◆ 農業再生と生産性向上:  nando ブログ

2011年10月31日

◆ 農業再生と生産性向上

 農業再生を図る方針が立てられている。しかしそこでは「生産性の向上」という意味が理解されていない。やたらと「金を投じる」という方針ばかりが示されているが、ほとんど逆効果だ。

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    ( ※ 本項の実際の掲載日は 2011-10-21 です。)

 
 TPP をにらんで、農業再生を図る方針が立てられている。
 《 農地規模10倍以上に 政府農業強化方針 》
 政府の「食と農林漁業の再生実現会議」(議長・野田佳彦首相)は二十日、農業再生の基本方針案と今後五年間の行動計画案をまとめた。若者の新規就農を支援し、水田など農地を集約して大規模化。協力した農家には助成金を拠出し平地では一戸(経営体)当たり現在の十倍以上の二十〜三十ヘクタールに拡大を図る。
( → 東京新聞 2011-10-21
 いかにももっともらしいが、ここでは「農業強化のために金を投じる」という方針があるだけだ。しかし、金を投じればそれで済む、というものではない。

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 農業の強化のためには、「生産性の向上」が何よりも必要だ。ここまではいい。
 では、生産性の向上は、何を意味するか? 次の3点だ。
  ・ コストの低下
  ・ 生産量の増加
  ・ 就業者の減少

 このうち、「コストの低下」ばかりを見ているようだ。しかし、他の二点もある。
 「生産量の増加」は、可能か? ある程度は、可能だ。しかし、日本の人口は一定だから、食糧需要の激増は見込めない。いくら増やしても、自給率 100%が限界であり、それ以上にはならない。(自給率を 100%以上に増やすには、輸出が必要だが、補助金付きの輸出は WTO 違反なので、不可能だ。)
 とすれば、「就業者の減少」が残る。実際、高度成長期には、そのことが起こった。農業の機械化が進むと、生産性が大幅に上昇した。そのせいで、農村部では大量の離農者が出て、都会に出稼ぎに出るようになった。(あるいは次男などが引っ越した。)

 要するに、「生産性の向上」には、「就業者の減少」がともなう。「コストの低下」だけが起こるのではない。「就業者の減少」がともなうのだ。農業人口が大幅に減るのだ。
 なのに、政府の関係者は、そのことをまったく見失っている。

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 農業の強化には、「生産性の向上」が必要で、それには「就業者の減少」がともなう。とすれば、そこでは、「余剰な労働者をどうするか?」という問題が生じる。そのための対策が必須だ。
 ところが政府は逆に、「新規労働者を増やす」という方針を立てる。しかも、そのために、大幅な補助金を出そうとする。
 《 新規就農者に7年間150万円支給へ 45歳未満対象で“若返り” 》
 農林水産省が、45歳未満で新たに農業に従事する個人に年150万円を最長7年間給付する制度の創設を2012年度予算の概算要求に盛り込むことが27日わかった。新規就農を支援し、従事者の平均年齢が66歳と高齢化が進んでいる農業の“若返り”を図る。
( → 産経 2011.9.27
 いくら農業強化が必要だからといって、余っている農業従事者をさらに増やすというのでは、方向性が逆だろう。しかも、経験者ならともかく、ど素人を参入させるなんて。しかも、優秀な人を呼び込むのではなく、補助金なしでは やっていけないような下手くそを呼び込むなんて。

 農水省は何か勘違いしているようだが、農業というのは「若ければ優秀だ」ということにならないそこいらの若者が農作業をすれば、経験の不足ゆえに、一日で音を上げる。60歳の経験者ができる量の1〜3割程度しか作業できないのが普通だ。(コツを理解していないので、ひどい筋肉疲労になって、すぐに参ってしまう。)
 農業というものは、一般に、多大な経験や知識を必要とする。それを持っているのは、中高年の農業経験者だ。そして、これらの農業経験者だけでも、現状では人間が余っている。生産性の向上があるならば、中年の農業経験者が(大規模耕作で)現状の5倍ぐらいの生産を実現できる。そうなれば、新規の農業従事者なんて邪魔なだけだ。(補助金をもらわなくては やっていけないような下手くそだけだし。)

