◆ 受付 08:  nando ブログ

2006年10月01日

◆ 受付 08

こちらは過去ログです。
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この記事へのコメント

新たに項目を立てました。

これ以前の分(過去ログ)は、
http://nando.seesaa.net/article/24521249.html#comment
Posted by 管理人 at 2006年12月09日 10:12
南堂様、

今年は色々と勉強をさせていただき感謝しております。
どうぞ年末はゆっくりされ、ご家族様と楽しまれ、リチャージをして新年に備えて下さい。
新しい年もどうぞ宜しくお願い致します。

ご家族様の健康とご多幸をお祈り申し上げます。

有難うございました。

Merry Chistmas
And
A Happy New Year!
Posted by 原田 at 2006年12月15日 21:22
>>「出産システムの崩壊」について。
いや、どうも検察がお嫌いのようで
論点がずれてますね
医療に関して言えば出産だけじゃなく
ほぼ全体的に人手不足が響いていて
医療そのものが崩壊しかかっています
その要因は
ハイリスク、ローリターン
の職場には人は来ないと言うことです
長くなりそうなので次レスに変えますね

Posted by ふーちゃん at 2007年01月27日 14:56
まずはハイリスクのほう
南堂さんも書いている逮捕されるも有るのですが
それより高額の医療訴訟のほうでしょうね
特に、産科、小児科、外科の医者はこの脅威に
さらされています
気づきません?周りに歯医者が多いことに
これは、医療訴訟のリスクが他に比べて
小さい所為です
Posted by ふーちゃん at 2007年01月27日 15:56
ローリターンのほうですが
これは、判っているでしょう
医療費抑制の名のもとに医者への報酬が
減らされましたから
本来なら検査費用とか、くすりの費用のほうを
削るべきだったのに…
政府どーすんだろ

Posted by ふーちゃん at 2007年01月27日 16:49
おっしゃることは、私の話への批判と言うよりは、朝日の記事への批判です。朝日の記事をよく読んだ上で、朝日に文句を言ってください。私の話だけを読んで、私に文句を言っても、見当違いのピンボケです。

とにかく、朝日の記事をよく読んだ上で、朝日に文句を言ってください。
Posted by 管理人 at 2007年01月27日 18:37
南堂さんおひさしぶり
ふーちゃんです
お元気してました?
私は今、入院中でしてみんなの健康を羨ましがっております

さて前回のお題の話もあるのですがちょっと横におきまして
>>このうち、一番悪いのは、東証だ。そもそも、東証に上場するなら、
>>その監査人は東証が選任しなくてはならない
あれ…、南動さんうそついちゃだめです
会計監査人制度において監査人の選任は
その会社の
株主総会の普通決議で選任される
はずです
東証が嫌いなので悪者にしようと意図しているんでしょうけど
捏造はいけません
修正しておいてくださいね
Posted by ふーちゃん at 2007年03月01日 05:41
ふーちゃんです
さて医療問題についてです

>>これは私だけの意見ではなく、同様の意見を出す産婦人科医はたくさんいた。
>>つまり、出産システムの崩壊は、社会があえて招いたのだ。一種の自殺行為である
と自分で書いているのに
>>おっしゃることは、私の話への批判と言うよりは、朝日の記事への批判です。
って逃げちゃいけません
南堂さんは朝日の記事を元にご自分の意見を書いているですから
たとえ朝日が記事にしていようと関係なしに私の指摘に答える義務があるでしょう

P.S.1
結構南堂さんは逃げを打ちますね
Openプログの方でもそうですが

P.S.2
そういやOpenプログの方で私のことを軍事オタクと思っていません?
私の書いたのは常識の範疇ですよ
自分が知らないからといって人を軍事オタクなんて思わないでください
Posted by ふーちゃん at 2007年03月01日 06:40
>ここでは、一人一人のなすべきことと、政府のなすべきこととは、分断される。
一人一人はエゴイズムを貫徹すればいいし、政府はマクロ政策を貫徹すればいい。
そのどちらか一方が正しいということはない。それぞれは別のことである。

>「一人一人の個人には、できることとできないことがある。できる範囲では、
自己の利益を増やすことだけを考えていればいい。一方、全体の利益を増やすことは、
大切なことではあるが、それは一人一人の個人のできることではない。」

一人一人がエゴイズムを貫徹するならば、民主主義の国なら、その一人一人で選ばれる政治家も、
エゴイズムを貫徹する人間がえらばれるだろうから、政治家がその逆のマクロ政策を貫徹するようになることはないはずですが・・・

>ミクロの範囲ではエゴイズムが最適である。

最適化可能なのは、競争原理であって、エゴイズムとはちがうのでは・・・
Posted by ちがうのでは・・・ at 2007年03月02日 21:20
1.衆愚政治の場合には、最適をめざして最悪になる。合成の誤謬。

2.競争原理 + エゴイズム
 ま、私の意見ではなくて、ミクロ経済学の話だから、私にいわないでください。
Posted by 管理人 at 2007年03月02日 23:37
>政府は、マクロには介入するべきだが、ミクロには介入するべきではない。そこを根源的に間違えたのが、民主党の政策だ。

マクロに介入するということは、ミクロにも介入してることになってるのでは?

>自由放任主義(古典派)ではダメだし、政府統制主義(共産主義)でもダメだ。かわりに、
マクロ経済学をなすべきだ。すなわち、市場の内部(配分の問題)には一切介入しないが、市場の規模だけを制御する、という主義だ。

マクロ経済学(減税)をしても、一時的な景気浮揚効果(経済成長)しかないのでは?(投入量が十分大きくても、)
マクロ経済学(減税)では、持続的成長には結びつかないのでは?


結局、経済政策というのは、自由放任と、政府統制とのバランスの問題では?
どちらかに、偏るのが問題というだけで。
Posted by ちがうのでは・・・ at 2007年03月03日 21:41
済みません。初心者向けの解説はしていないので、それらの疑問について知りたければ、本サイトの昔の話をいろいろと読んだりして勉強してください。

経済学というのは、一ページぐらいで済むものではありません。物理学や数学と同様で、書物を何冊も読んで勉強しないと、理解できないものです。

ま、疑問を持つのは大切なので、これを機会に、基礎から勉強しましょう。
Posted by 管理人 at 2007年03月03日 23:34
円高と世界同時株安についいて思うこと、

ヘッジファンドは、超お金持ちにだけ
関係のあることで庶民の私たちには
関係がないと思っていたが間違いで
あった。
円キャリートレードの事は知っていたが
一日でここまで円高になるとは、ただ
ヘッジファンドの資金力だけでなく
より大きな資金量をもつメガバンククラスの
銀行が相乗りしていると思う
Posted by mugu at 2007年03月04日 22:02
日興グループについて、そろそろなんらかご意見が載るかと思ってましたが、今回は無しですか?
Posted by ふにゃふにゃ at 2007年03月14日 20:45
日興グループの問題は金融市場全体に
影響があるとは考えにくく、正直どうでも
良いです
 今のところ、金融市場全体に影響が
ありそうな問題として米国経済にかげりが
見え始めたのでは?ということと、ファンド
による円キャリートレードの巻き戻し
による円高傾向です
Posted by mugu at 2007年03月15日 04:19
3月21日の内容、綺麗にまとまってますね。
特に浮気誤認の例えは良かったです。
書籍にこの例えが収録されてたら、なお良かった……。
Posted by pochi-p at 2007年03月22日 20:55
こんにちは

「ニュースと感想  (3月23日b)」

の中に「恐々ノリ駅」とありますが、「公共の利益」ではないでしょうか。
Posted by shino at 2007年03月27日 15:17
何日か経ってますが気付かれないようなので。
「泉の波立ち」トップの更新日付が3月のままです。
Posted by poimandres at 2007年04月03日 23:13
学生野球について
 有力、強豪野球部をもつ高校の野球部員は
大半は小学生で野球を始めます。
 少年野球を見ても、ヤング、ポニー、リトル
と分かれています。少年野球チームの
月謝は高いところで6万円程度であると聞きます
 野球は上(プロ)から下(少年野球)まで
金まみれであるのが実体です
 一昨年に岩手県に行きましたが、地元の飲み
屋で話すと、私立高校の野球部監督へは選手の
父兄からのお中元歳暮は凄い物があると言いい
ます。
 
 高校野球ファンは甲子園では地元民選手オン
リーの県立高校を応援します。青峰は
凄い人気でしたね
Posted by mugu at 2007年04月19日 21:39
 医療改革についてのご提案、わかっているようで、あちこち知識の不足があるようです。
簡単に指摘できるところから書くと、
1.僻地医療
 若手医師では僻地勤務なんか勤まりません。一人で全診療科を初期治療できなくちゃならないんですから。専門じゃないから隣の病院に紹介状書いて・・・という手は使えないんです。昔と違って、今は僻地ですら都会なみの医療水準が要求されます。
2.医療補助員
 能力不足で医者になれない人なんて、高校理系クラスの半分以下でしょう。入試偏差値では50そこそこの私立医科大学出身者でも、立派な医師として活躍しています。不足しているのは医学部定員であって、適格者の数ではありません。
 確かに医療補助員は必要ですが、それは医師の代わりをする人ではなく、事務仕事をしてくれる医療秘書であり、注射や点滴をやってくれるナースであり(大学病院のナースは投薬を拒否する)、患者の世話をするヘルパーなんです。つい5年くらい前までは、それらは研修医がやってました。研修制度改革により、大学病院から研修医がいなくなったので、それら雑用をさせるために、関連病院に派遣していた医師を医局が呼び戻して雑用をやらせているため、医師が不足したというのが、「医師不足」の一つの原因です。
3.高齢化
 高齢化による医療需要の増加は大した問題ではないのです。確かに高齢者は有病率は高いのですが、大半は、通院治療で薬を出すだけです。手間のかかる高度医療は高齢者にはやりません。余命が短いからです。50歳の大動脈瘤には人工血管置換術をしますが、70歳ならそのまま経過観察です。
 医師を疲弊させている直接の原因は、夜間休日の時間外診療の増加です。あれさえなくなって夜寝られるようになれば、勤務医が逃散することもなくなります。
 詳しくは、「医療崩壊」「医療の限界」(小松秀樹)を参照してください。
Posted by Inoue at 2007年07月14日 07:05
 ご意見ありがとうございます。ご指摘の件は、その意図はわかりますが、もうちょっと考えると、その先のこともわかるでしょう。

──


1.僻地医療
> 若手医師では僻地勤務なんか勤まりません。
> 一人で全診療科を初期治療できなくちゃならないんですから。

 別に一人で全部をやる必要はなく、先輩の指導のもとで少しずつ成長すればいいでしょう。どこかのお医者さんが言っていましたが、研修医としてきたときはガキだったが、教えているうちに急成長した、ということです。できないからといって何もやらせないでいると、いつまでたっても一人前になれません。指導しながら成長させる、というのがベストでしょう。

