◆ 靖国参拝の解決案:  nando ブログ

2013年12月27日

◆ 靖国参拝の解決案

 安倍首相の靖国参拝が問題となっている。そこで、この問題を一挙に解決する案を示す。

 ──

 安倍首相の靖国参拝が問題となっている。日本や中国・韓国だけでなく、世界中から批判を浴びている。米国、欧州、ロシアからも批判を浴びている。針のむしろというありさまだ。
 特に米国に至っては、事前に「やるな」と忠告していたのを無視されたことで、顔に泥を塗られた気分になっているようだ。頭に来て、外交戦略を変えかねないという。
  → 首相靖国参拝:米、アジア戦略練り直しへ…事前に自粛要求

 今回の方針に関与したのは、首相の取り巻きである作家・百田尚樹であるらしい。
  → 百田尚樹ブログ

 彼の言葉によれば、海外の反発は「内政干渉」にあたるそうだ。
  → 百田尚樹さん、参拝を歓迎 「国民の代表として当然」

 しかし、彼は問題を理解できていないようだ。多くの右翼も理解できていないようだ。
 首相の靖国参拝が問題となるのは、「英霊への弔意」が問題となるのではなく、「東条英機などの戦犯への弔意」が含まれていることが問題となっているのだ。「一般の戦没者への弔意」ならば、少しも問題とはならない。実際、千鳥ヶ淵への参拝ならば、誰も問題にしない。また、米国務長官も千鳥ヶ淵を訪問した。
  → 米国務長官らが千鳥ヶ淵墓苑で献花
 
 だから、千鳥ヶ淵へ参拝をすれば、何も問題とはならない。しかるに、歴代の首相の多くは、千鳥ヶ淵ではなく靖国に参拝してきた。そのせいで、しようとした。その際、一般の戦没者でなく、戦犯への弔意が含まれることになった。そこが問題となる。

 ──

 では、これをどう解決するか? しばしば言われるのは、次の二点だ。
  ・ 千鳥ヶ淵へ参拝する
  ・ 国が公式の戦没者追悼施設を建設してそこに参拝する


 これは名案に見える。実際、この案は、野党やリベラル人の多くの人々から支持を得てきた。しかるに、肝心の自民党が気乗り薄だ。今回もそうだ。
  → 国立追悼施設・分祀、官房長官は慎重な姿勢

 これは要するに、「靖国神社は特別だから、 靖国神社以外には参拝したくない 靖国神社以外のものは重視したくない」ということだ。「戦没者への追悼なんかは、二の次だ。肝心なのは、靖国神社だけだ。どうしてもそこに参拝したい そこだけを重視したいのだ」ということだ。

 結局、安倍首相などの参拝者は、本心を隠して、虚偽のことを言っている。
 建前:「戦没者への弔意を表明したい。それは当然のことだ」
 本心:「戦没者への弔意なんか、二の次だ。大事なのは、靖国神社にこだわることだ。靖国神社こそ、保守精神の象徴だからだ」


 困ったことですね。本心を隠して、きれいごとを言って、国民をだまそうとする。「秘密保護法案」のときに、論点そらしをしていたのと、そっくりだ。
  → 秘密保護法案で日本は弱体化する

 ──

 では、どうすればいい? ここで、私が名案をだそうだ。
 まず、基本はこうだ。
 「戦犯の合祀が問題となっているのだから、戦犯を分祀すればいい」


 ただし「分祀」という方針には、政府がぐちゃぐちゃと理屈をこねて、ぐずつく。
 「宗教の自由があるから、政府は民間の神社に強制できない」


 ま、建前としては、そうだ。本心は「分祀なんかしてもらいたくない。どうしても東条英機などに参拝したい」ということなんだろうが、そういう本心を口に出すと世間から叩かれるから、本心を隠して、「宗教の自由」なんていう言葉で取り繕っているわけだ。

 そこで、この理屈が通らないように、次の案を出そう。
 「靖国神社が合祀をやめて分祀をするように、命令する。その命令を聞かなかった場合には、宗教法人としての特権を剥奪して、高額の課税がなされるようにする」


 つまり、金だ。兵糧攻めだ。
 靖国神社というのは、口では「宗教団体です」と言っているが、実際はただの金儲け団体にすぎない。金儲けができなくなれば、あっという間に干上がる。だから、高額の税が課されるように、宗教団体としての特権(税の減免)を剥奪してしまえばいいのだ。このくらいは、国の裁量で何とでもなる。

 「戦犯を合祀しているのは、宗教の自由に含まれない。オウム真理教のように反国家的行為をなすものと見なして、(税務上の)宗教法人としての資格を取り消す」

 このくらいは、理屈が通る。理屈が通れば、裁判になっても国が勝てる。裁判所というものは、国の裁量権には、あまり口出しをしないものだからだ。1票の格差が何倍になっても、「国の裁量の自由です」と言って、民主主義を否定することすらする。それほどにも、裁判所というのは、政府には逆らえないものなのだ。民主主義としての根幹を否定することすら厭わないほどに。これほどにも政府の犬のようなものが、裁判所だ。たかが課税のための裁定ぐらいで、裁判所が政府に逆らうはずがない。
 ゆえに、靖国神社から、税制上の特権を剥奪することにする。これによって、靖国神社は莫大な納税義務が発生するので、あっという間に干上がる。干上がれば、否応なく、「分祀する」という決断をするしかない。
 かくて、問題は、一挙に解決する。

 ──

 ただ、真の問題は、「安倍首相などが、本心では、東条英機に参拝したがっている」ということなんですよね。だから、上記の方針には、気乗り薄であるはずだ。
 とはいえ、「安倍首相などが気乗り薄だ」ということを赤裸々に暴露するためにも、上記の案は、有効だ。
 この案を、世間の一般の人々が推進すれば、安倍首相としては、窮してしまうだろう。イエスと答えても、ノーと答えても、にっちもさっちも行かなくなる。もはや嘘でゴマ化すことができなくなる。
 それが、本項の提案の意義だ。

( ※ 嘘つきによるゴマ化しを、白日の下にさらけだす、というのが私の方針だ。ともあれ、国民の皆さんは、詐欺師のペテンにだまされない方がいい。)
 


 [ 付記1 ]
 「戦犯を合祀することはもともと決まっていたことだから、勝手に靖国神社の関係者の一存では決まらない」
 と思っている人もいるかもしれない。しかしそれは壮大な勘違いなので、指摘しておく。
 A級戦犯の合祀を決めたのは、靖国神社の宮司であった松平永芳という個人である。彼が独断で決めたのは 1978年。
1978年にA級戦犯を合祀を決断した当時の靖国神社宮司、松平永芳
( → Wikipedia
 (松平永芳は) 1978年(昭和53年)7月1日、靖国神社の第6代宮司に就任した。
 10月17日、宮司預かりの保留であった極東国際軍事裁判(東京裁判)のA級戦犯14柱(靖国神社での呼称は昭和殉難者)の合祀を独断で実行した。これが、いわゆるA級戦犯合祀問題の発端となる(合祀の判明は、翌年4月19日)。この論争は今日まで続いている。
( → Wikipedia