 ──

 要するに、今の農業の方針は、まったく見当違いである。「コストダウンを図れば農業は自立する」と思い込んで、「若者を参入させれば生産性の向上でコストダウンが実現する」と思い込んでいる。
 しかし、生産性の向上には、必要人員の減少がともなうので、大量の離農者が出る。そして、最初に離農するのは、ろくに経験も覚悟もなしに参入した、安易な新規就農者だ。
 というわけで、政府の方針では、「新規就農者を呼び込んで、あとで余ったら離農させる」という「元も子もない」馬鹿げた方針となる。
 いわば「穴を掘って埋めるために金を投入する」というのと同じだ。だったら、何もしないで遊んでいる連中に金を与える方が、まだマシだろう。それなら、少なくとも、変な無駄は起こらない。
( ※ どうせ金を捨てるのなら、単に捨てる方がマシだ、ということ。余計なことをして下らないことに金を使えば、その金はすべて無駄に消えてしまうので、大幅な損失になる。一方、単に金を捨てれば、金を拾った人は得をするので、国全体では損得がない。不公平は生じるが、損は生じない。その方がマシだ。……ついでに言えば、一番いいのは、その金を全部私にくれることだ。 (^^); )
 
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 [ 余談 ]
 農業の新規参入者というのは、別に国が大幅に援助しなくても、民間の農業会社がけっこう頑張っている。そこでは若手が参入することもある。
 ただ、普通の若手は、簡単に音を上げてしまう。農業というのは、朝早くから仕事をして、大幅に肉体を酷使する、すごくきつい仕事なのだ。3Kみたいなものだ。よほど農業が好きな人でないと、勤まらない。そこでは「補助金をもらえるから」というような安易な理由で参入した人は、あっという間に逃げ出すハメになる。
 このような話は、農業関係でも情報があるので、適当に調べてみるといいかもしれない。(ネットで見つかるかどうかは、保証できない。)



 【 対案 】

 では、どうすればいいか? 馬鹿げた政府案のかわりに、私がまともな案を示そう。それは「農地の国有化と、農業年金の支払い」という案だ。詳しくは、こうだ。
 「政府の投入する金は、すべて、農地の買収費とする。つまり、農地の国有化だ。ただし、土地は一挙に買収するのではなく、農業年金の形で分割払いとする。生涯にわたって少しずつ金をもらう」


 この場合、いろいろとメリットがある。
  1. 単に金を与えるのではなく、土地の買収なので、公正である。(農民だけに国の金を与えるのは不公正である。)
  2. 国が買収した土地は、そのまま所有者に低額で貸与すればいい。(農民は現在の土地で農業を継続できる。ただし使用料を払う。)
  3. 農民は使用料を払うのが馬鹿らしいと思ったら、農業を辞めればいい。その場合、以後は生涯、農業年金をもらえる。
  4. 使用料を払ってもやっていける大型の農業従事者が生き残り、使用料を払えない小型の農業従事者は消えていく。こうして自然に農業の集約が進むので、自然に生産性の向上が進んでいく。(現状では、やたらと補助金漬けになるので、無能な人ばかりが優遇される。そのせいで自然な交替が進まない。市場原理に反するので、状況が歪んでしまう。)
  5. 時間がたつと、高齢の農民が死亡して、農業年金の支給は止まる。数十年後には、農業補助金はゼロになる。(現状の案では、永遠に現金給付が続くので、農家の家系ばかりが不当に利益を得る。何もしないで金をもらえるの代々続くので、世襲の貴族のようになる。農業貴族。)
  6. なお、農業年金の支払額は、一律ではない。土地の大小によって金額は変わる。また、余命の長い若手は、もらう期間が長くなるので、毎年の受給金額が少なくなる。そのような微調整は必要だ。ただし、技術的に細かなことは、ここでは話題にしない。細かなことは、あとでいろいろと修正すればいい。
 以上の案を、私の代案とする。