> 今は僻地ですら都会なみの医療水準が要求されます。

 要求されることと、実施することとは違います。
 「要求にちゃんと応える医師がいないから、無医村にする方がいい」
 という主張は、却下します。

2.医療補助員
 医者とナースの中間的な人がいればいい、という提案です。
 現状では、その役割を研修医とナースがやっていますが、私としてはもっと高度な専門知識を得た人がやった方がいい、と思います。
 ためしに、それを試行してはいかがでしょうか? で、その人たちにやらせたあとで、「駄目だ」と思ったら、その人たちの仕事を、研修医やナースにやらせるようにすればいいでしょう。……私としては暴論だとしか思えませんが。
 例として、カルテを書くのは、医療補助員にやらせた方がいいですね。その後、医師が最終チェックをして、サインだけをする。
 医師のやることは、医学判断と手術だけにして、事務作業はすべて医療補助員にやらせる。そのことで、医者は、労力が減り、かつ、高所得になる。
 それがイヤなら、その医者は、医療補助員のやる雑用を、自分でやればいいでしょう。つまり、低所得、かつ、労働量の増大。……それが現状です。
 そういうのがお好みであれば、その人だけが、そうすればいい。私が医者だったら、そんなのはお断りです。

> 研修制度改革により、大学病院から研修医がいなくなったので、それら雑用をさせるために、関連病院に派遣していた医師を医局が呼び戻して雑用をやらせているため、医師が不足したというのが、「医師不足」の一つの原因です。

 それは誰でも知っている常識なので、当然のこととして言及していません。論じているのは、その先の対策です。

3.高齢化
> 高齢化による医療需要の増加は大した問題ではないのです。確かに高齢者は有病率は高いのですが、大半は、通院治療で薬を出すだけです。

 その通院医療が、膨大な量になっています。このまえ、お医者さんに行ってみたら、ほとんどが老人でした。ただの通院治療だけなんでしょうけどね。働き盛りの人に向けて、普通の医療をする余裕はあまりない、と感じました。

> 手間のかかる高度医療は高齢者にはやりません。余命が短いからです。

 そんなことを医者が勝手に決めることはできない、と思います。余命が短いという理由で、手間のかかる高度医療は高齢者にはやらないとしたら、大問題です。通常は、医者は選択肢を出すだけであり、最終決定の権限は患者にあるはずです。「高齢者だからやっても無駄ですよ。莫大な入院コストがかかって損ですよ」というような勧告をするぐらいでしょう。

> 医師を疲弊させている直接の原因は、夜間休日の時間外診療の増加です。

 夜間休日の時間外診療の増加は、簡単に解決がつきます。医師を増や時間外診療の専用の医師を雇用すればいい。それだけのこと。
 現実にはそれができないのは、労働問題や費用の問題であって、医療制度の根源的な問題ではありません。単に最適配分ができていないだけ。

 根源的に問題なのは、総供給に比べて総需要が過剰であること。そして、その理由は、高齢者医療の増加だ、と私は考えます。薬を処方するだけの医療がやたらと増えているから、夜間休日の時間外診療に回す医師が足りなくなってしまう。
 この問題は、個々の医院の対策では済みません。マクロ的な処方が必要です。そして、その方法が、前述の「医療補助員」つまり「総供給の増加」です。

> あれさえなくなって夜寝られるようになれば、勤務医が逃散することもなくなります。

 それは、その個別病院だけの話。「医院の医者を救うために、夜間休日の時間外診療をすべて廃止して、救急医療に来る患者はすべて死なせてしまえ」という主張は、却下します。

 ──

 とはいえ、私の気づかなかった論点が明らかになったという点で、ご指摘には感謝します。
Posted by 管理人 at 2007年07月14日 20:04
補足

>  能力不足で医者になれない人なんて、高校理系クラスの半分以下でしょう。

 これは楽観のしすぎです。

 第一に、現在の若者の学力レベルの低下は、ものすごいものです。まともに日本語を読み書きできない人が多い。そんな人が医者になったら、誤診や処方ミスなど、ざらになるはずです。

 第二に、医者になるのはとても難しいのです。「医師国家試験なんて、楽勝さ」と思う人も多いでしょうが、けっこう難しい。ちなみに、私がやったら、まったく刃が立ちませんでした。たいていの分野では、専門家の半分ぐらいの知識があると思っていたが、医学知識に関する限り、「家庭の医学」程度の知識では、医師国家試験では零点程度しか取れません。
 医者になるのは簡単じゃないのです。
 なお、医者の漫画を見てもわかりますが、誤診をする間抜けな医者になるのは簡単ですが、見分けにくい真実を見抜く医者になるのは非常に困難です。
Posted by 管理人 at 2007年07月14日 20:18
>先輩の指導のもとで少しずつ成長すればいいでしょう。
 それはつまり、基幹病院で修行(研修)するということであって、僻地医療とは関係がないです。僻地で腕を磨くなんてことは無理です。患者を犠牲にしてもいいなら可能ですが。

>要求されることと、実施することとは違います。
 実施できないと裁判で負けるんです。裁判では「1人でやっていたから」「忙しくて知識を更新する暇もなかったから」なんて言い訳は通用しません。

>医師のやることは、医学判断と手術だけにして、事務作業はすべて医療補助員にやらせる。そのことで、医者は、労力が減り、かつ、高所得になる。

 それは賛成ですが、金がありません。
 通常の仕事でしたら、価値の高い仕事をする人はそれだけに専念して、補助職には単純作業をやらせれば、効率は向上します。しかし、医療職の現状は、医師の方が看護師や事務員よりも時間給が低いという状況でして、
価値の高い仕事=高賃金の仕事
にはなっていない。この状況で補助職を増やしたら、効率が悪化するんです。低賃金の医師に全部やらせるのが一番効率が良い。数年前までの研修医のように、ほとんど無給でやってくれるならなお良い。

>マクロ的な処方が必要です。
 そのとおりです。より直接的に言えば、医療費を増やす必要があるわけですが、医療が機能しているときに、医療費負担の大幅増加を一般国民が納得してくれるとは思えません。
 混合診療?世論が許さないでしょう。差額ベッド程度なら許容できても、金のある人だけが透析治療で、ない人は投薬だけとかいうのは許容されません。
 
>「医院の医者を救うために、夜間休日の時間外診療をすべて廃止して、救急医療に来る患者はすべて死なせてしまえ」という主張は、却下します。

 それに近い状況は英国で現実化しており、おそらく日本もそうなると思います。

 サマライズするなら、
・いかなる改革でも費用増加がネックになる
・公平、平等な医療という建前を崩すことは日本では多分不可能だから、金のある人から多く取って高品質な医療というのは無理
・医療費増加のための増税は、実際に医療崩壊が起こるまでは世論が許さない
・総費用の制限があるから供給は不足し、みんなが等しく不便、不自由を耐え忍ぶという英国式の医療崩壊に向かう以外に道はない。すべての改革はその後で行われる
Posted by Inoue at 2007年07月15日 12:21
 上記の点ですが、基本的には賛同しますが、「現状認識」と「改革案」という立場の差があります。

>・いかなる改革でも費用増加がネックになる

 現状はそうだが、費用を増加させるべき。理由は下記。

>・公平、平等な医療という建前を崩すことは日本では多分不可能だから、金のある人から多く取って高品質な医療というのは無理

 現状はそうだが、それを改革するべき。全員に高度医療を施すのは無理。どうしてもやるなら保険料を上げるしかない。……これは真実なのだから、その真実を告げるべき。

>・医療費増加のための増税は、実際に医療崩壊が起こるまでは世論が許さない

 現状はそうだが、すでに医療崩壊が起こっているから、「金を払うか死ぬか」という二者択一を迫るべき。

>・総費用の制限があるから供給は不足し、みんなが等しく不便、不自由を耐え忍ぶという英国式の医療崩壊に向かう以外に道はない。すべての改革はその後で行われる

 現状ではすでに医療崩壊は起こっている、という事実を突きつける。(読売新聞の多くの記事を参照。)
 「その後で行なわれる」というが、もはやその時期にさしかかっている。「まだ医療崩壊は起こっていない」というのは現状認識ができていない。
 この現状認識をすべし、ということを私は主張している。「年金だけが崩壊しているわけじゃない。医療だって崩壊しているんだ。だからこっちにも目を向けよ」と。

 ──

 余談ですが、現状にペシミスティックになる気持ちは、わかります。まったくひどいものですから。しかしまあ、「希望をもって改革を提案するべきだ」というのが、私の人生観です。穴に向かって「王様の耳はろばの耳」とつぶやくだけで憂さを晴らす、というのは私の人生観ではありません。
Posted by 管理人 at 2007年07月15日 19:15
ニュースと感想  (7月26日b)
 「定率減税の廃止」について
を拝見しました。

失礼ですが批判のための批判にしかみえませんでした。
消費税よりは直接税強化(定率減税などもってのほか)
法人税より個人税
が王道だと思います。
(参考になるかと
→「消費税はやはりいらない」八田(1994))

会社の金を私的に使えるという現実がある中での考えかと思いますが、その問題はその問題として解決しないと
上の著書にもありますが先進国中でずばぬけて少ない徴税職員の増加が絶対条件でしょうね
公正な税制など望むべくもありません
Posted by 通りすがり at 2007年07月29日 13:00
通りすがりの人なので理解できないのでしょう。

本サイトは、税制のことを論じるサイトではなく、マクロ経済学のことを論じるサイトです。

消費税についての解釈は完全に読み違いです。

税は経済のほんの一部にすぎない、ということを理解しましょう。さもないと、「病気は治りました、患者は死にました」となります。
Posted by 管理人 at 2007年07月29日 18:15
サマータイム問題について。
 政策目標が「二酸化炭素排出削減」であるならば、おそらくは管理人さまがすでに書いていますが、化石燃料に炭素比例で税をかけるだけで問題は解決するんです。
 重油価格が2倍になるぐらいの重税を課せば、まず確実に電力会社は、火力発電を減らすような料金体系を採りますし、各企業もそれに合わせて夏季に休むなり、操業時間を変更するなりします。
 家計や企業経営に「痛み」が生じる政策でなければ、実質的には何の効果もないのですが、それだと世論が敵に回るので、cool bizやレジ袋有料化みたいなことで「環境に配慮していますよ」とポーズをとってみせるのが、有能な政治家なんでしょう。
Posted by Inoue at 2007年08月11日 22:22
些末なことで恐縮ですが、「ニュースと感想」の過去ログが移動して、http://www009.upp.so-net.ne.jp/izumi/ のファイル一覧が見れないので一括ダウンロードが面倒になってます。あと、図の画像もリンク切れになってます(http://www009.upp.so-net.ne.jp/izumi/96z_news.htm)

とりあえず以下の要領でダウンロードしましたけど。

cd greentree/koizumi
ls 96* | sed -e 's!^!http://www009.upp.so-net.ne.jp/izumi/!' > movedurl
rm 96*
wget -i movedurl
Posted by jiangmin at 2007年09月14日 22:25
ご連絡ありがとうございました。

画像はアップロードしました。
一括ダウンロードへの対処は……ちょっと面倒なので、とりあえずは、下記のページの冒頭にあるリンク一覧を利用してください。

http://www009.upp.so-net.ne.jp/izumi/96z_news.htm

 ※ 本当を言うと、一括ダウンロードは、あまりしてほしくないんですよね。ま、拒むことはできないが。
 できないのが当然だ、と思ってください。

Posted by 管理人 at 2007年09月15日 00:44
画像リンク切れの対処ありがとうございます。一括ダウンロードの件ですが、「全部ダウンロードしてgrepするといいでしょう」と南堂さん自身が書いてはるので、そうしてみようとする読者が少なくないのではないかと思ったからです。
Posted by jiangmin at 2007年09月15日 13:39
あはは。
たしかにそうですね。言っていることが矛盾していますね。一本取られました。

でもまあ、最近は、トップページに「サイト内検索」の google 検索があるので、そっちの方が便利そうだという気もします。特に、素人向けでは。

grep は、全体の分量がとても増えたので、最近ではちょっと時間がかかりすぎるようになりました。

Posted by 管理人 at 2007年09月15日 17:40
ミャンマーに関して
だから、何が言いたいの?