 要するに、安倍首相がこだわっているのは、英霊とか何とかは関係ない。単に戦犯を合祀するという、松平永芳(という個人)の方針に同意するかどうか、ということにすぎない。英霊とか御霊(みたま)とかは、安倍首相の右翼趣味(という政治ごっこ)のために、勝手に利用されているだけだ。
 簡単に言えば、世間の右翼たちは、安倍首相の嘘にだまされて、踊らされているだけだ。
     
     コメント欄で指摘されたが、宮司の独断とまでは言い切れないようだ。というのは、「1970年(昭和45年)に靖国神社の崇敬者総代会でA級戦犯の合祀が決定された」という事実があったからだ。
     それでも、先代の宮司が(問題が大きすぎると思ったのだろうが)「宮司預かり」の形で無期限延期の形にしておいたのに、松平永芳が実行に移してしまったのだから、半分ぐらいは「独断」または「専決」という意味もありそうだ。
     いずれにせよ、この宮司が合祀を実行しなければ(宮司預かりを解除しなければ)、今日の日本が世界中から非難されるという事態にはならなかっただろう。たった一人の小さな判断が、世界を巻き込んでしまう、という結果になったわけだ。分水嶺のように。

     ※ この件、続報があるので、最後の 【 追記 】 を参照。

 
 [ 付記2 ]
 「戦犯も英霊であるから、合祀されるのは当然だ」
 という見解もある。(松平永芳もその見解を取ったのだろう。)
 しかし、これは勘違いだ。戦犯は英霊ではない。なぜなら、戦犯は戦争の場で死んだわけではなく、戦後に処刑されただけだからだ。彼らはお国のために死んだ英霊ではないのだ。むしろ、多数の兵士を死なせて、おめおめと生き残った臆病者にすぎないのだ。(兵役忌避者に似ている。)
 同じように生き残ったとしても、阿南惟幾陸相のように終戦当日に自決したのであれば、まだわかる。なのに、おめおめと生き残って、裁判で処刑された、というのであれば、とうてい「英霊」と呼ぶことはできない。
 彼らには、「お国のために死んだ」という名誉はなく、単に、「戦争を遂行した」という責任だけがある。それが死刑に相当するかどうかというと、「勝者による裁判」の不当性もあるのだが、どっちみち、「戦争を遂行した」という責任は免れない。
 そして、そのような責任者をあえて「英霊」として祀(まつ)るのであれば、それは「戦争の正当化」を意味するから、中韓が怒るのは当然だろう。
 「英霊でもないただの戦争責任者である戦犯を祀る」
 ということには、そういう意味があるのである。
 なのに、そのことにも気づかずに、単に「英霊を祀るのは良いことだ」と思い込んでいる自民党保守派の連中は、過去を勘違いしているだけでなく、お国のために死んだ英霊を侮辱していることにもなる。なぜなら、多くの戦死者を死なせた張本人である戦犯を、いっしょに祀るからだ。それはいわば、殺人事件の被害者と犯人を、同じ墓に収めるような暴挙だ。
 安倍首相のような自民党保守派の連中は、結局、英霊を尊重するどころか、英霊たちを愚弄しているのも同然だ。それも、自分たちの軍事趣味(戦争ごっこ)という趣味のために。
( ※ 保守派の連中は、ガルパン艦これ に夢中になっているだけの無知な連中と、大差ないと言えるだろう。遊びとして 戦争ごっこをしているだけだ。……しかも、ゲームのなかで戦争ごっこをするのではなくて、現実の国家を動かして戦争ごっこをしているわけだ。危険極まりないね。)
 
 [ 付記3 ]
 税制上の扱い( ※ 正確には「税制上の優遇措置を与えている宗教法人の法人格の扱い」)は、国の裁量ではなく都道府県の裁量であるという趣旨の話が、コメント欄に寄せられた。
 そういうことであれば、「国の裁量」→「都道府県の裁量」というふうに、本文中の話を読み替えておいてください。
 また、現行法で無理ならば、「新規立法する」と解釈しておいてください。

 [ 付記4 ]
 靖国神社を宗教団体として認めない、という方針は成立する。というのは、保守派の人々自体がそういうふうに主張しているからだ。
 「靖国神社を参拝することは、政教分離の原則に反しない。なぜなら、靖国神社は、普通の宗教団体ではなくて、(国と一体化した歴史をもつ)特別な団体だからだ」
 たとえば、池田信夫の意見がそうだ。下記。
 靖国神社は本来の意味での宗教施設ではない。
( → アゴラ

 なるほど。一理ある。
 それなら、その言葉に従って、宗教法人としての資格を剥奪すればいい。宗教団体じゃないんだから、宗教法人としての資格を剥奪することには、道理が通るはずだ。

 【 追記 】
 「合祀を決めたのは、宮司の独断か」
 という問題がある。この件、あとで調べると、事実はもっと錯綜しているようだ。
 コメント欄( 2013年12月30日 17:51 )でも記述したが、次のサイトに情報がある。
  → 戦犯合祀 国が関与 国会図書館新資料が裏付け
 松平永芳という宮司の独断(もしくは崇敬者総代会の決定)と思っていたら、実は国が合祀を推奨していたという事実があったのだ。
 この場合、「宮司個人のせいだ」と言うことはできなくなるが、代わりに、「国の関与があった」ということになるのだから、国としてはもはや言い逃れができなくなる。「靖国神社は民間団体だから国は関与できない」と保守派は言っているが、実際には合祀は国の関与で決定されたのだ。「合祀は国の関与でやった」という事実があるのに、「分祀は国が関与できない」というのでは、とんだ二枚舌だ。
 とりあえずは「合祀の推奨を取り消す」という方針を靖国神社に伝えるべきだろう。現状では靖国神社は国の方針を受けて合祀をしているのだから、国が方針を取り消せば靖国神社も従うはずだ。(靖国神社が国にたてつくはずがない。)
 本項で述べた「税制優遇の取り消し」というのは、「靖国神社の独立性」という保守派の言い分をまともに信じてしまったせいだが、それは私がだまされていたことになる。愚かだった。反省せねば。実は、「靖国神社の独立性」なんてものは、もともとなかったのである。合祀はあくまで国の指示に従う形でなされたのだから。
( ※ 私がだまされてしまったのは、保守派の人々を信じすぎていたからだ。「彼らは保守的ではあるが、人間的には嘘つきではないし、無知でもあるまい。歴史を歪曲して伝えることはないだろう」と。しかし彼らは、とんでもない嘘つきであるか、あるいは、靖国神社の合祀の経緯も知らない無知であるか、どちらかであったのだ。そうやって、とんだ嘘八百を付いて、国民をだまし続けてきたのである。彼ら保守派を信じた私が愚かだった。)



