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年金 2000億円の消失に関して、「国が損失を補償するべきだ」という声もあるし、「いや、国が損失を補償する必要はない」という意見もある。たとえば、読売の社説は後者だ。
民主党の一部や厚年基金の中には公的資金による穴埋めを求める声もあるが、これは筋違いだ。確かに、「国が損失を補償したくない」という気持ちはわかる。しかし、損失をこうむった基金そのものではなくて、加入する各人はどうか? 自分たちには何の咎もないのに、莫大な年金を失うことになる。それは読売の言うように「自己責任」という言葉で済ませられるのか?
資産運用は自己責任が原則である。損失を被った時だけ救済を受けるというのはおかしい。
( → 読売・社説 2012-03-25 )
読売は基金のレベルで考えているから、「自己責任」という言葉が出てくる。しかし資産運用をしているのは、各人ではなく、基金である。各人は「資産運用」をしていないのだから、「資産運用の責任」なんてものは最初からない。そのことに気づくべきだ。
各人のレベルで考えよう。もし各人の「自己責任」ということが成立するのであれば、各人には責任を免れる道が残されていたはずだ。
・ その基金ではなく別の基金に加入する
・ 厚生年金そのものに加入しない
これらは可能だったか? いや、可能ではなかった。各人が加入できる基金は、その会社の基金だけであるから、選択の余地はない。また、加入をやめることは、法律的に認められていない。( → 出典 )
要するに、誰かがA社に勤めたら、「A社の厚生年金基金」に加入することは、法的に義務づけられている。このような「法的義務」という強制をなしているのは、政府である。
従って、各人が該当の厚生年金に加入したことの責任を言うなら、それを強制した政府に責任があるのであって、各人に責任があるのではない。もし各人がその強制に従わなかったら、各人は法律違反の犯罪者となってしまうからだ。
政府が「各人に責任がある」と言うのであれば、政府は各人に対して「おまえは法律に従った責任がある。その責任を取れ」ということだ。それはつまり、国が各人に「法律に違反せよ」と述べている、ということだ。そんな滅茶苦茶はありえない。
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では、正しくは、どうすればいいか?
そもそも、この問題の根源は、「年金を事業体別に運用する」ということにある。しかし、年金というものは、社会全体で維持するものである。個別の企業や業界が維持するものではない。
また、各基金が年金の運用を利回りで競争するようなものではない。もしそんな方針を取れば、ハイリスク・ハイリターンを狙ったあげく、ハイリスクで破綻することになる。それが今回の事例だ。
つまり、今回の事例が起こることは、もともと予定されていたことなのだ。
とすれば、対策としては、その逆、つまり、「厚生年金をすべて統合して、国家レベルで運用する」ということしかありえない。
この場合、各基金ごとの職員はすべて解雇されるから、社会保険庁のOBが天下ることもできなくなる。だから社会保険庁は大反対するだろうが、その分、国民は利益を得る。
というわけで、「厚生年金を国家レベルで統合する」というのが、正しい年金制度であることになる。
( ※ 国民年金が国家レベルで統合されているのと同様だ。仮に国民年金を市町村レベルでバラバラに分割して、市町村レベルで勝手に資産運用していたら、今回のような問題が国民年金でも続出することになるだろう。)
[ 付記 ]
関連して、「401k」というものがある。これは資産運用を、企業レベルから個人レベルに移すものだ。
この場合には、「自己責任」が成立するので、資産運用の失敗はすべて各人のレベルに移ることになる。
では、それで問題なしか? 国にとっては問題なしと見える。しかしこの制度が成立するのは、「マクロ的に見て各人の判断が国の判断よりも正しい」という場合に限られる。
実際には、利口な人は得をして、馬鹿な人は損をする。ただ、平均的には、「高利回りを狙ったあげく、たいていの人は損をする」というふうになるはずだ。特に、低成長の時代にはそうなるはずだ。
そのことは、事実としてすでに結果が出ている。「401kは元本割れ」という事実だ
→ 401kの運用成績ガタ落ち 元本割れ6割の深刻
一部引用すると、次の通り。
運用成績次第で将来もらえる年金の額が変わる確定拠出年金、いわゆる日本版401k。その加入者の約6割が「元本割れ」に陥っていることが明らかとなり、話題となっている。要するに、年金というものは、「安定的な運用」こそが大切なのだ。逆に、「資産運用の成績を競争する」というギャンブルみたいなことは推奨されないのだ。
「公的年金ばかりが話題となっているが、じつは深刻な問題」
「何でも競争すれば良い」
という市場原理主義の発想を、生産活動ではなく資産運用に持ち込むと、そこでは、「いっぱい働く」という勤労の現象は起こらず、「ハイリスク・ハイリターンの賭けが流行る」というバクチの現象が起こる。
「401k」は小泉政権のころの施策だが、あの当時の「市場原理ですべてうまく行くはずだ」という愚かな発想が、あちこちで愚かなバクチ行為をもたらして、そのあげく、今回のような 2000億円消失という象徴的な結果をもたらすに至ったのだろう。
要するに、今回の 2000億円の損失は、制度の根源的な欠陥を意味している。ここで「自己責任」なんて言葉を持ち出すのは、制度の根源的な欠陥を隠蔽するものだ。
今回の事例で、損をした人々は、「自己責任」ゆえに損をしたのではない。国の制度設計の失敗のせいで損をしたのだ。そこを理解しなければ、今後も次々と似たような問題が起こるだろう。……というか、すでに問題となっている「401k」の失敗を認識するべきだ。
[ 余談 ]
年金の資産運用は、原則として、国債投資に一本化するべきだ。これならば、損も得も発生しない。仮に損得が発生したとしても、国民全体が損をして、国民全体が得をする、という形になるから、相殺する。
年金のような公的な制度は、このように安定第一を旨とするべきだ。
利回りの有利さを競うようなことは、一種のギャンブルであるから、そういうことは、各人が勝手に余裕資金を使ってやればいい。ひるがえって、そういうことを国が国民の年金について推奨するというのは、根本的に狂っている。
小泉・竹中のような「市場原理主義」は、国家の基本制度を根本的に狂わせてしまうのだ。
( ※ そもそも年金の運用は、一種のギャンブルであって、経済活動ではない。そんなところに無闇に競争を持ち込もうというのが、根本的に狂っている。「競争による最適化」は、経済活動には成立しても、ギャンブルには成立しない、ということを理解できていないようだ。)
[ 参考 ]
AIJ がギャンブルをしていたことを示す記事がある。
→ 「逆張り」で損失拡大=高リスク投資繰り返す
AIJ投資顧問による年金消失問題で、浅川和彦社長(59)が「逆張り」というリスクの高い投資方法でデリバティブ(金融派生商品)の売買を繰り返した結果、多額の損失を出していたことが23日、証券取引等監視委員会の調査で分かった。
監視委は、運用損を穴埋めするために高リスクの取引を行い、さらに損失を拡大させていったとみて解明を進めている。
逆張りは、下落局面で購入するなど、相場の流れと反対の売買をする投資手法。相場の流れに沿う「順張り」と比べ、タイミング良く反転すれば大きな利益を得られるが、裏目に出た場合の損失も大きい。
監視委によると、一部の運用を任されていたAIJの担当社員は比較的堅実な投資を行っており、利益を出した社員もいたという。しかし、資産の大半を運用していた浅川社長は、国債の先物取引など高リスクのデリバティブを中心に、ほとんどの売買を逆張りで実施。思惑が外れ損が出ても手じまいせずに取引を続け、さらに損失を拡大させたという。