◆ 受付 07:  nando ブログ

2006年09月27日

◆ 受付 07

こちらは過去ログです。

posted by 管理人 at 19:40 | Comment(22) | ご意見の受付 このエントリーをはてなブックマークに追加 
この記事へのコメント
新たに項目を立てました。

なお、本家のサイト名は、変更されました。

  小泉の波立ち
    ↓
   泉の波立ち
Posted by 管理人 at 2006年09月27日 19:58
お疲れ様です。

まだ、ページのタイトル部分(ブラウザの一番上の紺色バーに表示される文字)が「小泉の波立ち」のままになっていますよ。
Posted by O.J.M at 2006年09月27日 22:07
南堂様、

いつも納得の行く記事を配信してくださり、すごく勉強をさせていただいています。
LD事件は結局、マスコミと権力者(地検、東証、フジ産経、政府など)によって国民が踊らされたと言う結末を迎えるようになるのでしょうか。

今でも思うのですが堀江氏が色んな事を社会に提供してくれたのでは?と言うことです。よく解釈をすれば、ある程度彼の貢献度を認めなければならないものだと痛切に感じております。この事件を通じ、人間の愚かさ(悪意や嫉妬心)が如実に明かされました。よって、それに気付いている人は少なくはないのではと思います。

日本人はお金に対して極端にこだわる国民ですね、値段の高い物は良い物(安心)と思っているところがあるのではないでしょうか。一例ですが、健康食品だからと水みたいなものを買わされ、高いお金を請求されても信じ、、、結局は効き目もなく後の祭りっぽいことがあるようです(そういうものが詐欺)。宣伝に踊らされて、我も我もと右ならえするということはある程度危険だと思うのですが、、、自分でしっかりと考える力が不足しているからだと思います。
対して、イギリス人は安いものにありつけると競ったように自慢しますし、高いものを買ったり払わされたりした場合は、’馬鹿だねぇ’と同情を受けます。お店の人たちもお客には高いものを売ると言うよりも、こっちの方が、、、と安いものも比較の対象として、薦めてくれます。きっと私が貧乏人に見えるからでしょうか?いいえ、そうでは有りません、自分の身(思いやり)になって考えるからなのです。これは国民性です。ブランド物も当然のこと買う人はいますが、いくらお金持ちでもセール(バーゲン)の時にちゃっかりと安くに購入している人が多いのです。

日本では、次から次へと、携帯電話やゲーム機など新機種が開発され、若者を魅了していますが、イギリス人は比較的一つのものを大事に使う国民ゆえすごく現実主義的だと感じます。何が良いかはその人たちの価値観ですが、無駄をなくすことが理想ではないかと感じています。

今でも堀江氏が、拝金主義で、詐欺師だとは思えないし、ちょっとした経理ミス見解の相違は有ったかも知れませんが、彼自身は人から金を巻き上げるような人間ではなかったと信じています。きっと突然の地検による家宅捜査がなかったら、証取監視委員からの注意、警告などを受けるくらいで、今も生きた会社を築いていたのではないかと思います。社会の混乱もここまで酷くはなかった筈です。
Posted by 原田 at 2006年09月30日 05:54
トップページがありませんが?
Posted by 通りすがり at 2006年10月10日 19:42
南堂様
サンプロにがんがんメールしてください。

北朝鮮問題は、もう、うんざりです。
どこでもやっいます。
それより、ホリエモン裁判は、どうなったのですか。
ホリエモンを有罪にするために、地検は宮内氏の背任を隠していたのでしょ。これを大きく取り上げてくださいよ。
東京地検が、そうまでして、ホリエモンを有罪にしたい理由は何ですか。
みなさん、ジャーナリズムのポリシーを忘れたのですか?

http://www.tv-asahi.co.jp/sunpro/
Posted by ろばと清作 at 2006年10月14日 14:47
ニュースと感想 10月12日b  「北朝鮮への制裁の有無」
〉 で、Abe 首相は、米国の52番目の州の、州知事となってから〜〜