 【 関連サイト 】

 → Risky Nationalism in Japan
  New York Times の社説。安倍首相の参拝への批判。
  「国際関係を損なうのは駄目だ。米国の国益に反する」という趣旨。
  「いちいち国同士で喧嘩するな、馬鹿」いうふうに呆れているわけ。
  
 → 靖国神社参拝が「問題」化した経緯。付:靖国参拝での各国反応
  詳しい解説情報がいろいろとある。
 
posted by 管理人 at 19:15 | Comment(47) | 政治 このエントリーをはてなブックマークに追加 
この記事へのコメント
>「靖国神社が合祀をやめて分祀をするように、命令する。その命令を聞かなかった場合には、宗教法人としての特権を剥奪して、高額の課税がなされるようにする」

あんた、ばっかじゃねーの。
憲法20条1項に正面から反するから、100%不可能です。
誰が何をどのように信じるかは自由なんだよ(信仰の自由、宗教的行為の自由)。
国が「命令」なんて100%できない。
これがゆるされるなら、戦前の国家神道も合憲になっちゃうじゃん。
分祀は、宗教法人・靖国神社の自主性にゆだねる以外に方法はありません(説得は可)。

ちなみに靖国にこだわる理由は、招魂と合祀によって、靖国にのみ「御霊」や「英霊」があると考えるからでしょ。
Posted by x at 2013年12月28日 03:08

>だから、高額の税が課されるように、宗教団体としての特権を剥奪してしまえばいいのだ。このくらいは、国の裁量で何とでもなる。

宗教法人としての靖国神社の所轄庁は、国(文部科学大臣)ではなく東京都知事ですので、都知事の裁量となるかと存じます。
また所轄庁による宗教法人の認証の取消は認証より一年以内となりますので、
認証の取消でなければ裁判所による解散命令によることとなるかと存じます。


>「戦犯を合祀しているのは、宗教の自由に含まれない。オウム真理教と同様に、反国家的行為をなすものとして、宗教法人としての資格を取り消す」
>このくらいは、理屈が通る。

オウム真理教に対する裁判所の解散命令は、宗教法人法81条1項の条文
「法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をしたこと。」
によるものですので、「戦犯の合祀」を禁ずる立法がなされなければ、適用は難しいものと存じます。
Posted by 検校 at 2013年12月28日 05:18
 展開されている論拠の中では、A級戦犯は犯罪者であるということを当然・自明のこととされています。しかし、いわゆる「東京裁判」は法律等一定の要件を満たす司法制度による「裁判」ではなく、単に勝者による敗者に対する制裁に過ぎないとの考えもあります。これをわかりやすく表すため、「東京裁判」ではなく「東京リンチ」であったという言い方もあります。これまた、当然・自明の見解とは言えないことは認めますが、いまのところ私はこの見解を支持しています。
Posted by 山田勇 at 2013年12月28日 09:17
同じような事を、創大丸1︎学会にも
やってみるといいよ(笑)
Posted by Taka at 2013年12月28日 10:27
 本項では「税制上の特権を剥奪する」と明記しているのですが、ところどころ省略した箇所があったので、誤解の余地のないように、税制上の話である旨、少し加筆しておきました。
( ※ 解散命令は関係ありません。なお、現行法で無理ならば、新規立法でもいい。)

 都道府県の裁量である件は、[ 付記3 ]に加筆しました。

 創価学会の件は、戦犯の合祀をしてからの話ですね。やってない限りは、関係ない。

 「東京裁判」の件は、文中に述べた通り。私も妥当だとは思っていません。「死刑」は不適切だと思う。それが「死刑」なら、トルーマンだって死刑になるべき。
 しかし、それとは別に、戦争遂行の責任は免れない。特に、早期講和を拒んで、広島・長崎の犠牲を出した判断のまずさは、ひどすぎる。その意味で、死刑という処罰は適切ではなくとも、「英霊」として称賛することは不適切だ、というのが本項の趣旨です。
 「罰するべきか否か」ではなくて、「称賛するべきか否か」が、本項のテーマです。その上で、「罰するべきではなくとも、称賛するなんてとんでもない」と結論しています。
 論点を勘違いしないようにしてください。
Posted by 管理人 at 2013年12月28日 11:10
 最後に [ 付記4 ] を加筆しました。
 タイムスタンプは 下記 ↓
Posted by 管理人 at 2013年12月28日 19:50
首相の靖国参拝は世界中から非難されるほど巨悪だ、、、
ということを世界が錯覚しているのですね

だから 錯覚しているよと言ってやればいい
現実にはムリ、、、
(どっかで聞いた話(^_^)


私はこう思います

錯覚に陥っているのでその事に配慮します
そして
世界が錯覚から脱するまで千鳥ヶ淵へ参拝すると公言すればいい

Posted by P助 at 2013年12月28日 21:59
中国で反日デモが起きていない事実を考えると、過去に比べ影響は無かったと言えます。
Posted by shino at 2013年12月29日 01:15

>税制上の扱いは、国の裁量ではなく都道府県の裁量であるという趣旨の話が、コメント欄に寄せられた。

正確には、税制上の優遇措置を与えている宗教法人の法人格の扱いです。

>解散命令は関係ありません。

>「オウム真理教と同様に、反国家的行為をなすものとして、(税務上の)宗教法人としての資格を取り消す」
オウム真理教の宗教法人格の取り消しは裁判所の解散命令によるものですが、
解散命令が関係ないのであれば、オウム真理教も引き合いにだされる関係はないものと存じます。


>しかるに、歴代の首相の多くは、千鳥ヶ淵ではなく靖国に参拝してきた。

>これは要するに、「靖国神社は特別だから、靖国神社意外には参拝したくない」ということだ。

公式参拝をされた小泉首相(当時)は千鳥ヶ淵戦没者墓苑にも参拝されましたし、
安倍首相も今年の終戦記念日には千鳥ヶ淵戦没者墓苑に参拝されておりますので、
上記のお言葉は適当ではないのではないでしょうか?


