事ではないと思います。 
Posted by abz2010 at 2010年10月28日 22:10
 ( 2010年10月28日 21:53 )

 のコメントを読んでおいてください。
 あとでタイムスタンプをいじったので、コメントの順序が少し変わっています。
Posted by 管理人 at 2010年10月28日 22:27
度重なるご返信ありがとうございます。

>いったん不況が深刻化したあとでは、それが成立しません。

この部分はまさにその通りと思います。

特に当初は累進課税(所得税)を念頭に政府雇用の拡大を唱えていたはずがいつの間にか民主党に取り込まれて?消費税でも良いと仰っているみたいですが、これはどう考えても逆効果になる可能性が高いでしょう、、、

但し管理人様もご指摘の通り小野氏の現状分析は非常に見るべき点が多く、私も多くの構造改革派やリフレ派の分析よりははるかに納得できる説明になっていると思います。(「不況のメカニズム」の前半(現状分析)部分は特に秀逸と思います。)

一方で分析がこれだけ理論的であるのに、処方箋だけはぜんぜん駄目、基本的なことすら何も分かっていない、というようなことも無いのではないかというのがもともとの趣旨です。

長々とお付き合いありがとうございました。
Posted by abz2010 at 2010年10月28日 22:37
> 「各人の貯蓄(貨幣)への選好によって需要が収縮し、不況になり、所得が減り、最終的には貯蓄も支出も減ってしまっている」

 それは(表現を別とすれば)まったく正しいので、彼がそれを理解しているとすれば、現在のように「政府が国民の貯蓄を食いつぶせばいい」という結論にはならなかったでしょう。自分で自分の言っていることを理解していないのか?

 上記のことを彼が理解しているとすれば、結論は自動的に次のようになります。

「各人の貯蓄(貨幣)への選好を低下させて需要を拡大し、好況にして、所得を増やし、最終的には貯蓄も支出も増やす」

 こう主張すれば正解です。私自身、それと同じことを主張している。
 なのに、それができていないとしたら、小野善康は自分の言っていることを自分でも理解していないことになる。

 ──

 なお、「貯蓄(貨幣)への選好」は、私の言葉では「消費性向の低下」と表現されています。こちらの方が本質的。
 利子ゼロのときの貯蓄への選好などはありえないし、現金を持つこともありえない。単に消費意欲が減退しているだけです。小野善康はそのことも理解できていないようだ。
 
 比喩。体調を崩して、食欲がなくなり、水しか飲めない人を見て、小野善康は「水への選好があるから、水しか飲まないのだ」と語る。食欲減退という本質を認識できない。
Posted by 管理人 at 2010年10月28日 22:43
もう一つご返信を頂いていたようなので、最後にもう1コメント、

> なお、「貯蓄(貨幣)への選好」は、私の言葉では「消費性向の低下」と表現されています。こちらの方が本質的。
> 利子ゼロのときの貯蓄への選好などはありえないし、現金を持つこともありえない。単に消費意欲が減退しているだけです。小野善康はそのことも理解できていないようだ。

この部分のどちらを本質とするかがまさに小野氏の理論がケインズ理論と違うところで、小野氏によれば以下の通り、流動性選好をより重く見ています。(著作ではなぜもともとの消費性向という概念に問題があるかについても歴史的な経緯も含め小野氏の考えを説明しています)

 正直、この部分については正しいかどうか判断できない部分ですが、単純に間違っているともいえない気がします。

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 流動性の罠が起こるのは、人々の貨幣保有願望(流動性選好)がいつまでも残るからである。このとき、何と比較しての願望かと言えば、ケインズは実物投資との比較でしか考えなかった。・・・(中略)・・・
 しかし、人々が貨幣を保有するとき、収益資産との比較だけでなく消費との比較も行う。消費するか、使わずに貨幣としてとっておくかという選択である。消費が増えていくと、さらに消費を増やすことによって得られる効用の増分は減っていく。これに対して貨幣保有量を増やしても、さらに持ちたいという気持ちは減退しないから、消費が控えられる。そのため物が売れなくなり、企業にとっても生産設備を拡充する意味がなくなるから、投資も減少する。その結果、総需要が減って企業収益も悪化するし失業も増えるから、所得が減少する。
 つまり、流動性選好の持続と消費願望の減退が、消費だけでなく企業の収益予想悪化を通して投資をも抑制し、総需要とそれによって実現される総所得を低水準にとどめてしまう。これが著者の提唱する「不況動学」の考え方である。(p.170-171)
---------------------

