◆ 尖閣諸島の問題の整理:  nando ブログ

2012年10月15日

◆ 尖閣諸島の問題の整理

 尖閣諸島の問題についての情報がたくさんあるので、整理してみる。その上で、私なりの結論を下す。

 ──

 尖閣諸島の問題については、一応、Wikipedia に網羅的な情報がある。
  → Wikipedia 尖閣諸島問題

 ただ、これは日本人の手による情報であるため、情報が日本よりに偏っている。英語版や中国語版にある重要な情報が欠落しており、「日本から見た尖閣問題」になっている。
 そこで、より客観的な立場から、最近の情報をたくさん並べてみよう。




 (1)
 読売新聞社による解説記事。
  → 尖閣諸島は日清戦争中に中国から奪ったのですか?
 わかりやすい解説だ。このことで、「中国から奪ったものではない」ということはわかる。だが、「日本のものだ」と裏付けているわけではない。

 (2)
 はてなキーワードによる簡潔な説明。(Wikipedia の孫引き)
 1880年代後半から1940年にかけ、琉球諸島の住民が建設した船着場や鰹節工場などがあったが、後に無人島化した。
 1971年に地下資源埋蔵の可能性が確認されると、領有権を巡って中華人民共和国と中華民国が領有権を主張し出した。日本国政府は沖縄県石垣市に、台湾は宜蘭県に属すと、各々主張している。
 これが日本ではよく知られている見解だが、話はそれほど単純ではないようだ。

 (3)
 中国は「15〜16世紀には尖閣諸島が中国の地図に記載されていた。名称も中国名だ」(だから中国領だ)と述べている。
  → Google 検索

 (4)
 1960年の中国地図には中国の地図には尖閣諸島が日本領と記してあった、という日本側の主張。
 → 中国地図「尖閣を日本領と明記」
 ただし、この地図は公式のものではないので無意味だ、という中国側の反論もある。
 
 (5)
 昔の地図よりも実効支配が重要なので、法的根拠は日本にある、という中国人の指摘。地図論議を否定する。
  → 波紋呼んだ中国人の「尖閣はやっぱり日本のもの」主張

 (6)
 現代ビジネス によるレポート。
  → 習近平と胡錦濤の権力争い
 今後は超保守派の習近平の対日強硬策が続く、という解説記事。
 この通りだとすると、日本が安易に妥協策を提案すると、相手に押し切られる一方となる。相手が攻撃的に来る場合には、日本も否応なく攻撃的な態度を取るしかなくなる。選択肢は限られてしまう。

 (7)
 今回の中国側の強硬な態度は、主席がメンツをつぶされたことが理由だ、という解説。(野田首相の対応がまずかったらしい。)
  → 燃え広がった反日デモと「愛国」の正体
 もしそうだとすれば、解決策はある。次の穏便な方法だ。
  → Open ブログ : 尖閣諸島の間接国有化
 これによって騒動を収束できそうだ。とはいえ、それで当面の問題を緩和することはできても、根本策はまた別だ。

 (8)
 石原慎太郎のインタビュー記事。
  → 石原慎太郎都知事 「日本は戦争の覚悟を示せ」
 「戦争の覚悟を」だって。ふうん。日本を戦争に巻き込むために、騒ぎを起こしたのか。 (^^);

 (9)
 尖閣諸島の軍事的な意味について。
  → 米軍事専門家の見解(zakzak)
 尖閣諸島は軍事的に大きな意味があるので、中国の支配を米国は許さないだろう、という見解。
 この見解に従えば、少なくとも領土については日本領とした方がいい、となる。経済水域については、また別の話となるが。

 (10)
 「主権の争いを棚上げにして、資源を共同開発する」という案。
  → 尖閣問題で日中が最終的に合意する可能性は低い 相手を追い詰めず協力できる分野に活路を見出せ
 これはなかなか良い案だ。あとでまた言及する。

 (11)
 中国の経済政策について。過去の「レアアースの輸出制限」は、今では逆効果になっているそうだ。
  → レアアース「もっと調達して」中国業者懇願 2年前と状況変化

 (12)
 NY タイムズの記者が中国寄りの発言ををした。
  → NYタイムズの著名なコラムニスト、ニコラス・クリストフ氏の尖閣問題に関するコラム
 日本大使館が反論したが、勘違いしている。
 これは、どちらが正しいか、という問題ではない。中国の宣伝が圧倒的であり、NYタイムズの記者の頭を左右するほどになっている、という点が重要だ。つまり、日本は宣伝戦略で、中国に大差で負けている。
( ※ もっとも、これまでは「反論せずに沈黙する」という方針だったから、もともと「言い負ける」という政策を取っていたことになるが。負けようとして負けているわけだ。)