>A級戦犯の合祀を決めたのは、靖国神社の宮司であった松平永芳という個人である。

「78年にA級戦犯を合祀を決断した当時の靖国神社宮司、松平永芳」のところでリンクをはられている先
(wikipedia-A級戦犯合祀問題)には以下の記述がございます。
「翌1966年(昭和41年)厚生省引揚援護局調査課長が「靖国神社未合祀戦争裁判関係死没者に関する祭神名票について」の通知に基づき祭神名票を送付。
1970年(昭和45年)に靖国神社の崇敬者総代会でA級戦犯の合祀が決定された。
ただし、当時の宮司預かりとなり、合祀はされていなかった。1978年(昭和53年)になって新宮司が就任。
A級戦犯の受刑者を「昭和殉難者」と称して合祀した。」

つまり、
@A級戦犯を記載した祭神名票(合祀候補者リスト)を国(厚生省)が靖国神社に送付。
A崇敬者総代会(信者代表による意思決定機関)が合祀を決定(合祀を実施する時期は宮司に委任)
B松平宮司が合祀の実施時期を1978年10月17日と決定
という流れとなります。
合祀の実施時期が松平宮司の独断だとされても、「合祀」それ自体が松平宮司の独断とされるのは
適切ではないのではないかと存じます。

Posted by 検校 at 2013年12月29日 01:27
> shino

 もうちょっと新聞でも読んだ方がいいですよ。米国のあちこちの社説に取り上げられています。これほど大々的に日本が取り上げられることはめったにありません。
 それも、褒められているわけじゃない。真っ正面から非難されている。これほど非難されても気づかないなんて、鈍感すぎる。
 それはまるで、第二次大戦の直前の日本です。世界中から非難されても気づかないで独断専行。あげく戦争開始と敗戦へまっしぐら。……またやるつもり? 

> 検校

 該当箇所はすべて字句修正または加筆しました。個別の該当箇所をご確認ください。
Posted by 管理人 at 2013年12月29日 09:22
いわゆる東京裁判は戦勝国による私刑であって、裁判じゃないですよ。
事後法で裁いていること自体、近代法に定める裁判の要件を満たしていない。
日本が要請されたのは「裁判」の決定に従うということであって、
判決に従うことではないということ。
その意味で、いわゆる戦犯というものは存在しない。犯罪ではないので。
その証拠に、いわゆる有罪判決を受けたすべての人たちの諸権利は、
戦後の国会にて全会一致で回復されている。
処刑された人の名誉も含めて。
(これには共産党も賛成してますから。)

戦争犯罪人というものは存在しないのだから、分祀など検討の余地はない。

中、韓の批判は全くの政治的意図でしかないのでその方向で対応すするのみ。
今の時期、これ以上関係悪化はないので、ほっといても良い。
ただ、アメリカに対しての事前根回しが不足していたのは反省し、誤解を解く努力をする。
それだけのことです。
Posted by たろう at 2013年12月29日 20:30
> 東京裁判

その件はすでに文中とコメントで説明済み。
Posted by 管理人 at 2013年12月29日 21:25
管理人さんに1つ提案なんですが、「戦犯」という言葉を全面に出すより「敗軍の」「将」というのを打ち出した方が良くないでしょうか。
戦犯かどうかということと靖国に祀られるべきか否か(戦死者か否か)ということは本来関係ありませんが、「戦犯でないから祀るべきだ」という理屈にならない理屈がまかり通っている現状があるので。

戦死者の追悼は国民国家にとっては重要なことで、多少矛盾があったからといってやめることはできません。そこを利用したわけで、狡猾な連中です。

Posted by viharati at 2013年12月30日 13:44
 用語の点でいうなら、「戦争責任者」ですね。負けると最初からわかっていた(開戦の時点で勝てると思っていた人は一人もいなかった)のに、「勝っている途中で講和に持ち込める」と勝手に妄想を信じて、国民全体を泥沼に引きずり込んだ責任。より根源的には、クーデター的に民主主義を否定して軍事国家を建設した責任。
 簡単に言えば、「国家的な自殺に国民全体を引きずり込んだ責任」です。「負けた責任」じゃない。蟻が象に勝てると思い込んだ(妄想した)責任です。蟻が象よりも非力であることについて、蟻に責任はありません。
 
 一般的に言って、トップには責任がともないます。日産やNECだって、駄目な経営をしているのは、経営者の責任であり、社員の責任ではありません。失敗した経営者を崇拝することは、できません。(死刑にはしないけどね。)
Posted by 管理人 at 2013年12月30日 14:13
 ちょっと本文の内容に反するが、次の記述が見つかった。

「戦犯合祀 国が関与 国会図書館新資料が裏付け」
 → http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-03-30/2007033004_02_0.html

 しかし、これが正しいとすると、国は二枚舌をしていることになる。
  ・ 宗教団体だから、「分祀しろ」と口出しできない。
  ・ 「合祀しろ」と過去には口出ししていた。

 二枚舌ですね。
Posted by 管理人 at 2013年12月30日 17:51
>「国家的な自殺に国民全体を引きずり込んだ責任」です。

国外に対する責任ではなく日本国民に対する責任だということを、
管理人殿も認めているということですね。
こう言っておいて、国外批判には従うべきというのでは、二枚舌
あるいはダブルスタンダード、となりますが。
前言は撤回ということでしょうか。

因みに、ダメな経営の責任の多くが経営者にあるのは当然ですが、
社員にも応分の責任はあると考えるのが一般的でしょう。
同様に先の戦争においては、国民全体にも応分の責任があるということです。
Posted by たろう at 2013年12月30日 20:07
> 国外批判には従うべき

そんなこと言っていませんよ。誤読。
そもそも、国外批判の件は、私以外にも新聞にいっぱい指摘があるから、新聞でも読めば? 新聞も読まない人は、お相手できません。
Posted by 管理人 at 2013年12月30日 20:55
> クーデター的に民主主義を否定して軍事国家を建設した責任 Posted by 管理人

(特に)左派の人は「為政者と庶民が対立する」世界観の中に生きています。管理人さんのおっしゃることはそういう人たちの情緒に訴え、説得力を持つことでしょう。しかし、「そうではない人たち」には通じません。まして右寄りの人にとっては嘲笑の対象でしかなく、必要なことを論理的に考えてもらうところまで辿り着きません。
その人達にわかってもらうにはその人達が納得できる理屈・言葉が必要です。それは端的に言えば「負けた責任」です。また、「国益」という言葉も有効でしょう。

「必要なこと」というのは最終的には史上最高の栄光を疑う(客観視・相対視する)ことです。長州人(首相のことではない)が信奉する「日本」というのは、将棋の右玉(玉と飛車が接近した戦形)のような、本来は筋の悪いものです。なぜそのような悪形に組まざるを得なかったかというと、「序盤作戦において失敗したから」です。その形がある時うまく言ったからといって次局もまた悪形に組む道理はないわけです。
(ところで、「好形」とはどういうものでしょうか。この点、将棋で一番勝率が高いのは「居飛車穴熊」というものらしいです。その戦形では玉は「金・銀・けい・きょう」に守られて飛車の反対側の左端に篭っているとのことです。)

野球において外野手のダイビングキャッチは好プレーの華ですが同時に守備位置や予測の間違いであり、捕殺や牽制の機会を失う悪手でもあります。同様に、史上最高の栄光が同時に史上最大の失敗であることは矛盾なく成立しえます。このことを長州人自身にわかってもらう必要があります。(左派がいくら理解してもダメです) その日が来るまで日本は何度でも滅びるでしょう。
Posted by viharati at 2013年12月30日 21:19
>因みに、ダメな経営の責任の多くが経営者にあるのは当然ですが、社員にも応分の責任はあると考えるのが一般的でしょう。
>同様に先の戦争においては、国民全体にも応分の責任があるということです。