 【 追記 】
 はてなブックマークコメントで、次の話が示された。
知人の農水省キャリアの危機感は、「今の農家(昭和一桁生まれ)が天寿迎えたら、農業担い手がゼロになる」。その対策として新規営農者を育てたい、と言うことのようだ。
 なるほど。そういう懸念がなされているのかもしれない。それならば、農水省の気持ちはわかる。
 ただし、この懸念は、間違いである。なぜか? 次の事実があるからだ。
 「農民の年齢構成は非常に高い。60歳以上の高齢者が大部分だ。このままでは、高齢者が死亡して、日本の農民はスッカラカンになる。……と従来からずっと思われてきた。だが、現実には、そうならない。高齢の農民は、ちっとも減っていない。なぜか? 死亡者はどんどん出ているが、新規の参入者もどんどん現れているからだ。というのは、定年退職した会社員などが、新規にどんどん農業に参入しているからだ。小さな農地を使って、週末などに気軽な労働をして、年に 30万円ぐらいの所得……というような形。そういう形で、定年退職者などが、趣味の農業をどんどんやり出している。だからいつまでたっても、高齢の農民は消えない」
  → 農林水産業は以前の職をリタイアした50〜60歳代の人達の重要な再就職先

 このことは、次の事実とも、符合する。
  → 農家の平均年齢はなぜ70歳近辺なのか?

 というわけで、新規の農業営農者を迎えるために、若手を導入する必要はさらさらない。なぜなら、新規の高齢営農者がどんどん参入しているからだ。
 農業というのは、都会では仕事のなくなった人々が、地方でのんびり余生を送るためには、最適の産業なのだ。そこでは農業は自立した産業である必要はない。「年金をもらいながらやる趣味」であればいい。時給 800円も得る必要はなく、時給 100円ぐらいでいいのだ。本人がそれでいいと思っているのだから、それでいい。(生活費は年金から得る。農業は小遣い稼ぎだけ。)
 ここで、「若者を農業に参入させよ」と狙って、「時給 700円が成立するように、補助金で時給 600円分をつぎこむ」なんてのは、あまりにも馬鹿げたことである。農水省の狙いは、根源的に狂っているのだ。



 【 関連項目 】

 この案(私の対案)は、前にも述べたことがある。簡単な話だが。

   → 泉の波立ち 「食糧自給の私案」
 
posted by 管理人 at 19:23 | Comment(6) | 経済 このエントリーをはてなブックマークに追加 
この記事へのコメント
農業の大規模経営化で農業補助金をなくすの
ですか?
そんなことしたら日本で農業できなくなると
思いますよ
Posted by mugu at 2011年10月23日 00:02
 日本で農業ができなくなれば、農産物の生産量が激減するので、価格が暴騰します。価格が暴騰すれば、生産者は大儲けできます。
 市場原理。

 ま、補助金がなくなったら、一番損するのは、値上げの被害を受ける消費者かも。農民が全滅するということはありません。もしそうなったら、私が農業に参入して、日本の農業を独占して、ボロ儲けします。
Posted by 管理人 at 2011年10月23日 00:27
非常に面白い案だと思います。
特に農業年金という発想は目からうろこでした。

しかし管理人様の対案だと農地の集積が難しく、「生産性の向上」が見込めない地域の農地は放棄されてしまう気がします。
日本全土で北海道のように土地集積ができるなら可能でしょうが、日本の農業の約4割は中山間地域で行われているのでこの対案には少々無理があるように感じます。
Posted by kane at 2011年11月11日 05:34
第1に、野菜生産については、現状でもほぼ十分な自給率を達成しています。輸入がゼロというわけではないが、生鮮野菜については国産品も十分な競争力をもちます。(タマネギなどは保存が利くので、輸入も多いが、国産品もけっこう多い。)
第2に、米は過剰生産の状況にあり、自給率は130%ぐらいあります。余剰分は減反です。減反に相当する分を中山間地域で行ない、現在では減反をしている八郎潟などの大規模農地で生産すればいい。
第3に、米の自給率をもっと下げていい。100%にする必要はありません。業務用を中心に、20〜30%ぐらいは外米にするのが妥当です。食用のほか、せんべい用・もち用・日本酒用の米も、外米で十分。
Posted by 管理人 at 2011年11月11日 12:36
お早い返信ありがとうございます。

なるほど、中山間地域の田畑の減少分を、現在休耕している大規模農地でまかなうということですか。納得しました。

というよりあれだけ減反してもなお米って余っているのですね。。。
Posted by kane at 2011年11月13日 01:56
 最後のあたりに 【 追記 】 を加筆しました。
Posted by 管理人 at 2011年12月07日 12:55
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