◆ 英国は EU を離脱するか 7:  nando ブログ

2016年06月26日

◆ 英国は EU を離脱するか 7

 今回の国民投票の本質は、「離脱の是非」でなく、「移民の是非」を問うことになった、という倒錯だろう。

( ※ シリーズ番号を 4 から 7 に変更しました。日付も変更しました。)

 ──

 前項で示したように、今回の国民投票で、離脱派が根拠としたのは、移民の弊害だった。
 国民投票に向けたキャンペーンで、離脱派は移民問題に焦点を絞り、「EUにとどまる限り移民は減らせない」と主張。
( → 朝日新聞 2016-06-24

 このことは、あちこちでも指摘されている。
 たとえば、移民の弊害について、具体的に示している人もいる。
EUの人がイギリスに移り住んだ場合、税金一円も払ってなくても医療費も学校も無料。通訳まで付けてもらえる。病院は年間予算が決まっているから沢山治療しても予算が増えるわけではない。学校も同じ。人が増えれば増えるほど苦しくなる仕組み。
 ──
EU離脱を求めるのは年寄りのエゴというのとはちょっと違う。例えば子供がいる中流のサラリーマン。子供が病気になってもEUからの移民激増で病院のERは4時間待ち、公立は英語不明な外国人生徒が激増し授業が成り立たない上教室ギューギュー。
 ──
イギリス病院キャパオーバーの事例。ER待ち時間は4-7時間。EUからの移民激増で誰でも治療無料の国立病院患者激増で検査は数カ月待ち当たり前。人で不足で手術キャンセル日常。小児科病棟でも1歳にレンジでチンの冷凍食品。出産退院一日。昔は一週間入院。外国人には税金で通訳つける。
 ──
移民激増のイギリス。年に24万の新築住宅必要だが人増え過ぎで年に17万件しか建てられない。住宅不足で持ち家も賃貸も値段激増。公営住宅は順番待ち。ロンドン郊外給料半分以上家賃。
( → イギリス在住のめいろま氏が語る分かりやすい解説

 こういう状況であるから、草の根の実感として、移民の急増に困っているわけだ。それは決して人種差別や愚かさによるものではない。
 僕たちは二つのことを覚えておかねばならない。まず、EUから離脱したい人々の多くは、自由な人の移動がもたらせた結果について心配し、怒っているのだということ。
( → 地べたから見た英EU離脱:昨日とは違うワーキングクラスの街の風景 [孫引き])

 以上からわかるように、今回の国民投票で批判されたのは、あくまで「移民流入」であって、「 EU 残留」そのものではないのだ。
 ここでは、「 EU 残留」を「移民流入」と等価だ、と思わせた、論理のすり替えがあったわけだ。

 論理のすり替え。これこそが、今回の国民投票の本質であったと言える。
 したがって、移民とは別のことは、ろくに論議にならなかった。特に、次のことが重要だ。
 「 EU 離脱にともなって、関税が大幅に上昇したり、手続きが加わったりして、貿易が困難になること」

 このことについてはほとんど論議されなかった。そのせいで、離脱派の多くは、「離脱しても今より悪くなるはずがない」と信じ込んでいる。
EUを辞めたからと言って、それほど困ることはなさそうです。
( → イギリスがEU離脱した理由 - WirelessWire News

 しかし、違う。離脱すれば、今より悪くなるのだ。困ることになるのだ。なるほど、確かに、移民の問題は縮小するだろう。だが、かわりに、現状では受けていた利益を失うのだ。( EU 参加の利益を。)

 とすれば、「今後は失うはずのもの」を、今すぐ現実のものとして知らせることが必要だろう。具体的には、次のことを実施するといい。
 「 EU との間で、関税を設定する。輸出入とも、とりあえず、10%〜 20%の課税をする」

 本来ならば、輸入だけに関税をかけるべきだが、当面は EU は(輸入する)英国製品に課税しない。そこで、かわりに、英国政府が輸出品に課税する。(輸出税)
 こうして、輸入品にも輸出品にも 10%〜 20%の課税をすれば、将来の高関税の事前実験になる。そして、その事前実験の結果として、次のことが起こる。
  ・ 輸入品の物価上昇
  ・ 輸出品の急激な輸出減少