国民は戦争を支えたという点で加害者ですが,同時に大変な惨禍に遭いました.東京での非戦闘員を問わない絨毯爆撃や,広島/長崎を思い浮かべれば誰でも分かります.加害者でもあり被害者でもある.これをどう誰もが納得できる明確な結論に導くのか?ここに一つのシナリオができたのです.日本人(一般人)は戦争の加害者というよりも,扇動者に騙された寧ろ被害者である.では一体,アジアをそして日本国民を酷い惨禍に追い込んだ真の犯人は誰なのか?それがA級戦犯となったわけです.ドイツも同じでしょう.ヒトラーとナチスだけが悪人ではない.国民もそれなりに責任はあると私は思います.同じシナリオです.ドイツは,それがよく分かっているからこそ,政治家も国民もヒトラーの墓参りなどしません.ヒトラーを奉れば,そのシナリオがご破算になります.東京裁判で絞首刑になるとき,これからの日本人のために,礎となるために私は喜んで死んでいこうという意味の辞世の句があったことを思い出します.死ぬ時になって何故自分が死刑になるのかと考えたのでしょう.考え抜いた結果,自分はこれからの日本人のために罪を背負って死んで行くのだ・・,それがはたと分かって清々しい気持ちになったではないかと,その辞世の句を思うと私にはそう思えます.日本人も被害者であり,さらには今後二度と軍隊を持たず永久に平和の使途として生きると約束している,そこまでの心意気を見せるならと,中国やアジアの国々も本来なら要求すべき膨大な戦時賠償を破棄したという経緯が,そのシナリオによって生まれたと論理的に導かれます.
Posted by sm at 2013年12月30日 22:06
使途 → 使徒 です. 申し訳ありません.
Posted by sm at 2013年12月30日 22:13
> 国民全体にも応分の責任がある

 理屈の上ではそうかもしれませんが、仮に私が最高幹部の立場にあったとしたら、そんな弁解じみたことは言いません。「全責任は私にある。敗戦の全責任は私が負うから、部下は赦免してくれ」と申し出ます。

 野球の監督になったとしても同様。
 企業の経営者になったとしても同様。
 軍の最高幹部になったとしても同様。

 統率の権限が自分にあったのだとすれば、私ならば敗戦の責任をすべて自分一人で引き受けます。死刑ならば死刑で、「私一人を死刑にしてくれ。そのかわり国民を死なせないでくれ」と申し出ます。

 国民を大量に死なせて、自分だけがおめおめと生き残った戦犯たちとは、精神構造が違うんでしょうね。
 たろう さんが、どっちに親近感情を持つのかは知りませんが。
 
Posted by 管理人 at 2013年12月30日 22:38
 池田信夫の見解は、私とは対極だが、似た面もある。以下、引用。

 ──

> そもそも戦犯裁判なんか、第一次大戦までなかった。昔の戦争では、敗戦国の王はもちろん、戦争を指導した貴族も皆殺しにされるのが当たり前で、それが彼らの特権の理由づけだった。貴族には戦争になったら真っ先に志願する義務があり、これがnoblesse oblige(高貴なる義務)の本来の意味である。
> ネトウヨの拍手する靖国参拝だけやっている安倍首相は、高貴なる義務を逃れる卑怯者である。
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51882959.html
Posted by 管理人 at 2013年12月31日 08:49
 本文の最後に、関連サイトのリンクを一つ追加しておきました。なかなか有益な情報。下記です。

 → http://matome.naver.jp/odai/2138833257598681801 
Posted by 管理人 at 2013年12月31日 09:58
管理人殿の主張は当初の内容から全くずれてしまっていますね。
ここが議論の場でないのは重々承知してますが、理論的に書いて
頂けないのは残念です。

様々な事象に対して、独特の切り口で持論を展開される管理人殿の
姿勢には常々敬服していますが、今回の問題に関する見解は、
中・韓、及び一部国内メディアの従来主張の追従でしかなく、
独自の切り口が全く見られないのを意外に感じた次第です。
益々のご健勝をお祈りいたします。
Posted by たろう at 2014年01月01日 20:06
 12月30日 22:38 のコメントの見解は、たしかに本来のテーマとは大幅にズレていますが、まあ、ただのついでだし、どうでもいい。
 本項の主張は「靖国神社から、税制上の特権を剥奪する」ですが、これは独自の切り口だと思いますよ。少なくとも、他のどこかで見たことはない。
Posted by 管理人 at 2014年01月01日 22:48
日本は,中国を含むアジア諸国の膨大な戦時賠償金をスルーしたと思います.それだけではなく,日本は分割統治も行われようとしていました.尖閣や沖縄どころの話ではありません.それは言わば戦争の罰であるし,贖罪ということでしょう.
http://agora-web.jp/archives/1556167.html

ドイツと全く同じシナリオなのに,ドイツは国が分割され,長い間ものすごい経済的社会的苦しみを受けついにそれをやり終えました.一方日本はそれをスルーしたように見えます.実際にそれに苦しんだドイツには,日本とドイツの苦しみの違いは明確に見えているでしょう.ドイツ人は日本のことを腹の中ではどう思っているでしょうか.

日本は何故スルーできたのか?A級戦犯の7人を含む戦犯として処刑された人が日本人全部の罪をその両肩に背負ってあの世へ持って行ってくれたからです(これはドイツも同じ,但しドイツでは奉ったりしていない).日本に独自なことは,日本が二度と戦争はしないと強く決意しそれを世界に表明したこと,二度と軍隊を持たず,平和の使徒として世界を導くとしたことです.新生日本のこの崇高ともいえる意思表示に,“罪をつぐなわせる”という言葉自体が消えてしまったようにも思えます.最も強かった米国の意志もあるでしょうが,それだけで収まる話ではないでしょう.米国がそれを無理強いしたのなら,ではこの悲惨な状況を米国が償ってくれるのかということになりかねません.やはり憎しみのために鬼のようになった人の心を癒すレスポンスが必要です.人間として誰も否定できない崇高な理論を掲げそれを貫こうとする強い意志の前に,悲惨な状況を強いられたアジア諸国の人間が僅かでも心うたれ,それならばと譲歩した点が大きいと私は思います.

