◆ 生産性と賃上げ:  nando ブログ

2014年12月21日

◆ 生産性と賃上げ

 生産性と賃上げについての論説を、吉川洋が書いているが、まったくの間違いだ。それを指摘する。
  ※ 【 補説 】 を、最後のあたりに加筆しました。

 ──

 生産性と賃上げについての論説を、吉川洋が書いている。(読売・朝刊・コラム 2014-12-21 ) だが、まったくの間違いだ。

 まず、彼の論旨を紹介しよう。初めは、こうだ。
  ・ 先進国諸国では、物価上昇率を上回る賃上げ(名目賃金で)があった。
  ・ 日本は逆で、物価下落率をさらに下回る賃下げだ。
   (この間、生産性は上昇してきたから、賃上げがあってもよかったのだが。)
  ・ ここにデフレ問題の本質がある。

 ここまではいい。特に問題はない。
 
 しかし、このあとがおかしくなる。
  ・ 安倍内閣の旗振りで、春闘で賃上げがあったのは好ましい。
  ・ 賃上げをもたらすのは生産性だ。
  ・ 生産性の範囲内で賃上げがあればいい。それなら企業も困らない。
  ・ 生産性の範囲内での賃上げならば、インフレにもならない。
  ・ 生産性を上げるには、技術革新が有効だが、それだけではない。
  ・ 生産性の低い部門から生産性の高い部門へ人が流れればいい。
  ・ そのためには「雇用の流動性」を高めることが必要だ。
  ・ 賃金の高低は、労働者の移動を促進する。
  ・ その前提として、生産性の高い部門が必要だ。
  ・ しかし深夜労働は、生産性を下げる。
  ・ このような状況は欧米では許されていない。
  ・ この状況を改善するのは、社会の価値観だ。
  ・ こういう問題は、安倍内閣の取り組みべき課題だ。


 呆れて、情けなる。最初も最後も、安倍内閣をヨイショしている。ただの安倍内閣のタイコ持ちだ。かくも嘘を並べて、政府のヨイショをするとはね。これが東大教授の言説かと思うと、涙が出てくる。
 以下では、逐条的に、言説を批判しよう。


 § 安倍内閣の旗振りで、春闘で賃上げがあったのは好ましい。

 安倍首相は確かに旗振りをしたが、そんなにヨイショする必要はない。たしかに賃上げはあったが、それは消費税増税の3%をはるかに下回るレベルの賃上げであったにすぎない。実質的には賃下げがあったのだ。功罪を言うなら、「実質賃下げ」には「罪」の方がはるかに大きい、と言うしかない。褒めるよりは、叱るべきだ。
 そもそも、首相があれほどにも音頭を取りながらも、企業のなした賃上げはごくわずか。ここでは「安倍首相の音頭取りは効果がほとんどなかった」と見なすべきだろう。ヨイショするべきではないのだ。

 § 賃上げをもたらすのは生産性だ。
 § 生産性の範囲内で賃上げがあればいい。それなら企業も困らない。

 どちらも違うね。上記2点は、企業の主張(生産性基準原理)であるにすぎない。実際には、「物価上昇」も大きな要因だ。
   賃上げ率 ≒ 物価上昇率 + 生産性向上率

 が、基本的な数式である。
 一方、
   賃上げ率 ≦ 生産性向上率

 というのは、経団連が昔から主張している、企業の論理であるにすぎない。こんな不等式には、何の意味もない。
 ちなみに、80年代には、この不等式に従って、賃上げ率を大幅に抑制した。その結果、どうなったか? インフレ率が低く抑制された結果、日本では猛烈な円高が発生した。インフレ率を下げれば、他国通貨との兼ね合いや、国際競争力の影響で、円レートが急上昇するのだ。
 この意味でも、上記の不等式には、何の意味もない。

