◆ 原爆は終戦を早めたか?:  nando ブログ

2016年05月28日

◆ 原爆は終戦を早めたか?

 広島・長崎への原爆投下は、終戦を早めて、死者を減らした……という俗説がある。それは正しいか? 検証しよう。

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 広島・長崎への原爆投下は、終戦を早めて、死者を減らした……という俗説がある。
 ここで言う「死者」は、米軍兵士の死者のことだ。広島・長崎への原爆投下は、数十万人の死者をもたらしたので、その死者数は米軍兵士の見込まれる死者数よりもずっと多いので、総計では「原爆投下が死者を減らした」ということにはならない。しかし、米国兵士は、自国のことしか考えていないから、「自分の命を守るためには相手を大量虐殺ししてもいい」と思っているのだろう。
 まあ、その是非は別として、そう考えていたようだ。
 のみならず、今でも大半の米国民は、そう考えているようだ。特に、高齢者ほどそうだ。
 《 米国世論、根強い投下正当化 若い世代には意識の変化も 》
 「戦争を終わらせるための正しい行動だった」。広島と長崎への原爆投下をめぐり、米国では戦後一貫してこうした意見が多数を占めてきた。戦後すぐと比べると近年は「正当化論」の割合は下がっているが、今なお半数以上を占める。
 米調査機関ピュー・リサーチ・センターが昨年、「原爆使用は正当だったか」と質問した際も、米国人の56%が「正当だった」と答えた。ただ、65歳以上の7割が「正当だった」と答えたのに対し、18〜29歳では47%にとどまり、世代間で違いが出た。また、共和党支持者の74%が正当性を認めたのに対し、「核なき世界」を唱えるオバマ大統領の民主党を支持する人の間では52%だった。
 世代や時代による変化はあるものの、なお過半数が原爆投下を支持している大きな理由は、第2次世界大戦を終わらせ、結果的に多くの米国人の命を救ったと考えられているためだ。05年のギャラップ社の調査では、米国人の80%が「米国人の命を救った」と回答。「結果的に日本人の命を救った」と考えている人も41%だった。
( →  朝日新聞 2016年5月24日

 これが現状だ。
 なお、記事にはさらに続いて、次の話もある。
 スティムソン陸軍長官は47年、原爆投下の理由を説明した論文を発表。太平洋や沖縄の戦線で日本軍が徹底抗戦を続けていた点などを挙げ、「日本本土への上陸作戦を実施すれば、米軍だけで死者が100万人以上になると想定された」と主張した。

 こういう数字が、米国人の見解の根拠としてあるわけだ。しかし、こういう数字は事実だろうか? 

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 一方、別の記事もある。
 《 原爆投下候補・横浜 新資料で外れた経緯探る 》
 投下都市の選定作業は 45年4月27日にワシントンで開かれた目標検討委員会で始まった。
 @人口が集中し、直径3マイル(約4.8キロ)以上の広さを持つ都市A東京と長崎の間に位置するB高度の戦略的価値を持つ――などを選定基準とすることを確認した。具体的には東京湾、川崎、横浜、名古屋、大阪、神戸、京都、広島、八幡、福岡……と 17地域・都市をリストアップした。
( → 朝日新聞 2016-05-27

 ここで、疑問が生じる。東京が選択肢から抜けていることだ。「戦争を早く終わらせるため」であれば、東京に原爆を落とすことが最も効果的であるはずだ。広島や長崎に原爆を落としただけでは、日本は降伏するかどうかわからない。「一億総玉砕」なんて言っている国だから、最後の一兵まで戦うつもりかもしれない。だったら、それを避けるためには、広島や長崎でなく、東京に原爆を落とすべきであったはずだ。それこそが戦争終結のためには最も効果的だからだ。(ひるがえって、広島や長崎に原爆を落としたのでは、終戦は確実ではない。)
  ※ なお、「東京への原爆投下で、交渉相手がいなくなる」危険はない。
    投下前に予告しておけば、政府上層部は疎開して生き残れるからだ。


 こうして、「終戦を早めるため」という理屈は崩壊する。終戦を早めるためよりも、もっと別の理由で、広島や長崎に原爆を落としたのだということになる。

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 実は、東京に原爆を落とさなかったことには、合理的な理由がある。戦後の復興のためには、その方が便利だからだ。米国の目的は、日本を焼け野原にして崩壊させることではなくて、自分の支配下に置く優秀な子分とすることだった。つまり、意思系統を自分の下に置きながら、有能な右腕として働かせることだった。そのためには、日本を崩壊させることはまずかったのだ。
 これは、常識的だし、ほぼ定説だと見てもいいだろう。ネットにも似た見解は見つかる。
  → アメリカはなぜ東京や大阪に原爆を落とさなかったの?
  → 原爆は長崎と広島に落とされましたが、なぜ東京や関東周辺にしなかったのか

 とはいえ、米国がこのように考えていたということは、米国にとっては戦争の勝敗はもはや興味はなくて、いかに戦後を運営するかということが目的となっていた、ということだ。つまり、この時点では、もはや終戦は自明だったのである。原爆を落とすかどうかには関係なく、日本の敗北は自明だったのである。

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 そう書くと、「違うぞ。日本はまだまだ抵抗していたぞ」と米国人は反発するだろう。しかしそれは、一般の米国民がそう思っていたというだけのことだ。現実には、米国などの首脳部は、日本の敗北が決定的だったことを知っていた。
 英首相のチャーチル自身の言葉がある。彼の「第二次世界大戦回顧録」から引用しよう。(転載・孫引き)
 日本の運命が原子爆弾によって決定したと考えるなら、それは間違いであろう。日本の敗北は最初の原爆が投下される前に確定していたのであり、圧倒的な海軍力によってもたらされたものなのである。最後の攻撃の拠点となっていた海洋基地を押え、突撃に出ることなく本土軍に降服を強制することができたのは、ただ海軍力のおかげだったのである。日本の艦船は壊滅していた。
( → 日本の無条件降伏/終戦の詔勅

