◆ トルコのクーデターと独裁者:  nando ブログ

2016年07月18日

◆ トルコのクーデターと独裁者

 トルコでクーデター未遂が起こったことで、独裁者の独裁体制は高まった。これとフセイン(イラク)を対比する。

 ──

 トルコでクーデター未遂が起こった。このことは、結果的に、独裁者の独裁体制を高めることになった。皮肉なことに。……そこで、歴史的な視点をまじえて、じっくり考えてみる。

 そもそも、どうしてクーデターが起こったか? 西欧の人々は「軍人が民主主義を蹂躙(じゅうりん)しようとした」と認識しているようだ。しかしそれは、平和ボケの一種である。
 「自国でクーデターが起こるとしたら、軍人が民主主義を蹂躙しようとしたことになる。だから、トルコでもそういうことが起こったのだろう」
 と推測するわけだ。しかし、現実は、そうではない。

 読売新聞・朝刊 2016-07-18 の記述によると、トルコのエルドアン大統領は、軍内のギュレン派(穏健派)の軍人を一掃しようとしていたそうだ。
 トルコはもともと、イスラムの影響を排除した世俗主義の軍が共和国を建国した。イスラムの影響が強まるたびに、軍がクーデターを起こして、世俗主義に戻した。
 ところが、イスラム派のエルドアンが首相や大統領に就任すると、イスラムの影響を強めようとして、軍内の世俗派や、中間に当たる穏健派であるギュレン派の影響を排除しようとした。特に、世俗派とギュレン派を排除しようとした。まずは世俗派を排除して、次にギュレン派を排除しようとした。ここで、軍から排除されそうになった軍人たち(ギュレン派の軍人たち)が、「排除される前に立ち上がろう」ということで、クーデターを起こしたらしい。

 このクーデターに対して、批判する人もいる。
 「クーデターを成功させるには、大統領や軍首脳を拘束する(または殺害する)ことが必要だ」
 というふうに。
  → トルコのクーデターはなぜ失敗したのか by エドワード・ルトワック(抄訳)

 しかし、これは勘違いだ。今回のクーデターは、普通のクーデターとは違う。政権転覆を狙って周到に準備されたものではない。では、何か? 「自分たちが排除される」と気づいた軍人たちが、ろくに準備もしないまま、あわただしく一挙に立ち上がったものだ。
 その急遽さは、「エルドアン大統領が首都を離れていたときに実行した」ということからもわかる。(ひょっとしたら、クーデターの動きがあるとわかったから離れていたのかもしれないが。)
 とにかく、今回のクーデターは、あまりにもお粗末で、あまりにも急場仕立てだった。
 その本質は、「普通のクーデターとは逆だ」ということだ。これは「窮鼠猫を噛む」という形のものだ。猫がネズミを追い詰めたから、ネズミがやむなく噛みついただけだ。
 一方、普通のクーデターは、「凶暴な猛獣が、ご主人様に逆らって、ご主人様をかみ殺す」というタイプだ。ここでは、暴力の力は、もともと圧倒的に差があった。
 このような通常のクーデターと、窮鼠猫を噛むというタイプとは、まったく違う。その本質的な差を理解するべきだ。

 ──

 では、トルコにあったのは、何か? ただのクーデター未遂か? 違う。「エルドアン大統領の独裁体制が急激に進行しつつある」ということだ。今回のクーデター未遂は、そこから派生しただけにすぎない。
 だから、今回のクーデター未遂を見て、「クーデターは未遂に終わったんだ。民主主義は守られたんだ」と思って、胸をなで下ろすのは、まったく正しくない。
 むしろ、今回のクーデター未遂を見たら、「トルコの独裁体制はどんどん進行しつつある。状況は急激に悪化している」と悲観するべきだ。

 一般に、独裁体制が進行すると、ろくなことはない。
  ・ フセイン独裁 → クウェート侵略から、湾岸戦争へ
  ・ カダフィ独裁 → 崩壊後、武器拡散で、テロ組織拡大
  ・ 北朝鮮の独裁 → 核兵器やミサイルの開発
  ・ 中国の独裁  → 南シナ海の侵略

 こういうふうに、独裁体制のあるところでは、状況が非常に悪化する。とすれば、トルコで独裁体制がどんどん強化されていくことは、将来において非常にまずい事態が起こると予想される。

