「株価の予想が可能であるならば、株価の予測は不可能である」
(南堂の株価定理)
※ 最後に 【 後日記 】 があります。
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この結論は、論理学における「自己言及文のパラドックス」に似ている。
「私が正直ならば、私は嘘つきである」
また、ゲーデルの不完全性定理にも似ている。
「この体系が完全であるならば、この体系は不完全である」
これらと同様のことが、株価についても言える。
「株価の予想が可能であるならば、株価の予測は不可能である」
と。(これを「南堂の株価定理」と呼ぶ。 (^^); )
詳しくは、以下の通り。
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まず、経済物理学を研究しようとする人の動機は、次のことだ。
「経済学も、物理学と同様に、科学的であるべきだ。科学的に記述すれば、未来の予測もできるようになるだろう」
しかしながら、このような発想は、あまりにも古臭い。そこにある発想は、「物理学的」というよりは、「古典物理学的」と言える。
なるほど、ニュートン力学のような古典物理学であれば、「未来の予測」は可能だ。しかしながら、近代の量子力学では、もはや「未来の予測」は可能ではないと証明されてしまっている。微小な量子の世界では、素朴な「未来の予測」は成立せず、確率的な記述が可能なだけだ、と判明している。
では、経済学の世界はどうか? 経済学の世界も、量子力学同様、確率的に記述できるか?
それには「イエス」と考えた人々もいた。それによって金融工学が発達した。しかしながら、その結果は、「リーマンショック」であった。それによって判明したことは、
「金融工学とは経済を確率的に扱うこと」
ではなくて、
「『金融工学とは経済を確率的に扱うことだ』と信じ込ませて(だまして)、詐欺師が人々から金を巻き上げること」
であった。
要するに、経済とは、確率的に扱えるものではない。
( ※ ただし、「経済とは確率的に扱える」と信じ込ませて、詐欺師が暗躍することはできる。)
──
では、正しくは? 虚偽ではなく真実はどうなのか? ……この点は、ケインズがずっと昔に述べている。
「株価とは美人投票のようなものだ」
と。
つまり、
「誰が真の美人であるか」
が問題なのではなく、
「『誰が真の美人であるか』について、人々がどう思っているか?」
という、人々の意識が問題なのだ。
一般的に言えば、
「事実は何か?」
が問題なのではなく、
「『事実は何か?』について、人々がどう思っているか?」
という、人々の意識が問題なのだ。
株価について言えば、
「株価はどうなるか?」
「事実は何か?」
が問題なのではなく、
「『株価はどうなるか?』について、人々がどう思っているか?」
という、人々の意識が問題なのだ。
したがって、(中期的な株価変動はともかく) 短期的な株価変動を扱うデイ・トレーダーでは、成功する方法は、ただ一つだ。それは、
「さまざまな公式情報を正確に判断して株価を予測すること」
ではなくて、
「株価変動のチャートを見て、変動の行方を推測する」
だ。つまり、
「正しい事実認識をすること」
ではなくて、
「人々がいかに行動するかという心理を推測すること」
だ。
──
この方法で成功しているデイトレーダーはたくさんいる。
その一方、ネットで情報をたくさん集めて株価の行方を推測しようとする人々は、たいてい失敗する。多くの素人は、そのせいでカモになる。
逆に言えば、株価で儲けるコツは、カモの金をいかにして奪い取るかだ。「真実を見抜く科学者であること」よりは、「人をだます詐欺師であること」の方が、株取引で儲けるための要件となる。
──
なのに、この基本を理解できない人々が、経済物理学に携わる。こういう人々は、格好のカモとなるだろう。
仮に、経済物理学で株価の予測が付いたと仮定しよう。そして、「株価予測ソフト」というものが成立したとしよう。