 前者は、物価上昇を通じて、庶民の暮らしを直撃する。
 後者は、輸出減少にともなって、労働者の解雇・失業を増やす。
 こういう効果が現実に発生する。そういうことを、現実の痛みとして味わわせるべきだ。なぜ? 2年後になって、それが現実のものとなったとき、あわてて「大変だあ」と騒がないで済むようにするためだ。そのときになって騒いでも、もう手遅れだ。
 だからこそ、手遅れになる前に、あらかじめ現実の痛みを味わっておくべきなのだ。そうすれば、「 EU 離脱は決してバラ色の世界ではない」と気がつくはずだ。むしろ、「思いも寄らなかった真っ暗闇だ」と気がつくはずだ。そのためにこそ、事前に痛みを味わっておくべきなのだ。
 そして、そういう痛みを味わっておけば、今後の2年間に、「あとで地獄の落とし穴に落ちないための道」を、新たに取ることもできるだろう。

( ※ それは何? 再度の国民投票だ。英国が賢明であれば、その道を取れる。)
 


 [ 付記1 ]
 もう一つ、離脱派の勘違いを指摘しておこう。それは「主権を取り戻す」という主張だ。
 離脱派の旗振り役であるボリス・ジョンソン前ロンドン市長は22日にBBCに出演し、「EUのために使われている巨額のお金を取り返し、主権を取り戻す」とぶち上げた。

 大学講師アンソニー・ビトフスキーさん(41)は「EUは主権を超越した機関になり、英国は主権国家ではなくなった」と語り、……
( → 朝日新聞 2016-06-25
 「国家の主権の奪還」か、「経済リスクの回避」か――。英国が、国論を二分した国民投票の末に出した結論は欧州連合(EU)からの離脱という道だった。
 「主権を取り戻せ」が、旗振り役ボリス・ジョンソン前ロンドン市長ら離脱派の演説や討論会でのキャッチフレーズになった。
 離脱派は有権者の関心が高い移民問題も主権の問題と位置づけた。人やモノの自由な移動を掲げるEUが原因で移民流入が制限できていない――。そのためにも主権の回復からと説明した。
 離脱に投票した作業員ピエズ・コービンさん(62)は言う。「主権を取り戻しても問題が解決するかはわからない。でも今のEUのまま変わらないよりはましだ」

 「私たちが選んだ政治家たちより、EUの官僚が偉いなんて許せない。これは誇りの問題なんだ」。年金生活者のニック・ソーネリーさん(79)はそう訴えた。
( → 朝日新聞 2016-06-25

 こういうふうに「主権」や「誇り」を重視する発想がある。
 しかしながら、「英国の主権」を重視するならば、同時に、「スコットランドの主権」や「北アイルランドの主権」や「ウェールズの主権」も認めなくてはなるまい。そして、それを実施したときには、「英国」というもの自体が存在しなくなる。(イングランドは残るが。)
 この意味で、「英国の主権」を重視することは、それ自体が矛盾した発想だ。
 「英国の主権を重視するならば、英国そのものが解体・消滅してしまう」

 という事実を、理解するべきだろう。(詳しくは、前項 を参照。)

( ※ 比喩で言うと、黄金をもらおうとして、手を差し出すと、高熱で融けた黄金を手で受けたせいで、手そのものがなくなってしまう……というようなものだ。本末転倒ふう。)

 [ 付記2 ]
 本項で引用した草の根体験のツイート(めいろま)については、「そんなことはないぞ」という反論がある。
  → EU移民はUKを害していない - Brexitの俗論を斬る
 しかし、これは当てにならない。英国民の半数が信じている見解を、極東にいながら勝手に否定しているからだ。
 これじゃまるで、「日本にいる移民は、日本人にまったく迷惑をかけていません。給料もちゃんともらって納税しています」というふうに、英国の地からツイートで発信するようなものだ。現実を無視した妄想にすぎない。(不法移民が無給で虐待されている事実も知らないわけ。→ 事例