……「51番目の州」ってどこですか?
Posted by カミルス at 2006年10月14日 23:21
プエルトリコです・・・じゃないですよね。  (^^);

済みません。訂正します。
Posted by 管理人 at 2006年10月15日 09:49
トンデモについて
男性はワクワクするような創造的なもの
には夢中になったりしますね。

ビッグバーンなんてカール・セイガンが
自身で目撃したかのように語るんですもん

20世紀最高の株式投機家とされるジェシー・
リバモアなんて4回も破産して最後は自殺
したにも関わらず、現在でも多くの投機家の
心をつかむ。その中の誰一人として破産は
ゴメン被りたいと思っているにもかかわらず
Posted by mugu at 2006年10月18日 03:24
>  麻酔科医や産婦人科医が不足している、としばし
> ば言われる。その一方で、これらの医師には、あま
> り高度な専門知識は必要とされない。麻酔それ自体
> は人命救済に関係ないし、出産それ自体も人命救済
> に関係ない。ただ、万一の場合に、人命に関わる。

麻睡医って名乗るだけでもけっこう大変なんですよ。

http://www.anesth.or.jp/certification/application.html

そして、オペ中たしかにメス握ってはいないけど、
やってることは「全身管理」。強引にたとえればシス
テム管理者(それより麻酔医の方が積極的に動いてる
けど)。なにごともなくシステムが運営されてるよう
に見えれば、システム管理者に「高度な専門知識は必
要とされない」、ヒマでいいなあと評価しますか?

別にタレ込んだりしませんけど、知れたら日本麻酔科
学会から抗議がきますよ。

産科のほうは識者にお任せします。
と評価しますか?
Posted by えむ at 2006年10月22日 16:17
誤解されて文句を言われるのは覚悟の上の発言です。

麻酔科医が足りないせいで、外科医がいても手術ができないで死ぬのと、どっちがいいですか? 

あなたの奥さんや子供が麻酔科医不足のせいで死んでも「仕方ない」と諦めますか? 

人が死ぬのを放置するくらいなら、私が「麻酔科医の既得権を侵害した」と文句を言われるのは、甘受します。
Posted by 管理人 at 2006年10月22日 20:16
南堂様
ライブドアの事件も「国策捜査」だから、しかたがない。といったように、片付けられそうですね。
「国策捜査」っていんちきくさい感じがするのですが、合法なんですかね。
憲法を見ても、どこにも書いてないし、いったい何なんですか。それで、国民が納得するから不思議でたまりません。
Posted by ろばと清作 at 2006年10月28日 22:01
かつての大検が、現在は「高等学校卒業程度認定試験」になっています。
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shiken/index.htm

高校在学中でも受験可です。

定期テストをやめて、こういうのに合流してもいいのかもしれませんね。
Posted by けろ at 2006年11月01日 00:22
いつもご苦労様です。
11月7日分の「学校の成果主義」についての記事中、
「では、市場原理を貫徹するとすれば、どうなるか? こうだ。」の段で、
「学力の高い学校では、授業料が上がり、かつ、教師の給与も上がる。
 学力の高い学校では、授業料が下がり、かつ、教師の給与も下がる。」と、
両方学力が高い場合となっております。
Posted by たまねぎ at 2006年11月07日 20:58
「姉歯氏の単独犯行」と決着した件、表面的にはその通りかも知れませんが、もっと根本的な問題にも目を向けるべきだと思います。
日本における建築生産システム(行政も民間も含めて)、建築基準法、建築士法、建設業法、大学教育などの制度疲労等が限界に近付いている、というのが実情ではないかと思います。
姉歯犯行を産む素地があるのです。
その素地を何とかしないと、同様の事件は繰り返されることになります。
建築設計に関しては、たくさんの「勘違い」「思い込み」が潜んでいます。
この「勘違い」を放置したまま進められている「制度改正」の実効性や、いかに。
Posted by けろ at 2006年11月19日 07:29
> そこでネットを調べてみたのだが、知事選の立候補資格(つまり被選挙権)は何かというと、「満 30歳以上の日本国民」
> というだけで、在住地は制限されない。どこに住んでいてもいいのだ。(ちょっと意外でした。)

