◆ 経済物理学と べき分布:  nando ブログ

2011年01月07日

◆ 経済物理学と べき分布

 経済物理学では、べき分布という概念が重要である。この件については、下記項目で詳しく説明した。そちらを参照。
  → Open ブログ 「べき分布と正規分布」

 一方、米国の金融危機の原因については、「詐欺師の暗躍」という問題もある。これと「べき分布」とを、混同してはならない。

 ──

 上記項目( Openブログ )で示したのは、次のような話題だ。
 「統計的な分布というと、正規分布がよく知られている。だが、現実の世界に見出されるのは、べき分布であることが多い。では、なぜか?」
 この話題について、上記項目( Openブログ )で示した。

 ──

 さて。関連して、金融工学による米国のバブル景気の破綻について、次のような説明も見られる。
  95%を占める小さな変動は、ランダムウォークの理論に近い変動なのですが、大きなスケールでの為替の変動にはほとんど寄与していないのです。 金融工学で中心的な役割を担っているブラックショールズのオプションの公式はノーベル賞の対象となり有名ですが、市場の変動を単純な確率モデルで近似して捉えているのは、この95%の小さな揺らぎの部分だけです。一番大事な大きな変動の部分をすっぽり無視してしまっていることになります。

 95%は正規分布で説明できるようなちいさなゆらぎですが、残りの5%が壊滅的な打撃を与え、標準偏差さえも非常に大きくする桁違いの動きとなります。
 多くの円キャリートレーダーは、95%の確率では小銭を儲けていたのですが、残り5%の大きな変動で一気に今までの儲けをすべて吹っ飛ばすような損失を被ったといえます。
( → ベキ分布を考える
 このような解釈は、経済物理学の立場からは、しばしば見られる。しかし、これは妥当ではない。
 経済学的に言えば、上記の説明はまったくハズレている。
 「残り5%の大きな変動で一気に今までの儲けをすべて吹っ飛ばすような損失を被った」
 ということは、成立しない

 では、正しくは? こうだ。
 「 95%の事例では、投資家と証券会社員が、ともに儲けていた。5%の事例では、投資家は大損したが、証券会社員は損を会社に押しつけて(会社を倒産させて)、自分はさっさと逃げ出したので、損を被らなかった」


 つまり、次の原則が成立する。
  ・ 資本は、投資家に出させる。
  ・ プラス(利益)は、投資家と証券会社員で、ともに分けあう。
  ・ マイナス(損失)は、投資家に押しつけて、証券会社員は逃げ出す。


 要するに、自分は1円も出さずに、口先だけでボロ儲け、ということだ。投資家は何十億円も何百億円も出資したあげく、その何割かという巨額の損失を負った。一方で、証券会社員は、「金融工学」という言葉で煙に巻きながら、「儲かりますよ」と口説いて、舌先三寸だけで、何億円もの巨額の金を稼ぎ出した。(自分では1円も出資せずに。)

 要するに、米国の金融危機をもたらした原理は、「詐欺」だ。「べき分布」なんかではない。「株価の分布はべき分布だと見抜けなかったから、莫大な損失が生じた」のではない。それが証拠に、同じような破綻が今後もちょいちょい起こるわけではない。
 リーマンショックのような破綻が起こったのは、金融工学を口にした詐欺師が暗躍したからだ。べき分布のせいではないのだ。
 そのことも理解しないで、「べき分布のせいだ」なんて言いだしている経済物理学者は、「詐欺師による犯罪」を隠蔽しているという意味で、詐欺師のお先棒を担いでいることになる。真実を語っているつもりで、詐欺師の嘘を真実に見せかけている。(馬鹿というか、悪質というか、おめでたいというか。……)

 ともあれ、賢明な人々は、詐欺師の口車にだまされてはいけないし、経済物理学者のインチキ説明にだまされてもいけない。さもないと、ふたたび詐欺師の口車にだまされて巨額の損失を負ったあげく、経済物理学者によって「それはべき分布だから当然なんです」と正当化されかねない。
 