 また、別の理由もある。日本が「条件つき降伏」の意を伝えたのは、原爆投下後のことであるが、それ以前に「条件つき降伏」の意を伝えたとしても、それを拒否するよう、トルーマンは決めていたのだ。
 米国内の通達としてトルーマン大統領からマッカーサー元帥に対し行われた通達において、「われわれと日本との関係は、契約的基礎の上に立つているのではなく、無条件降伏を基礎とするものである。貴官の権限は最高であるから、貴官は、その範囲に関しては日本側からのいかなる異論をも受け付けない」趣旨の指令があり、米国大統領の対日政策の基本認識が示されている。
( → Wikipedia

 日本からの無条件降伏以外のすべてを拒否する、という方針が示されている。つまり、日本が何らかの条件を付けて降伏の意を伝えたとしても、それを拒否するつもりだったのだ。ここでは、日本の降伏は最終目的ではなかったのだ。トルーマンは、戦争で勝利をするために戦争をしていたのではない。もともと別の目的があって、戦争をしていたのだ。

 ──

 では、別の目的とは何か? それは、原爆の効果の検証である。
 「多額の費用と最先端の研究で開発した原子爆弾が、どれほどの効果を持つか、検証する」
 ということだ。ここでは、次の二つの意味があった。
  ・ 建物などの被害規模を測定する。(前出記事。選定の話。)
  ・ 人間の被害規模を測定する。(つまり、人体実験)


 ではなぜ、そのようなことを検証する必要があったのか? ただの軍事的知識を知るためか? ただそれだけのために、数十万人もの市民を死なせたのか? それほどにも、米国大統領は悪魔的だったのか? 

 違う。トルーマンが真に狙ったのは、次のことだった。
 「共産主義のソ連(スターリン)との対立がすでにあった。そういう状況で、ソ連に対する軍事的優位を確立するために、原子爆弾の効果を明白に知る必要があった」


 そして、実際に、その効果を知った。それは予想を上回る途轍もないものであった。だからこそ、米国は広島・長崎への投下という実験のあとで、大規模な軍拡路線を取ったのだ。
 そしてまた、同じ衝撃を受けたソ連は、「このままでは米国に負ける(劣位になる)」と感じて、何が何でも自国で原爆を開発する必要を感じた。しかるに、その技術がない。かくて、その技術を米国から盗んだ。(スパイを通じて。)
  → 「ソ連 原爆 スパイ」 - Google検索
 そのすえに、米国とソ連の「核兵器開発競争」が起こった。

 ──

 こうしてわかっただろう。広島・長崎への原爆投下は、終戦を早めるためでもなかったし、米国人の命を救うためでもなかった。その真の目的は、戦後におけるソ連との対立において軍事的優位に立つことだった。これこそが真の目的だったのだ。

 そして、ここまで理解すれば、次の逆説に気づく。
 「原爆は、終戦を早めたのではなく、終戦を遅らせたのだ」
 
 仮に原爆がなければ、終戦を早めることは可能だった。日本と交渉して、何らかの形で条件つきの終戦を受け入れることは容易だった。日本にはほとんど戦力は残っていなかったのだから、「降伏勧告」を突きつけることで、終戦を早めることは可能だった。
 しかし大統領はその道を頑として拒んだ。「無条件降伏以外のすべてを受け入れてはならない」という方針を取った。なぜか? 原爆投下という実験がどうしてもほしかったからだ。そして、それが可能となるのは、8月6日だった。だから、その日が来るまでは、何が何でも降伏を受け入れがたかったのだ。

 本来ならば、戦争はもっと早く終わっていたはずだ。5月から7月ごろまでのどの時点で終わっていてもおかしくなかった。しかし、米国大統領としては、どうしても終戦を受け入れるわけには行かなかった。まだ原爆ができていなかったからだ。

 原爆は、修正を早めたのではなく、遅らせたのだ。米国人兵士のうち、6月から8月15日ごろまでに死んだ兵士は、原爆のせいで命を失ったと考えてもいいだろう。もし原爆がなければ、戦争は早めに終わっていたがゆえに、これらの戦死者は死なずに済んだはずなのだ。
 原爆が死なせたのは、広島と長崎の数十万人だけではない。約2〜3カ月間ほどの間に死んだ、日本と米国の兵士もまた、原爆のせいで無意味に戦って死んだと見なされるだろう。
 原爆投下をもたらしたのは、第二次大戦中の日本軍よりも、第二次大戦後のソ連だった、とも言える。これは、歴史の皮肉というには残酷すぎるような、厳しい真実だろう。
 
 ※ 本項の趣旨について、確実な資料を、最後の [ 付記5 ] に記した。



 [ 付記1 ]
 文中でも示したが、チャーチルが言っていたように、
 「日本の敗北は最初の原爆が投下される前に確定していたのであり、圧倒的な海軍力によってもたらされたものなのである。……日本の艦船は壊滅していた」
 ということが大切だ。日本はすでに海上封鎖されたも同然だ。これはつまり、「兵糧攻め」と同じ状態だった、ということだ。
 当然ながら、経済は壊滅しており、食料生産もままならない状態だった。このまま放置するだけで、日本人の大半を餓死状態に追い込めた。
 似たことは、ある。旧日本軍の海外の隊は、大半が餓死したのだ。「戦死者よりも餓死者の方が多かった」というふうに。
  → 太平洋戦争戦跡地−戦没者の 60%強 140万人は餓死であった
  → 戦死者数よりも、餓死した人数の方が多いとききました
 何もしないで単に海上封鎖するだけで、兵糧攻めの形で、日本人の多くを餓死に追い込めた。勝利は完全に確定していたのである。
 ただし、トルーマンとしては、対日戦争における勝利が大切なのではなかった。もっと強大な敵であるソ連に対する軍事的優位を確立することこそ、本当の目的だったのだ。目の前にいる傷ついた小さなネズミなど、もともと何の脅威でもなかった。一方、そばに近づきつつある巨大な猛獣こそ、米国にとって真の脅威だったのだ。そして、その猛獣に対抗するためには、強大な武器が必要だった。
 