なんで次の2通りなの?

なんでこれ以外は無効なの?
そもそもこれらは有効なの?

Posted by Rockwell at 2007年09月28日 21:35
> だから、何が言いたいの?

いちいち聞かないで、自分の日本語力を高めましょう。

> なんで・・・

自分の意見と違う意見を聞いたからといって、いちいち目くじらを立てるのはやめましょう。世界中の全員があなたと同じ意見であるわけではありません。あなたと異なる意見をもつ人はたくさんいます。

「他人の意見を尊重する」
というのが議論の出発点です。それは喧嘩とは違います。

どうも、2ちゃんねると間違えているようですね。あそこは喧嘩の場ですが。


Posted by 管理人 at 2007年09月28日 23:04
> ニュースと感想  (10月09日)
> 「陪審制」について。

南堂様

上記記事につき「事実誤認」があるようですので指摘させて頂きます。

南堂様は、素人判断はダメだとの見解のようですが、

> では、ハサミで人を刺すというのはどうか?
> これは、どう考えたって、ただの傷害行為であって、殺人行為ではない。

おそらくプロは、そのように判断しないと考えます。

殺意の有無を事実から抽出するような作業を事実認定と言います。
殺意については研究も進んでいますが、今回の事例では「身体枢要部(頭または胴体)」を、刃渡り8センチ以上(おそらくは10センチを超える)の刃物で侵害していますので、殺意が認定されます。
(刺さったのが8センチなら、相当力任せに刺しているので、確定的に殺意認定可能です)

刃物を使って殺意がないとするためには、手足を攻撃する(相手の抵抗を抑圧することだけが目的)か、刃物は突きつけるだけ(脅迫のみに留まる)でなければならないでしょう。

今回の事例は最高検察庁というプロが監修したからこそ、殺意が認定された事例ですね。
(しかし、南堂様は法律論は不得手でいらっしゃるので、あまり書かれない方が、他の記事の信頼が増していいかと思います。書くなら、もっとちゃんとブレーンに相談した方がいいのでは?)
Posted by 西麻布 夢彦 at 2007年10月09日 14:34
誤読だと思いますよ。
「殺意認定が可能か」という質問であれば、私は「殺意認定は可能だ」と答えます。
問題は、殺意認定が可能かどうかではなく、傷害認定が可能かどうかです。

殺人未遂か傷害か、というのは、しばしば問題になります。だから、ここを論じるべきなのです。それこそが主題でしょう。なのに、その主題をほっぽらかして、主題とは関係のないところだけ論じているのが変だ、というふうに述べているのです。

殺人か傷害致死か、という件については、大岡昇平の「事件」という本などでも、深く話題にされています。かなり微妙な問題なのです。

西麻布 夢彦さんは、私の主張を「傷害にするべきだ(それ以外にあり得ない・殺人未遂はあり得ない)」というふうに誤読しているのではありませんか? 
 もう一度、本文を正しく読み直してください。念のため、引用すると、下記の通り。

 ──

 で、ああだこうだと論議するのかと思ったら、「殺意があった」ということはほとんど議論もされずにあっさり認定されてしまい、単にお涙ちょうだいの心理的背景があった、と判明して、執行猶予になるだけ。
 要するに、ここでは「事実認定についての法律論議は何もなされなかった」ということが重要だ。
 これが素人判断の結果である。

 ──

 そのあと、どこをどういうふうに論じるべきかを、具体的に細かく説明しています。
 たぶん、その細かな説明ばかりにとらわれて、肝心の主張(前半に述べていること)を、見失ってしまったのでしょう。

 ──

 わかりやすく、図式的に説明します。
 裁判の主題。「AかBか」
 番組 「Aである。常識で、当り前だろ。当り前だから論議不要。ただしCゆえにAの程度を緩める」
 私 「AかBかをちゃんと法的に論じるべきだ。ここでは、Bとは法的にこれこれのことである。このように、Bについても論じるべきだ」
 西麻布 「Aである可能性を否定している。それはトンデモだ」
 私 「Aである可能性を否定しているのではない。AだけでなくBについても論じるべきだ、と述べている。『常識で決めるだけでなく、ちゃんと法的に論議しろ』と言っているのだ。なぜならそれが主題なのだから。……ここを誤読しないでくれ」

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

>刃物を使って殺意がないとするためには、手足を攻撃する(相手の抵抗を抑圧することだけが目的)か、刃物は突きつけるだけ(脅迫のみに留まる)でなければならないでしょう。

 これを読むと、「傷害致死」という法律用語の概念を理解していないように思えます。
 今回の陪審制の話題は、「殺人未遂か傷害か」ということでした。
 上記見解は、法律知識がないのか、番組を見ていないのか、どちらかによる誤解でしょう。とりあえずは、「傷害致死」という法律用語の概念を理解してください。
Posted by 管理人 at 2007年10月09日 18:27
おっしゃりたいことは、よく分かりました。
また、根本的な問題意識にも同意しています。

ただ、惜しむらくは、今回の番組の事例は、南堂さまが書いているような事例であるならば、プロなら、しかも検察官なら、議論の余地もなく殺意認定するだろう、ということです。
というのも、殺意認定が認められる判例を下敷きにしていることがミエミエだからです。
※つまり、プロの方が、分かり切った法律論などしない(このレベルの事実認定は、20年前に決着がついてる)

その意味では、むしろ陪審員(正しくは参審員)のような素人が入った方が、南堂さまが求めるような議論が行われる可能性があります。

もっとも、参審員は「事実認定論」というものの存在すら知らないので、事実認定をすっぽかして量刑に向かいやすいのも、おっしゃる通りですが。

簡単に言えば、検察官が想定している参審員という「架空の素人」を批判しても、真の素人が、どう振る舞うかは分からないので、実際の参審制で判決が出るまで、批判を待つ方が賢明ではないかと思います。(番組スタッフが無能だという批判なら分かりますが)

※なお、日本の裁判官が検察官がバカだから手加減しているかのような記述もありましたが、むしろ、客観的事実を重視する英米法系の刑事訴訟法で、主観を重視する大陸法系の刑法犯罪を審判することの矛盾の方が大きいかと思います。
Posted by 西麻布 夢彦 at 2007年10月10日 09:22
>製品の性能が向上すると「価格下落」とされることがあるのだ。 たとえば、性能が2倍となったパソコンの新製品が旧製品と同じ10万円で売られたら、指数では半分の5万円へ下落とみなされる。

asahi.comのこの記述は、消費者物価指数の統計の取り方で、パソコンならヘドニック法を用いて品質調整して物価変動を求めていることなどを指摘しているのでしょう。

Posted by ドック at 2007年10月10日 19:20
ヘドニック法ならば、「性能」ではなく「効用・便益」が2倍になるはずです。

しかし、CPUが2倍速になっても、効用は2倍にはなりません。「たいして変わらない」というのが最近の実感。

画面の大きさが2倍になっても、効用は2倍にはならない。

筐体の大きさや重さが2倍になっても(または半分になっても)効用は2倍にはならない。

実際に2倍にするには、パソコンを2台にするだけでなく、操作する人を2倍にする必要があるからです。

だから、やっぱり、あの説明はインチキ。

Posted by 管理人 at 2007年10月10日 23:50
『「自動車の販売減少」について。』についてですが,
トヨタはこうすればよいと思っているようです.

Yahooトップに張られていた広告->http://ikechau.com/

なるほど,これなら所得が少なくても車は売れます.
今後テレビとかでも,この手の広告がトヨタ主導で増えていくのでしょうかねえ.
Posted by dddpafe at 2007年10月21日 23:23
日本を兄で、韓国が弟なんて発言すると大変ですよ。お気をつけ下さい。
Posted by Rockwell at 2007年10月27日 23:14
ここに書くのが良いかどうかわかりませんが・・・

南堂さんはプレーオフ(クライマックスシリーズ)制度がお嫌いのようですね。しかし私はこれは野球に合っているやり方だと思っています。なんといっても野球は年間140試合、プロスポーツの中ではべらぼうに多い試合数です。その大半が最終順位にかかわる真剣勝負というのは重すぎる。

長い間日本の野球ファンは初回からバント、相手のリズムを狂わすための遅延行為や故意の抗議などに耐えてきました。最終順位にかかわる真剣勝負ならやむをえないからです。特に入場料収入ではペイできない日本の球界では順位賞金と「勝った負けた」のダイジェストニュースが重要です。

しかしプレーオフのシリーズで決まるのなら話は変わってきます。レギュラーシーズンでは疲労がたまった主力を休ませ若手に経験を積ませる。短期決戦をにらんだ戦術、選手起用を試す。上位進出を図りながら選手の力を伸ばすことを最大の目的にして、かつテンポの良い見て面白い野球を提供する。
一転してプレーオフでは徹底して勝負にこだわりたとえ点差が開いても手を緩めない(実際日本代表の海外戦ではそういう試合をしています)。必要ならバントも敬遠もあたりまえ。

プレーオフが導入されてからのパ・リーグの連勝、バレンタインとヒルマンの高い勝率は偶然ではありません。彼らはプレーオフを知っている。ずっとレギュラーシーズン優勝にこだわって何度も星を逃すホークスと対照的です。今年は落合が冴えた采配を見せました。完全試合目前の山井を下げて岩瀬の投入。今ここで日本一が決まるという瞬間に個人記録の達成が云々されることがおかしい。

金持ちオーナーの道楽を庶民が見せていただく時代は終わりました。地方への移転という日本式エキスパンションは成功しています。ナベツネと堤が画策していた10球団への縮小なんてとんでもない。要するにまだみんな慣れていないだけなのです。ファンの要求も変わり、これからはもっとシビアなエンターティメントと真剣勝負を見ることができるようになるでしょう。