 ──

 では、欧米は、このような独裁国家をどう扱うべきか?
 現実には、欧米は、今回のクーデター未遂のあと、エルドアン大統領を支持する旨を声明している。
 「民主主義が守られたのは好ましい」
 というふうに。
 だが、その裏には、別のことがある。「トルコはシリア難民を受け入れている」ということだ。このおかげで、トルコが欧州に対する防波堤の役割をしているのだ。
 《 欧米が困惑するトルコ大統領の独裁 》
 欧州諸国は、……民主主義の価値を公然とさげすみ、法の支配を踏みにじるエルドアン氏との融和政策に今後制限をかけるだろうか。
 歯止めがきかない移民流入にEUがパニックになっている状況が、欧米諸国がエルドアン氏に借りをつくる結果を招いている。ギリシャに向けて出発する、ほとんどがシリアからの難民を送り返すことにトルコ政府が合意するのと引き換えに、EUは既にトルコにいる250万人のシリア難民らを毎年7万2000人ずつ引き受けて域内に再定住させる。

( → [FT](社説):日本経済新聞
 《 トルコ巡る欧州のジレンマ、難民か民主主義か 》
 中東の難民危機とトルコの全体主義への傾斜で、欧州連合(EU)は倫理上のジレンマを抱えている。民主主義と人権を促進する長期的な目標を犠牲にしてまで国境を守るべきかという問題だ。
 ある意味でEUは追い詰められている。エルドアン大統領に譲歩すれば、民主主義をトルコだけでなくウクライナなどの東欧でも促進していくソフトパワーが弱まるだろう。だが譲歩しなければ、エルドアン大統領が自国の自由を一段と制限しながら、難民・移民の流れの抑制を外す可能性がある。

 トルコはここ数カ月で、エルドアン大統領に批判的なジャーナリストなどの身柄拘束、独立して運営されてきたメディアの接収、野党を相手取った訴訟などに乗り出し、EUにとっての頭痛の種となっている。
( → WSJ
 《 「エルドアンは嫌いだ、だがエルドアン抜きに難民問題は解決しない」 EUの苦悩 》
EUとしたらなんとかしてトルコ政府の協力を得て難民問題を解決しなければEUの体制までも崩壊しそうなので、トルコ政府と妥協を図ることとした。
「トルコ国内の言論弾圧やPKKとの戦闘よりは、何しろ難民問題の解決だ。難民問題で協力してくれたら後は目をつぶる」

 現在EUやギリシャとトルコとの間でおおよそ以下のような枠組みが図られつつある。
@ トルコからギリシャにわたった難民はすべてトルコに移送する。
A トルコはトルコ国内にいるシリア政治難民を選別してこれをEUに送り付ける。
B こうした措置をトルコが実施する見返りにEUはトルコに60億ユーロ(7500億円)の財政支援をする。
( → (28.3.16) : おゆみ野四季の道  新
 《 トルコ大統領「EUに難民送ることもできる」と強気の発言 》
 エルドアン大統領は、昨年11月に行われたEU首脳会議の場でトルコは難民を追い出すこともできるのだとくぎを刺していたことを認め、従来に増して難民危機をめぐるEUの政策を批判した。
( → AFPBB News

 欧州としては、エルドアン大統領という独裁者は、必要悪である。こんな極悪の独裁者は大嫌いだから、さっさと排除したいのだが、この独裁者が難民の防波堤となってくれているというおかげで、強く出ることができない。独裁体制がどんどん強化されるのを、指をくわえて放置するしかない。
 そのせいで、独裁体制の強化という現状がどんどん悪化して行ってしまうのだ。
 進むこともできず、退くこともできず、放置しているうちに、状況はどんどん悪化するばかり……というありさまだ。無為無策による状況悪化。まあ、無能な間抜けの、典型的な政策だろう。

    *    *    *    *    *    *

 では、どうするべきか? 以下では、私の提案を示そう。
  ・ 状況の悪化という現実を認める。
  ・ 状況の悪化を食い止めようとする。
  ・ 具体的には、経済制裁を取る。
  ・ 軍事的な制裁はしない。
  ・ 難民対策については、経済援助をする。
  ・ 難民問題と独裁問題とは、分離する。


 説明しよう。

 (1) まずは、「独裁体制がどんどん強化されている」という状況を認めるべきだ。(換言すれば、「民主主義が軍事主義に勝利した」なんていう間違った認識をするべきではない。それはあまりにも頭がおめでたすぎる。)

 (2) 次に、この悪化していく状況を改善しようとするべきだ。そのためには、独裁体制に反対する立場を鮮明にするべきだ。(選挙で選ばれた民主主義的な政府だ、なんて認識をしてはならない。反対派がどんどん逮捕されているような社会で当選したとしても、そこでは民主主義はまともに機能していない。エルドアン大統領は決して民主主義で選ばれた大統領ではない。独裁体制下による、制限された民主主義で選ばれた大統領であるにすぎない。政敵は多くが排除されてしまった。)

 (3) このような独裁体制に反対するという立場を鮮明にして、トルコには経済制裁を取るべきだ。EU への加入を大幅に遅らせたり、関税をかけたり、貿易制限をしたり、いろいろと制裁するといい。ただし、致命的なものにはしない。軽度のものにする。このことで、「今後は、もし独裁体制が進めば、経済制裁はさらにエスカレートすることもある」という予告とする。場合によっては、全面禁輸もあり得る。