そんなことも知らなかったんですか? 私の世代は学校でちゃんと教えられましたが。

# ちょっとからかってみる。
Posted by えむ at 2006年11月29日 09:26
今更ですが「ライブドア・二重の虚構」について感じた事を書かせて頂きます。

> ● ニュースと感想  (11月25日)
のように、内容が良くても推敲不足、という感想は私も持ちました。
「一般読者向けの最適化」が抜けてる感じなんですよね。
泉の波立ち読者には最後まで読める内容でも、一般読者が手にとって最後まで読むのはやや辛いと思います。
これは、知識レベルや読解力がどうこう言う話ではなく、「南堂スタイル」(の文章)に適応できるかどうかという話です。

例えるなら、「『革新的で斬新な、でも一般受けする分かりやすい内容』を講演会で発表する時、一般人に『ハートマン軍曹の喋り』で解説している」ようなものでしょうか。
いくら良い内容の講演でも、大概の人間が気分を悪くして最後まで聞かず帰ってしまう。軍事オタしか最後まで聞いてない。
そんな感じになってしまってる訳ですよ、「ライブドア・二重の虚構」は。

要は最後まで読ませる工夫が不足してるですよね。

通常なら担当編集がその辺りのチェックを二人三脚でやってそうですが、自費出版で済ましたためそこが杜撰になったんじゃ無いかと(私は勝手に)思っています。

マニアックで狭い範囲な読者層を狙う場合はそのままのスタイルでもよろしいでしょうが、前回のように「大衆に読まれてこそ」を目的とする本を今後出版される場合は、南堂さん“本人以外”による推敲もしっかりされた方がいいと思いますよ。

それでは、失礼します。
Posted by pochi-p at 2006年12月03日 00:31
pochi-p  さん、ご感想ありがとうございます。大変有益なご指摘で、とても感謝しております。

ご趣旨はもっともだと思うのですが、よくわからないところがあるので、もう少し詳しく説明していただけると幸いです。印象としてなら、よくわかるのですが、具体的にはどういうことなのかが、ちょっとわからないので。

> 内容が良くても推敲不足、という感想は私も持ちました。

 これはわかります。たしかに推敲は十分ではありません。執筆期間を限って、内容よりも出版時期の早さを優先しました。遅くなると、気の抜けたビールみたいになるので。

> 「一般読者向けの最適化」が抜けてる感じなんですよね。

これもわかります。もともと、そうならざるを得ないからです。一般読者にとっては中身が専門的すぎる(経理のことなんか誰も詳しく知りたくない)ので、やむをえないのです。

> 泉の波立ち読者には最後まで読める内容でも、一般読者が手にとって最後まで読むのはやや辛いと思います。

これもわかります。今から読み返しても、楽しくスラスラと読める内容ではないと思います。

> 「南堂スタイル」(の文章)に適応できるかどうかという話です。

 これがよくわかりません。説明としては、次があります。

> 例えるなら、「『革新的で斬新な、でも一般受けする分かりやすい内容』を
> 講演会で発表する時、一般人に『ハートマン軍曹の喋り』で解説している」
> ようなものでしょうか。
> いくら良い内容の講演でも、大概の人間が気分を悪くして最後まで聞かず
> 帰ってしまう。軍事オタしか最後まで聞いてない。
> そんな感じになってしまってる訳ですよ、「ライブドア・二重の虚構」は。
> 要は最後まで読ませる工夫が不足してるですよね。

 これもよくわからないんですよね。
 要するに、語り口がよくない、ということですよね? おっしゃることはわかります。ただ、かわりに、どういう語り口にしてほしいのか?
 この口調が『ハートマン軍曹の喋り』だと指摘していることは、わかりますが、ではどうしてほしいのか、というのがわからないのです。