東京裁判を戦勝国のリンチと称してA7の生命をかけた贖罪を貶め,憲法を変えて軍隊を持つのも勝手でしょう.日本のことであって他国にどうこう言われる筋合いではない.でももしそうするなら,誰にもあれこれ言われないように,身ぎれいにしてそうすべきということになりませんか.中国は米国と組んで,日本が自国民を抑え憲法を改正し,軍隊を持つのを待っているのだと思います.米国は,あれほどアジア諸国を刺激するな,東京裁判を否定するような行為をするなと言ったのに,こんな事態になったのは自業自得だというでしょう.ドイツは,軍隊を持ちたいなら我が国と同じように,きちっと払うべきものを払ってからそうすべきだ,それがルールだ!というでしょう.
Posted by sm at 2014年01月02日 14:31
 ドイツが分割されたのはソ連に侵攻されたからであって、日本が分割されなかったのは別にA級戦犯が「日本人全部の罪をその両肩に背負ってあの世へ持って行ってくれたから」じゃありません。
 日本は東京大空襲や広島や長崎で民衆が大被害を受けました。こっちを無視してA級戦犯をたたえるのでは、何十万、何百万もの人々の魂が浮かばれませんよ。A級戦犯たちがさっさと降伏を決めていれば,これらの人々は殺されないで済んだはずです。「A級戦犯のおかげで何十万人・何百万人も余計に死にました。ありがとうございます」と称えればいいのでしょうか?
 英霊という言葉の意味を良く考えた方がいいですよ。日本のために戦って戦争で死んだ人のことか。日本を破壊する結果を導いて、自分は戦争中には死ななかった人のことか。どっちです? 
Posted by 管理人 at 2014年01月02日 17:18
実際に絞首刑のになった人でそういう気持ちになって,日本の未来のために俺は喜んで死ぬ,過去は過去だ,生き残った人は二度と戦争をしない平和な国を作り幸せになってくれ,それだけが願いだと言って生命をあがなった人もいたと思いますよ.見方を変えれば,なんて図々しい奴だ,この悲惨な世界を産み出しておいて!お前にはそんなことを考えることすらあってはならない!と憤る人もいるでしょう.でも,本人がどう考えその結果,絞首刑の前に安らかな気持ちになっても,それを奪うことはできないでしょう.私も図々しいと思う一人ですが,人間の究極の気持ちを他人が決めつけることはできないでしょう.人間は不思議ですね.
Posted by sm at 2014年01月02日 22:18
> 絞首刑の前に安らかな気持ちになって

 それはまあ、現代の大量殺人の死刑囚と同じです。私も同様のことを書きました。
 http://nando.seesaa.net/article/101263733.html

 ──

 ついでですが、本項のテーマはそれとは全然関係ありません。そのような人々を英霊として国全体で尊重・崇拝するべきか否か、ということ。
 ここを勘違いしている人が多いが、私は別に彼らを「非難せよ」と言っているわけじゃないし、「死刑が妥当だ」と言っているわけでもない。むしろその反対だ。
 たろう さんが言っていたように、非難するなら、国民の責任も問う必要があるだろう。A級戦犯だけを非難するというのは道理が通らない。彼らだけの責任にするべきではない。

 ただ、それは、本項のテーマとは関係ない。本項はあくまで「英霊として参拝するな」と言っているだけ。「非難せよ」とは言っていない。
( ※ むしろ、非難はしない方がいい。……これは本文には書かなかったが、コメント欄における見解。)
Posted by 管理人 at 2014年01月02日 22:45
 以下、引用。

  ̄ ̄
> 総理の靖国参拝以上に、私たちが留意すべきは、1979年にA級戦犯合祀が判明してから、天皇陛下が一度も靖国参拝されていないという事実です。命をささげた英霊の多くが最も望んでいたであろう陛下の参拝が途絶えたままです。陛下に戦争責任が及ぶことを恐れていた多くの戦争責任者たちは、このような事態を望んでいたでしょうか。
 → http://blogos.com/article/77169/
Posted by 管理人 at 2014年01月03日 20:01
 上のこと(現・天皇陛下が参拝しないこと)は、靖国神社の本来の方針と矛盾する。靖国神社は「天皇陛下のために」と言って死んでいった人のためにあるからだ。そこに現・天皇陛下が来ないのでは、靖国神社が無意味化してしまう。

 安倍首相などを支持する人は、天皇陛下を不支持にしているのも同然だ。そっちの方が非国民っぽいですね。
Posted by 管理人 at 2014年01月03日 20:04
すいません、私の投稿したコメントで不適切なものがあったなと思ったので勝手ながら改めた考えを言いたいです。私は松平氏らの動きを「狡猾」と言いましたが、それは確たる根拠があったわけではなく単なる邪推に過ぎません。間違っている可能性は十分にあります。
あと、見返してみてはっきり書いてなかったので書きますが、わたしは、英霊に混ぜるのは問題だが戦犯を祀る事自体は問題無いと思います。もちろん賞賛ということではありません。

管理人さん、あけましておめでとうございます。
>安倍首相などを支持する人は、天皇陛下を不支持にしているのも同然だ。そっちの方が非国民っぽいですね。
 
今上陛下の考えと首相の支持者の動きはもともと反りが合わないものだと思います。国旗国歌法が成立した際に強制にならないことが望ましい旨の発言がありましたし。
Posted by viharati at 2014年01月04日 00:05
 中国が言葉の上では強く抗議していますが具体的な報復行為はやっていませんね。これから定期的に欠かさず首相が靖国神社を参拝していけば批判も収まっていくのではないでしょうか。中国も朝鮮も70年前に日本は直接戦っていません。それにチベットやウイグルや内モンゴルで虐殺を繰り返している中国やベトナムで大量に虐殺をした韓国には戦争犯罪を糾弾する資格はありません。
 中国人の中にも靖国批判の不毛さをわかっている人たちはいると思います。韓国人はわからないかもしれませんが。戦争犯罪人を靖国神社に祀ったのは多くの日本人が時間をかけて考え出した結論だと思います。日本人の考えに基づいた慰霊のやり方を否定するのは犯罪行為と思います。
 本ブログのような批判的なことを書く人が多いと靖国問題が長引いて国益を損なうとは考えられないでしょうか。
Posted by 立花赤兄 at 2014年01月06日 17:07
> by 立花赤兄

 本項は「中国・韓国に従え」という趣旨の話はしていません。何が書いてあるか、読み直してください。
 あなたの主張は、英霊を冒涜し、かつ、今上天皇に反するものです。ほとんど非国民ふう。
 なお、あなたの主張に従えば、日本はアメリカからどんどん軽蔑され、日米関係は致命的に悪化します。これこそ、中国・韓国の思うツボ。日本の国益を悪化させようと企んでいるあなたは、中国か韓国の工作員ですね? しらばっくれても、ちゃんとバレてますよ。
Posted by 管理人 at 2014年01月06日 17:46
 宗教上の問題ですので慰霊の方法は日本人の納得のいく方法でなければなりません。中国や韓国がくちをだすべき問題ではありません。彼らは日本人に納得のいかない方法をやらせようとして政治問題になっています。
 いわゆる戦犯を靖国神社に祀るほか日本人は思いつかなかったと思います。分祀しろという意見には誰も取り合いません。他の追悼施設を作ろうという意見に対しても反対意見ばかりです。ほとんどの日本人は靖国に祀るのが一番正しいと考えているのです。それを認めるのがもっとも正しい解決です。中国、韓国に迎合して知恵を絞るのは非国民のやることです。
 首相が靖国に行けば国際問題になる環境では天皇陛下も見合さざるをえません。早く天皇陛下が参拝できるようにしなければなりません。
 天皇陛下がA級戦犯を靖国に祀るのを反対しているというのは嘘だと思います。なせなら「大東亜戦争の一切について自分に責任がある」と言っておられますことからあり得ないと思います。
Posted by 立花赤兄 at 2014年01月06日 21:51
> by 立花赤兄