 § 生産性の範囲内での賃上げならば、インフレにもならない。

 馬鹿を言ってはいけない。それをデフレのときに言うとは、何事か。むしろ、その正反対のことを言うべきだ。
 「生産性を上回る率で賃上げをすれば、インフレ効果が発生するので、デフレを脱出できる。日本がデフレ脱出をする最善の策は、生産性を上回る率の賃上げをすることだ」
 これが経済学的な事実だ。特に、マクロ経済学的には、これはまったく正しい。つまり、マクロ経済学的には、吉川教授の主張は完全な誤りであり、いわば、真っ赤な嘘である。
 ではなぜ、経団連は、真っ赤な嘘を主張するのか? 簡単だ。
 「国全体では大幅な賃上げをすればデフレ脱出ができるとわかっているが、自分の企業だけは賃上げをしたくないと、それぞれの企業が思い込む」
 つまり、各社が「自分だけはうまい汁を吸おう」と思って、「うちは賃上げをしないが、よその会社は賃上げをしてください」と思うわけだ。かくて、どこの会社も、賃上げを厭がる。その結果として、日本はデフレを脱せない。
 つまり、各社が個別の利益を求めるから、結果的には、全員が損をするハメになる。…… これは、「合成の誤謬」という状況だ。
 だから、マクロ経済学者は「合成の誤謬」という状況を説明して、「全員で賃上げをすればいい」と教えればいい。
 ところが、マクロ経済学を理解できない無能な経済学者は生産性の範囲内で賃上げをすればインフレを避けられますよ」と得々として述べる。デフレのさなかに「インフレを避けられますよ」と述べる。
 こういう経済学者は、有害無益でしかない。

 § 生産性を上げるには、技術革新が有効だが、それだけではない。
 § 生産性の低い部門から生産性の高い部門へ人が流れればいい。

 これらは、その通り。

 § そのためには「雇用の流動性」を高めることが必要だ。

 これは見当違いだ。では、どうすればいいかというと、次の箇所に記してある。

 § 賃金の高低は、労働者の移動を促進する。

 その通り。賃金の高低によって、「生産性の低い部門から生産性の高い部門へ」というふうに、雇用の移動をもたらせばいい。
 これが正解だ。自分でちゃんと正解を書いている。ところが、この教授は、自分の書いたことを理解できていない。自分で自分の主張を理解できていない。
 いいですか? 賃金の高低によって、「生産性の低い部門から生産性の高い部門へ」というふうに、雇用の移動をもたらせばいい」というのであれば、次のことが結論となる。
 「生産性の高い企業は、高い賃金を払って、どんどん雇用を吸収するべきだ」

 これが正解だ。これはまた、先の「生産性の分だけどんどん賃上げをするべきだ」という方針とも合致する。生産性の高い企業は、「生産性向上率よりも下」などと言わず、「生産性向上率と同等に」というふうに、たっぷり賃上げをすればいいのだ。
 これが正解だ。吉川教授の主張からは、こういう結論が論理的に出るはずだ。
 ところが、である。彼は話の方向を逸らしてしまう。

 § その前提として、生産性の高い部門が必要だ。

 こういうふうに話を逸らしてしまう。比喩的に言えば、「ゴールに向かってボールを蹴れ」と自分で主張していながら、自分でそのボールを見当違いの方向に蹴ってしまう。(まるでオウンゴールだ。)
 話を余計な方向に逸らす必要はない。生産性の高い部門というのは、もともと存在するのだから、そういう部門できちんと生産性の向上率の分だけ、賃上げをすればいいのだ。
 具体的に言えば、トヨタは莫大な利潤を生み出したし、莫大な生産性向上をなし遂げたのだから、その分、きちんと賃上げをすればいいのだ。
 なのに、吉川教授は、そう主張するかわりに、「生産性向上率よりも低い分の賃上げにするべきだ」と主張する。(これじゃデフレ効果が生じるばかりだ。)
 のみならず、話を逸らして、「生産性の高い部門をもっと増やせ」なんていうふうに語る。
 呆れる。これは経済学者の主張じゃないね。「企業が賃上げをしないで済むための嘘(方便)」をそのままなぞっているだけだ。真実を語るかわりに、嘘つき企業の詭弁をなぞっているだけだ。嘆かわしい。(学者よりも、ペテン師のやることだ。)

 § しかし深夜労働は、生産性を下げる。
 
 その通り。
 ( 【 追記 】 ここで言う深夜労働は、工場の3交替制のことではなくて、コンビニの深夜労働のこと。コンビニは深夜に開店しても客は少ない[出典]。だから、売上高が低くて、生産性は低い。)

 で、深夜労働をしても生産性が低いとわかっているなら、「深夜労働をやめろ」と主張するべきだろう。では、吉川教授はそう主張するか? しない。かわりに、論点そらしをする。