 次の記事もNYタイムズと同様だ。
  → 尖閣、中国「日本は強盗の論理」…英紙に論文も

 (13)
 中国は世論を買収している。
  → 中国が世界の世論を買い漁っていた

 (14)
 もちろん、中国は国内でも、ひどい言論統制をしている。テレビ番組に日本人の出演禁止。
  → 当局からテレビ局に“日本人を出すな”とお達しが出

 (15)
 中国と日本の間で うまい位置を占めようとした韓国の立場が揺らいでいる、という解説記事もあるh。
  → 「尖閣で中国完勝」と読んだ韓国の誤算

 (16)
 話は戻るが、本当の領有権は、どちらにあるか? 私なりに考えると、次のように考えたい。
 「15世紀のような昔のことを言ったらキリがない。第二次大戦前のことは理由にならない。第二次大戦後の状況だけが大事だ。だから、それを示せばいい」
 つまり、「大戦後の領土変更はなし」という原則の下で、大戦後の領土状況を見ればいい。

 ところが、これがはっきりとしない。
 1940年までは日本人が住んでいて、日本が実効支配していたが、それ以後は無人島となっていた。
 尖閣諸島に石油資源が発見されたのが 1968年。
 1971年から施政権が米国から日本に渡された。だが、この時点で、中国(や台湾)は自国領だと主張している。
 After it was discovered in 1968 that oil reserves might be found under the sea near the islands, Japan's sovereignty over them has been disputed by the People's Republic of China (PRC) and the Republic of China (ROC, commonly known as Taiwan) following the transfer of administration from the United States to Japan in 1971.
( → Wikipedia 英語版
 1971年に米国が釣魚島の行政権を日本に引き渡した後、人民日報は立場を表明する記事と声明を繰り返し発表している。
( → サーチナ

 (17)
 このように中国側は反論しているのだが、日本側は認識が甘い。たとえば、朝日新聞社による解説記事だ。
 コ 日本の立場は?

 A 日本と米国など48カ国が結んだサンフランシスコ平和条約が52年に発効し、日本の主権は回復した。尖閣諸島は米国の施政下に置かれることになり、72年の沖縄返還の際、南西諸島の一部として日本に戻った。つまり、この条約は尖閣諸島を台湾の一部とは認めていなかったんだ。

 ア 中国はどうしたの?

 A ずっと異議を唱えなかった。それが「尖閣諸島を自国の領土だと考えていなかった証拠だ」と日本側は見ている。尖閣諸島が自国領だと中国が言い出したのは、70年代以降になってからなんだ。
( → 〈ニュースがわからん!〉尖閣諸島(有料) )
 そういう問題ではないのだ。上の記事では、「その時点では尖閣諸島を日本領と認めていた」というふうに読めるが、そんなことはない。その時点では尖閣諸島は米軍の施政下にあったのだ。だから中国は異を唱えなかっただけだ。そして、施政権が米軍から日本に引き渡されたとたんに、中国は異を立てるようになったのだ。
 要するに、72年以前には、いくらか「宙ぶらりん」ふうの状態にあったのだ。「尖閣諸島は戦後ずっと日本領だった」ということはない。

 (18)
 そこで、米国の認識を尋ねてみたくなる。米国は 1971年6月の沖縄返還協定調印直前に尖閣諸島を沖縄の一部だと認めていたそうだ。
  → 尖閣は日本の領土と認めた資料が米で見つかる
 同じようだが、次の見解もある。
 尖閣諸島の日本への返還前、米国のアイゼンハワー、ケネディ両大統領が尖閣の主権の日本への帰属を明確に認めていたことを示す米議会の公式報告書が明らかとなった。米国はその後、尖閣の主権について「中立」を主張するようになったが、過去に主権を認定した意味は大きいといえる。
 報告書は、アイゼンハワー大統領が57年6月の日米首脳会談で尖閣を含む琉球諸島の残存主権をめぐり、岸信介首相に対して「米国が統治する一定期間は米国がその主権を執行するが、その後には日本に返還される」ことを告げ、その点を確認したと明記している。
( → 尖閣日本に「残存主権」 アイゼンハワー、ケネディ両大統領、認める
 これで一安心したいところだが、事実はそう甘くない。