 (4) それでも、経済制裁をするに留めて、軍事的な制裁はしない。ここは重要だ。というのは、フセインに対しては、経済制裁だけでなく、軍事制裁をした。そのせいで、現在のイラクの荒廃と、IS(イスラム国)の勃興を招いた。最悪の状況を招いた。
  → イスラムテロの根源
  → 「テロとの戦い」の真相 のコメント欄( 2012年07月07日)
 独裁者による支配がどれほどひどいものであっても、そこには秩序があるのだから、無秩序よりはマシなのである。自由のない世界で生きていくことは、自由のある世界で殺しあいをするよりはマシなのである。ゆえに、独裁者が支配するとしても、そこに軍事攻撃をするべきではない。(あくまで経済制裁に留めるべきだ。)……これが、フセイン・イラクとの歴史から学んだことだ。(重要!

 (5) 一方で、難民対策としては、トルコに対して、これまで通り援助していていい。その意味で、難民対策は継続する。

 (6) 難民問題と独裁問題とは、分離するべきだ。「これはこれ、あれはあれ」というわけでだ。(現状では、「難民問題で助けてもらっているから、独裁問題で口出しできない」というふうに、両者をリンクしている。それをやめるべきだ。)




 [ 補足 ]
 最後の「分離するべきだ」というのは、ゲーム理論で解釈するといい。(囚人のジレンマ、もしくは、タカハトゲーム)
 エルドアン大統領の方は、「おれ様の独裁体制を許容しないと、難民を欧州に送り込むぞ」と恫喝している。恫喝された EU は、「あ、すみません」とペコペコしている。
 しかし、トルコだって、裕福なわけではない。EU に金をもらって難民対策をする以外の方法があるわけではない。「難民を欧州に送り込むぞ」と恫喝したって、そんなことが実現できるわけでもない。(欧州が受け入れ拒否をしたら、送り込めない。かといって、難民を海に沈ませるわけにも行くまい。それでは大量虐殺だ。)
 要するに、エルドアン大統領がやっているブラフは、「 EU を破滅させる」というブラフだが、それは同時に、「自分を破滅させるブラフ」でもある。双方がともに破滅するという選択肢だ。そんな選択肢を取ることはできない。なのに、EU はそのブラフに恐れおののいて、ブラフに屈服してしまっている。

 ここでは、「ブラフを拒否する」という方針を取るべきだ。トルコが「難民を送り込むぞ」と言ったら、「拒否する」と言えばいい。(ただしそのためには、EU は建前だけの難民救助の方針を捨てる必要がある。難民・移民の受け付けはしません、という方針を取る必要がある。きれいごとは捨てる。)
 このあとで、エルドアン大統領に対しては、「独裁を強化すると、経済制裁をするぞ」という方針を示せばいい。
 また、難民対策としては、「独裁とは別の問題として扱う」と言って、(経済制裁とは逆の)経済援助をすることにすればいい。
 難民問題と独裁問題をゴッチャにするから、状況の解決ができなくなる。別々にすれば、別々の問題として、個別に対処できるのだ。これが賢明な政策である。

( ※ EU は「難民に親切です」というフリをしているが、それは、トルコの独裁者が、汚いところを引き受けてくれるからだ。汚いところを独裁者に面倒を見てもらって、それでいて「自分たちは難民に親切です」というフリをしているわけ。……こういう欧州の偽善[エセ人道主義]が、物事の根源だ、とも言える。「できないことはできない」とはっきり言えばいいのに、できないことをできるというフリをするから、悪党の世話になるハメになる。……マフィアの世話になって善人のフリをする馬鹿市長、みたいな話。バットマンの世界に似ている。)
 


 [ 付記1 ]
 歴史的に見れば、欧米諸国は常に最悪の道を取ってきた。
  ・ 邪悪な怪物が出現しても、放置する。
  ・ 邪悪な怪物がどんどん成長する。
  ・ どうしようもなくなったところで、軍事的手段を取る。
  ・ 双方が多大に傷つく結果となる。

 
 このような対処の例は、いくつもある。たとえば:
   ヒトラー、旧日本軍、フセイン
 などである。結果は悲惨だった。

 このような方針を取らずに、
 「相手が怪物化したら、巨大化する前に、経済制裁で弱体化させる」
 というのが、本項の提案だ。

 [ 付記2 ]
 他方、放置の例もある。たとえば:
   キューバ、北朝鮮
 などである。結果は、前者は問題なく、後者は潜在的な危険がある。
 トルコの場合は、北朝鮮に近い。最悪の場合には、独裁体制から王朝化して、北朝鮮のように核武装するだろう。こうなると、最悪に近い。そのあと戦争が起こったら、欧州には核ミサイルが落ちる。 Bomb! 