 [ 付記 ]
 すぐ上に述べたことには、次のような反論が来るかもしれない。
 「米国の金融バブルの破裂が起こったのは、べき分布そのものが理由ではない。べき分布である株価を正規分布であると誤認した金融工学が不正確だったからだ。この認識を正しくすれば、金融バブルの破裂は起こらなかっただろう」
 経済物理学の筆者の意図は、たぶん、そうなのだろう。しかし、それは成立しない。
 実際、日本のバブルは、金融工学の誤認が理由で起こったのではない。昔のチューリップ・バブルも同様だ。バブルを起こすのは、「国民的な倒錯」と「多大な金融緩和」による。米国の場合、「国民的な倒錯」に金融工学が利用されただけだ。金融工学が正確になればバブルは起こらない、ということはない。たとえば、「経済物理学は正しい」という国民的倒錯が起これば、それによってバブルが起こることもありそうだ。(とにかく国民的倒錯があればいい。詐欺師はそれを利用する。)

 実を言うと、「株価ではべき分布になる」という経済物理学の主張は、成立しない。では、正しくは? 「べき分布の最初と最後は途切れている」ということだ。特に最後の方について言えば、次のように言える。
 「べき分布の最後の方は、頭打ちである」

 その具体的な例は、次のページのグラフに見られる。赤い線は、一定範囲では成立するが、最後の方は頭打ちになり、途切れている
  → wiredvision
 このことは、次のページの [ 付記6 ] で詳しく説明した。
  → Open ブログ 「べき分布と正規分布」
 株価について言えば、次のように表現できる。
 「株価は、べき分布で表現できるが、最初の方と最後の方は、成立しない。最初の方は、取引の最低単位よりも小さい値にはならない。最後の方は、頭打ちになる。つまり、非常に大きな額の変動は、ほとんど起こらない」
 具体的に言えば、バブルの破裂のような大きな現象は、べき分布の形で確率的に起こるわけではない。米国で起こったからと言って、他の国でも同様に起こるわけではない。バブルの破裂のような現象が起こるのは、「マクロ政策を間違えて、あえてバブルを起こした」という特別な場合だけだ。決して確率的に起こるわけではない。
 比喩的に言うと、「自動車で車線変更をして正面衝突する」というような交通事故は、確率的に起こるのではなくて、「車線変更をする」というような特別な事情があったときだけだ。(居眠り運転や酒酔い運転など。)だから、そういう特別な事情(やってはいけないこと)をあらかじめ避けておけば、「正面衝突する」というような交通事故は大幅に減らすことができる。
 もっとはっきり言えば、こうだ。
 「交通事故は、人々が交通法規をきちんと守れば、減らすことができる。『べき分布で起こるものだから、どうしようもない』というようなことは、成立しない」

 米国の金融バブルの破裂も、同様である。仮に、経済物理学の著者の言うことを人々が信じたならば、次のことが起こるだろう。
 「新たな詐欺師が、『金融工学にべき分布を取り入れたので、今度こそ正しい』と主張して、ふたたび金融工学のバブルを起こす」

 このバブルは、「経済物理学バブル」と呼ばれるだろう。前は「金融工学は正しい」と叫んだ詐欺師が、今度は「経済物理学は正しい」と叫んで、国民的倒錯をもたらすわけだ。

 繰り返す。米国のバブルが起こった理由は、詐欺師が暗躍して、国民的倒錯をもたらしたからだ。なのに、「金融工学が、べき分布を認識できず、正規分布で認識したからだ」というような説を主張しても、お門違いだ。そんなお門違いの説は、学説としては成立しない。詐欺師のお先棒として、利用されるのが関の山だ。
 株価の分布は、べき分布ではない。その最後の方は、頭打ちであり、途切れているのだ。
 


 【 関連項目 】

  → 金融工学の意味
  → 米国の金融危機の理由 1
  → 米国の金融危機の理由 2
  → サブプライムローンとデリバティブの過去記事
 
posted by 管理人 at 17:44 | Comment(0) | 経済 このエントリーをはてなブックマークに追加 
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