 (19)
 朝日新聞・朝刊 2012-09-30 によると、71年の沖縄返還のとき、米国は、「尖閣諸島は一応日本のものであると判断するが、それを明示せず、曖昧にして、中国や台湾にもいい顔をする」というものであった。重要なので、やや長文になるが、一部抜粋しよう。

 1971年の沖縄返還協定で、ニクソン米政権が中国・台湾の反対を押して尖閣諸島の日本への返還を決めた背景が、米政府の公文書資料でわかった。
 71年5月の米中央情報局(CIA)の情勢報告書「尖閣諸島紛争/荒れる海底の石油?」と覚書「尖閣諸島紛争の政治的意味」(いずれも極秘扱い)は、68年に国連の海洋調査で油田がある可能性が指摘されて以降、中国と台湾がにわかに領有権の主張を活発化させた経緯を紹介し、分析を加えている。
 両文書は、尖閣諸島の領有権について判断を明示していないが、随所で日本に分があるという見方を示している。例えば、68年に台湾の漁民が尖閣に上陸したため米政府が抗議すると、台湾当局は漁民たちを訴追し、米国の施政権を認めた。中国の過去の地図で尖閣は琉球諸島の一部として記されていたことなども指摘。「日本の領有権の主張は強固であり、立証責任は中国の側にあるように見える」と記している。
 キッシンジャー氏は翌日再びジョンソン氏に電話。ジョンソン氏は、日本の外相が尖閣問題について中国(台湾)と話し合う約束をしたと伝達。さらに「(尖閣の)日本への返還は、(領有権の)主張に対し米国が何らかの立場をとることをまったく意味しない。それを日本に伝える文言を部下に練らせている」と述べ、領有権について中立の立場をとる方針を固めたことをうかがわせている。
 沖縄返還交渉時は冷戦のさなか。米国から見れば、共産主義陣営に対する防波堤として、日本も台湾も大切にしたかった。さらに重要なのは、すでに米国の視線は、ソ連と反目する中国との国交正常化という大目標をとらえていたことだ。
 日本はアジアを代表する自由主義国として同盟の傘の中にとどめておかねばならない。それには沖縄返還が欠かせない。だが、尖閣諸島を理由に中国や台湾と対立したくはない。そんな米国の折衷案が、日本に実質的に返還しつつ領有権には踏み込まないという、あいまい策だった。
( → 尖閣返還、悩んだ米 沖縄調印前の公文書で判明:有料記事 )
 これまで日本側の主張は、「米国は日本領であることを認めてきた」というものであった。
 しかしながら本当は、米国は中立的な(八方美人的な)立場だったのである。一応、日本に肩入れしているが、日本だけを支持しているわけではない。……それが真相だ。
 つまりは、日本は「米国との相思相愛」だと思っていたのだが、実際には、「一方的な片思い」みたいになっていて、米国からは愛されてはいなかったのだ。米国は、日本と相思相愛だったわけではなく、中国にもいい顔をしていたのだ。

 (20)
 では、どうすればいいか? 私としては、国際司法裁判所に委ねるのがいい、と思う。そうすれば、先の「地図よりは実効支配」という点から、日本領となる公算が大きい。

 (21)
 ただし、このことは中国も理解しているので、中国が「国際司法裁判所に委ねる」ことに同意しないらしい。

 ――相互に高まるナショナリズムは抑えられるでしょうか。中国政府は国際司法裁判所へ争いを持ち込みますか。

 「中国は領土問題を国際法廷には永遠に持ち込まないだろう。米国のように、大国は伝統的に国際的な組織に国内法をしばられるのを嫌う。しかも、今の判事は日本人でしょう」
( → 中国の民意、一つじゃない ジャーナリスト・安替さん:朝日新聞デジタル (有料版))

 (22)
 そこで、国際司法裁判所に持ち込むようにするといい。そのために、まずは紛争問題の存在を認めるべきだ。(「領土問題は存在しない」という日本政府の公式見解を否定するべきだ。)
 実際、「紛争問題の存在を認めよ」という声が外国からも出ている。米人識者の見解がある。(時事通信)
  → 「日本は尖閣の紛争認めよ」=米に役割発揮の歴史的責任
 
 (23)
 なお、法的にはそれでいいとしても、もっと根源的な(心理的な)問題がある。それは、中国の反日教育だ。
 → 私たちは愛国と敵を倒すことしか習わなかった=ある中国人女性の言葉

 (24)
 こういう心理的な問題を解決しようという、村上春樹の見解もある。両国民がカッカと熱くなって喧嘩状態であることをいめしめ、もっとクールになろう、という趣旨だ。
  → 朝日新聞社への寄稿(有料)