その場合、人々は「株価予測ソフト」に従って行動する。99%の人が「株価予測ソフト」に従って行動したとしよう。その場合、人々の行動を先読みできる。その先読みをした1%の人々が、「株価予測ソフト」に従って行動する99%の人々を出し抜く形で、人々をカモにできる。
たとえば、「3時間後に株は上がりますよ」と予測されたら、その前に人々は株を買おうとするだろう。そこで、そういうソフトの癖を飲み込んで、「3時間後に株は上がりますよ」と予測されるように、株価を動かす。(つまり、買い注文をたくさん出す)。
逆に、「3時間後に株は下がりますよ」と予測されたら、その前に人々は株を売ろうとするだろう。そこで、そういうソフトの癖を飲み込んで、「3時間後に株は下がりますよ」と予測されるように、株価を動かす。(つまり、売り注文をたくさん出す)。
こうして、株価ソフトの癖を見抜いて、市場を操作することで、1%の人が巨額の資金を操作して巨額の利益を得る。その一方、株価ソフトに従う大多数のカモたちは、そろって損をする。
──
以上のことからわかるだろう。
「株価の予測が付く」
と仮定すれば、そのことを逆用することで、
「株価の予測が付かなくなる」
ということが成立する。
なぜなら、「株価の予測が付く」と人々が思っているということを逆用する形で、少数の利口な人々が相場を操作する(そして巨利を得る)からだ。
──
では、その本質は、何か? こうだ。
「株価とは、自然現象ではなくて、人間の心理ゲームである」
この「心理ゲーム」とは、「出し抜く」という形のゲームだ。AとBという二人の人がいて、Aが表を出すか裏を出すか、Bが当てる。うまく当てることができれば、Bの勝ち。うまく当てることができなければ、Bの負け(Aの勝ち)。……こういう心理ゲームだ。
そこでは、「Aが表と裏のどちらを出すか」ということは、事実ではなくて、AとBとの心理で決まる。心理しだいで、どちらにでもなるのだ。
それにもかかわらず、「Aが表を出すか裏を出すかは、科学的に分析すれば決まる」と思う人がいるとしたら、それはもはやオカルトに近い。オカルトを信じるのは、科学者ではなくて、カモである。
ケインズは真実を見抜いた。「株価とは美人投票のようなものだ」と。つまり、心理的に決まるものだ、と。
にもかかわらず、そのことを理解できずに、「株価は自然現象のようなものだ。だから科学的に扱える」と思う人がいるとしたら、その人は、科学者というよりは、カモなのである。
なるほど、株価の変動は、「増幅過程と崩壊」という形で描写することはできる。( → 前項 )。
しかしながら、事後的に分析することができるからといって、事前に株価の変動を予測できると思ったら、大間違いだ。
たとえば、コインの表と裏とが五分五分になることは、確率的に表現できるが、だからといって(特定の1回で)コインの裏表を予測することはできない。また、サイコロの目がどうなるかは確率的に表現できるが、だからといって(特定の1回で)サイコロの目がどうなるかを事前に予測することはできない。確率でさえそうなのだ。いわんや、心理的な株価変動では。
株価の変動について、「増幅過程と崩壊」という形で事後的に描写することはできるが、だからといって、事前に株価の変動を予測できるということはない。そのような「予測可能だ」という発想は、あまりにも古典物理学的で、非科学的だ。科学的であろうとして、かえって科学から遠ざかってしまっている。
株価の予測というものは、さまざまな事実情報も影響するが、それよりは、心理ゲームとしての面が強い。このことを理解しないで、「事実情報によって株価を予測できる」と思う人は、ただの阿呆であるにすぎない。そのような阿呆が現実に株取引をすれば、必ずカモとなって大損する。
──
結論1。
株価の予測は可能か? 次のように結論できる。
「株価の予想が可能であるならば、株価の予測は不可能である」
(南堂の株価定理)
結論2。
株取引で儲けるには、どうすればいいか?