とはいえ一度決まった順位を組みなおす今のクライマックスシリーズが妙な仕組みであることはたしかです。12球団総当りで東中西地区別で「仮」順位を決めてシリーズを行えばすっきりすると思いますが。できれば14球団くらいで。
Posted by tubitrd at 2007年11月02日 23:36
11月08日bの記事中、姉歯被告の懲役五年について『実に軽い』とのご感想がありました。影響力などを考慮すればこのご感想も尤もかと思います。

が、これは赤福に偽装ラベルを貼った一作業員だけを処罰するようなものです。偽装ラベルと知りつつ貼ったのですから本人にも責任があるのは当然ですが、組織(や会社)としても処罰され制裁を受けるべきではないかと思います。

姉歯被告にのみ刑事罰を課し、プロジェクト責任者である元請設計者は行政罰で済ませ、施策を司る行政は不問に付されています。

> そこいらの阿呆なチンピラの発情した結果だけを処罰
したのと変わりありません。

上流側で大変軽い処置しか無ければ最末端の被告だけを重罰に処しても、同様の事件が今後も生じることとなるように思います。

建築の設計に関しては、まだまだ世間の『勘違い』が多いように感じます。
Posted by けろ at 2007年11月08日 01:28
 ”美味しんぼ”の食品添加物批判は多分に情緒的なもので、「都合のいいデータだけをつまみぐいすれば何とでもいえる」程度の話ではないですか?
 あのマンガは10年も前に読むのを止めてますが、原作者がずっと同じですから、言っていることは想像できます。
 端的に「添加物有害説」の問題を指摘するなら、
・自然界の毒物のリスクをどう考えているのか?
 毒キノコやカビでなくても、ただの野菜にも毒物が入っていることは常識です。そのリスクが100で、食品添加物のリスクが1だったら、問題にするのはナンセンスでしょう
・毒性評価の有無
 食品添加物の評価はきわめて厳格に行われます。確かに長期的な毒性は評価できませんが、急性毒性、催奇形性、発がん性などはちゃんとチェックされてます。それに対して、自然の毒物は「長く食べられてきたから」というだけで、ほとんど評価されない。たとえば、小麦のグルテンが潰瘍性大腸炎のリスクファクターだという説が出ています。
 未知の毒性を放置して、たまたま定量的に評価されている毒性だけを問題にするのはやっぱりおかしい。

 ”美味しんぼ”では、優れた酒は好意的に評価されるようですが、酒が食道がんのリスクであることは確定的な事実です。
 海原雄山が好んで食べている刺身は食中毒の危険がありますし、寄生虫の感染源でもある。(海原のモデルの魯山人は寄生虫で死にました)
 食塩だって胃がんのリスクファクターですし、そもそも高血圧そのものが健康に良くない。

 そういった食生活の問題を述べ始めるとグルメマンガの趣旨に反するので、スルーして、食品添加物ばかりにフォーカスをあてるあたりが、あのマンガの欺瞞だと私は思います。
Posted by Inoue at 2007年11月11日 11:26
> 言っていることは想像できます。

 ちゃんと原作を読んでからにしてください。

 私の紹介がまずかったかもしれませんが、要は、「ゴミみたいな安物の食材を、添加物でゴマ化して、安くて美味しい高級品に見せかけて、たんまりと利益を上げる」
 という詐欺的な商法を問題にしています。

 ま、それでだまされて、ゴミ野菜やゴミ肉を食べて「おいしい、おいしい」と思いたいというのなら、何をかいわんや。

 ともあれ、私はゴミでつくったコンビニ弁当なんか、食べたくありません。
Posted by 管理人 at 2007年11月11日 12:12
 食品添加物の「量」の問題は、伝統的な調味料である塩や酒などよりはずっと厳密に管理されています。ADIの基準は動物実験の最小無作用量の1/100ですので。
 生まれてからずっと、毎日摂取しても、動物実験における有意差の出る摂取量には到達しません。コンビニ弁当や保存食品ばかり食っても問題ないのです。
 未知の危険があるというのならそのとおり。しかし、未知よりも既知の危険を優先して取り除くべきではないでしょうか。私はコンビニ弁当の問題は、添加物より、栄養バランスだと思いますが。
 また、「有用性」にしても、黄色く着色されたたくあんが好きな人もいますし、脱色された真っ白なたくあんでないとダメだという人もいるわけで、着色が必要か不要かは、個人の選択の問題です。大企業や政府が強要しているわけじゃないですし。

>「まずくて食べられないような粗悪品の味をゴマ化すこと」である。

 これは科学というより単純に価値観の問題です。”美味しんぼ”(正確には雁屋哲)が好きな印象による情報操作です。
 大豆の絞りカスから醤油を作るようなことを、美味しんぼは批判するんですが、「おから」と同じだと思えばそんなにおかしなことではない。
 雁屋が盛んに使う「本物のナントカ」とは、単に昔からある材料で作った食品ということであり、昔は食用にならなかったものを現代の技術で加工して食べることは、安全性に問題がない限り、何ら批判されることではないでしょう。
 伝統的に食用にされていたかどうかは、単なる慣習とか宗教的な事情が多いのですから。
 「安い = 粗悪」
という短絡も、雁屋はよくやりますが、彼自身が、日本では使わずに捨ててしまう(事実上ゼロ円)の動物の内臓を使った料理を称揚していました。
Posted by Inoue at 2007年11月13日 09:14
 相手の話を全然聞かないで妄想を語る人がいる、ということはよくわかりました。しかしまあ、本欄には勝手な思い込みを書かないでほしいんですが。
Posted by 管理人 at 2007年11月13日 19:46
南堂さんも、文章解釈がちょっと極端なようで。

>私は「そんなものは信頼できない」と述べているが、「国のやることはすべて正しい」と述べている人もいる

 私は国が絶対的に正しいなんて考えていません。しかし、独自のデータを持っているわけでもない個人が個別に判断しても、印象論に流されるだけで意味がないから、とりあえず政府に従っておく方が、無駄なゴタクに付き合わなくて済むから得だと考えているだけです。
 言わば、思考の節約です。

 食品の安全管理に関する消費者と政府の関係は、医療における患者と医師の関係と相似形です。
 病院にかかるときに、医師が絶対に正しいなんて誰も思ってないけれども、すべての医療行為の正当性を患者自身が判断していたら、いつまでたっても治療が開始できないので、政府が免許を出した医師に判断に従うのが合理的です。
 医師だって、いちいち検査や投薬の中身を患者に説明しません。時間が惜しいからです。価値判断の問題があって、医師にもどれがいいのかわからないような場合にのみ、医師は患者に説明し、承諾を求めます。
 治療行為に問題が生じれば、医師と、治療行為を認可した政府の責任を、事後的に追及すればそれでよい。死んだら遺族が告発と損害賠償請求を行うでしょう。
Posted by Inoue at 2007年11月17日 07:32
> 食品の安全管理に関する消費者と政府の関係は、医療における患者と医師の関係と相似形です。

 そこからして、ズレています。危険性や安全性を話題にしているのではなくて、もっと軽微なものを話題にしています。
 つまり、「医療」ではなく「健康管理」です。

 医療について「すべて医者任せ」なんていうのではなく、健康管理について「各人が自分で考えて最適化するべし」というのが私の主張です。
 毎度の食事の調理法をいちいち医者に教わる必要はなく、それよりは、自分の頭で考えてまともな食事をするべし、ということです。で、そのためには正しい知識をわきまえるべし、とも主張します。

Posted by 管理人 at 2007年11月17日 23:43
間違いと言うかどうか微妙なんで迷ったのですが。
産科医療に関してです。
よく安全なお産は助産師へ、危険度のあるお産は産科医師へ、と言われております。
産科の先生に聞きますと、安全なお産かどうかはお産が終わらないかぎり判らない、と言います。通常の分娩経過できていて、最後の瞬間に致死的合併症が起ることも十分ありうるのだとか。
つまり予め安全かどうかの予見は不可能であり、せいぜい言えるのはリスクが高いか低いかにすぎず、そして低いリスクのお産でも一定の割合で危険な合併症は起るし、致死的合併症も起る。
以前の新聞報道にもありましたが(すみません、ソ−ス忘れました)、産科医師の積極的に医療介入を行える、周産期医療センターにおいて、重篤な合併症頻度は約七千分の一くらいなのだそうです。
一方積極的な医療介入をしない場合、約250分の1の確率で重篤な周産期合併症が起るそうです。そしてこれは助産所での合併症頻度と近いのだそうです。
一般的に助産所での出産は低リスクの妊婦を扱っており、それでこの危険度ですから、今の世の中でもお産は命がけの女性の大仕事であることがわかります。
つまり、お産と言うものは今の世の中でも一定の無視出来ないリスクが不回避であり、しかもそのリスクを完全に予見することは不可能で、積極的医療介入によりリスクを減らすことは可能ですが、ゼロにすることは出来ません。
管理人様におかれましては、以上の事をご勘案の上、今後再び産科医療に関する意見を披露される際の御参考にしていただければ幸甚です。
Posted by ヘボ医者 at 2007年11月19日 18:00
連投で失礼いたします。
都道府県知事の警察や検察への指導について。
検察官への指揮権は法務大臣が検事総長にのみ行える、と思いました。
しかも指揮権発動は殆どの場合社会的な問題が大きく、その後物議をかもした事が多く、実際は抜かずの宝刀的な部分があると思います。
まして都道府県知事レベルで検察官への指揮権を発動できる法的根拠はなかったと思いましたが。
また司法警察への都道府県知事の指揮権も、その根拠となる法律はありましたでしょうか?
管理人様の言わんとする所はわかるのですが、一応日本は法治国家の建て前をとっており、法律に準拠していない行政上の関与は、少々まずいのではないかと愚考します。
また都道府県知事が警察捜査に関与できたら、汚職がはびこるかも知れないですね。
乱文失礼いたしました。
Posted by ヘボ医者 at 2007年11月19日 18:24
出産の危険性については、前にもそのことを記述しています。引用します。
“  出産というのは実に危険なものであって、死ぬこともあるし、体をこわすこともある。女性は自分の命を削って、次の命を生み出す。単なる「産む機械」ではない。自分を代償としてまで産み出そうとする、崇高な存在なのだ。”
http://www005.upp.so-net.ne.jp/greentree/koizumi/a12_news.htm

──
指揮の件は、おっしゃるとおり。そのことを念頭に「指示する」と述べており、「命令する」「指揮する」とは述べていません。ま、訓示みたいなものです。「県の方針として明示する」というふうな。

 で、現実の実効性としては、「自分が辞任する」ことだけです。それ以外は、「言葉だけ」です。
 本文中に書いたとおり、「言葉だけ」です。法的拘束力を意味しません。
Posted by 管理人 at 2007年11月20日 00:05
> 法律に準拠していない行政上の関与は、少々まずいのではないかと愚考します。