 それだけでは意図が伝わらないと思うので、もう少し説明します。
 『ハートマン軍曹の喋り』というのは、意図的になしたものです。あえてそういう口調にしています。なぜか? 本書の口調は、次のことを基本にしています。
  ・ 内容を十分に詰め込む。(薄い内容を水増しする、というのは駄目。)
  ・ わかりやすさ(明晰さ・伝達度)を高める。(濁った文章は駄目。)
 こういうふうにして、ページ数が限られていると、どうしても、『ハートマン軍曹の喋り』ふうになってしまうのです。簡潔な文章でも、話の転換が急で、話がどんどん勝手に進んでいく感じで、読者は置いてきぼりにされる感じです。

 逆に言えば、次のような口調も可能です。
 「読者に対して、優しい丁寧な口調で語る。読みやすさを優先して、読者は楽に文章に追いつける。話の転換がゆるやかで、なだらかな調子で話が進んでいく。ゆったりとした感じで、気楽に読み進める」
 こういう口調も可能です。ただし、それだと、読みやすさのための「つなぎ」の文章が多くはいるので、分量が増えてしまいます。同じ分量であれば、内容が薄くて、とても水っぽい文章となります。──その典型は、「さおだけ屋はなぜ〜」という本でしょう。とても読みやすいのですが、内容は非常に稀薄です。

 で、「さおだけ屋」のような本の方が一般読者向けだし、その方が売れることはわかっているのですが、内容稀薄であるがゆえに、売れるとしても、インパクトが少ない。本書の目的は、売れて儲けることではなくて、世間をひっくり返すことであった(残念ながら失敗したが)であるために、どうしても内容を詰め込む必要があり、そのせいで、読みにくさが出てしまいました。
 それでも、できる範囲で「わかりやすさ」を出したつもりです。ただし、「丁寧さ」や「読者への親切さ」は、犠牲にせざるを得ませんでした。

 ──

 とはいえ、以上の私の弁解(?)では、pochi-p さんの言っていることと、うまく噛み合っていない、と感じます。pochi-p さんの言っていることは、もっと豊かなことではないか、と感じます。そこで、「詳しくいうと、ここがこうなんだよ」というご指摘を、もう少し加えていただけたら、とお願いしたく存じます。
Posted by 管理人 at 2006年12月03日 08:26
中国残留孤児について
政府を悪玉にしたいばかりにとうとう
真実が見えなくなったんですか?
拉致問題というからことの本質が薄くなって
しまうのであって、北朝鮮による
誘拐事件なんですよ
通常誘拐事件では警察が動きますよね
今回は北朝鮮で国外ですから政府が動いていますが
一方残留孤児は、親の判断で置き去りにしてきた
ものです、別に政府が置いてこいと
いった訳じゃない
これについては残留孤児が被害者という
訳じゃない
本来であれば、置き去りにしてきた親が主役に
なって政府に
”子供を連れ帰りたいのですがなにぶん
 国外のことなのでサポートしてもらえませんか”
といって解決すべき問題です
ただ、親がこの責任を果たそうとしない
ので仕方なしに政府がやっているわけです
当然というか、当たり前のことですが
自分に責任が無いことですから政府も
力が入らないでしょうね
そのなかでは政府もよくやっているなと思いますが
Posted by ふーちゃん at 2006年12月03日 15:09
親はすごい高齢または死亡です。さらに根本的なのは、誰が親であるかがわかっていないのです。赤ん坊で置き去りにされた人に親を捜させようとしても無理です。個人の努力では片付きません。

二十年前に日本中で「政府はさっさと孤児を連れ戻せ」と大騒ぎしたときに、政府はずっと「いやだ」といってほったらかしてきたんです。

> 置き去りにしてきた親

このときの親の気持ちがわかりますか? 親は誰だって自分よりは子を大切にします。なぜ親が子を残してきたのか? よく考えてください。

なお、置き去りにしたことには政府には責任はありませんが、連れ戻さない状態を保ったことには政府に責任があります。国交断絶と渡航禁止にしたのは政府ですから。

Posted by 管理人 at 2006年12月03日 15:28
「ハートマン軍曹の喋り」ってのは、まああまり気にしないで下さい。(検索すればすぐ出てきますが)
とりあえず「聞き手or読み手側に不快感を与えるもの」程度に思って頂ければいいです。


