◆ 旭日旗と韓国:  nando ブログ

2019年09月22日

◆ 旭日旗と韓国

 旭日旗について韓国が反対している。しかし「植民地」「旭日旗」という概念について誤解が多く見られるので、真実はこうだということを解説する。

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 旭日旗について韓国が反対している。しかし「植民地」という概念について誤解が見られる。

 そもそも旭日旗への批判があるのは、それが「日本の軍国主義の象徴」「植民地時代の象徴」と見なされているからだ。
 しかしこれには難点が指摘されている。

 (i) 旭日旗は、軍旗ではあったが、軍旗以外にも使われていた。たとえば、朝日の社旗や、漁船の大漁旗。また、旭日の模様自体は、日本の勲章の 旭日章 にも見られる。要するに、「めでたいデザイン」として一般的なので、ナチスのハーケンクロイツと同等のものと見なすのは無理がある。(どちらかと言えば、鶴亀と同種である。)

 (ii) 旭日旗は軍旗に用いられたからけしからん、というのであれば、英国や米国の国旗もまた軍旗に用いられたからけしからん、となる。旭日旗が使用禁止なら、英国や米国の国旗が使用禁止になってしまう。なお、これらの国旗が戦勝国のものであるから許容されるというのであれば、結局、罪は日本が敗戦したことが問題であったことになる。また、軍国主義がいけないというのであれば、戦勝国の軍国主義もまたいけないことになる。他方、植民地主義について言うのなら、日本や欧米の方がはるかにひどい。いずれにせよ、日本だけを責めるのは筋違いだ。

 以上の2点については、しばしば言われることだ。いちいち私が言い出すまでもないのだが、一応、常識ふうの知識として紹介しておいた。

 「植民地」という用語


 さて。本項ではまったく別の観点から解説する。それは「植民地」という用語についての話だ。

 韓国は日本の植民地であったか? これについては、二つの見解がある。
  ・ 植民地であった。日本は韓国から富を収奪した。
  ・ 植民地でなかった。日本は韓国に多大な貢献をした。

 通常、この二つは対立的になっている。
 韓国は「植民地だった」と主張して、日本を批判する。
 それに対して、保守派の人々は、「植民地ではなかった」というふうに否定する。たとえば、下記。



 すると、リベラル的な人々が反発する。たとえば、はてなブックマークから。
aquatofana  フランスにも「あたしたちアフリカに学校とか作ったんだし、植民地主義が何もかも悪いと言われるのはけしからん」っていう人はいた。そういやダカール大の前身は仏領西アフリカ医学校。自己正当化は国を問わないね。
( → はてなブックマーク

 ここでは、保守派への批判が圧倒的だ。どうやら、はてなブックマークの人々は、「日本は韓国を植民地化した」というのを本気で信じているようだ。
 そこで、この誤解を正そう。それが本項の目的だ。

 ──

 まず、いきなり正解を言えば、こうだ。
 「真相は、二つの見解の中間にある。たしかに日本は韓国を植民地として扱ったが、それは欧米がなした植民地とはまったく異なっており、きわめて現地住民にとって優しいものだった。それは欧米のなした win-lose という一方的な収奪とは異なり、双方がともに得する win-win の関係だった。日本は韓国から多くを奪ったが、同時に、多くを与えた。それは give and take ふうの関係だった」


 以下では、順に述べよう。

 (1) 欧米支配下の植民地

 欧米支配下の植民地は、一方的な収奪であった。当初は原住民を奴隷として、奴隷売買の形で米国などに送り込んだ。また、アフリカやインドという現地の、高山や農場で奴隷としてこき使われることもあった。欧米支配下の植民地は、地獄とも言えるありさまだった。