 英国の移民がどういう状況にあるかは、ググればわかる。
  → http://j.mp/28ZxElV 
  → http://j.mp/28SZEVk

 こういう現実を知れば、英国の移民問題が生易しいものではないということがわかるだろう。
 英国の移民問題は、英国という国家を解体させる力さえもつのだ。移民は、自分では何一つ暴力をふるわなくても、それを受け入れる国家を解体する結果さえもたらすのだ。
 「親切な善意は必ず報われる」という素朴な信仰が成立しないのが、現実というものだ。




( ※ 次項以降、続編があります。 → 次項
posted by 管理人 at 11:30 | Comment(6) | 政治 このエントリーをはてなブックマークに追加 
この記事へのコメント
> EU との間で、関税を設定する。輸出入とも、とりあ>えず、10%〜 20%の課税をする

WTOの譲許関税率や最恵国待遇を知らないのか・・・。この一事をもっても、ずらずら書いてある内容のお里が知れる。
Posted by lopp at 2016年06月26日 14:56
 まあ、関税なんて、抜け道はいっぱいある。

 例。
 輸入品には、課徴金や手数料をかける。
 最恵国待遇の問題なら、すべての国に対して関税を上げればいい。( EU 域外を含む。)

 あと、重要なのは、輸入税より輸出税の方だ。こっちは、「(輸出品への)消費税の払い戻しの停止」という形で済む。簡単だ。

 あと、そもそも、この「関税引き上げ」は、現実には実行されない。議論するだけでいい。議論することで、「関税引き上げの恐怖」を、全国民に知らせるだけでいい。それが真の目的だ。……ここを理解してほしい。
( ※ 関税引き上げなんて、いかにも馬鹿げているのであって、私は「馬鹿げたことをしろ」と提案しているわけじゃない。「馬鹿げたことを馬鹿げたことだと認識させよう」という趣旨だ。「馬鹿げたことを実施するバカになろう」という趣旨じゃない。「馬鹿げたことを認識する利口になろう」という趣旨だ。)

 現実には、英国民は、すでにその真実を理解しつつあるようだ。後悔の声が多数上がっている。別項参照。
  → http://nando.seesaa.net/article/439419765.html

 となると、「関税引き上げの恐怖を教える」という本項の提案は、実施の必要がなくなりそうだ。
 
Posted by 管理人 at 2016年06月26日 15:44
関税の抜け道なんてないですよ。課徴金やその他税、非関税障壁もことごとくルール化してます。こういういたちごっこはGATT・WTOの歴史そのものです。

>最恵国待遇の問題なら、すべての国に対して関税を上げればいい。( EU 域外を含む。)

WTOに関税率を譲許(約束)してるので勝手にあげられません。やったら速攻WTO提訴されて潰されます。イギリスとEUとの関係は、日米といった非EUとの貿易関係(WTOベース)から交渉開始で、2年かけてどこまでFTA的なパッケージを作れるかが焦点なのでしょう。

>あと、そもそも、この「関税引き上げ」は、現実には実行されない。議論するだけでいい。議論することで、「関税引き上げの恐怖」を、全国民に知らせるだけでいい。それが真の目的だ。……ここを理解してほしい。

これ、さんざん残留派が言ってた主張でしょう。これが届かなかったのが今回の投票結果なのでは?

>具体的には、「アメとムチ」の政策を取る。
  ・ ムチ …… 移民に対しては福祉なしで高率課税。
  ・ アメ …… ドイツ・フランスへの無料航空券と給金

8頁目の具体策も噴飯もので、こんなことができるなら既に実施してるでしょう。EUの規則や指令でどれほど主権が制約され、がんじがらめになってるのか、いちど共通の移民政策やEUのシステムを腰を据えて勉強されることをおすすめします。

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2006/documents/059_02-6.pdf
Posted by lopp at 2016年06月26日 16:52
> やったら速攻WTO提訴されて潰されます。

どうもあなたは WTO のことをよく知らないらしい。 WTO に違反する行為は、これまでも何度もなされている。そして、反対国は WTO に提訴して、それをやめさせることしかできない。その WTO の裁定が出るまでは、 WTO 違反をやり放題なのだ。