 私の見解


 以上を踏まえた上で、私の見解を出そう。

 まず、両国政府は、次のように述べている。
  ・ 中国 …… 尖閣諸島は最初からずっと中国のものだ
  ・ 日本 …… 尖閣諸島は最初からずっと日本のものだ


 しかし、私の考えでは、それはどちらも間違いだ。
 そもそも、地図などは、意味を持たない。実効支配だけが重要だ。では、実効支配は? 
 一番大事なのは、戦後の実効支配だ。これによって、「対戦後の領土変更は不可」という原則の下で、一定の結論が出るはずだ。ところが、現実には、戦後、ここは無人島となっており、誰も実効支配してこなかった。それゆえ、紛糾の原因となった。
 日本側は、「中国は自国領だと主張しなかった」と言って日本領であることを主張するが、日本側だって実効支配していなかったのだから大同小異だ。また、米軍から施政権を返された以後は、中国も文句を言ってきたので、この時点以後の実効支配は、「紛争の発生後の実効支配」と見なされて、実効支配の価値や意義がない。
 結局、戦後の実効支配は、領有権の根拠とはならない。日本はここを領有権の根拠としているが、ここは領有権の根拠とはならないのだ。そのことをまずは認めるべきだ。
 とはいえ、日本領であるとは認められないが、中国領であるとも認められない。結局、戦後の状態は、どちらにとっても「自国領」であることの根拠にならないのだ。(無人島であったから。)
 
 となると、話はそれ以前に遡る。第二次大戦中は? 戦争状態だから、ここは話の対象外だ。
 すると、戦争以前の状態が問題となる。それについては、Wikipedia に記述がある。
 日本政府は、1895年(明治28年)に尖閣諸島を日本の領土に編入することを閣議決定。同年、尖閣諸島は実業家古賀辰四郎に期限付きで無償貸与される。1880年代後半から1940年(昭和15年)にかけ、尖閣諸島には日本の琉球諸島の住民が建設した船着場や古賀が開設した鰹節工場などがあった。
( → Wikipedia
 つまり、日本は 1895年から1940年まで、尖閣諸島を実効支配していた。これこそが、日本が「自国領である」と示すことの根拠である。そして、それ以外のことは、「補助的な証拠」であるにすぎない。中国の昔の地図がどうであるとか、1972年に施政権が移ったとき以後のこととか、そういうことは補助的な問題にすぎないのだ。大切なのは、「 1895年から1940年まで、尖閣諸島を実効支配していた」ということだけなのだ。だから、これに絞って論理を組み立てるべきなのだ。
 それが結論となる。

 ──

 一方、日本政府の主な論拠は、「 1970年以前には中国が異を立てなかったこと」だ。
  → 日本大使館の反論(NYタイムズ掲載)
 しかし、このことは、先に述べたように根拠とならない。この時点では日本自身が尖閣諸島を領有していなかったからだ。(米軍の施政下にあった。)
 そして、「米軍の施政下を脱する時期(1971年)からは、中国は『尖閣は自国領だ』と抗議した」(それまでは米国の支配下だったから黙っていただけだ)というふうに、中国は主張している。それに対する日本側の反論はまともになされていない。

 ただ、私なりに反論するなら、次のように言える。
 「日本側は、米国に施政権を奪われているという形で、自国領であることを認識していた。一方、中国は、米国に施政権を奪われていたわけでもないのに、米国の支配を容認していた。これがすなわち、中国が自国領であるとは認識していなかったことの証拠である」
 これならば、反論になる。(重要!

 とはいえ、日本政府は、上記のようには反論していない。つまり、中国領ではないということを、(私が示したような形では)はっきりと論拠で示していない。(重要!
 また、日本政府は、日本領であるということを、(私が示したような形では)はっきりと論拠で示していない。つまり、「1895年から1940年の実効支配」および「それ以外は戦争や米軍施政権で実効支配ができなかっただけだということ」を、はっきりと明示していない。(重要!