「株価の予測は可能である」
と人々に思い込ませればいい。そして、その思い込みを逆用すればいい。つまり、愚かな人々をカモにして、彼らの金を奪えばいい。
[ 付記1 ]
上の 結論2 は、皮肉のようだが、皮肉ではない。実際、米国の金融工学の例を見るがいい。
「金融工学によって利益を得ることができる」と思って投資した人々は、大損して、国家経済そのものが大混乱に陥った。しかしながら、「金融工学によって利益を得ることができる」と思い込ませた証券業界の人々は、リーマンショックが起こる前までに、莫大な利益を得て、逃げ出すことができた。
経済物理学も同様である。それによって株価の予測をすることはできない。しかしながら、(金融工学と同様に)「経済物理学によって利益を得ることができる」と思い込ませた詐欺師になれば、そのブームが破裂する前までに、莫大な利益を得て、逃げ出すことができる。
あなたが(自分だけは)大儲けしたければ、詐欺師になって「経済物理学によって利益を得ることができる」と思い込ませればいい。そのあと、人々の金をたんまりと奪って、国家経済を破綻させて、そのブームが破裂する前までに、莫大な利益を得て、逃げ出せばいい。
経済物理学は、未来の真実を示すことで金儲けをすることはできないが、「未来の真実を示すことができる」と見せかけて(だまして)、詐欺的に金儲けをすることはできる。そのことが、「南堂の株価定理」からわかる。
[ 付記2 ]
経済物理学をやる人々は、株取引を利益を生み出す市場だと思い込んでいるが、間違いだ。
正しくは、株取引とは、ゼロサムゲームのなかで、いかに他人の金を奪うか、という心理的な賭博である。
株取引は何の富も生み出さない。あくまでゼロサムである。そのなかで、「カモの金を奪うことでのみ、自分が利益を得る」というのが原理だ。それは「他人を不幸にすることで、自分だけが幸福を増す」という、悪魔的なエゴイスティックな原理だ。
この原理すら理解できていないのが、経済物理学をやる人々だ。
[ 付記3 ]
株取引には、中期的・長期的には、「資金を集める」という経済的な立派な効用がある。その点は問題ない。
しかし、デイトレーダーのような超短期的な変動を扱うときには、単に「他人をだまして金を得る」という原理しか働かない。そして、そういう超短期的な変動を扱おうとしているのが、経済物理学や金融工学だ。これらの学問は、「真実を極める」というよりは、「真実を極めると見せかける」ことで詐欺師のお先棒になるだけだ。
金融工学は、伊藤清の学問成果を利用しているが、伊藤清自身は、金融工学の胡散臭さを理解していた。自分の学問成果が詐欺師に利用されるのを、好ましくないと思っていた。まともな人間というものは、そういうものだ。
詐欺師は経済物理学を利用して金儲けをしようとするだろうが、そのことで喜ぶような経済物理学の研究者は、あまりにも世間知らずだ。むしろ、「経済物理学で株価の予測などは決してできない」と語るべきだ。
そして、そのことは、本項でもなされている。それが良心的な科学者の態度だ。
[ 蛇足 ]
いらぬ説明だが、論理学的な説明をしておく。
「株価の予想が可能であるならば、株価の予測は不可能である」
という命題は、矛盾のように見えるが、矛盾ではない。そこから得られる論理的な結論は
「株価の予測は不可能である」
ということだ。
ちなみに、次の命題と同様だ。
「裏が表ならば、表は表である」
これは矛盾ではない。「表は表である」ということは、きちんと成立する。
一般に、
「株価の予想が可能であるならば、株価の予測は不可能である」
というような命題から得られることは、
「株価の予想が可能であると仮定すれば、矛盾」
という結論だ。ここでは、「背理法」という論理法がある。
本項の冒頭での命題では、背理法が含意されている。……いわずもがな、だが。
【 追記 】
広中平祐は「数学的な理論によって株価の予測ができるだろう」と考えたが、高安秀樹は次のように考えている。
経済物理学を使えば、株価を予測できるというわけではない。だが、大暴落は防ぐことができるはずだ、と高安氏。「暴落も暴騰も往々にして行きすぎるんです。ならば、始めから落ち着くべきところに軟着陸すればいい。そうすることで、過度の暴騰や暴落による経済のダメージが少なくてすむ。暴落しても、企業がつぶれてしまうようなところまではいかなくてすむ」これもまた、彼が経済学を理解していない証拠だ。