 相当妄想が入っていますよ。各種の世論調査がいろいろあるので、見てください。
  →  http://j.mp/1gbs7D7

 朝日と産経では、賛成が少し上回り、時事通信では、反対が少し上回ります。だいたい、国民の意見は半々ぐらいです。

> 追悼施設を作ろうという意見に対しても反対意見ばかりです。

 これも、産経の記事を参照。
 「靖国神社とは別の国立追悼施設を建設することについて、調査結果では「つくるべきだと思わない」が47.4%で、「つくるべきだ」の41.4%を上回った。」
 → http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140106/plc14010621260026-n2.htm
 ほぼ半々です。

> 天皇陛下がA級戦犯を靖国に祀るのを反対しているというのは嘘だと思います。

 あなたの個人的見解は関係ありません。元宮内庁長官が「昭和天皇はA級戦犯を靖国に祀るのに不快感を示していた」と述べています。
 → http://www.avis.ne.jp/~nihao/06syowa-tenno-memo.htm

 今上天皇も、この方針を維持しているわけです。

 ついでですが、天皇と米長邦雄会長との会話も参考。
 → http://www.geocities.co.jp/wallstreet/7009/mg0410-1.htm

 ──

 全体的に、あなたは事実関係を正しく認識しておらず、頭のなかの妄想を信じきっています。何か、事実らしいものを書くときには、本当に事実であるか否か、ググって確認するといいでしょう。
 上記のリンクぐらいは、ググれば簡単に見つかります。最低限の情報は、自分で入手しましょう。
 
 とりあえずは、Wikipedia を見るといいですよ。
  → http://j.mp/1klSkoi

 自分の意見ばかりを言わず、他人の意見も聞きましょう。
Posted by 管理人 at 2014年01月06日 22:34
 靖国参拝の支持は8割に上るという調査もあります。フジテレビの街頭インタビユーでも「殆どの人が賛成だった」とキャスターが発言していました。
 A級戦犯を分祀する話も新しい追悼施設を作る話も強制されて出てきたもので日本人の本来の考えではありません。一度神社に祀られた御霊を分祀した例など皆無ではないでしょうか。新しい追悼施設を作って靖国をどう扱うのでしょうか。靖国を追悼施設でなくす話には9割が以上が反対するでしょう。日本人の心の中では昔から追悼施設は靖国に決まっているのです。
 新しい追悼施設が外国の強制で作られたとわかっているのに日本人がわだかまりなく追悼できると考える根拠はどこにあるのでしょうか。
 靖国参拝を問題にする左翼や中韓の狙いは日本人の追悼のやり方を圧力をかけて不自然にゆがめることです。野蛮極まりない行為です。
 靖国問題を解決するには日本人の自然な追悼のやり方をそのまま認める以外にありません。それは差別なく全ての御霊を慰霊することです。安倍首相が欠かさず繰り返し靖国を参拝し、国民が暖かく支持することです。それ以外にありません。
Posted by 立花赤兄 at 2014年01月14日 20:09
私が会うことが出来なかったおじは特攻隊で亡くなりました。兄を亡くした母の思いをいつも感じながら育ちました。
母は兄が靖国に眠っているとは思っていません。死んで靖国で会おうと言わされて散って行った兄が、靖国で奉られることを決して快いこととは思っておりません。
国民の8割が靖国参拝に賛成しているとすれば、これほど悲しいことはありません。本来は国内問題として論ぜられるべきことが、靖国参拝を国際問題として報じることで、変な愛国心をあおり、靖国参拝を是とする風潮が作られているとしか考えられません。
Posted by Murata at 2014年01月14日 22:35
>  A級戦犯を分祀する話も新しい追悼施設を作る話も強制されて出てきたもので日本人の本来の考えではありません

 本項をきちんと読んでください。合祀は途中からなされたものです。それまでは合祀されていません。
 そもそも、東条英機が死んだのは終戦後のことですから、「日本人の本来の考え」なんて関係ありません。
 だいたい、靖国神社というのは、日本の軍国主義の象徴として存在するものです。Wikipedia によれば、日露戦争以降であり、1904年以降です。それ以前の日本では、ほぼ無関係となっています。
 もう少し、日本の伝統というものを理解しましょう。あなたは日本の歴史について無知すぎる。

 ────

 また、データを示すときにはソースを示しましょう。
 以下、引用。

 ──

 読売では首相の靖国神社参拝は「評価する」が45%、「評価しない」が47%だった。
 → http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140113/plc14011318010003-n3.htm 

Posted by 管理人 at 2014年01月14日 22:58
 国会で戦争犯罪人を犯罪者として扱わないことを共産党を含めて全会一致で決めています。
 当然遺族年金等も受けられます。靖国神社に名簿が送られ、合祀が決定され、A級だけ若干遅れましたが松永新宮司により合祀が実現しました。
 この過程は関係者がよく考え、議論し、慎重に考えて、間違いないという確信をもってなされていると考えています。その過程で国民の半数以上が戦犯を救済することに賛成しています。その意味で日本人の本来の考えに従い伝統に基づいて実施されたといえます。たとえ東條英機が「負けた戦争を始めた」という意味で一番罪が重いとしてもです。
 昭和殉難者という言葉がありますがこれは日本の考えがよく表された言葉だと思います。
 問題は「私的参拝だ」とか「不戦の誓いのためだ」などと言わずに「国のために命を捧げた英霊の慰霊のためだ」と正しく言えばいいのです。
 管理人さんが「靖国神社というのは、日本の軍国主義の象徴として存在する」と無邪気に信じていらっしゃるのが不思議でなりません。また靖国神社にA級戦犯分祀論を受け入れさせようとまじめに考えていらっしゃるのが不思議でなりません。殆ど日本の文化と伝統と歴史をご存じない。

Posted by 立花赤兄 at 2014年01月18日 16:01
 あなたみたいな考え方をする人がいるから、日本は世界中で批判を浴びるんです。
  → http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140117-00000042-rcdc-cn

 自分が国益を損ねているということを自覚してください。どうしても日本が世界中から非難されるようにしたいのですか? 