 [ 付記2 ]
 ドイツが降伏したのは、5月8日。おおよそこのころから、米軍は戦力を対日戦に集中することができるようになった。それまで欧州に向けていた戦力を、極東に移すことが可能になった。
 となると、6月以降には、日本を攻撃する米国の戦力は、おおざっぱに3倍ぐらいに増えたものと思える。ただでさえ劣勢だった日本軍は、壊滅的な状態になったと言える。(というか、すでに壊滅状態だったが。3月10日の東京大空襲では、死者 10万人以上、罹災者100万人以上だった。 → 東京大空襲 - Wikipedia
 6月以降の攻撃は、単に「終戦の日まで遊び半分で攻撃を続ける」というような状態だった。大人が子供の手をひねるようなものだった。「竹槍で本土決戦」と叫んでいる日本人の頭上から爆弾を落とすだけだった。
 なお、6月以降には、東京大空襲もなされなかったようだ。すでに焼け野原になっていて、何も残っていない状態だったからだ。このころの日本軍の戦力は壊滅状態で、軍事的にはまともに戦えていなかった。
 この頃には、日本軍は本土および本土近海にて制空権・制海権は喪失、日本近海に迫るようになった連合軍艦艇に対して基本的な操縦訓練を終えた搭乗員が操縦する特攻機による特攻が残された主な攻撃手段となり、連合軍艦艇に一定の被害を与えるなどしたものの日本軍の軍事的な敗北は明らかであった。
( → 太平洋戦争 - Wikipedia

 つまり、6月以降の米国は、もはやまともに戦うつもりもなかったようだ。単に「その日」が来るまで、時間をつぶしているだけだった。
 では、「その日」とは? 日本が無条件降伏する日か? いや、米国が原爆を投下する日だ。その日が来てようやく、米国の目的は達成されるのだ。
 一方、日本の降伏は? そんなことはとっくに確定していた。日付がいつになろうと、降伏は自明だったのである。日本の降伏は、目的ではなかったのである。

 [ 付記3 ]
 「日本がもっと早く無条件降伏していれば良かった」
 という見解もあるが、妥当ではあるまい。たとえ日本が無条件降伏をしていても、原爆投下をするまでは、米国は終戦を決めなかったはずだ。どうしても原爆投下をする必要があったからだ。

 このことには、理由がある。
 まず、この降伏は「無条件降伏であった」と日本政府は戦後に認識している。
  → 日本国は無条件降伏をしたか?
 しかるに国際法的には、これは無条件降伏ではなくて、領土保全を条件とした条件降伏であった。
  → ポツダム宣言は「無条件降伏」ではない(ケント・ギルバート:弁護士)

 日本政府が示した「降伏」は、法的には、無条件降伏ではなく、条件降伏だった。だから、8月15日の時点で、米国は「拒否」することができた。(終戦を先延ばしすることができた。)
 仮にこの時点で原爆を投下していなかったなら、米国は「受け入れ拒否」をして、さらに戦争を継続していただろう。
 しかし現実には、8月15日の時点で、原爆はすでに投下されていた。3発目の原爆もなかった。だからこそ米国は、「すでに目的(原爆の実験)は達成された」と見なして、条件つき降伏を受け入れたのである。
 また、別の理由もあった。原爆の効果を早急に判定するためには、ただちに条件降伏を受け入れて、現地の被害レベルを調査する必要があったのだ。……このことこそが、条件降伏を受け入れた最大の理由だっただろう。
 
 なお、これが無条件降伏ではなかったことについては、次の資料もある。
 ドイツの場合はイタリアや日本、衛星諸国の降伏とは異なり、一切事前に条件が提示されることのない完全な無条件降伏であった。連合軍総司令部ドイツ問題政治担当顧問を務めていたロバート・ダニエル・マーフィーは「このドイツの降伏は、第二次大戦における唯一の真の意味の無条件降伏であった」と評している。
( → 無条件降伏 - Wikipedia

 [ 付記5 ]
 本項の趣旨について、より確実な資料があるので、紹介する。( Wikipedia の記事)
 ジェフリーズ委員会が原子力計画の将来について検討を行い、……原子力は平和利用のための開発に注力すべきで、原子爆弾として都市破壊を行うことを目的とすべきではないと提言した。
 しかし、この提言が生かされることがなくなったのは、トルーマンが政権を引き継いでからのことである。
 なお、ルーズベルトは、原子爆弾を最初から日本に投下するつもりはなく、1944年5月に日本への無条件降伏の要求を取り下げ、アメリカ合衆国国務省極東局長を対日強硬策を布いたスタンリー・クール・ホーンベックから、駐日大使を務めたことのあるジョセフ・グルーに交代するなど、日本への和平工作を行っていた。
 ルーズベルトが急死したことによって、トルーマンが政権を引き継いだことから、原子爆弾への風向きが急に変わってしまった。
 軍人では、アイゼンハワー将軍が、対日戦にもはや原子爆弾の使用は不要であることを1945年7月20日にトルーマン大統領に進言しており、アメリカ太平洋艦隊司令長官チェスター・ニミッツ提督も、都市への投下には消極的でロタ島への爆撃を示唆している。また政府側近でも、ラルフ・バードのように原子爆弾を使用するとしても、事前警告無しに投下することには反対する者もいた。
 しかし、トルーマンは、ニューメキシコ州での核実験(トリニティ実験)成功により、日本への原子爆弾投下を命令し、ここに全ての原子爆弾投下阻止の試みは潰えた。
( → 日本への原子爆弾投下 - Wikipedia