ちなみに同じように比喩で言えば「夏バテした時に口当たりが良いからといってカキ氷ばかり食べていると食欲が無くなり、体力を消耗し、ますますカキ氷しか食べれなくなる。 まず体調を戻すためにはカキ氷を取り上げて代わりに栄養のあるもの(雇用)を与えねばならない」という風に言えるかもしれません。 まあ比喩ではなんとでもいえるのですが、
Posted by abz2010 at 2010年10月28日 23:06
 ははあ。参考になる情報をありがとうございました。

> 貨幣保有量を増やしても、さらに持ちたいという気持ちは減退しないから、消費が控えられる。

 私にはまったく理解できませんね。
 血液型性格学によると、これはO型人間の特質であるようです。とすると、小野さんはO型なのかもしれませんね。
 ちなみに、A型やB型ならば、逆に考えます。やたらと貯蓄なんかしないで、若いうちにどんどん消費します。

 なお、貯蓄とは、金を貯めること自体ではなくて、消費を将来に延期することです。金を貯めるだけで使わないで死んでしまえば、結局は金がないのと同じことなんですが。……それを理解できないとすると、やはり、小野さんはO型なのかもしれませんね。

 
Posted by 管理人 at 2010年10月29日 00:32
なるほど! 典型的B型消費(浪費)タイプの私にとって小野理論はなにかしら違和感があったのですが、その違和感は確かに心理的なものかもしれませんね、

ちなみにご自身ではO型という言葉でなくずばり「守銭奴」と仰ってます。

>人々の守銭奴的性向が不況を起こす。私自身守銭奴であると認める。その上で、お前ら変われと言ったって、変えられないこともわかる。私は罵倒しているのではなく、それを事実と認めて、方策を考えようと言っている。

http://cruel.org/econ/ono2.html

守銭奴の心は守銭奴のみ知りうる。というところでしょうか?
Posted by abz2010 at 2010年10月29日 01:14

 上の
http://cruel.org/econ/ono2.html
 というページは、前に見たことがあるのですが、馬鹿馬鹿しくて、素通りしていました。改めて読み直すと、小野さんは変なことをいっぱい書いていますね。

> バブル期より今はもっと減税しているのに、全然消費意欲に結び付いていない。

 バブル期と言えば、あんなに派手に消費していた時代だし、テレビドラマもやたらと高額消費をして、「バブリー」という言葉があとで生まれたぐらいなのに。……小野さんはどこかに引きこもっていたのでしょうか? 

> 減税をして得をするのは金持ちだ。

 所得税減税しか知らないのか? 定額減税という概念もないのか? 

 小野さんの話を読むと、頭が痛くなってくる。地球圏外の宇宙人と会話している感じだ。常識が通用しない。   (^^);
Posted by 管理人 at 2010年10月29日 19:14
http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/101016/fnc1010161006004-n1.htm

小野氏が変なことを言ってますね、、、、

著作を読む限り分析力はある人かと思ってましたが、少なくとも「処方箋」を考えるにはご指摘の通り何かが決定的に欠けていたようでした、、、、、、
Posted by abz2010 at 2010年11月02日 03:17
はじめまして.

> 需給ギャップというのは、「供給に対する需要不足」のことではなく、「供給能力に対する需要不足」のこと

というのは鋭いご指摘なのですが,小野氏の理論も主張もこれと全く矛盾していません.むしろ,nandoさんが誤解されています.上の記述の直後に

> モデル的に示そう。次の二つの状況がある。
>    《 豊か 》
>     所得が 500万円で、支出が 500万円。
>    《 貧しい 》
>     所得が 400万円で、支出が 400万円。
>
> この二つの状況では、どちらも需給は均衡している。

と仰っていますが,これはまさに「供給に対する需要不足」で議論しています.貧しい時に所得が400万円というのは,本来500万円の所得が得られる生産能力を持っていながら需要不足によって400万円の売上しか達成できず,その結果所得が400万円になってしまうのです.従って供給能力に対する需要という観点では均衡していません.

nandoさんのモデルでは貯蓄がゼロですが,実際にそんなことはありません.確かに景気の良い時よりも貯蓄残高が減少しているかも知れませんが,それでもやはり皆が今よりもお金を使えば理屈の上では売上は伸びるのです.