> 日本の文化と伝統と歴史

 前にも書いたけど、戦犯 or 敗戦の責任者を合祀するなんていう「日本の文化と伝統と歴史」は、ありません。
   2014年01月14日 22:58
 のコメントで書いた通り。
 私の返信コメントを読まないのであれば、書き込まないでください。自分のブログで書けばいい。私には関係ないことです。
 というか、そもそも、あなたの話は本項とは関係がないことだ。自説を書きたければ、自分のブログで書くべし。ゆえに、以後は書き込みはお断り。


Posted by 管理人 at 2014年01月18日 17:53

>Wikipedia によれば、日露戦争以降であり、1904年以降です。

これはWikipediaのどのページのどの記述に基づかれたお言葉でしょうか?
Wikipediaの「靖国神社」のページの「歴史」の項には、
1869年に前身である「東京招魂社」創建され、1879年に「靖國神社」に改称された旨の記述がありましたので、
疑問に思っております。


>より根源的には、クーデター的に民主主義を否定して軍事国家を建設した責任。

これは具体的には誰が何時のどのような行為を行ったことをさしておられるのでしょうか?
Posted by 検校 at 2014年01月19日 04:42
>Wikipedia によれば、日露戦争以降であり、1904年以降です。

 もちろん「靖国神社」の項目で、「1904」という数字を検索すれば一発でわかる。引用すると、
> 当初は祭神は「忠霊」・「忠魂」と称されていたが、1904年(明治37年)から翌年にかけての日露戦争を機に新たに「英霊」と称されるようになった。
 
  ※ 「英霊」の話です。靖国神社の話ではありません。私が先に書いた文では、主語が欠けているので、わかりにくくなっている。誤読されやすくて、ごめんなさい。

>より根源的には、クーデター的に民主主義を否定して軍事国家を建設した責任。

 もちろん、2・26事件前後ですよ。軍人が政府要人を殺害したりして、軍事国家が建設された。
 「当時の国民にも責任があった」
 なんて主張する阿呆もいるが、特高による虐殺などがあって民主主義が否定され、自由な意見もろくに言えなかった、という状況があった。

> 誰が何時のどのような行為

 歴史というものは特定の一点に存在するものではありません。何十年もの歴史が継続している。

 強いて言うなら、幕府を武力制圧して虐殺を正当化した討幕派が発端でしょう。明治新政府が戊辰戦争で虐殺をした例もある。さらに日清戦争・日露戦争における軍の勢力拡大が決定的だった。
 これが原爆投下の時点まで続いてきた、軍事日本の歴史です。世界的にも稀なほど平和だった江戸時代のあとでは、軍事主義の時代が続いてきたことになる。これは、日本が特異だったということではなく、日本もまた世界の潮流に飲み込まれた、ということでしょう。江戸時代の方が特異だった。
 現代世界でも、世界各地で虐殺が続いています。軍事紛争もあちこちである。それが現実です。こういう状況で、「戦争をおっぱじめた人々は素晴らしいから、敬愛しよう」なんていうネトウヨ風潮がいつまでも抜けないから、世界各地ではいつまでも虐殺や紛争が続くんです。

 ま、阿呆が阿呆なのは仕方ないが、江戸時代の人からすれば、「英霊崇拝(=虐殺奨励)は日本の伝統だ」なんて引き合いに出されたら、「とんでもない」と言うでしょう。江戸時代には、そんな野蛮な伝統はありませんでした。むしろ春画に夢中になっていた。こちらの方がはるかに文明的です。人を殺すかわりに、人を生むことに熱中していたんだから。
Posted by 管理人 at 2014年01月19日 09:26

>あなたみたいな考え方をする人がいるから、日本は世界中で批判を浴びるんです。
>自分が国益を損ねているということを自覚してください。どうしても日本が世界中から非難されるようにしたいのですか?

管理人様が引用された記事にある「中国側は満場の拍手を浴び、日本側は落胆して退場した」件について、
以下のユーチューブの動画を拝見しました。
検索キーワード:中日外交官就
(※動画のURLを直接記載したところ投稿エラーとなったので、タイトルの一部を検索キーワードを記載します)
人数や拍手の様子から、あまり「日本が世界中から非難」されているようには見えないのですが、
先に引用された記事は論拠としてはあまり適切ではないのではないでしょうか?



>歴史というものは特定の一点に存在するものではありません。

「特定の一点『のみ』」には存在しませんが、歴史は、無数の「特定の一点」の連なり、ではないかと存じます。
「木をみて森を見ず」とは申しますが、「森を見て木を見ず」であることも、理解が充分でない点では同じであり、
「木も森も見る」よう心がけることが大切だと考えております。

>>より根源的には、クーデター的に民主主義を否定して軍事国家を建設した責任。
>もちろん、2・26事件前後ですよ。軍人が政府要人を殺害したりして、軍事国家が建設された。
>「当時の国民にも責任があった」
>なんて主張する阿呆もいるが、特高による虐殺などがあって民主主義が否定され、自由な意見もろくに言えなかった、という状況があった。

特別高等警察が設立されたのは1936年の2.26事件の四半世紀前の1911年、治安維持法と普通選挙法の成立が同年1925年、
天皇主権、議院内閣制ではない等々、そもそも戦前の「民主主義」がどこまで実効性を有していたといえるのか
興味深いところではありますがそれはさておき

>世界的にも稀なほど平和だった江戸時代のあとでは、軍事主義の時代が続いてきたことになる。

明治時代以降が軍事主義の時代であったとしますと、A級戦犯が生まれ育った頃には既に日本は軍事国家で、
「軍事国家建設」は戦犯の責任ではないということになってしまいませんか?
Posted by 検校 at 2014年01月19日 21:06
> 「軍事国家建設」は戦犯の責任ではない

 もちろん、そうですよ。私は別に、「何もかも戦犯のせいだ」とは言っていないし、「戦犯を断罪せよ」とも言っていません。「戦犯を英霊として崇拝はできない」と言っているだけです。
Posted by 管理人 at 2014年01月20日 00:39
日本の伝統に基づいて考えるのであればこそ靖国に祀るということにはならないはずです。

現在の日本政府から見て戦時中の指導者は(裁判の妥当性をどう見るかにかかわらず)「誅された」人物にあたり(※もしこれすら否定するなら講和条約を結ばず今でも戦争を継続している必要がある)、これは平将門と同じ立場です。
一方で、日本が生き残るために犠牲になった人たちだという見方があります。(いわゆる昭和殉難者)これは政治闘争の敗者である菅原道真と同じ立場です。

伝統に従って平将門や菅原道真に同じように祀るべきだったと思います。分祀論は伝統の軽視ではありません。
Posted by viharati at 2014年01月21日 19:17
「靖国問題の争点」という記事をブログに公開しているので、よかったら見にきてください。

ブログタイトル ミルクたっぷりの酒
ブログアドレス http://d.hatena.ne.jp/ono_gene/

現在、自宅でインターネットが使えない状態なので、メールアドレスは記入していません。
(漫画喫茶から書き込みしています。)
Posted by 小野ユージン(仮名) at 2014年05月31日 04:58
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