 要するに、戦争の戦略的には、原爆投下はまったく必要がなかった。そのことは軍の最高レベルにあるアイゼンハワー将軍やニミッツ提督が認識していた。しかるに、トルーマンはその震源を拒否した。つまり、戦略的理由とは別の理由で(戦争の勝敗とは関係のないところで)、原爆投下が決断されたことになる。(それが何かは、すでに示した通り。)
 なお、ルーズベルトが和平工作をしていたということも大事だ。これと対比して、トルーマンが一切の和平工作をしなくなった、ということが明らかになるからだ。トルーマンは明らかに、終戦よりも、原爆実験の方を優先していた。
 このことは、彼の基本的立場(トルーマン・ドクトリン)からもわかる。
 トルーマン・ドクトリン(Truman Doctrine)とは、……トルーマンによる共産主義封じ込め政策(Containment)である。
( → トルーマン・ドクトリン - Wikipedia

 さらに、次の事情もあった。
 戦争に勝てないと判断した日本政府は、7月12日、ソ連にいる日本特命全権大使(佐藤尚武)宛に、ソ連に和平の仲介を依頼する特使を派遣する予定であることを伝えるよう打電した。そのパープル暗号電報は即座に解読され、トルーマンに知らされた。トルーマンは、日本政府が和平の動きに出たことを知っていたことになる。
 ポツダム入りした米陸海空軍参謀本部は、首脳会談の前に合同会議を持ち、「ソ連が参戦する予定であることと、天皇制存続を認めれば、日本の降伏は今日にでもありうる。日本はすでに壊滅状態で、原爆を使う必要はなく、警告すれば十分」との結論を出した。
 しかしトルーマンはその結論を信用しなかった。
 トルーマンは、7月17日にソ連のヨシフ・スターリンと事前打ち合わせをした際、スターリンからソ連が(ヤルタ会談での密約通り)8月15日に対日宣戦布告すると聞かされた。その日トルーマンが妻に書いた手紙では、「戦争はこれで一年以内に終わるであろう」と安堵の気持ちを述べていた。
 ところがトルーマンは、7月21日にトリニティ実験の原爆実験成功の詳しい報告を受け取り、その威力のすさまじさを知ると態度を一変した。東欧問題などで、ソ連に対し断固とした態度を示すようになった。
 1945年4月の時点で、原子爆弾の完成予定を知っていたトルーマンは、核の力でソ連を抑止できるという考えがあった。日本への原子爆弾投下命令を最終決定した。
 共和党の大物の面々が、日本への原爆使用に反対していたこともあって、トルーマンは投下決定を共和党側には伏せたまま、先にスターリンに知らせた。共和党や共和党系と見なされていた将軍たちに、原爆投下決定が伝えられたのは投下の2日前であり、これは「反対を怖れるあまり自国の議員よりも先にソ連に知らせた」と共和党側をさらに激怒させた。
 この原爆の日本への使用については、後に共和党大統領となるアイゼンハワーなどが猛反対しており、共和党支持者の米陸海軍の将軍たち(マッカーサーも含む)は全員が反対意見を具申している。アイゼンハワーに至ってはスティムソン陸軍長官に対し「アメリカが世界で最初にそんなにも恐ろしく破壊的な新兵器を使用する国になるのを、私は見たくない」(1963年の回想録)と何度も激しく抗議していた。
( → ハリー・S・トルーマン - Wikipedia

 日本に原爆が落ちたのは、米国の方針だったからではない。米国の人々の方針は、「原爆を投下しない」というものだった。誰もがそう考えていた。ただし、たった一人、トルーマンだけは、「原爆を投下する」と判断した。その一人が、たまたま大統領職にあったという半・偶然性が、日本への原爆投下を決定づけた。
 重い障害を持ちながら戦争中を通じて世界中を飛び回り、体調が悪い中で戦争終結に向けてヤルタ会談に参加するなど、心身に負担をかけ続けたルーズベルトが1945年4月12日に急死しトルーマンは大統領に昇格した。
( → 上記項目)

 このことがなければ(つまり ルーズベルトが急死しなかったなら)、米国政府の方針に急激な変化はなく、日本に原爆は投下されなかったはずなのだ。原爆を投下したいと思っていたのは、ただ一人、トルーマンだけだったのだから。
 
 ともあれ、原爆投下の理由については、「米国がどうこうだったから」ということよりも、「トルーマンが独断で決めたから」という事実に留意するべきだ。米国が国益を考えて米国の総意で原爆を投下したのではない。米国の(ほぼ)総意に反して、トルーマンが独断で原爆投下を決めた。それがあまり知られていない真実なのである。
 そして、いったん原爆が投下されたあとでは、「トルーマンの意思」が「米国の意思」と見なされるようになった。そういうことだ。
( ※ 一種の手品のようなトリックだ。だから人々はだまされる。)
 


 【 関連サイト 】
 実は現代でも大半のアメリカ人が、核兵器の使用に賛成している、という世論調査がある。
 → http://parstoday.com/ja/news/iran-i9319
 → http://pari.u-tokyo.ac.jp/column/column146.html
 → http://jp.wsj.com/articles/SB10183435217094733641104582083381072383176

 内容は、次の二者択一。
  ・ 2万人のアメリカ兵が犠牲になる可能性を有するテヘランへの地上攻撃
  ・ テヘラン近郊に核爆弾を落として、イランの民間人10万人を殺害する