 [ 付記3 ]
 「経済制裁」と言ったが、これはただの損得勘定をもたらすものである。国家存亡の危機をもたらすようなものではない。特に、戦前の日本に対する「石油禁輸」のようなものではない。これはあまりにも厳しい措置であるがゆえに、日本に「全面退却か、戦争開始か」という二者択一を強いるものだった。
 こういう厳しいものではなくて、ただの(部分的な)損得勘定だけをもたらすものが、「経済制裁」だ。それは決して即効性のあるものではない。
 湾岸戦争のときには、「1年足らずの経済制裁が有効ではなかったから」という理由で開戦に踏み切ったが、これは我慢が不足しすぎる。どうせやるなら、発電所や港湾施設や橋などを破壊するだけにするべきだった。経済制裁は、「時間のかかる兵糧攻め」を基本とするものであって、人的な破壊をもたらすものであってはならないのだ。「相手が態度をあらためれば、すぐに元に戻る」というようなものであるべきだ。不可逆的な破壊をもたらすべきではない。
 なぜか? 不可逆的な破壊は、秩序を無秩序化することになるので、状況をとんでもない荒廃に導くからだ。その結果の一つが、IS(イスラム国)のようなテロ組織の勃興だ。最悪。

 [ 付記4 ]
 エルドアン大統領にも、美点はある。それはトルコに経済成長をもたらしたことだ。この一点で、彼の貢献は非常に大きいと言える。一方で、彼の評価を難しくしている。
 国民は選挙で彼に政権を委ねたが、それは、独裁体制を認めたというよりは、経済政策を認めたからだ。ここを混同しがちなのが、思考の難点だ。
 ただ、このことは、日本にも当てはまりそうだ。「為政者は独裁的だが、経済政策が是認されたので、政権を託される」というのは、日本でも参院選であったばかりだ。
 ま、いずれにせよ、こういう政権を軍事的に打倒するということはよろしくない。それがクーデターであっても、他国からの攻撃であっても、だ。



 【 追記 】
 本項のポイントは何か? こうだ。
 「善悪を簡単に決めつけない」
 換言すれば、こうだ。
 「全部ひっくるめて良し悪しを決めつけない。良いところは良いと認め、悪いところは悪いと認める」
 具体的には、難民で支援する点については「良い」と認め、独裁体制を構築する点については「悪い」と認める。両者をひっくるめて良し悪しを決めつけたりはしない。
 これがつまりは、「分離する」ということだ。

 このことは、実は、下記項目の論旨と合致する。
  → 正義とは何か? : nando ブログ
  → 悪とは何か? : nando ブログ
 正義か悪かは、単純に割り切れるものではない。あらゆる事柄は、正義や悪をいくらか含む。「真っ白」とか「真っ黒」とかはありえないのだ。だから、そういう現実をきちんと直視し、白は白、黒は黒、と認識するべきだ。全部をひっくるめて「俺は正しい、敵は悪だ」というふうに単純化するべきではないのだ。
 詳しい話は、上記項目を見てほしい。




 【 関連サイト 】

 → EU の難民問題と独裁者: Open ブログ

 本項の続きみたいな話。
 特に難民問題に絞って、トルコの独裁者との関係を論じる。EU の難民政策が、トルコの独裁者におんぶに抱っこだ、という皮肉を指摘する。
 
posted by 管理人 at 14:54 | Comment(1) | 政治 このエントリーをはてなブックマークに追加 
この記事へのコメント
 日がたって、エルドアンは独裁色を強めた。以下、引用。

  ̄ ̄
 半国営アナトリア通信は19日、トルコ政府が、エルドアン大統領と対立し、米国に亡命中のイスラム教指導者、ギュレン師との関連が疑われるテレビとラジオ計24局の免許取り消しを決めたと報じた。事件に関連して計7543人の軍人や司法関係者らを拘束したほか、計約2万5000人の公務員を停職処分とし、私立教育機関の教員約2万1000人の免許を取り消した。敵対勢力弱体化のための粛清が拡大しており、

 エルドアン大統領は18日、米CNNのインタビューで、拘束した数千人の軍人らが「死刑」となる可能性もありうるとして、死刑制度復活の可能性を示唆した。
 エルドアン大統領は、今回のクーデター問題などを機に、国民から死刑制度復活を求める声が上がっていると指摘。「なぜ彼らを何年も刑務所に住まわせ、食事を与えなければならないのか」と述べ、

  ̄ ̄
 → http://mainichi.jp/articles/20160720/k00/00m/030/206000c
Posted by 管理人 at 2016年07月20日 19:10
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