これは、今まで日本が何度もあってきた被害(不当な貿易制限)だ。その被害の歴史を見ればわかる。

なお、相手国は、せいぜい報復関税をかけることぐらいしかできない。それならそれで、当初の狙い通りだから、何も問題ない。報復関税をかけるように仕向けることが、この措置の狙いなんだから。(自国が利益を得ることが目的ではない。自国が損すると示すこと が目的だ。)

本項の提案は、通常の政策とはまったく意味が違うので、お間違えなく。

> こんなことができるなら既に実施してるでしょう。

実施できるかどうかじゃない。勝手に実施するだけのことだ。ここでは、EU から「除名」という措置が来ることを覚悟の上での実施だ。「除名」になっても、元の木阿弥なんだから、英国としては、困ることは何もない。

他の国は、「除名」を覚悟では実施できない。英国は「除名」を覚悟で実施できる。そこが違う。

この意味で、「こんなことができるなら既に実施してるでしょう」ということは、成立しない。覚悟が違うんだから。

> いちど共通の移民政策やEUのシステムを腰を据えて勉強される

 それは、「 EU の制度を守る」という前提の上での話。本項は、「 EU の制度(移民政策)をぶっ壊す」ということを目的とした提案です。
 話の前提がまったく違うので、私が何を言っているかを、理解してください。

 「 EU の制度(移民政策)を変えよう」という提案に対して、「 EU の制度を遵守する以上、その方法は不成立だ」と批判しても、「話の前提が狂っている」としか言えませんね。
 あなたはどうも、私の言っていることをまったく理解できていないようだ。自分の話の枠組みから物事を言っているだけだ。
 
 私の主張は、「欧州の移民政策はまったくの間違いだから、移民を制限するように、欧州全体が方針を変更すべし」ということだ。英国が勝手に移民を排除して、各国がそれを真似すれば、EU 全体が移民を排除することで、状況は落ち着く。これ以外には、各国の移民政策を安定させることはできないのだから、その方針をめざして進むしかない。さもなくば EU そのものが解体の危機に向かう。……これが私の主張です。
 現状の方針(移民政策)を遵守して、EU の解体に向かうよりは、現状の方針を変更して、EU の解体を阻止するべきだ、という趣旨です。

 そもそも、比喩で言うなら、かわいそうな孤児をたくさん養子として招いたすえに、養いきれずに家計が破綻して、自分自身の家族が崩壊して一家離散になるなんて、あまりにも馬鹿げている。
 EU や 英国の解体を防ぐためには、移民制度の改定は不可避です。ここでは、「制度の遵守」ではなく、「制度の改革」こそが重要なのです。
Posted by 管理人 at 2016年06月26日 17:42
全く誤解してました。法の支配や民主的手続きといった現代の社会システムをまったく無視しての話だったとは恐れ入りました。

前提の違う(中世あたりにタイムスリップした)ファンタジー的読み物として拝読いたします。

Posted by lopp at 2016年06月26日 19:54
まったく無視じゃないですよ。独裁強権政治をやるわけじゃないし。

現実の法律が社会に合わなくなったときには、融通を利かせる……というのは、自民党が軍事力を増強したいときに使う手口。それに似ている。

私の案は、少なくとも形式的には(無理やりながら)法律に合致しているので、安倍政治の憲法違反よりはずっとマシだ。

だいたい、私の方針は、「法律が民意に合わなくなったときには、民意を優先する」というものだ。「憲法が安倍に合わなくなったときには、安倍を優先する」というのとは、わけが違う。

あとね。国際協定を無視して、滅茶苦茶な課徴金をかけるなんて、アメリカが何度もやって来た手口だ。EU だって法律外課徴金や台数制限を日本の自動車に掛けたこともある。……ルール違反なんて、欧米はしょっちゅうやっている。
 日本だって、国会は定数の格差で「憲法違反」という最高裁判決が出ている。憲法違反の国会が堂々とまかり通っている。こっちの方がよほどひどい。民意に反するどころじゃない。民意というもの自体を否定している。民主主義の原理そのものを否定している。
Posted by 管理人 at 2016年06月26日 20:09
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