 この二つの選択肢を提示する。
 すると、回答者の59%がイランの一都市への原爆投下を支持。
 イラン市民の被害者数が最初の数字の20倍に増えても、59%がイランへの攻撃に賛成する、と回答している。
 ということは、「アメリカ人の死者を減らすためであれば、世界中の全人類を殺す」という選択肢があれば、選択しそうだな。
 「まわりのどこかにテロリストがひそんでいる。テロリストを殺すためであれば、無実の市民をどれほど殺してもいい」
 と。それがアメリカ人。

posted by 管理人 at 00:27 | Comment(26) | 政治 このエントリーをはてなブックマークに追加 
この記事へのコメント
Wikipediaのポツダム宣言の項によれば、無条件降伏の要求は、ルーズベルト存命の時からすべての枢軸国に求めていますので、一貫した正義にかなった主張と言えると思います。日本はナチスドイツと同様の悪の国であるというのが連合国側の認識なのだから、無条件降伏は、理不尽な要求とは言えないのではないでしょうか。
Posted by kmsn at 2016年05月28日 04:11
 無条件降伏を要求するのは当たり前のことです。交渉するときに、相手が何も言わないうちに自分の方から勝手に譲歩するわけがありません。そんなことをしたら「腰砕け」と馬鹿にされるだけでしょう。

 本項で示しているのは、何を要求するか、という話ではありません。
 こちらの要求がほとんどすべて実現するときに、あえて小さなことにこだわってまで、実現を拒み、莫大な死者が自分の側に発生することを許容するか、ということです。

 比喩で言うと、閉店間際の店で、「100円で売ります」と言ったときに、客が「1円値引きするなら買います」と値引きの条件を付けたとしたら、その条件を受け入れるか。受け入れれば、1円損するが、とにかく売れる。受け入れなければ、まるまる売れ残って、100円分が丸損だ。1円損するか、100円損するか。
 ルーズベルトは、「当店は値引きしません」という方針を、朝のうちに示した。それは基本原則だった。
 トルーマンは、「閉店直前であっても、絶対に値引きするな。たとえ1円でも値引きするな」という異例の命令を出した。店員は不思議に思った。「何で今日に限って、そんなことを命令するのだろう? いつもは閉店間際には、半額セールで大幅値引きするのに、どうして今日に限って1円の値引きも許さないのだろう? 不思議だな」
Posted by 管理人 at 2016年05月28日 07:56
いやいや。日本がもっと早く無条件降伏すれば済んだ話じゃないですかね?
日本の意思決定の遅さが諸悪の根源です。
Posted by へろへろ at 2016年05月28日 08:57
へろへろさんに同意です。無理筋でしょう。
Posted by Zio at 2016年05月28日 09:08
歴史学の世界では、ソ連の参戦が無条件降伏を決意させたと考えられている。理由は以下の2つである。

  1.中立国であるソ連を通して連合国との講和を画策していたが、ソ連の参戦で不可能になった。
  2.ソ連に占領された国では王制が廃止されていたので、ソ連の参戦は、天皇制の廃止に直結し、降伏を決意した。

もっと早く無条件降伏できなかったのかという意見があるが、そもそも経済力が5倍もあり、鉄と石油を輸入していた国と戦争すること自体が無謀で、まともな頭の人間はアメリカと戦争しない。それを決意した段階でまともな判断力がなかったというべき。
Posted by 王子のきつね at 2016年05月28日 10:09
NHK "フランケンシュタインの誘惑「原爆誕生 科学者たちの“罪と罰”」"
を見て、原爆の実戦使用までは、無条件降伏すらさせてもらえなかった、そんな印象を抱きました。
Posted by 作業員 at 2016年05月28日 11:55
> 日本がもっと早く無条件降伏すれば済んだ

 全然別の話を持ち込んでも意味がないでしょう。
 「米国は……」という話がテーマなのに、「日本が……」と論じても、話の次元が異なる。

 だいたい、「日本が……」と言い出すなら、「戦争を始めなければ良かった」というふうになる。戦争を始めたあとで、「戦争を始めなければ良かった」と言っても意味がない。同様に、日本が無条件降伏できないでいるときに、「無条件降伏すればよかった」と言っても意味がない。
 あなたの話は、お金がないときに「お金が天から降ってくれば良かった」というのと同じ。政府が「日本の景気を回復するにはどうすればいいか?」と論じているときに、「お金が天から降ってくれば解決する」というのと同じ。
 議論になっていないでしょう。

> 日本の意思決定の遅さが諸悪の根源です。

 「誰が悪いのか」というようなことは、本項の話題になっていません。
 
 そもそも、日本は米国が原爆を完成したことを知らなかったのだから、「原爆投下前に降伏するべきだった(なのに、降伏しなかったのが悪い)」という論は、最初から成立するはずがない。
Posted by 管理人 at 2016年05月28日 12:08
>東京が選択肢から抜けていることだ。
>「戦争を早く終わらせるため」であれば、東京に原爆を落とすことが最も効果的であるはずだ。

既に東京大空襲しているし、変なところに落として
日本側の責任者がいなくなったら、戦争が終わらなく
なっちゃうんじゃないでしょうかね?

Posted by den at 2016年05月28日 12:23
> 日本側の責任者がいなくなったら

問題がそれだけだったら、予告しておけば大丈夫。東京都民はみんな死ぬが、天皇と軍部上層部だけは疎開して無事となる。もともと疎開先も用意されていたし。長野松代がそうです。
  → http://j.mp/24cF33d
Posted by 管理人 at 2016年05月28日 12:57
>> 「米国は……」という話がテーマなのに、「日本が……」と論じても、話の次元が異なる。

そんな論理が成立するなら終戦を早めるには米国はそもそも開戦と同時に日本に無条件降伏するのがベストとなるでしょ。

議論になっていないという意味では米国が「無条件降伏」以外認めない、というときにそれ以外ならできた、とか言っても意味あるとは思えませんが。
Posted by Zion at 2016年05月28日 17:02
> 米国はそもそも開戦と同時に日本に無条件降伏するのがベストとなるでしょ。

ルーズベルトは和平工作を行なっていたんです。つまり、原爆前の条件降伏を探るつもりだったんです。
[ 付記5 ]に説明してあるので、読んでください。

> 米国が「無条件降伏」以外認めない、というとき

米国が、でなく、トルーマンが、です。
[ 付記5 ]に説明してあるので、読んでください。

あなたどうも、本項の話を読まないで、部分的に揚げ足取りばかりをしていますよ。本項の主旨をきちんと理解してください。本項の主旨とはあまり関係のない、どうでもいい細かな点で、揚げ足取りばかりをしても、時間の無駄です。