 この件ですが、特定方向へ誘導することはまずいとしても、間違ったことをさせないようにすることは大事でしょう。現在の警察は、明らかに間違ったことをして、少しも反省しないのですから。
 産科医の問題は、警察が法律を「過剰適用」していることです。たとえれば、信号無視の歩行者をみんな監獄にぶち込むようなものです。
 ここでいかに「法律に準拠しているから、おれたちは正しいのだ」なんて主張しても、狂気的です。誰かが正気を取り戻させないと、社会は狂気の社会になります。それが現状です。
 気違いが法律に準拠して行動しているときには、「法律を守れ」と述べることよりも、もっと大切なことがあるのです。それは「人命を守れ」ということです。
Posted by 管理人 at 2007年11月20日 00:16
南堂様

はじめまして。
いつも楽しく拝見させていただいております。

さて、11月24日の泉の波立ちでは
「強きを挫き弱気を助く」とありますが、
どうも福田政権成立後の南堂様は、
以前の、政権与党に対する鋭い舌鋒が鈍っているような気がするのですが、
これは私の気のせいでございましょうか。

また、
確かにこの件に関しては
朝日の記事に矛盾があると感じますが、
新聞社の全体的な方向性として
「強きを助け弱気を挫く」という意味合いを体現しているのは
朝日より、産経や読売のほうではないかと。

今、政府及び与党が目指そうとしている消費税増税策は
南堂様の提唱する経済政策とは
真っ向対立するものであると考えます。
政権与党に対する批判の矛先が、
私のような素人から見ても
あからさまに鈍ったのには、
南堂様の身に、よからぬことでも起きたのではないか。
等と勘ぐってしまう次第であります。

これが全て私の杞憂ならばそれで良い事ですが、
どうぞ、お体をご自愛の上、
今後も、その慧眼による時事批評をお続けくださいますよう
宜しくお願い申し上げます。


Posted by 岩井 at 2007年11月24日 19:49
オタク論ですが、何をいいたのかよくわかりません。
あなたは、巷間の「虚構の女の子が好き」というオタクの発言を真に受けすぎかもしれない。しばらく読ませていただいてますが、これに限らず管理人さんはそのような反応が多い気がしますね。
虚構の女の子が好き、というのはひとつの価値観の問題でしょう。「おれはハルヒが好きだ」というのは、「おれはハルヒなどのオタク文化に所属している人間なんだ」という解釈も成立するし、個人的な感触ではオタクのほとんどはこのようであると思われる。
いずれにせよ、「現実と虚構の区別がつかないのがオタクである」という主張は、90年代のオタク論ですで既出ですよ。社会現象にまでなった『エヴァンゲリオン』というアニメ作品のメッセージが、南堂さんと同じ趣旨のもので、一時的にオタクとは何かという話題が再燃していたそうです。
ぼくはオタクではないのですけど、オタク文化には子供のときから触れているので、いかに管理人さんがオタクに対して偏見が強いか、わかります。
というか、総じて管理人さんの思考形態って、観念的に感じて、実際のオタクに会ったことがあるのでしょうか、疑問ですね。フィールドを観察しに出かけないでいくら主張をしてもあまり効果的ではないと思います。もしそうだとしたら、むしろ管理人さんこそ管理人さんいわく「コンピュータばかり見ているオタク」像にあてはまるのでは?
Posted by suda at 2007年12月15日 11:41
ああ、途中で更新してしまいました。誤字すみません。
ところで、そろそろぼくのコメント機能を回復してもらえないでしょうかねえ。
あちらのほうで無意味な書き込むをしてしまったことは誤ります。何でしたら消していただいてもかまわないです。お見苦しい限り。
様子見ということでどうでしょう。
あー、あとぼくは基本的に管理人さんのファンですよ。万物理論も進化論もマクロ経済も(数学は集合論やってないのでわからん)なかなかやるなあ、うむむという感じです。結構わりと同じことを考えていたときもありますね。いずれにせよどれも「天使も踏むを恐れるところ」(ブレイク)で、一歩間違うと「トンデモ」扱いされてしまうのもアレですが。
ネットでの管理人さんの評価はそういう意味では正当とは思えないですねえ。あれは何でしょうか。まあ、仮説ということを(修辞学的に)強調しておけば、そのへんは、間違いがないと思います。現状ではネットは最大のトンデモのフィールドですから、警戒というのはあるんじゃないでしょうか。
Posted by suda at 2007年12月15日 11:55
suda さんの話は、ご自分のブログ( or ホームページ)に、自分の個人的見解として書くべきことです。いちいち当人のサイトに押しかけて、自分の見解を開陳するような話ではありません。

たとえば、私は朝日批判をしばしば書きますが、これは自分のサイトに掲載するのであって、朝日のサイトの掲示板に書こうとは思いません。

こういうことは、社会のエチケットとして当然のことであり、社会人としての常識です。こういう社会性(や礼儀作法)に欠落しているから、オタク(など)はしばしば批判されるんですよ。

私はオタクに対して、「おまえは駄目だ、人間のクズだ」と書いているのではなく、「オタクであることを恥じよ」と書いているのです。恥じている限りは問題ないが、恥を知らなくなっては駄目です。

(ほぼ同時刻のコメントを参照。
 → http://openblog.meblog.biz/article/168847.html#comment

もうちょっと社会性を身につけてくださいね。
──
p.s.
ご自分の意見を開陳したあとで、その見解のリンクを、本サイトのコメント欄に記述するのは、何ら差し支えありません。
Posted by 管理人 at 2007年12月15日 14:04
「9条とオタク」というテーマで、御講評を御願いします。
Posted by Reckwell at 2007年12月16日 11:53
 9条とオタク? 
 平和趣味または戦争趣味と、萌え趣味が、どう関係するのかわかりません。私はわからないので、ご自分のブログにでも書いてください。




 
Posted by 管理人 at 2007年12月16日 12:45
ところで、思うんですけど、管理人さんのオタク嫌いって、結局「専門家」嫌いなんですね。
まあ、いいですけど。
ただ、それは、オタク、とはほとんど何の関係もない、ということ程度は自覚していてもらいたものです。管理人さんの脳内イメージですよ。
オタクをけちょんけちょんにすることがずいぶん楽しいようですけど、はっきりいって、最近の記事を見るといささか度が超えつつあるようです。悪ノリですね、完全に・・。
あと、ぼくのブログにはいちいち書くようなものでもないので、ここに書いてました。
Posted by suda at 2007年12月20日 01:06
暴論は承知の上で・・・
今回の死刑廃止は暴論を書くための前提が
あまりにひどすぎやしませんかね.

死刑廃止は冤罪処刑の防止が第一だと思うのですが.

管理人さんの論理に従えば,だんだん世界は
野蛮な国が増え,100カ国以上がそうなった
というわけですな
Posted by tanu at 2007年12月22日 09:39
 何だか私の意見を純粋な「死刑存続論」だと思っているようですが、私の意見は純粋な「死刑存続論」ではありません。「死刑廃止」という理想的・妄想的・強権的なイデオロギーを否定して、「遺族だけに決定権がある」と述べているのです。
 
 つまり、「赤か青か」という対立が起こっているときに、「赤」を否定しているが、「青」と述べているのではない。むしろ、「あんたたちにはそれを決定する権限がない」と述べているのです。
 この点、勘違いしないでください。

> 100カ国以上がそうなった

 という件では、「世界の多数派が正しい」と思っているようですが、それは短絡的です。捕鯨禁止を見ればわかるように、欧米のイデオロギーというのは、自己流の押しつけに過ぎません。
「鯨を殺すのは可哀想だが、パレスチナ人を殺すのは構わない」
 とか、
「死刑囚を殺すのは可哀想だが、殺人者が被害者を殺すのは構わない」
 とか。
 そういう欧米流のイデオロギーを批判しているだけです。

 なお、冤罪かどうかは、まったく別の次元の話です。「冤罪がなければ」という前提で議論しているのですから。冤罪をなくすための方法は、別のところで論じています。
Posted by 管理人 at 2007年12月23日 09:29
ぼくも管理人さん同様死刑制度に関してはあったほうがいいと思いますね。
というのは、近代国家には、暴力を一元的に管理する機能があると思いますが、死刑というのは、その最たるもので、なければ、リンチが起きるだけでしょうから。そういう意味では、どうしてヨーロッパがああなのかはよくわからないです。どうしてなのでしょうかね、管理人さん知っていますか?
それに感情的にいっても、死刑のほうが無期懲役よりも温情的であるように感じられますね。もっとも日本でほんとうに死ぬまで牢屋に入っているのってほとんどないのでしょうが。
Posted by suda at 2007年12月25日 01:15
死刑は廃止されるべきであると考える立場からコメントさせてただきます。

管理人殿は死刑に犯罪を抑止する効果は認めていないように思われます。愛する人を失った人の悲しみを癒す行為として、国が被害者になり代わり合法的に行われる死刑が容認されるべきである、とお考えになられているのでしょうか。そうは思いたくないのですが。

愛する者を奪った者に対する報復を禁じることで現代の社会は成立しており、やり場のない被害者の気持ちを、報復とは別の手段で癒す知恵を持つことこそが求められているのではないでしょうか。

憎しみの連鎖をたつことこそが求められることであり、最近の報道にみられるように、いかにも正義感ぶって、センセーショナルに被害者のやり場のない感情ばかりを報道することは、コマーシャリズム以外の何物でもなく、犯罪の抑止につながる有効な情報のない、安っぽい犯罪報道の氾濫には辟易とするばかりです。

第三者である私が何を言う資格もないのですが、最愛の者を奪われた者が、奪った者を死刑にするために全精力を捧げる姿に、失ってしまったかけがえのない愛に報いる大変尊い行為であると分かっていながらも、別の救済の道はないのか、本当に死刑を勝ち取ることで、心の安らぎが得られるのか、疑問を持たざるを得ない気持ちが捨てられません。
Posted by Murata at 2007年12月30日 01:25
> 疑問を持たざるを得ない気持ちが捨てられません。

 理由は簡単です。あなたが本当に人を愛したことがないからです。いつかあなたが本当に人を愛することがあったら、その人を殺される悲しみがどのようなものか理解できるでしょう。
Posted by 管理人 at 2007年12月30日 09:59
幸いにも、最愛の人を理不尽に失った経験はありませんし、もしその立場に立たされた時の激情については、想像するしかありません。正にその立場に立たされた者にしか、このことを語る資格がない、ということも認めなければならない気持ちもありますが、最終的には、死刑制度を持つことが、凶悪犯罪の抑止力につながるのかどうかがポイントだと思うのですが。
Posted by Murata at 2007年12月30日 10:44
> 凶悪犯罪の抑止力につながるのかどうか

 凶悪犯罪の抑止力にはつながらないと思います。
 ただし、「目撃者の命を救う」という効果はあると思います。強盗をしたとき、それを目撃した人を、どうするか? 殺せば、つかまらない。殺さなければ、つかまる。当然、殺すでしょう。合理的な判断力のある人ならば、殺すはずです。馬鹿は、殺さないで、自分が逮捕されるが。