 (2) 日本支配下の韓国

 これに比べれば、日本支配下の韓国はほとんど天国とも言えるほど優遇されていた。なるほど、普通選挙権は与えられなかったし、いろいろと制限もあったので、「2級国民」という扱いではあった。しかし、日本人としては「2級」であるとしても、それまでの「朝鮮人」に比べれば、ほとんどブルジョアと言えるほど厚遇された。
  ・ 市民権が与えられる
  ・ 階級差別がなくなる
  ・ 子供は学校に行ける

 要するに、近代的な市民としての権利が与えられるようになったのである。それまでは封建制下で、ほとんど奴隷のような扱いであったのに比べれば、日本支配下になったことで、まるで天国のような状況となった。
 経済的にはもっとめざましく、それまでは貧農だらけの最貧国だったのが、ビルがたくさん建つような近代国家へと変遷していった。
 日本支配の前後を比較した写真もある。(拡大可能)


korea-ab.jpg
出典:米NBC「日本が韓国を統治し発展させた!」



 より詳しい情報は、下記の動画にある。








 文章の記事もある。
  → 5分でわかる「日韓併合時代に日本が行った本当のこと」
  → 日韓併合時代の真実――日本と朝鮮が手を取り合って生きた時代
  → 植民地朝鮮と併合前の韓国を比較してみる:データで見る植民地朝鮮史
  → 併合前の朝鮮/韓国が絶対に認めたがらないその悲惨な実態
  → 実際はこうだった!併合前後の朝鮮殖産振興

 以上からわかるように、同じく「植民地」という言葉であっても、欧米支配下の植民地と、日本支配下の植民地とでは、地獄と天国ぐらいの違いがある。これをどちらも同様のものと見なす認識は、まったく間違っている。(韓国人にしても、はてなーにしても。)

 なお、これが私の個人的な見解ではないことは、米国の歴史家(大学教授)が、同様の認識を取っていたことからもわかる。中立的な米国人でさえ、上記のような事実を見て、二つのものの根本的な違いを理解していたのである。どちらも「植民地」という言葉を使うが、言葉が一つだからといって事実も一つだとは言えないのだ。

 「韓国併合」の歴史


 以上は、「植民地」という用語をめぐる話だった。
 さて。もう一つ、大事な話をしよう。次のことだ。
 「日本は韓国を植民地化しなかった。なぜなら、韓国はもともと半植民地状態だったからだ」


 これはどういうことかというと、次のことを意味する。
 「日本は韓国を併合したことで、一応、韓国を日本の植民地のように扱った。しかし、それ以前の朝鮮が独立国であったわけではない。それまでの朝鮮は、清(当時の中国)の属邦であった。つまり、清の半支配下にあった」


  ※ 「属邦」というのは、現代でいえば、中国の支配下にある香港とか、米国の自治領であるプエルトリコみたいなものだとも言えるだろう。


 要するに、日本は独立国である朝鮮を蹂躙して植民地化したのではなく、清の属邦であった朝鮮に対して、清の影響力をはずして独立させたあとで、日本の支配下に置き換えたのである。これはまた当時の強国であるロシアの影響力の排除をも意味していた。

 このことは、Wikipedia に詳しく記してある。
 日本は朝鮮と日朝修好条規を締結して国交が結ばれたが、明治政府は条約締結の際に朝鮮を清朝の冊封体制から離脱させるために「朝鮮国は自主の邦にして日本国と平等の権を保有せり」表現したため、朝鮮を「属邦」とする清国と対立する下地が生まれた。
 李氏朝鮮の高宗は「朝鮮は中国の属邦であるが、内政外交は自主である」とする照会を米国だけではなく、ドイツ・イギリスとの条約締結の交渉の際にも行った。

 日清戦争が勃発し、勝利した日本は清国と下関条約を締結し、朝鮮が自主独立国であることを認めさせ、朝鮮半島における清国の影響を排することに成功した。

 イギリスの旅行作家イザベラ・バードは……で以下のように述べている。
 「日本が改革に着手したとき、朝鮮には階層が二つしかなかった。盗む側と盗まれる側である。そして盗む側には官界をなす膨大な数の人間が含まれる」