ちなみに「貨幣経済の動学理論」東大出版の小野氏のモデルでは需給ギャップが供給能力と消費量の差で表されています.この本は入手困難ですが,岩波出版から出ている小野氏の「金融 (現代経済学入門) 」をお読みになれば納得されると思います.

ところで「人々が金を稼いでも貯め込むばかりで、金を使わない」という小野氏の主張で名目所得水準については触れられていませんよね.小野氏の主張は実質所得(もしくは実質資産)についての話だからです.現在はデフレですから,インフレの時と違って慌てて消費をする必要がありません.そういう意味で人々は消費を先延ばしすることによって貨幣を貯めこんでしまいます.ですから代わりに政府が財やサービスを購入して,実際の需要を供給能力に近づける必要があると主張しているのです.決して貨幣を貯めこんで裕福になっていると言っているわけではありません.
Posted by JamiePapa at 2010年11月05日 01:56

 (1) 貯蓄
 なんだか蟻とキリギリスのキリギリスみたいな主張ですね。
 人々が貯蓄しているのは確かにその通りですが、貯蓄は人間にとって必要なものです。貯蓄しなければ、大ケガをしたときには破綻するし、年を取ってからも破綻します。貯蓄は人間にとって必要なものです。それをゼロになるまで使い果たすということはありえません。
 したがってある程度の「基本貯蓄額」というものが想定されます。(人それぞれなので具体的な数値にはなりませんが。)

 好景気のときよりも、現在の方が貯蓄が減っています。それは現在貯蓄額が基本貯蓄額よりも減っていることを意味します。人々はもっと貯蓄する必要を感じているのに、「今は不況で緊急時だから貯蓄を取り崩している」と感じています。「まだ貯蓄を使い果たしていないから、まだまだ貯蓄を取り崩せるぞ」とは感じていません。「必要額よりも足りないぞ」と感じているのであり、「ゼロよりも多いぞ」とは感じていません。たいていの人は「現状の貯蓄額では老後が不安だ」と思っているはずです。

 したがって、
> 「人々が金を稼いでも貯め込むばかりで、金を使わない」

 というのはまったく成立しません。「貯め込むばかり」であるどころか、「不足している」のです。「金を使わない」のではなく、「金を使いすぎている」と人々は感じています。「自分は貯蓄がたっぷりある」と思っている人は少数の金持ちだけであり、たいていの人は「(基本貯蓄額よりも)貯蓄を取り崩してしまっている(= 金を使いすぎている)ので将来が不安だ」と思っています。

 結局、「基本貯蓄額よりも足りない」という認識ができず、「ゼロよりも多いから金はたっぷりある」という認識をしているところが、根本ミスです。


 (2) 均衡
 縮小均衡というときの「均衡」は「市場における需給の均衡」であり、不況における需要不足というときには、「供給能力に対する需要不足」のことです。両者ははっきりと区別されています。きちんと区別して読んでください。
 縮小均衡で大事なのは、供給や需要の量ではなくて、所得の量です。所得が減っているから人々は消費を増やせないのに、そのことを理解できないで「所得は減っていないから、消費しない分、貯蓄が増えている」と勘違いしているのが、小野理論です。(現実には貯蓄は増えるどころか減っています。)
 あなたも同様で、ここで論議されているのが供給や需要の量ではなくて「所得」なのだということを理解できていません。ちゃんと本文に書いてあるんですけどね。

> 小野氏のモデルでは需給ギャップが供給能力と消費量の差で表されています.

 ここでもやはり「所得」が見失われています。正しくは、次の式がさらに追加される必要があります。
 「供給能力と消費量の差」≒「供給能力と所得の差」
 この右辺の記述が必要です。両者を結びつけるのは消費性向です。

> 消費を先延ばしすることによって貨幣を貯めこんでしまいます.

 というのも、明らかに誤認しています。(所得があるのに)消費を先延ばししているのではなくて、(所得がないから)消費力そのものがないのです。

 年収 400万円の人が 400万円の支出をしているのを見て、架空貯蓄の 100万円を想定し、「この人は消費を先延ばししているのだな」と思うのは、狂気の沙汰です。ここでは所得と支出は均衡しています。貯蓄しているのではないし、消費を先延ばししているのでもない。所得そのものがないのです。(現実には家計統計における貯蓄は増えるどころか減っています。人々は貯蓄を取り崩しています。つまり過剰消費しています。これは不況期に特有に起こる現象です。)