ここで、死刑制度があると、「死刑だけはいやだから、目撃者を殺さない」という結論が出ます。これもまた、合理的な判断。

強盗をあなたがたまたま目撃して、「どうか命だけは救ってください」と命乞いをする場面を想像してみてください。「おまえを殺しても殺さなくても、罪は同じぐらいなのさ。馬鹿なことを頼むな」といわれて、あっさり額を打ち抜かれるでしょう。
Posted by 管理人 at 2007年12月30日 11:42
なるほど、浅はかにもそのようなシチュエーションについて考えてみたことはありませんでした。

死刑制度がある場合。
強盗犯が既に殺人を犯している場合、目撃者を殺しても罪はかわらないから殺す。未だ殺人を起こしていない場合、目撃者を殺すと死刑になるので殺さない。

死刑制度がない場合。
強盗犯が既に殺人を犯している場合、目撃者を殺しても罪はかわらないから殺す。未だ殺人を起こしていない場合、目撃者を殺しても罪はかわらないから殺す。

うーむ、この最後の場合ですが、確かにそのようなシチュエーションで起きる殺人は数多くあるように思われます。これも幸いにも私がこのような立場になったことがないので、真実は分かりませんが、 殺人を未だ犯していない強盗犯が強盗犯であることを隠蔽するために殺人を犯すのは、管理人殿がおっしゃるように理知的に殺すのではなく、発作的に殺すのであって、死刑の有る無しを考えて、理知的に犯罪を隠蔽するような人にとっては、死刑制度の有る無しには影響されないのでは。
Posted by Murata at 2007年12月30日 20:54
1月11日の泉の波立ちにて
"栄えるのはブックオフばかり"
と書かれていますが、ブックオフもネットのオークションに押されているせいか、あまり調子はよくないようです。
株価は去年の約半分になっているみたいですしね。
Posted by TRIPLE at 2008年01月10日 22:28
もっと崩壊させないと気がすまない、「人民の敵」がおります。

http://www.jiji.com/jc/zc?k=200711/2007110500677

財政制度等審議会
Posted by えむ at 2008年01月16日 12:54
管理者=残業が付かないのか会社のルールであれば、管理者にならなければ良いのです。勝手に管理者にする会社は無いはず。
逆に積極的に管理者になって、実務をしないで済むように、平社員をうまく使う人もいます。
自分がうまく管理職をこなせないからと言って、全てが会社の責任とするのはおかしい。

無論、管理者といえども実務をした場合に対価=残業代を支払うことは当たり前です。但し、会社側としては、管理能力が無いと判断して平社員に降格するでしょう。

一般に、管理者は管理能力が無い事を上司に知られたく無いが為に、実務をしても請求しないのが一般人の対応です。その行動が正しいとは思いませんが、発想は理解できます。
また、管理者自ら実務をこなして、より少ない平社員で大きな実績を上げる事も可能です。この場合、見かけ上、非常に効率的な管理を行っていると評価されて、出世しやすくなると思います。(この場合は、現場管理者を管理する本部管理者が「能無し」なだけなんですが・・・)
その「能無し」は、自分が管理者時代に同じ手口で当時の「能無し」を騙していたんだから、現在の管理者がインチキをしている事を知っても、見ない振りをしているんです。そうしないと、現在能無しになった自分の過去の実績を自己否定し、さらけ出す事になるからです。
こうやって、日本の会社では、インチキがまかり通り、やがては絶滅するわけです。(利己主義者の集団になるから・・・)
本来は、自己に不利だと思っても、管理者は残業代を請求すべきなんですがね・・・それが、集団の正しい評価に繋がり、本来の管理能力がある人が本社管理者に育っていくのですがね・・・
Posted by Rockwell at 2008年01月30日 23:53
Rockwellさんの意見は詭弁ですね
自身で作業をするのはワーカーであって
管理者とはいえません
 トヨタを例にとると非組合員になる
管理職は課長職以上です。課長職以上は
経営側に立つというわけでそうなってい
るようです。課長職は厳しく査定され
実績上げられないと下請け行き。
 
 昇進しないのは簡単です。実績を
あげなければ良いだけです。その変わり
定年までキツイライン作業に従事する
覚悟が必要になります。工場で定年まで
ライン作業というのは超長い罰ゲーム
するようなものなので昇進する方が
利口ってもんだ
Posted by mugu at 2008年02月08日 22:24
Rockwellさんの意見は詭弁ですね
自身で作業をするのはワーカーであって
管理者とはいえません
 トヨタを例にとると非組合員になる
管理職は課長職以上です。課長職以上は
経営側に立つというわけでそうなってい
るようです。課長職は厳しく査定され
実績上げられないと下請け行き。
 
 トヨタで昇進しないのは簡単です。
実績をあげなければ良いだけです。
その変わり定年までキツイライン作業
に従事する覚悟が必要になります。工
場で定年までライン作業というのは超
長い罰ゲームするようなものなので昇
進する方が利口ってもんだ
Posted by mugu at 2008年02月08日 22:25
詭弁と言い切りますか!

現実に、実作業をしている管理職はいっぱいいますよ。特に、何かトラブルが発生して客先に迷惑が掛かる時などは、率先して作業をしますよ。

私が言っているのは、
・実作業は管理業務ではない。
・課長職は管理業務を任されている。
・但し実作業をするなとは言われていない。
・契約したのは管理業務である。
・一時的な高負荷時には、臨時雇いを受け入れる手間隙を考えれば、自分で作業をした方が早いし、上司の受け(=うまく職場を動かしている(管理している))も良い。
ということです。

muguさんの職場は、実作業=肉体労働なのでしょうが、私が想定した職場とは、営業・事務・設計・品質保証など、肉体労働でない職場の事を想定しています。

P.S
質問です。肉体労働作業で「実績をあげる」とはどういう事ですか?一生懸命に作業をする事ですか?

多分そうではなく、職場改善とかサークル活動とかを通じて、『非管理者である現場作業者であるが、管理職業務を担っていける能力が有る事をPRする』事では有りませんか? それって・・・
Posted by Rockwell at 2008年02月09日 08:46
Rockwellさん
問題は名前だけ管理職として現業の仕事を
残業代なしで長時間させるのがおかしいんです
 職種によっては管理職でなくても残業代が
ないところもあることは知っていますが
現業では通用しない理屈だと思います

下2行は正しいです
Posted by mugu at 2008年02月10日 21:50
管理人さん、いいかげん向こうのブログでのぼくの書き込み権限を回復させてくれませんか?
いろいろ議論がしたいのですが、ここでは議論が望まれていなようなので、遠慮してしまうばかりなのですよう。

なので、ほんの一点指摘させていただきます。
最近管理人さんが精力的にお書きになられている生物学の哲学、原理的な考察大変楽しく読ませていただいてます。力作ですね。
ただ南堂さんのドーキンス理解に多少不正確な点があるようなので僭越ながら申し添えておきたいと思います。
端的にいいますと、ドーキンスのいいたいことは、「生命のゲームで増殖し生き延びている根本的な要素は、その情報を保護する有機体ではなく遺伝子に含まれる情報だ」(『利己的な遺伝子』)ということです。この場合「情報」とは当然遺伝子のことなのですが、生命の本質は、これが増殖し、生き延びていくという点にこそあると彼はいっている。管理人さんはこれを否定しているわけですが、ぼくはちょっとその理屈は支持できないな、と思うわけです。
南堂さんは、個体の生殖を生物の本質としてますが、中には生殖機能を捨てて完全に遺伝情報の継承を優先させる種も存在しているのですね。それは、働きアリです。女王アリ以外の働きアリは生殖機能を捨てて女王を育てという点は、管理人さんのハチさんの例と同じですが、別にこれは、「選択肢を奪われているからしかたなくそうする」という話などではない。個体の遺伝子に「女王アリを育てろ」とプログラムされているだけの話です。そしてそうすることによって女王アリはめでたく生存でき子供を産みます。すると、この子供たちにも「女王アリを育てろ」という命令文が組み込まれているわけで、女王アリ以外の働きアリはその命令によって本能的に女王アリの生存を第一に行動するようになる。以下延々と繰り返されるわけです。ここで重要なのは、結局この過程はループのようなもので、「女王アリを育てろ」というメッセージがトートロジー的に存在し続けている・・・・・・。「女王アリを助けろ」という遺伝子が組み込まれた働きアリたちが実際に女王アリを苦労して助けてあげることで結果として生存した女王アリが、「女王アリを助けろ」というメッセージ情報を次の世代へ渡していくというループ構造が存在しているわけです。
これが、ドーキンスさんのいいたかったことです。
Posted by suda at 2008年02月14日 01:38
だからですね、あえていえば、利己的なのは個体ではなく、遺伝子のほうなわけです。個体よりも己を優先させる遺伝子という意味が、利己的な遺伝子という意味なわけです。「遺伝子をたくさん残したい」と考えているような個体はべつにいないわけです。個体が本能的に振舞っているのに、結果それが遺伝子の存続に一役買ってしまっている状態があるだけなんです。馬鹿みたいに単純な話です。もっともわれわれ人間クラスの生き物の場合、こうした仮説で説明するのはできないのではないかと思われるような振る舞いがあり、それはまた別の話でしょう。ただ、それ以外の生物の場合今説明したような仮説に立てば、だいたい統一的に理解できる。もちろん生物学、それも進化論なのでどこまで決定的かはわからないですが。
結局生命とは、遺伝情報を保存するのに最適なメディアということでしょうね。ハードディスクは劣化しますが、ウェットウエア(肉体)は劣化すれば、また新しいのをそこから作ればいい。こうやってエントロピーの法則に抵抗しているわけです。
Posted by suda at 2008年02月14日 01:57
sudaさんへ。
割とまともなコメントですね。回復させました。
ただし(今回の)テスト分は承認しません。

上記のコメントですが、これはsudaさんの誤読です。おっしゃりたいことはわかりますが、私はそのような形でドーキンスを否定しているのではありません。むしろその意味ではドーキンスを肯定しています。
どこがどうかという説明は、次回からの三回連続で説明します。たぶん納得していただけるでしょう。
私が否定しているのは発想の拡大解釈だけであって、ドーキンスの学説自体ではありません。学説自体は肯定しています。具体的には、動物行動学の範囲では肯定しています。ただし生物全般についての拡大解釈は否定しています。(この件は前々回に述べたとおり。)

──

ただし私としては、遠慮してくれたままの方が、ありがたいです。どうせ疑問にはいつか答えることになるのですから。長いシリーズの最後の方で説明されることに対して、待ちきれずに「早く説明しろ、早く、早く」といわれても、困ってしまいます。
どんな物事であれ、難しいことは、短い文章では説明しきれない、ということをご理解下さい。長いシリーズを最後まで読まないとわからない、ということは、しばしばあります。

ま、おっしゃることはもっともだし、疑問を出すのももっともなのですが、その疑問はもともと「想定の範囲内」ですし、やがては解答を与えられるものなのです。焦らずに待って下さいね。