 § このような状況は欧米では許されていない。

 そうですね。だったら、日本もさっさと同様にするべきだろう。なのに……

 § この状況を改善するのは、社会の価値観だ。

 馬鹿げている。深夜労働の原則禁止や、残業割増率の向上は、政府が決めるべきことだ。特に、議席で3分の2を上回る現状では、完全に政府の責任だ。
 特に、「深夜労働の禁止や、残業割増率の向上」ならば、民主党や共産党だって、賛成するはずだ。反対するのは、維新と他の群小の保守政党ぐらいだろう。かくて、9割を越える圧倒的な賛成で、深夜労働の原則禁止や、残業割増率の向上が可能となる。それをやらないのは、安倍内閣の怠慢であるにすぎない。
 つまり、それは、「社会の価値観」の問題ではなくて、政府の無為無策の問題なのだ。ここを勘違いしてはならない。

 § こういう問題は、安倍内閣の取り組みべき課題だ。

 取り組むべき課題? そうじゃないでしょ。「深夜労働の禁止や、残業割増率の向上」は、課題なんかじゃなくて、さっさと立法化するべき事柄だ。いちいち考えたりしないで、さっさと法案を提出すればいい。
 しかし、そうしないのは、経団連が反対するからだ。「労賃アップはイヤだ」というふうに。そして、その言い分を聞いて、「なるほど。じゃ、コストアップの労賃アップはしないで済むようにします」と言っているのが、安倍内閣だ。
 そして、それを擁護して、無為無策を是認しているのが、吉川教授だ。政府の提灯持ち。
 呆れる。情けない。涙が出るね。



 【 補説 】
 では、正解は? (つまり、結論は?)
 それは、上記の話を読めば、自動的にわかる。つまり、こうだ。
 「この教授の説と、正反対のことをやればいい」
 具体的には、こうだ。
 「賃上げ率を、生産性向上率より、高くすればいい」
 ……(
 それによって、何が起こるか? もちろん、インフレが起こる。そして、インフレが起こるということは、悪ではなくて、善なのである。(重要!)

 これを意外に思うかもしれないが、実は、インフレというのは、世界中のどの国でも起こっていることだ。短期ならともかく長期のデフレというのは、歴史上でも、日本でしか起こっていない、特異な現象である。そして、近年でも、日本以外ではどこでも弱いインフレは発生している。それで困ったことになったかといえば、そんなことはない。逆に、インフレでない日本だけが、極端にひどい状況になっている。
 要するに、インフレというのは、悪いことではなくて、当り前の状況(健康な状況)なのである。逆に、デフレというのは、悪い状況(病気の状況)なのだ。
 とすれば、インフレ状況であることは必要不可欠であるし、インフレと実質的に同義である () もまた必要不可欠なのである。
 ともあれ、インフレというのは、避けるべきことではなくて、導くべきことなのだ。「インフレにならないように」と努力するより、「インフレになるように」と努力するべきなのだ。特に、デフレのときには、そうだ。
 かくて、「吉川教授の主張と正反対のことが正解である」と結論できる。

( ※ 逆に言えば、「生産性の伸び率以下の賃上げ」を主張する吉川教授の言う通りにすれば、デフレに突き進むしかない。要するに、デフレは、「生産性の伸び率以下の賃上げ」を主張する人々の主張したとおりのことを実行したことの結果なのである。自業自得、というありさまだ。)
( ※ 80年代の超円高も、また同様。80年代の超円高のあとで、90年以後のデフレが続くのは、ちょうど連続している。日本がここ数十年、世界でも最低の経済政策を取っていたからだ。その経済政策は、経済学者お墨付きなのである。経済学者は、日本経済を破壊するために存在したわけだ。比喩的に言えば、患者を死なせるために存在する医者。ドクター・キリコ。)



 【 関連項目 】

 「インフレ状況が正常な状況である」
 ということは、ずっと前に詳しく述べた。そちらを参照。
  → 「インフレ目標」簡単解説
  
posted by 管理人 at 19:54 | Comment(9) | 経済 このエントリーをはてなブックマークに追加 
この記事へのコメント
 ひるがえって、小室淑恵がまともなことを書いている。正解ふう。
  → http://www.yomuradio.com/archives/4827

 上手にまとめてあるね。頭いい。感心した。(もっとも、この問題で事業をやっている専門のプロなんだから、この問題に詳しくても当然だが。)