 マクロ経済学とは、所得の経済学です。そこでは所得分析こそが核心です。なのに、その基本をすっぽり忘れて、所得の変動を見失って、需要と供給だけを考えてるというのは、(ミクロ的な)古典派経済学者の発想です。
 その意味で、小野理論は、マクロ経済学ではなくて、所得の概念のない古典派経済学と同様です。あなたも同じです。
 「マクロ経済学とは、所得の経済学だ」という基本がわかっていないので、その言葉が何を意味するかという基本から、はっきりと勉強し直してください。
 
 → http://nando.seesaa.net/article/37734213.html

 これを読めばわかるように、縮小均衡(不況)の本質は、消費を減らしていることではなく、所得が減っていることです。不況のときには、平均消費性向は、好況のときよりも高くなっています。というか、平均消費性向は 1 を上回る(貯蓄額が減る)のが普通であり、過剰消費の状況になっています。
 家計調査を見れば、「人々の貯蓄はどんどん減っている」とわかるのに、「貯蓄を増やすな」と見当はずれのことを言っているのが、小野理論です。あなたも同様です。その本質は「所得が減っているということを理解できない」ことです。
 
Posted by 管理人 at 2010年11月05日 06:55
> 年収 400万円の人が 400万円の支出をしているのを見て、架空貯蓄の 100万円を想定し、「この人は消費を先延ばししているのだな」と思うのは、狂気の沙汰です。

仰る通り狂気の沙汰ですね.ただ,私はnandoさんのモデルを念頭に置いたのではなくマクロ経済を念頭において議論しています.マクロ経済学というのは集計の経済学でもあります.したがいまして,現在もしっかり貯蓄が存在しています.内閣府のホームページから国民所得統計を見ることが出来ますのでご確認下さい.

そもそも,「貯めこむ」= 「お金がある or 裕福」と読み違えているのはnandoさんの深読みです.私は裕福ではありませんが,やはり今は先行きが不安なので好景気の時よりは「貯めて or 消費を先送りして」います.もしこれがインフレなら,現在見合わせている車や住宅の購入を早めると思います.インフレなら今後価格が下落することはありえませんから.

と,たとえ話を書くと,また誤解されて「それはお前だけだ」と言われかねないのでもう少し正確に言いましょう.統計上,家計の消費額よりも企業の設備投資額の方が景気に与える影響は大きいです.企業の場合,インフレ・デフレの違い投資計画にシビアに影響を与えます.現実経済で,名目利子率と実質利子率の区別までして意思決定はしている家計はあまりいないと思いますが,企業は実質利子率に基づいて財務計画を立て投資計画を立てています.

小野氏は新聞やインタビューなどで平易な言葉を選んだつもりで「貯めこむ」と言ったかも知れませんが,氏の主張の本質は「デフレ時に消費を先送りする」です.繰り返しになりますが,小野氏の「金融」をお読みください.そもそもnandoさんが想定しているケインズ理論と小野氏の理論は全く異なるものです.

それから,リンク先の「経済学講義」拝読させていただきました.そのコメントはあちらでさせて頂こうと思います.
Posted by JamiePapa at 2010年11月05日 11:51
> 今は先行きが不安なので好景気の時よりは「貯めて or 消費を先送りして」います.

 勘違いしているようですが、消費の絶対額ではなくて、所得に対する消費の額が問題となっています。
  貯蓄 = 所得 − 消費
 ですから。
 したがって、

> 今は先行きが不安なので好景気の時よりは「貯めて or 消費を先送りして」います.

 というのは、「好景気のときよりは消費を縮小している」という意味ではなく、「好景気のときよりも『所得 − 消費』が増えている」という意味になり、それはありえません。

> 統計上,家計の消費額よりも企業の設備投資額の方が景気に与える影響は大きいです.

 それも間違い。GDP の6割は消費で、企業投資と公共投資がそれぞれ2割程度。また、投資額は独立変数ではなくて、消費の増減額 ΔD に大きく依存する変数です。

> 企業は実質利子率に基づいて財務計画を立て投資計画を立てています.

 それも間違い。それが成立するのは好況のときだけです。つまり稼働率が 100%を上回る(上回りそうな)ときだけです。稼働率が 100%を大きく割るときには、投資をせず、むしろ設備廃棄をします。「一方で設備廃棄をして、同時に、 一方では投資をする」というメチャクチャな理屈をこねているのは、マネタリズムなどの古典派。
 
> 氏の主張の本質は「デフレ時に消費を先送りする」です.