とにかく、本項の話題は、トルーマン。あなたはトルーマンのトの字も出していない。あろうことか、開戦のときの話を持ち出している。開戦のときにはトルーマンは大統領じゃなかったんだよ。あなたが本項をまったく理解できていないことは、このことからもわかる。
Posted by 管理人 at 2016年05月28日 19:11
本項の趣旨ってのがそもそも戦争の流れ一切合切無視して原爆投下と米国兵士の戦死者数とか米国で原爆落としたいのはトルーマンだけとか意味不明な論点なのでどうでもいい点の揚げ足になるのは仕方ないんでないかな?
Posted by Zio at 2016年05月28日 19:40
> 意味不明な論点

 本項は私の独自の意見じゃなくて、既知の事実を、きちんと典拠つきで示している(そして整理している)だけです。
 ただの典拠つきの資料を、私の意見だと誤読しているという点で、もう、どうしようもない読解力だね。せめて出典リンクでも見たら? 

 とはいえ、あなたがだまされるのは仕方ない。凡人をだますようなトリック(手品)が使われていたのだから。凡人ならば、引っかかって、だまされるのは仕方ない。
 この件は、本項の最後にちょっと加筆しておきました。
(ただし、説明されても、まだ理解できない人もいるでしょうね。手品だって、説明されて、誰もが理解できるわけじゃない。明白な歴史資料を読んでも「意味不明」と感じるような人もいる。読めないんだから、仕方ない。)

> 戦争の流れ一切合切無視して

 当り前でしょうが。本項は原爆投下の是非を論じているわけじゃないんだから。歴史のなかのほんの一点に焦点を当てているだけなんだから。
 あなたは本項のテーマさえ理解できていない。勝手に自己の論点を論じている。相手の話にお構いなしに、自分で勝手なことを言っているだけ。
 あなた、まわりの人から、「きみとは会話が成立しない」と言われているでしょう? 間違いなし。
Posted by 管理人 at 2016年05月28日 19:44
>終戦を遅らせたのだ

でもそれは対日本だけを見ての視点でしょう? アメリカとしてはまだまだ西に敵はいた。しかし、これ以上戦争を継続することはできない。だからでしょう?

日本としても結果的にアメリカの権威のもと、日本が分断されなかった。もし普通に終わっていたらきっと反体制派が生まれ、内乱が起こり、ルワンダみたいになっていたと思います。

日本は昔から地震が多いが、島ゆえに絶対欲しい場所でもなければ、絶対譲れない場所でもなかった。
原爆云々は置いておいて、あの時の天皇の決断は正しかったと思います。

世界大戦の終わりは遠のいたけれど、世界休戦が始まった。正しいか正しくないかはわかりませんが、それは確かに核兵器がもたらしたと思いますよ。

ただ残念ながら、束の間の平和もそろそろ終わりを迎えようとしています。私の予想では2017年に衝突し、2020年に引き金が引かれると思っています。
でもそれが終わっても今度は途上国との戦争です。

人は早く宇宙に居場所を求めるべきです。それでも争いは続くでしょうが、きっともっと人は繋がれるはずです
Posted by かーくん at 2016年05月28日 20:08
軍人(制服組)よりも文官(背広組)の方が残虐なことを執行しますよね。
将軍たちが核の使用停止を進言したのは、武力を持たざる者へ武力を行使することが非道徳的であることを認識していたからでしょう。
ハンセル後のルメイによる空襲という名の焼夷弾による無差別爆撃も同じ構図だと思います。

残念なことは文民統制の下では軍人は文民の命令に背けないということです。かといって軍に権力を集中させることも危険です。

文人と軍人の構図は、技術者と経営・経理との対立となにか共通するモノがありそうです。
Posted by 京都の人 at 2016年05月29日 14:34
 最後のあたりにいろいろと [ 付記 ] の類を加筆しました。
 一番最後に「関連サイト」を加筆しました。これは、タイムスタンプは下記 ↓
Posted by 管理人 at 2016年05月29日 21:12
戦争の終結はなぜ遅れたか -終戦に至る原爆投下の位置づけ- | Football is the weapon of the future
http://masterlow.net/?p=555

 この時系列で見ると原爆が終戦を遅らせたとは思えない

 
原爆投下の理由
http://kamurai.itspy.com/nobunaga/genbaku.htm

原爆・空襲/日本が降伏する前に投下しなければならなかった  【賢者の説得力】
http://kenjya.org/higai3.html

 なぜ原爆を落としたのかというならばこのあたりか

 さて
 本文を読んでも早めた遅らせたを検証していない
 なぜWW2で原爆を使ったのかというならまだ読める方か?

 せめて断定口調なら「原爆 終戦」検索の上位くらいは読み込んだ上でお願いしたいものだ
Posted by 娯与 at 2016年05月31日 11:36
>  せめて断定口調なら「原爆 終戦」検索の上位くらいは読み込んだ上でお願いしたいものだ

 まず「断定口調」というのは当り前です。さもなくば、センテンスごとに「と私は思います」というのを100回ぐらい繰り返す必要がある。読みにくくて仕方ない。
 初めから個人ブログだと明示してあるんだから、「と私は思います」は不要でしょう。まさか、本サイトを教科書や百科事典だと思う人はいないでしょう。

 あと、実際に断定している箇所もありますが、それは歴史的事実だからです。具体的には、引用文の原典(リンク先)を見て、そこにある脚注を読めば、一次資料などに当たれます。
 例。アイゼンハワー回顧録。

 なお、あなたの紹介したリンクにあるのは、ほとんどが二次資料(他人の感想など)ばかりです。これらは歴史的資料としての価値は皆無です。こんな与太情報ばかり教えてもらっても、ありがたみはありません。