私の思っている「南堂さんスタイル」というものは、以下のようなものです。

・高圧的な印象を受ける、読者としては見下されてるように感じがちな文体。
・比喩の割合がかなり多い。
・たまに(あえて?)不正確。でも主たる内容じゃないから(南堂さんは)気にしない。

それに加えて、「ライブドア・二重の虚構」中では

・内容の繰り返しが多い。もう少しコンパクトに出来そう。

と言った感じも受けました。


以前比喩が多い事については、「面白みのある文にする為」や「分かりやすくする為」と南堂さんは泉の波立ち内で回答していたように記憶しています。
ですが私は次のように感じました。

・比喩を使わなくても十分理解できるよう分かりやすいので、比喩表現部分は「やたらとくどい文章」に感じさせるだけの余分な物。
・あまり面白味のある比喩は少ない。書籍中では全体の1割以下程度。

まあ面白味や理解しやすさは、個人差によって違うのは承知しています。
(だから実際は南堂さんの意図した効果を十分に発揮してるかもしれません)
ですがそれでも多数の人から「比喩が多い」という指摘があった事を考えると、やはり比喩は必要以上に多過ぎたのでは無いかなと思います。


書籍を読んでいた時は上記のような点について、ことあるたびに「……イラッ」となってしまいました。(許容範囲でしたが)
それで「これが普段から南堂さんの文章見てない人じゃ、イライラしまくりでとても最後まで読めないんじゃないか?」という印象を受けたのです。
そのため今回書かせて頂いた感想になった訳です。

南堂さんが書いた文章は、南堂さんが思うよりも、より面白かったり、逆に濃くなかったりする部分があるんじゃないかなと思います。
まあ(特に面白さ&分かりやすさ等は)主観によるものが大きいので、実は私の指摘は的外れなのかもしれませんが。
ただ私の中の“客観性”を信じるならば、そんなに外れてないと思います。

そのため私や南堂さんの感覚では無くて、「“複数の他人”による推敲を追加した方がいい」と提案させて頂きました。

(書籍の内容自体は満足でした。最終章はイマイチ(←これは完全に主観)に思えましたが)


あまり分かりやすくも豊かでもない説明ですみません。私にはこの程度の説明で精一杯かなと思います。
それでは、失礼します。
Posted by pochi-p at 2006年12月03日 16:48
ていねいな解説をありがとうございました。おっしゃることはよく理解できました。

これを咀嚼した上で、今後の執筆に反映させたいと思います。できる点とできない点とがあるのですが、それでも可能な限り、ご意見を反映させたいと思います。

重ね重ね、ありがとうございました。これまでで一番有益なご意見でした。深く感謝いたします。

Posted by 管理人 at 2006年12月03日 18:02
迫りくる赤軍、自分たちも逃げ切れるかどうか
分からない、捕まれば最悪、死
そしてその可能性は高い(なんせ赤軍ですから)
だったら…
というのも分かります
しかし、自分は帰国できているのだから
ここに判断ミスがあったことは拒否できないでしょう
無論、仕方なかった判断だとは思いますが
問題はその後です
引き上げ事業は1958年まではやっていたわけですし
当時、高齢だから何もできなかった
というわけでもなかった
政府をたきつけて子供を捜しに行く事だってできた
はずです
にもかかわらず当時その努力を怠ったのは
誰なのということです
そして、1959年には政府から
見舞金を出すから子供は諦めてくれ
といわれて諦めてしまった
もちろん、政府が悪辣なのは分かります
でも、それを受け入れお金を受け取ったのは親です
言葉は悪いですが、
金で子供を政府に売り渡したのだから
後になって政府を非難するのは筋違いだと思います
Posted by ふーちゃん at 2006年12月04日 14:54
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