 それは古典派のうちのリフレ派の主張。マクロ経済学の所得の理論を知らない人の理論。そこから出る結論は「インフレ目標」です。
 消費を先送りするというのは、手元に金のある人の話。金がないのに『消費を先送りする」という理屈は成立しません。ない金の話をするのは妄想狂ぐらいだ。あるいは、捕らぬタヌキの皮算用。「タヌキを捕ったら皮を売って酒を飲もう。とりあえずは酒の消費を先送りしよう」というわけ。馬鹿丸出し。先にタヌキを捕る方が先決だ、ということを理解できない。所得のない人間が、「あるはずの所得について先送りする」と思う愚。貧乏人が「おれは金持ちだ」と思う愚。捕らぬタヌキの皮算用。
 とにかく、「所得」について考えない限り、どうしようもありませんね。「自分の手元には金がなくなっている」という認識をしてください。それができないから「消費を先送りしている」という妄想にとらわれるのです。正しくは「消費をする金がない」です。

> もしこれがインフレなら,現在見合わせている車や住宅の購入を早めると思います.

 正しくは、「インフレなら,将来の所得が増えるので、車や住宅の購入をする金を得られる」です。
 インフレ期に会社が倒産して、失業したら、車や住宅の購入をしますか? しないでしょう。物価上昇があるかどうかではなくて、所得の有無が肝心です。インフレ期だという理由だけで、所得に関係なく消費をするのは、馬鹿とマネタリストだけです。

 とにかく、「所得」について考えない限り、どうしようもありませんね。「不況のときには、所得が減っているから、貯蓄も減っている」という事実を、いつになったら理解できるのでしょうか? 本項ではそのことだけを強調しているのに、いくらたっても理解できないのでは困ります。小野さんが理解できないのは仕方ありませんが、あなたも理解できないのでしょうか?
 
 ──
 
 なお、「消費を先送りする」という現象は、「貯蓄」そのものを意味します。それは個人消費についてはデフレ期に限らず、どんな時期についても成立します。
 問題は、貯蓄があるかないかではなく、貯蓄が増えるかどうかです。長い不況期には、貯蓄は減ります。その意味で、「消費を先送り」する量は、好況期には多額で、不況期には少額です。
 「消費を先送りする」(貯蓄する)という現象は、常に存在するので、デフレ期にも存在しますが、その額は、不況期には減っているのです。これを理解できないのが小野さんです。
 あなたも、何度も説明してもわからないようなので、しょうがないですね。同じことを百回書いてもわからないようですので、あまりコメントを書かないでください。こちらが返事をしても、たぶん理解できないと思えるので。
 
Posted by 管理人 at 2010年11月05日 12:48
もう一度私のコメントをよくお読みください.nandoさんの仰る「所得が減っている」という点と「貯蓄が減っている」という点に関して私は一切反論していません(所得や貯蓄が増加しているとは一言も言っていません).私が言っているのは「インフレ時より消費を先送りする」という点で,これはnandoさんの主張と矛盾しません.

それから企業が実質利子率に基づいて「投資計画を立てる」というのは「投資をする」と同義ではありません.マイナスの投資も投資計画に入ります.もし,お知り合いに企業の財務担当者がいらっしゃったら聞いてみてください.景気の善し悪しにかかわらず企業は名目利子率ではなく実質利子率に注意しながら投資計画を立てます.もちろん,設備廃棄などの負の投資も含めてです.

投資の方が消費よりもGDPへの寄与度が高いというのは,SNAを加工すれば得られますが,手短に検索したところ
http://www.bugin-eri.co.jp/doc/ecow124.pdf
の図表1からも得られます.寄与度の大小関係を比べるにはこの各項目の絶対値の和を取ることによって比較できます.例えば,2009年度では民間消費支出の寄与度の絶対値は0.6です.これに対し,投資関連項目である民間住宅と民間企業設備と民間在庫品増加の寄与度の絶対値の和は1.7です.

私はnandoさんを個人的に批判しに来たのではありません.もう少し冷静に議論していただければと思います.
Posted by JamiePapa at 2010年11月05日 14:34
> もう少し冷静に議論していただければと思います.