> 「原爆 終戦」検索の上位くらいは読み込んだ

 その程度の知識は当然知っています。あなたの教示してくれたサイトは、当たり前のことばかり。大昔から言われていることばかり。新規性のある情報は皆無です。もうちょっと「常識とは何か」ぐらいは理解してください。常識を教える必要はありません。

> この時系列で見ると原爆が終戦を遅らせたとは思えない

 本項は、日本側の事実を調べたのではなく、米国側の事実を調べています。(トルーマンによる決定過程。)
 本項が何を論じているかぐらい、きちんと読み取ってください。テーマさえ理解できないようでは困ります。

> 本文を読んでも早めた遅らせたを検証していない

 遅らせたか早めたかを調べているのではなく、「早めた」という説を否定しています。AかBかの選択ではなく、Aについてイエスかノーかを検証しています。(結論は否定。)
 本項が何を論じているかぐらい、きちんと読み取ってください。テーマさえ理解できないようでは困ります。

 あなたも含めて、本項のテーマを理解しないで、勝手に自分のテーマについて論じる人が多すぎる。
 冒頭に書いたように、
 「……という俗説がある。それは正しいか? 検証しよう。」
 これがテーマです。見当違いのテーマを持ち込まないでください。あなたの扱っているテーマは、本項では対象外です。お間違えなく。
 比喩的に言えば、あなたはイタリア・レストランに入って、寿司を注文して、「寿司がないのはけしからん」と文句を言っているようなもの。入る店を間違えている。
Posted by 管理人 at 2016年05月31日 12:43
〉 まず「断定口調」というのは当り前です。さもなくば、センテンスごとに「と私は思います」というのを100回ぐらい繰り返す必要がある。読みにくくて仕方ない。

 読みにくさに同意する

 
〉 「原爆は、終戦を早めたのではなく、終戦を遅らせたのだ」

 ただこの結論での断定を指したまでで100回する必要は感じない

 
〉 なお、あなたの紹介したリンクにあるのは、ほとんどが二次資料

 リンク先を見ておられないのであろう
 最初のリンクは多くの一次資料からの引用を含んでいる

 
〉 その程度の知識は当然知っています。あなたの教示してくれたサイトは、当たり前のことばかり。大昔から言われていることばかり。新規性のある情報は皆無です。もうちょっと「常識とは何か」ぐらいは理解してください。常識を教える必要はありません。

 70年も前の出来事に新規性などまず無かろう
 常識というならばそこに新規性など求められないのではないか

 正反対のことを同時に求められおられるがそれは不可能\というものだ

 
〉 本項が何を論じているかぐらい、きちんと読み取ってください。テーマさえ理解できないようでは困ります。

 理解していると思う

 
〉 広島・長崎への原爆投下は、終戦を早めて、死者を減らした……という俗説がある。それは正しいか? 検証しよう。
〉 「原爆は、終戦を早めたのではなく、終戦を遅らせたのだ」

 俗説を検証している
 その結果として早めたのではなく遅らせたと結論している

 米側(トルーマンとしても構\わないのは以下同様)の視点のみを俎上に載せているとのことだが本文のみでは非常に分かりづらい

 またそれだとしても原爆投下の前に降伏要求を出したのはそもそも米側である
 この時点でボールは日本側にある
 そしてこのときまだ原爆は落ちていない

 
〉 遅らせたか早めたかを調べているのではなく、「早めた」という説を否定しています。AかBかの選択ではなく、Aについてイエスかノーかを検証しています。(結論は否定。)

 不思議だ

〉 「原爆は、終戦を早めたのではなく、終戦を遅らせたのだ」
〉 原爆は、修正を早めたのではなく、遅らせたのだ。

 A(早めた)を否定してB(遅らせた)と断定したとしか読めない

 
〉 仮に原爆がなければ、終戦を早めることは可能\だった。日本と交渉して、何らかの形で条件つきの終戦を受け入れることは容易だった。日本にはほとんど戦力は残っていなかったのだから、「降伏勧告」を突きつけることで、終戦を早めることは可能\だった。

 条件付きだとして受け入れるのだろうか?
 はたしてどのような条件ならば受け入れるのであろうか?

 という問題に突き当たるためどうしても日本側も俎上に載せざるをなかろう

 そもそも原爆を投下すると日本が降伏すると米側が確証を持っていたと言い切れるのか
 米側に確証があったとしてそれが将来的に確定された現実になるのであろうか

 降伏は日本側の行動だ
 原爆投下の前に降伏する可能\性はゼロではなかった
 原爆投下の後も降伏しない可能\性もまたゼロではなかった

 前者について言えば一年近く前から敗戦が予\期されていた
 後者も同様だ

 実際に広島だけでは済んでいない
 また長崎への投下後も即時降伏をしていない

 このような事実があるのに日本側を無視した米側のみの時系列を前提にしている
 その前提条件の下であるとおっしゃるがそれでは俗説検証の議論にはならないのではないか

 比喩的に言えば看板にイタリアンレストランと掲げた店に入りAntipasto Freddo e caldoを注文したら中トロが出てきたような印象だ
Posted by 娯与 at 2016年05月31日 18:21
 まず、降伏の成立には、両者の合意が必要です。で、米国の側に「日本が降伏しても拒否する」という方針があるのなら、降伏は成立しません。本項はそのことを述べています。
 日本に降伏の意思があろうとなかろうと、それは影響しません。米国の側に「降伏を拒否」という意思がある限り、降伏は成立しないし、終戦も成立しません。
 逆に、米国の側に「降伏を受諾」という意思があれば、たとえそれが無条件降伏でなくて条件降伏であっても、米国はそれを受け入れます。
 本項が述べているのは、そういう趣旨です。