> いろいろ議論がしたいのですが

これは困ります。私のコメント欄は議論の葉ではありません。この点、絶対に理解してください。もし議論を目的とするのであれば、禁止処分になります。
だいたい、たった一人で多数の人と議論できるわけがないでしょう? そんな暇人じゃないし。私の返信はあくまでサービスです。無償でサービスを期待しないでください。議論をしたければ、どこかの掲示板にでも行ってください。なお、私はそこには行きません。

私のブログで議論が許されている場所は、たった一つ。「ドーキンス説絵をめぐる無駄論議2」という項目だけです。うるさい人は、ここに隔離します。精神病院みたいなものです。私のサイトで議論をしたければ、そちらへ行ってください。

──

なお、読者が返信を求めれば求めるほど、私の執筆のペースが遅くなるので、読者は真相を知る機会が遅くなります。答えを求めれば求めるほど、答えを得る時期が遅れます。そのことは理解しておいてください。

とにかくまあ、たった一人に対して、こんなふうにだらだらと返事を書いていると、時間ばかり無駄になって、大多数の人への言葉が削られてしまうんですよね。無駄でしょ? 他の人にもいちいち返答していたら、肝心の本体を書く時間が消えてしまいます。先週あたりもそんな感じでしたが。
Posted by 管理人 at 2008年02月14日 19:04
なるほど。もっともです。
わかりました。
シリーズの完結を待ちましょう。
Posted by suda at 2008年02月15日 03:50
ハードディスクはHDDです。HDじゃありません。
しかもHDというより、HDDVDと呼ぶことのほうが多いきがします。
Posted by sumeshi at 2008年02月18日 23:40
南堂先生の森林保護に対するご見解を聞かせて頂く事はお願い出来ませんでしょうか?

よろしくお願い申し上げます。
Posted by naoki0217 at 2008年03月11日 00:35
ところで南堂さん、国会で現在児童ポルノ法の二次元(漫画やアニメ、ゲームなど)への適用を可能にする法案が出てきて、それに対し思想の自由を侵害する法案であるとオタクたちが猛烈な反対をしていることについてはいかが思われますか?
ネット界隈ではだいぶ大きなニュースになっていますし、かつて南堂さんが論じておられたトピックでもあるので、ぜひご意見をうかがいたいものです。
Posted by suda at 2008年03月15日 12:45
3/19のコメントに対してですが、ポルノ解禁はあらゆる年代の性教育として解禁しても良いのでは?と私は考えます。
もちろん、人間という生物は年を重ねる毎に刺激に麻痺し、更なる刺激を求めてしまい、エゲツない物も求めてしまうと思いますが、、、エゲツないものにはある程度緩やかな規制をすべきと思います。

でもどうでしょう?これは男の視点だけでしょうか?
お互いを思いやり、慈しみ合い、互いに楽しみ合いながら子孫を残すのが本質と考えますが、ちょっとフレーバー的にゴッコを楽しむのはありと思っています。

ただ、ゴッコを出来ない人間もいますので、、、

普通、愛情を感じ、肌を重なえ合えばまともな人間ならエゲツない事は出来ないと私は思うのですけど。

日本では両親の同意があれば16歳で女性は結婚可。しかし、個人差があり、誰が決めたかわかりませんが、16年生きた事を節目にして女性は生物学的?社会的?に大人と規定されていますよね。

人により色々な基準があると思いますが、ある人の基準によれば14歳でも大人?、また21歳でも子供?と感じるのかもしれません。

本質的に雌が雄を選ぶと私は考えますので、哀れな平均あるいはそれ以下の雄は雌からの愛情を受けるチャンスが無いかもしれません。

私もその中に含まれると思いますが、その哀れな雄の為に、正しい、性教育としてのポルノ解禁はあっても良いのではないでしょうか?
Posted by アルプスの少女ハイジ at 2008年03月18日 20:30
コメントの追加ですが、個体によっては14歳がピーク(つまり人生最高の奇麗な華が咲いた時)、21歳以降がピークの人もいると思います。
考えれば人生とは理不尽なものであるとしか言いようがありません。
Posted by アルプスの少女ハイジ at 2008年03月18日 20:47
取り上げていただきありがとうございます。
でもね、管理人さん、問題は、児童ポルノの対象が「写真」ではなくて、「漫画」にも及ぶという点がオタクが騒いでいるところなんですよ。狭い意味のオタク、というか、この場合僕もその範疇に入るのですけど、たとえばこの法案を認めれば、極端な話『サザエさん』のワカメちゃんのパンツ(いつも見えている)さえ禁止されるわけで、明らかに憲法の表現の自由に抵触する。だからみんな騒いでいる。だって、ワカメちゃんはまあいいですけど、漫画やアニメなどのキャラクターは大抵学生ですから、彼らを対象にちょっとしたお色気チックな話を描くだけで、児童ポルノ扱いになるんですから。そうなれば、漫画家さんは中学生や高校生のキャラの下ネタは、法律上描けなくなる。これは大問題だと思います。管理人さんが知っていそうな例だと、たとえば「うる星やつら」のラムちゃんも児童ポルノ認定される(半裸ですから)。少しでも漫画を読んでいれば、お色気や下ネタがどれほど作品にとって大切か、本質的かはわかるでしょう。適切ないいかたではないかもしれませんが、漫画やアニメは女の子(ヒロイン)の性的な魅力で成り立っている側面がある。美少女ではない容姿の女の子がヒロインであるような作品は、娯楽作品にはありえないわけです。もしこのまま法案が成立すれば、美少女の描写にも直接的、間接的に影響が出てくるでしょう(商業作家は過度に自粛もするでしょうし)。そうなれば、作品の幅(自由度)は絶対狭くなる。ここが、表現の自由に関係してくるわけで、結果的にいえば、かつてオーウェルがアイロニカルに描いたディストピア(思想警察)が現代日本に具現化するわけですね。
Posted by suda at 2008年03月19日 01:26
訂正「狭い意味のオタク」→「広い意味のオタク」=(漫画やアニメを熱心に見て育ってきた人間)

なお、誤解を避けるためにいえば、僕個人は当然現実の少女を対象とした児童ポルノには反対ですし、よって児童ポルノの単純所持に関する今回の法案にも大賛成です(単純所持が合法なら確実に、地下で少女を対象としたポルノ作品が作られ続けますから)。

現実から切り離された漫画やアニメの登場人物にまで児童ポルノかどうかを云々するというのは、近代社会のルールからいって非常に根拠不明なので、不思議に感じる。サドやナボコフ、安部公房、高橋源一郎などの大作家もいくつかの作品において少女を性的に描写したりもしていますが、いってみれば彼らのこうした創作行為をも法的に否定するわけです・・・・。もしこの法律を認めれば、SMや近親相姦といった他の変態性欲も取り締まりの対象となるかもしれません。これでは近代以前の社会です。このように文学に限らず広く虚構、表現、思想一般が知らず知らずのうちに本質的な危機に立たされていることに対する驚きこそが、今回の件について管理人さんにぜひ聞いてみたいと思った動機なのでした。
Posted by suda at 2008年03月19日 01:46
なお、ソースは以下。
ttp://www.itmedia.co.jp/news/articles/0803/11/news097.html
マイクロソフトとヤフーが主導になっているみたいですね。
Posted by suda at 2008年03月19日 01:57
児童ポルノに関して、興味深い記事がありました。
http://plusd.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0803/17/news010.html
この中で小寺氏が述べている以下の点については、私もまったく同じことを考えていました。
「萌え絵に反応する人たちは、アニメ絵だから反応するわけで、現実の子供には興味がないものである。逆にアニメ絵を規制してしまったら、現実の子供に走る可能性が出てくる。」
絵を規制することには、このような問題があると私も考えます。
Posted by poimandres at 2008年03月19日 13:13
規制されようとしているのは18歳未満なので、第二次性徴を過ぎた女性も含まれますね。
見たところ、萌え系の絵の主流は高校生くらいです。16歳にもなれば女性は結婚もできます。そういうものまで規制しようというのはやはり行きすぎではないでしょうか。私はそう考えます。
Posted by poimandres at 2008年03月20日 12:21
なるほど。18歳未満ですか。それは「児童ポルノ規制」とは違って、「ポルノ規制」ですね。それは変ですね。

ま、私の趣旨は、今回の法案の細目ではなくて、「児童ポルノと成人ポルノ」という趣旨の話です。現実の法案を擁護しているわけではないので、念のため。

茶化した文書を書くのが目的だったりして。   (^^);
Posted by 管理人 at 2008年03月20日 15:31
3/24の南堂先生のコメントの考え方に賛成です。
しかしながら、素人の私が望むのは、2大政党に於ける政権の交代。我々に、現状に対する満足・不満足の選択が出来る政治体制が早く出来る事を個人的には望んでいます。

恐らく、政権交代しても、誰が為政を行っても現状からは大した変わりはないのかもしれません。しかし、もし政権交代が実現したとしたら、少なくとも<もしかしたら!>という希望を持つ事が出来るのではないでしょうか。
小泉政権の一番良かった点は<もしかしたら!>という期待を持続させ続けてくれた事と私は考えます。
しかしながら、小泉元首相は、原理原則の出処進退に愚直こだわりすぎてしまったのではないかと素人の私は考えてしまいます。
マクロ経済的な需要の喚起をする為の気持ちのベクトルを上向きにするには<もしかしたら良くなるのでは?>勘違い、気のせいであっても明るく見える期待が必要に思えます。

もしもそうした期待を抱かせてくれるのなら、小沢一郎さんはパワーシーカーかもしれませんが、いきなりリベラルを前面に出しすぎた為政者よりも良いと私は考えます。
どちらの政党が政権を受け持つとしても、為政を行うには清濁併せ持たなければ成り立つ事は出来ないと個人的には考えております。

急を要する日本の政治的安定、ひいては日本経済の安定の為に我々は正しい選択をしなければなりませんが、小沢一郎さんに為政をして頂いく事も決して間違えではないと個人的には思うのですが、、、

政治学的にはキャスティングボードのポジションをとる第3の政党があって当然(白でも黒でもないグレー、かもしれませんし、全然違う緑色かもしれません)ですが、もし連立を組んでいた政党が負けたのなら一蓮托生の覚悟を持って頂きたいものです。また、その時の振る舞い次第でその政党が本物か偽物なのかがわかる様な気がします。

素人の子供じみた考えで恐れ入ります。



Posted by naoki0217 at 2008年03月23日 18:38
些細なことで申し訳ありませんが、どうも誤字ではないようなので指摘します。
台湾のトップは、総裁ではなく総統ですね。
Posted by poimandres at 2008年03月24日 10:27
ご指摘ありがとうございます。修正しました。
Posted by 管理人 at 2008年03月24日 20:15
専門家、良識者の意見の場に失礼します。
3/30のコメントについて思った事です。
化社
私は決して共産主義者ではありませんが、現在、我々が生産した価値、あるいはもっと簡素化して食料でも構いません。
60億人以上の人間に(これからも増え続けますが、どこまでが限界なのでしょう?)、これらの価値を均等に分けたとしたら私のところにはどの程度の価値(食料)が残るのでしょう?