( → インタビュー )
「始めから落ち着くべきところに軟着陸すればいい」
というが、その「落ち着くべきところ」がどのくらいの値であるかを知ることが必要だ。「落ち着くべきところ」が最初からわかっていれば苦労はしない。わからないから、行き過ぎた高騰や下落が起こるのだ。彼の言っていることは、
「病気にならないためには、病気になる状態を避ければいい」
と言っているようなもので、意味がない。
また、「軟着陸すればいい」というが、軟着陸させるための方法が何かは、経済学によって決められる。
一般的に言えば、古典派経済学は、「市場原理ですべてOK」と述べるから、「放置するのが最善」と主張しがちだ。これに対して、フリードマン流のマネタリズムは、「貨幣供給量を最適にすればOK」と述べるが、それは間違いとは言えないまでも、「落ち着くべきところ」がわからないせいで、結果的には迷走することが多い。
結局、正解を知るには、経済学的にきちんと問題を理解することが必要だ。「物理学の数式を使えば大丈夫」なんて楽観するのは、あまりにもピンボケで幼稚すぎる。それはいわば、「自動車を最適に運転するには、地図を正しく理解すればいい」というような発想だ。まったくの間違いとは言わないが、あまりにもピンボケ過ぎる。(素人のたわごとを聞いた人は、「それで済むなら世話ないよ」と言って呆れる。)
【 後日記 】 ( 2016-10-08 )
本項で述べたのはちょっと違う形で「株価の予想」が実現している。
本項で述べたのは、「過去の株価データから未来の株価を予測することは不可能だ」ということだった。
一方、現在( 2016年 )では、人工知能を使う形で、株価の予想がすでに可能となっている。それはどうやっているかというと、世界中の多大な現実データ(経済指標や商品取引額や資源生産量や気象変化など)を入力することで、世界の変動そのものを予測しているのだ。これが高精度な予測となっている。
たとえば、中国の景気が頭打ちになっていることを多大なデータから見出して、中国の株価が 2015年夏に崩壊することを予想して、中国および世界的な規模で株価暴落が起こると予想したので、あらかじめ株を売っておくことで儲ける……ということが、現実に可能となっている。
これは、「株価を(数値的に・数値だけで)予想する」というよりは、「現実世界で経済の動きを予想して、株価の変動を予想する」というふうなものだ。正統的な方法だと言えるだろう。
ただ、この方法は、圧倒的なデータ解析が必要なので、コンピュータやソフトに莫大な資金を投じる必要がある。一部の数学的な秀才がやっているそうだ。頭のいい人々ほど多く儲ける、という感じだ。一種の出し抜き合戦。(一方で、無知な大衆は置いてきぼり。)
下記に参考記事があるので、読むといいだろう。
→ 人工知能が株式市場で存在感、学識者驚く的中率68%−将来8割も
愚者の黄金−大暴走を生んだ金融技術−ジリアン・テット著 平尾光司監訳 土方奈美訳
が金融工学の使い方の間違いを見事に描いており、何かの参考になるのではと思いました。
新たなるものを考え出した者たち以外が、その考えを利用する時に、必要な条件を呆れるほど見事に忘れて暴力的・信仰的に使い破滅を招く姿がカリカチュアのように見えてしまいました。
まず、通りすがりCさんがおっしゃっているように木の葉にかかる力をすべて書き出し動きを予想するというのは古典力学であり統計力学ではありません。
統計力学とは粒子の振る舞いを統計的に予測する学問ですから古典力学とは違うアプローチが必要にまります。ところで熱力学は外面で起こる現象を取り上げて法則化した学問ですから古典的な経済学はこちらに近いのかもしれませんね
たしかに人の心理は数値化できません。経済物理学はこの心理に当たる部分を物理で言う相互作用として考えているのでしょう。
物理学にも経済学にも基礎理論があると思います。もちろんそれを踏まえるのは当たり前ですが、それを鑑みたうえでならば人の動きを統計的に考えることも一つのアプローチとしてあってはいいのではないのでしょうか。
という話を、最後に加筆しました。
→ http://nando.seesaa.net/article/178832507.html#ps