 その上で、付け足しふうに、「早めたというよりは遅らせたと言える」というふうに述べていますが、これは副次的な付け足しなので、イエスでもノーでもどちらでも構わない。推測を含んでいるので、断定とは違うでしょう。そちらの解釈したとおりです。断定口調ではあっても、明らかに個人的な推測を含みます。(論理から出たのであって、事実の論証とは違う。)

 本項で「事実」として示しているのは、「早めた」というのを否定している点だけです。



Posted by 管理人 at 2016年05月31日 22:05
管理人さんの意見にかなり同意します。
理由は、広島から長崎まで中2日しか置いていないこと、更に、広島は濃縮ウラン型で、長崎はプルトニウム型のためです。濃縮ウラン型はほぼ確実に爆発しますが、大量に作るのは困難で、一方、プルトニウム型は大量に作るには向いているが設計通りに爆発するかどうかに関しては、多少の不確定性があるからです。当時対ソ戦略として大量の原爆を作る必要があったでしょうから、プルトニウム型の実証を是が非でもやりたかったが、一個しか作れていなかったので、失敗を恐れて、まずウラン型を落とし、すぐにプルトニウム型を落とす順番としたと推定できます。
Posted by 新道 at 2016年06月02日 06:51
余計なお世話かもしれませんが、とりあえずひとつ。

沖縄戦でアメリカ軍は、約7万5千人の人的損害を出しています。そして、日本本土侵攻作戦が、沖縄を遙かに上回る大激戦になるであろうこと、自明の理。
したがってアメリカは、少なくとも数十万人、もしかしたら100万人にも及ぶ人的損害を覚悟しなければならない状況でした。そのような判断は、理にかなっているはずです。

実のところは、アメリカの想定以上に日本軍は弱体化していたのですが、それは戦後の調査で初めて明らかになったことでした。
Posted by 不来方史郎 at 2016年08月08日 22:44
ついでに、もうひとつ。

アメリカが、原爆投下の事前の警告を行えなかったのには、理由があります。戦後になってからの証言ですが↓
http://www.nuclearfiles.org/menu/key-issues/nuclear-weapons/history/pre-cold-war/interim-committee/interim-committee-discussion.htm
Posted by 不来方史郎 at 2016年08月08日 22:46
> 日本本土侵攻作戦が、沖縄を遙かに上回る大激戦になるであろうこと、自明の理。

そうですよ。本文中にも冒頭で、そう引用してあるでしょう? 私が書いたことを、繰り返して書く必要はありません。
 だから、「日本本土侵攻は不要」というのが、私の論旨です。B29による空爆だけで済むのだから。 [ 付記2 ] をちゃんと読んでください。
 あなたは私の話を読まないで、逆の論旨だと思い込んで、自説を述べている。まずは私の話を正しく理解しましょう。日本本土侵攻作戦なんて、ありえないんですよ。空爆だけで片付くんだから。「日本本土侵攻作戦」というのは、米国が原爆投下のために、事後的に持ち出した空虚な空論です。

 一方、硫黄島や沖縄を占拠することは、絶対的に必要なことでした。ここを占拠したことで、ここを始点として、本土を空爆できるようになった。実際、東京大空襲などが本格化したのは、硫黄島を占拠したあとです。それまでは、フィリピンの方から遠路はるばる太平洋を渡って東京まで行って空爆していたので、空爆は微々たるものだった。
 → http://bbs.jpcanada.com/log/6/5864.html

 硫黄島さえ占拠すれば、あとはもう本土大決戦の必要はなかったのです。本土大決戦をしたかったのは、日本側だけでした。米国の側は付き合うつもりはまったくなかった。

 この件は、本文中に詳しく書いてあります。なのに、あなたはそれを理解していない。ということは、本文を読まないで書いたことになりますね。呆れた。
 何かをコメントしたければ、まずは本文を読んでからにしましょう。
Posted by 管理人 at 2016年08月09日 12:33
> 原爆投下の事前の警告を行えなかったのには、理由があります。

 何を言いたいんだか。「事前警告なしの是非」は、本項ではまったく論点になっていません。引用文の一部に(ついでに)まぎれ込んでいるだけであって、私は論じていません。
 「事前警告すれば国際法違反の市民虐殺が正当化される」
 という主張は成立しないでしょう。また、
 「事前警告すれば市民が逃げ出すことができた」
 ということもありえません。無意味。
 ただの警告なら、東京湾上で爆発させればいいだけのことです。事前警告なんて、まったくの無意味。
 原爆の目的は、人体実験そのものなのだから、警告したら、人体実験の意味がなくなり、原爆を落とすことの意味そのものがなくなります。
 原爆投下は、戦争に勝つためではなくて、ソ連への威圧行動であった、という真相を見抜かないと駄目です。

 要するに、ライオンにとって重要なのは、目の前にいる瀕死のネズミを殺すかどうかではなくて、この瀕死のネズミを強力な力でかみ殺すことによって、そばにいる虎に警告することです。虎との闘いが重要なのであって、「おまえはすでに死んでいる」というようなネズミの命運などは、もともと気にしていません。「このネズミとまともに戦うと、こちらの体も傷だらけになるから」なんて言うとしても、それはただの詭弁にすぎない。
Posted by 管理人 at 2016年08月09日 12:38
 長崎への原爆投下で教会が破壊されたという事実を隠蔽しようとしていた……という見解がある。
  → http://news.yahoo.co.jp/feature/284
  → http://j.mp/2bdAYwJ

 米国ではなく日本側が「米国のため」と思って、隠蔽しようとしたらしい。それでもともあれ、米国としては、この事実に目をふさぎたいらしい。

 なるほど。
 「原爆は終戦を早めた。死んだのは日本人だけであって、米国人は死ななかった」
 という主張を通すためには、
 「長崎にはキリスト教徒がいた。捕虜もいた」
 という事実を表に出すのはまずいようだ。

 → http://www.bbc.com/japanese/35704235
  (長崎の捕虜)
Posted by 管理人 at 2016年08月10日 07:59
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