 小室淑恵はちゃんとしているので、本サイトでも前に言及した。そちらも読むといいだろう。
  → http://nando.seesaa.net/article/408517587.html 「労働生産性と残業」 
Posted by 管理人 at 2014年12月23日 13:40
小室氏に賛成 but
一歩進んでワーク・シェアリングに向かう必要あり。
nandou氏のインフレ論には反対です。
デフレ(ディスインフレ)は日本を救う(小幡 慶応準教授)と思います。
Posted by 素人の素人 at 2015年04月14日 18:10
 デフレというのは、この 20年ぐらいの低成長路線と高失業率の経済のことです。こういうのは近年の日本だけで起こった。
 インフレというのは、戦後日本の高成長経済や、近年のアジアの高成長諸国(タイなど)の状態です。
 日本がインフレなしでデフレをずっと続けていたなら、戦後の廃墟の状態のまま、ずっと復興しないで、貧しい失業状態の国だったことになります。戦後の日本は、先進国ではなくて、ただの廃墟だったんですよ。食べ物もなくて、アメリカから援助してもらっている状態。乞食状態。
 それが理想だというのなら、アフリカにでも行って、貧困生活をしてください。

 ※ インフレというのは、猛烈な物価上昇のことではなくて、世界の歴史における普通の経済状態のことです。デフレというのは極端な例外的状態です。
 詳しくは
  → http://www005.upp.so-net.ne.jp/greentree/koizumi/93_kaise.htm



Posted by 管理人 at 2015年04月14日 22:14
先日国際決済銀行が、デフレと経済成長が結びつかないことを発表しました。ご覧ください。
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0MG0CJ20150320
デフレについては以下に通説及び私見を述べています。
http://sishimaru.sakura.ne.jp/blog/polytics/deflation/
Posted by 素人の素人 at 2015年04月14日 23:01
> 先日国際決済銀行が、デフレと経済成長が結びつかないことを発表しました。

 それは国際的な比較でしょう。他国との比較で言うなら、日本もデフレ期にはそこそこの低成長が続いているので、他国との比較でなら上記のような認識もできます。
 しかし日本はもともと成長の余力がある国なので、高い成長ができないということは明らかに無駄です。実際、デフレ期には低成長が続いており、それ以前の高成長ができなくなったことが判明しています。次のデータを見れば一目瞭然。
 → http://j.mp/1CKbJ5x
 → http://j.mp/1artqjC
Posted by 管理人 at 2015年04月14日 23:53
> デフレは、優れて貨幣現象であることについても異論のないところです。
http://sishimaru.sakura.ne.jp/blog/polytics/deflation/

全然違いますよ。デフレはマクロ経済学的な現象であり、貨幣「だけ」で説明しきれるものではありません。この点は本サイトで何度も記述したので、「経済」カテゴリの記事を読んで勉強してください。あなたの誤認はすべて無知から来るものです。マクロ経済学をきちんと勉強すれば、マネタリズムという単細胞の幼稚な理論から脱することができます。

インフレは貨幣的な現象ですが、デフレの原理はまったく異なります。両者は対称的ではありません。デフレの原理は、トリオモデルで説明されます。
簡単に言えば、「均衡」が成立せず「不均衡」になる状態がデフレです。ここでは「均衡」を前提とする古典派のモデルは瓦解します。マネタリストは瓦解したモデルに依拠しているので、言っていることがすべて砂上の楼閣です。
Posted by 管理人 at 2015年04月14日 23:57
小室氏曰く、「日本は人口ボーナス期を過ぎた」にも拘わらず
>しかし日本はもともと成長の余力がある国なので
とは、驚きです。管理人のデフレとおっはる時期に日本の働く人々の生産性は、先進国の最上位に位置していましたが、旬は過ぎたのです。
Posted by 素人の素人 at 2015年04月15日 20:56
素人の素人様へ。
貨幣を“経済の言語”(逆に言えば言語は“政治の貨幣”?)と考えるなら、
デフレは“単語数の減少”なので“死語化(又はニュースピーク化)”となります。
駄目でしょうこれは。
後、生産性に旬が過ぎるも過ぎないもありません。
産業が農業だけだった時代じゃないんですから。
Posted by ヒルネスキー at 2015年04月20日 00:05
to ヒルネスキー
>後、生産性に旬が過ぎるも過ぎないもありません。
私の、表現力不足です。
言いたかったのは、「最近の我が国の働く人々に見られる生産性の上昇が効率化をもたらす一方で、人口ボーナス期という旬は過ぎたのです」
なお、貨幣を言語に例えるなら少し多様性が不足しているように思います。複雑系を扱えないと思います。
Posted by 素人の素人 at 2015年04月20日 13:34
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