政治体制とは、個人あるいは、ある組織の少数の人間の主観(もちろんこの主観は統治者・統治集団によってどの様にも変わりますが)を有利に利益誘導する為に大多数の民衆を制御する為の方策でしかありませんので、個人的にはどの体制であっても大差ないと考えます。もちろん、60億人全員、住宅地の1ブロックですら皆が満足する事などありえないので、その地域や、そこで生まれてしまった国の人々が経て来た歴史、習慣、文化に少しでもマッチした政治体制の下で生活出来たら幸いとしか思えません。(少なくとも北朝鮮やアフリカの一部の国に生まれなかった事に私は感謝します。また、一応自由を謳い、自由という甘い蜜で味付けした資本・社会主義である日本に生まれた事もラッキーに思います。)
ですので、そもそも完全な政治体制など存在しないと考えた方が普通なのではないでしょうか?




以下は余談です。しかも脈絡の無い文章です。

恐らく日本人の私は60億人の平均より結構良いポジションにいると思います。が、60億人全ての生活を見る事など出来るわけがないので、私達は近所の人達を見て幸せと不幸せの相対的な判断をしています。
ちなみに私は贅沢な事に不幸せを感じています。食事をするのにも困る人から見れば私の不幸など非常識としか言う事が出来ないと思います。にも関わらず、私はなにかしらの生産的な仕事をするのは人間としての義務ですが、それ以外にも、より美味い物が食べたい、好きなだけゴルフがしたい、疲れるほど仕事したくない、更に呆れた事にプライベートジェットエアクラフトを所有し操縦してみたいなどと狂った妄想をほざきます。

しかし甘いものを知らなければ知らないで一生を過ごしてもらう様に配慮する事は、もしかしたら知っている者の義務であり、愛なのかもしれません。残念な事に全員には行き渡らないのですから、、、特にある一部の国に住む人達には積極的な情報操作という考えも必要かもしれません。(これを実践している国がほとんどですので、、、、、企業や組織などに所属する事も、躾け・教育と称して洗脳的な事を行い、アメと鞭と懐柔と脅しとスカシで飼いならすわけですから程度の差こそあれ逃れる事は出来ない、、、まさに揺りかごから墓場まで)


ステレオタイプの年配者は、<最近の若いやつは、、、我々の時代には、、、>と言いますが、それはその人達の生きていた時代(運、不運で片付けられない事もありますが)での相対的価値基準のもとに下した判断を固定、すなわち絶対的価値基準にしてしまった為に犯す間違えと思います。近所の皆が貧乏なら我が家が貧乏でも気になりません。

富、(確か)愛を再分配するのに政治、為政を行う方法を取る事は間違えではない、、、と、言ったような定義があったように思います。(マックス・ウエーバーだった様な気が、、、間違えならば申し訳ありません)
ならば、皆が満足する平均値、経済を上げて行く為に政治をグレードアップさせる努力は必要な事は吝かではありません。しかし全員に行き渡るパイが少ない、あるいは足りないのでは誰一人満足する事など無い訳です。
方法はパイを大きくするか、パイを食べる人数を減らせば良いと誰でも考えます。
しかしパイはなかなか大きくならない。

幸い我々日本人は、隣の町の事には目をつむり、近所の問題(我々の町のパイの取り分だけをより多く確保すれば良い。でも必要分だけに心がけられたらそうして欲しいと偽善者の私は思うのですが、、、)だけ解決すれば良いのですから。その幸せに少なくとも感謝しなければならないと思います。

もうひとつの方法としてパイを食べる人数を減らすという事ですが、それを考えますに、まず我々の世界ではどの程度の人口が許容量なのかをまず把握しなければならないと思います。
但し、現状の環境の維持程度での人口量。あと、長期的循環サイクルを我々が把握出来るのならば、それに対する環境の整備の取り組み。最後にそれに対する適正な人口量。(そして避妊? 凶悪犯罪者の虚勢?)
知能の低い私にはこの程度しか思いつきませんが、私が考えてもこうした事は実現不可能の思えます。(ならば行き着く先は、、、頭の良い幼稚園児でもわかるかもしれません。わかっていても出来ないのが人類の良いところ。なぜなら爽やかに今だけを生きている!)

しかしながら、短絡的に人間の数を減らせば良い。一番効率が良いのが戦争だというこれまでの一部の人間の考え方には私は賛成できません。

(一国だけの限定ですが)多少経済が良くなり、生活に多少の余裕が出来、老若男女を問わず多少もしかした良くなるのでは?という淡い期待を多数の人が持てる様になれば、、、(必ずその中からあぶれる者がいるのは当然。これは善人と呼ばれる人達に多いのですが、、、)また、文句を言っていた人間も後からあの時は良かった、、、と言える状況(その人たちには永遠に幸せはこないのか?)。あくまでその様な傾向の世の中になれば政治体制に文句をつける人などかなりいなくなるのでは?と私は個人的に考えます。民主主義であろうと社会主義であろうと。


しかしここでは、あくまで日本の民主主義の話。
ほとんど余計な事を申し上げましてすみません。
Posted by アホのほざき at 2008年03月30日 22:46
4/1のコメントに対して。

昭和シェルは値下げ(レギュラー130円程度)、JOMOは据え置き(150円)。本日、私がガソリンスタンドで見た価格です。
一般人以下の私が感じたのは、今後は昭和シェルでガソリンを入れたいと思った事です。
どのような理由付けをしてもJOMOが儲かっているのは明白です。これだけ世間の注目を浴びているにも関わらず。人間こうでなければいけませんね!

でもどうでしょう?これは南堂先生が常日頃おっしゃっているマクロ的な減税なのではないのでしょうか?短期の限定的な措置になってしまうと思いますが比較的、日本国民に均等に恩恵を与えていると思うのですがどうでしょう。JOMOは別ですが。
道路整備のミクロの経済効果と広く薄まったマクロの需要喚起で収支トントンなのでしょうか?


以下はたわごと。

相変わらず私はアホウなので話はあらぬ方向へ飛んでしまいますが、我々はいつまで化石燃料に依存しなければならないのでしょうか?資源貧乏国の我々日本人はメタンハイドレートなるものが日本近海の底にゴマンと眠っているとワクワクしています。当面はコストがかかり過ぎ実用化は無理なのかもしれません。しかし、石炭ならいざしらず、原油だって最初はコスト的にも、成分的にも実用化するのに無理があった事と勝手に私は考えます。
しかし、今は投機による値段の高騰がありますが、まだまだ十分にコストパフォーマンスの安いエネルギーです。真綿で閉めるような環境に対する反作用もありますが、、、
もちろん、これだけ社会インフラが原油に依存するしかない構造なので非現実的な事を言っているのはわかっているつもりです。

我々は猿から半歩進歩した。(ちなみに私はガソリン無しでは生活出来ない。いわば猿以下のゴキブリ君です。実際に地べたを這いずり回っています、、、)しかしながら、化石燃料を懸命に探し、ほじくり、その利権を争いで戦争もやります。次世代のエネルギーを実用化出来る技術を持っているにもかかわらず。
しかも、その代替エネルギーへのシフトは鼻毛の伸びるスピードよりも遅い、、、

半月ほど前の読売新聞に、我々の遺伝子の中に、ある時代(何億年も前)の突然変異(珍しく進化の過程で有用な変化)があったと読みました。
それは大脳新皮質の特に前頭葉に関する変化と読んだ気がします。(間違えならばすみません。しかし、脳機能の中でも高次元の領域の変化は確かなはずです)最近ではそれが鳥類に見つかったらしいとも書いてありました。カラスの遺伝子の機能が発現したのかと考えてしまいました。
しかしながら、それは、我々人類が他の種と決定的に違う優越権を持つ事になった要因と私は考えます。

偽善者風の言い回しをすれば、エネルギーを有効活用出来る我々人類はゴキブリ君と違って凄い!!やっぱり我々は素晴らしい知恵と技術を持っている!さらにこれを究極まで高めよう!なぜならば我々は凄いのだから!という程度の精神レベルしか持ち合わせていません。

確かに生きる事に追われて精一杯な我々にとって、一度手に入れた安価で手軽なエネルギーを手放す事など出来る訳がありません。

しかし、タコが自分で自分の足を食っている、などと笑う事は我々に出来るのでしょうか?

どうでしょう?どうせ暫定税率という恒久課税が行われるのならば、一部でも良いので代替エネルギーへの真面目な取り組みに使ってみては?と、、、

対処療法の京都議定書などの取り組みもありますが、長期的な(株式の負けは株式で取り返す様な考えですが)エネルギーを媒体にしたより良いと思われる事(代替エネルギーへの移行)に使えれば私自身は多少(150円より130円の方が良いにきまっている!)こじつけながらも納得するかも知れません。(でも多分、本当は思わない、、、)
Posted by アホの寝言 at 2008年04月01日 19:23
もちろん、誰かが代替エネルギー移行へのストップをかけているであろう事はわかっているつもりです。
我々はドジョウ鍋のドジョウなのですね。
Posted by アホの寝言 at 2008年04月01日 19:32
ありがとうございます。
教えて頂いたところを読ませて頂きたいと思っております。

しかしながら、これからも下手な考えを続けて行こうと思っております。ご迷惑にならない程度に、、、

ところで、NHKのニュースで家庭用燃料電池の事をやっており、そこにTOSHIBAとJOMOのシールが貼ってありました。
でも個人的にはしばらくはJOMOでは入れる気が起こりません。
Posted by アホの寝言 at 2008年04月01日 23:08
「死刑は必要であるが、それは、人を殺すことを何とも思っていないような、計画殺人の場合に限定される。」との南堂様のお立場について、死刑廃止論者の私としてもぐらつくところがあります。

しかし私としては、やはりそのような人間を生み出しているものも、社会とは無関係ではあり得ず、先天的な強制不可能なものとして生まれてきたものであるとの考え方はできません。我々の社会との関わりの中で生んでしまったそのような怪物に対して、死刑にしてすませることは責任放棄であるように思われます。

もちろん被害者の感情へも、社会として応える義務がありますが、犯人を死刑とすること以外の方法を見つけ出していかなければならないのではないかと思います。昨今の被害者の感情ばかりを国民に再生産し、加害者を死刑にすることばかりに熱中し、犯罪を生み出している根源的な原因に迫ろうとしないマスコミには本当にうんざりです。
Posted by Murata at 2008年04月26日 14:50
四川の大地震被災地で、日本の援助隊が生存者を発見できないのには、人民解放軍の作為があるようです。
彼らは、日本の援助隊に生存者を発見されると面子が保てないので、あまり希望の持てないところばかりに行かせていたそうです。現にロシアの援助隊は生存者を発見しています。
……こんなことを書くと、お前はネトウヨかとか言われそうですが。
Posted by poimandres at 2008年05月20日 16:11
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