 失礼しました。お詫びします。

> 「インフレ時より消費を先送りする」

 インフレ時には所得よりも消費が少ないのに、デフレ時には所得よりも消費が多いのです。消費の絶対量は少ないけれど、(所得に対する)消費の比率は高いのです。(消費性向は、インフレ時には1以下で、デフレ時には1以上だから。)
 「先送り」という概念そのものが狂っているのです。500万円の消費をしないで、400万円の消費をしているのは、消費を 100万円分「先送り」しているからではなく、「消費をするための所得そのものが 100万円分足りない」からです。
 貧乏な人が金持ちよりも消費が少ないのは「消費を先送りしているから」ではなくて、「消費をする金がないから」なのです。
 なお、インフレ期の方が消費意欲が高いというのは、事実です。それは否定しません。しかし、先立つものの方が先です。それが「縮小均衡」という概念。
 「縮小均衡とは何か」ということから理解してください。

 だいたい、貯蓄額がどんどん減っていて、平均消費性向が1を上回っているのだから、正確に言えば、「デフレ期には消費を先取りしている」という方が正しい。(逆に好況期には、消費を先送りします。ただし消費の絶対額は大きい。所得が大きいので。)

 ただ、小野さんの言いたいことは、こうでしょう。
 「デフレ期には、消費性向を大幅に増やさないと、デフレを脱出できない。好況期には消費性向が 0.95 で、デフレ期には消費性向が 1.02 (過剰消費)だが、デフレを脱出するには、消費性向を 1.10 ぐらいに高める必要がある。しかるに現状では、消費の先取りの量がまだまだ足りない。消費の先送りではなく、消費の先取りがなされているが、その量はまだまだ足りない」
 これならば正解です。これは私の主張でもあります。
 小野さんは、消費性向が 1.10 ぐらいに高まることはない、と見込んだ上で、個人消費のかわりに公共消費を増やそうとしているわけです。「おまえがおまえの金を使わないなら、おれがおまえの金を使ってやる」という泥棒の発想。

> 投資の方が消費よりもGDPへの寄与度が高い

 それは、投資とは何かを理解しないまま計算する統計マニアの発想です。

 投資は、消費の変動 ΔD に依存する関数なのだから、消費の変動につれて、投資は大きく変動します。
 たとえば、消費が 10%増えると、それにつれて、投資が 70%増える、というような具合です。
 この件は経済学的には「加速度原理」という概念で説明されます。
  → http://www009.upp.so-net.ne.jp/izumi/96q_news.htm#06
  → http://www009.upp.so-net.ne.jp/izumi/96s_news.htm#kasoku

 ここでは、消費と投資に、関数関係があります。後者は前者の関数。
 なのに、独立変数だと見なして寄与度を計算するという発想が、数学的に根本的に狂っています。関数とは何かを理解できていない。


> 企業が実質利子率に基づいて「投資計画を立てる」

 そちらは、私の見解を完全に誤解しています。他の項目や、本家サイトの「泉の波立ち」や、「需要統御理論簡単解説」などを読んで、私の見解をちゃんと理解してください。少なくとも「インフレ目標」という用語でぐぐれば、私のサイトの 「インフレ目標」簡単解説 というページが上位に見つかります。そこでは名目利子率や実質利子率の話も詳しく書いてあります。
 「実質利子率」というような初歩的なイロハは、わかりきったことなので、いちいち言わなくてもいいのです。問題はそこではないのだから。
 企業投資に実質利子率は重要ですが、それは物事の半面に過ぎません。名目利子率や実質利子率がゼロになっても、不況下では投資意欲が減退しているので投資は増えません。では、「投資意欲」を増やすにはどうすればいいか……という議論が重要です。

> 企業が実質利子率に基づいて「投資計画を立てる」

 説明すると、好況のときはそうですが、不況のときには違います。
 ゼロ金利のとき(流動性の罠のとき)には、金利は恒常的にゼロなので、投資意欲が大幅に減退していることになります。ここでは利子率はもはや考慮の対象にならなくなっています。利子を上げようが下げようが、投資意欲がないときには投資は変動しない。馬を水辺に連れていっても、馬が水を飲むとは限らない。
 金利ばかりを考えるのは、馬の意欲を考えずに、「おいしい水を与えれば馬は、おいしい水をいっぱい飲む」という発想。馬の腹が水でいっぱいだということを理解できない。
 馬の腹が水でいっぱいであるときには、水を飲ませるには、「いかに水をたくさん与えるか」「いかに水をおいしくするか」ではなくて、「いかに馬の喉を渇かせるか」(投資意欲を増進するか)が重要なのです。問題はここにあります。
Posted by 管理人 at 2010年11月05日 19:07
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