 要するに、尖閣諸島は、日本領であることは法的に認められるのだが、日本政府の示す論拠は、法的論拠としてはまったく不足している。論理が狂っているがゆえに、中国側が「はい論破!」と言ったら、屈服するしかないのだ。
 結局、どれほど正当性があるとしても、その正当性をしっかりと論理的に述べることができなければ、言い負かされてしまう。となると、正当な権利ですら失いかねない。そして、それが、今の日本政府の状況だ。
 NYタイムズの記者が「中国の言い分の方が正しい」と認識したのも、当然である。中国には正当性がないのだが、「中国には正当性がある」というふうにうまく見せかければ、その言い分は正しく見えるのだ。一方、日本に正当性があるとしても、「日本には正当性がある」ということをうまく論証できなければ、その言い分は間違って見えるのだ。

 事実としての正当性とは別に、口下手と論理不足ゆえに、日本は正当性がないと見えている。これでは国際社会では支持されないだろう。となれば、最終的には、尖閣諸島を失うことになるかもしれない。頭の悪さのせいで。
 それが私の結論だ。
  


 [ 付記 ]
 本項で述べたのは、法的な領有権だ。
 一方、経済的な権利(排他的経済水域や地下資源の保有権)については、話を別に考えた方がいい。
 この地域の地下資源を全部日本が独占するというのは、ちょっと虫が良すぎる。1895年から1940年まで実効支配していたという事実は、島の領有権を主張するには十分だが、海洋部の経済的な権利についてまで主張するには、根拠不足だ。たとえ法的にそれが認められるとしても、心情的には中国や台湾がとても認めないだろう。下手に日本が独占しようとすると、戦争になりかねない。
 強欲は慎むべきだろう。経済的な権利については、妥協できる範囲で分配するべきだ。たとえば、
   日本:中国:台湾 = 5:4:1
 というふうな。(日本がもっと多くてもいいが。)

 結局、次の二点だ。
  ・ 島の領有権は、日本。
  ・ 経済水域の権利は、中国や台湾と案分する。

 将来的な落としどころとしては、これしかないだろう。これ以外の形で決着がつくとは思えない。
 日本としても、あらかじめ、その心構えをしておいた方がいいだろう。安倍みたいにやたらと対中強硬策を採ると、戦争になる。
 ま、石原慎太郎ならば、「戦争だ! わーい!」と大喜びするのだろうが。
( ※ 自分だけ年を取って死ぬのは悔しいから、若い日本人をいっぱい道連れにしてやろう、という魂胆かな。)

 [ 補足 ]
 細かな話。(読まなくていい。)
 1971〜72年のあたりは、ちょっとごちゃごちゃしているので、解説しておく。
 沖縄返還にともなって、南西諸島の一部として、尖閣諸島は日本に返還された。施政権はこのとき戻った。これが 72年。
 中国が異議を立てたのは、その少し前の、71年の末ごろ。つまり、返還後に異議を立てたのではなく、その少し前に異議を立てた。実質的には年の数値は同じだと見なしていいが、細かく見ると少し食い違いがある。




 【 関連項目 】
 当面の対処としては、次の穏便な方法が好ましい。
  → Open ブログ : 尖閣諸島の間接国有化

 一方、中国への長期的な対抗策としては、軍事行動を取るよりは、経済行動を取る方がいい。特に、「経済制裁」だ。この件は、下記項目の最後に、新たに追記しておいた。
  → 中国による侵略 (追記)

 ついでだが、竹島については、下記項目で述べた。
  → 竹島の解決案

 これは「分割保有」という案。
( ※ そこで示しているように、竹島の事情は、尖閣諸島とは違う。竹島はもともと無人島で、どの国にも実効支配の根拠がない。)

 
posted by 管理人 at 21:21 | Comment(5) | 政治 このエントリーをはてなブックマークに追加 
この記事へのコメント
 (4)
 1960年の中国地図には中国の地図には尖閣諸島が中国領と記してあった、という日本側の主張。

→日本領と記してあった

つまり、「1985年から1940年の実効支配」および「それ以外は戦争や米軍施政権で実効支配ができなかっただけだということ」を、はっきりと明示していない。(重要!)

→1895年

の間違いを見つけました。
Posted by こもの at 2012年10月15日 23:59
 修正しました。ご指摘ありがとうございました。
Posted by 管理人 at 2012年10月16日 05:55
両国は、遠い未来の行き着く先をよく見据えて解決しなくてはならない。
Posted by noga at 2012年10月16日 07:03
流れだしたらは早いもので、安倍さんがぼかして対応しても支那がどんどん戦争の気運を高めてますなあ。
Posted by 初心者 at 2012年12月28日 18:10
>つまり、日本は 1895年から1940年まで、尖閣諸島を実効支配していた。これこそが、日本が「自国領である」と示すことの根拠である。

問題はこれが日清戦争中それも日本の勝利が確定していた末期であったこと。
Posted by Executor at 2016年03月06日 15:54
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。