 日露戦争が開戦すると、……韓国国民はロシアの排除と日本の勝利を支持しており、政府と国民に大きな乖離が生まれた。

 第二次日英同盟では日本が韓国を保護国にすることが承認された。

 桂・タフト協定は、……以下の……点が確認された。
 「アメリカ合衆国は、大日本帝国の韓国における指導的地位を認める」

 フランスが1907年の日仏協約で日本の韓国における優越的地位を認める。

 ロシア帝国は欧米列強の中で韓国への支援を継続していた最後の国であったが、ロシア領内で事件が勃発されると関与の疑念を払拭するため、韓国の関係を断絶して、日本との協調路線に転じた。
( → 韓国併合 - Wikipedia

 以上が、韓国併合までに至る経緯である。つまり、日本があるとき突然、韓国に軍事侵攻して、韓国を支配下に置いたのではない。それまでの長い歴史的経緯において、清の支配下であった朝鮮が、ロシアになびきながらも、最終的には日本の支配下に入った。そして、それは、韓国の国民もまた望んでいたことだったのである。(独立したがるというよりは、どこの支配下に入るかという選択だった。)

 このあと、韓国併合が決まった。当時の韓国政府は、日本の傀儡も同然だったので、「日本が勝手にやった」と見なす見解もあるが、現実には、当時の韓国民の多くがこの併合を歓迎したようだ。
 その理由はいくつか考えられるが、「公約」がすばらしかったことに尽きるだろう。そして、その「公約」はまたしく果たされた。つまり、次のように改善された。
  ・ 身分解放 (奴婢、白丁などの賤民の解放:奴隷解放)
  ・ 農業改革 (水防工事や水利工事、金融組合や水利組合)
  ・ 小学校は統合直前の 100校程度から 4271校まで増加。
  ・ 朝鮮語を必修科目として、識字率は1910年の6%から1943年には22%に上昇。

  → 韓国併合 - Wikipedia:朝鮮総督府による政策

 このような政策がたくさん実施されたことで、韓国民の生活水準は大幅に改善した。そのことは、先に述べたとおりだ。
 そして、こうなることが予想されたからこそ、当時の韓国民は「韓国併合」に賛成したのである。
 

 旭日旗と韓国民


 旭日旗については、韓国民に大いなる誤解がある。
 「韓国は(旭日旗を掲げた)日本軍に侵略された」
 と思っているようだが、そんなことはない。中国ならばそうだろうが、韓国は違う。韓国に日本軍が侵攻したことはないのだ。(対日戦争で戦死した韓国人はいない。)

 では、事実はどうだったかというと、逆である。つまり、韓国人は自ら旭日旗を掲げて、日本軍の一員として参加したのである。その数は大量。また、戦死した場合には日本政府から金が贈られた。
 最初に陸軍に朝鮮人が大量採用されたのは1910年に創設された憲兵補助員制度においてである。

 日本統治下で軍務に関係する職に就き戦没者となった朝鮮半島出身者のうち、朝鮮人日本兵を含む約2万1000人が靖国神社に合祀されている。

 § 志願者数
  1943年:志願者 303,394人。 入所者 6,000人。

 1940年頃には日本に非協力的であった朝鮮人の大半が協調的に転向していた。

 §軍人軍属
 朝鮮人の軍人軍属は24万2,341人であり、そのうち2万2,182人が第二次世界大戦で死亡または不明となり帰国していない。

 日本国籍を離脱した朝鮮人日本兵(軍属を含む)に対しては、……本来大韓民国がその補償の義務を負うが、……弔慰金、見舞金を支給した。
  ・ 戦没者遺族   弔慰金(一時金)  260万円
  ・ 重度戦傷病者  弔慰金(一時金)  260万円
  ・ 重度戦傷病者  見舞金(一時金)  260万円

 旧日本軍出身の韓国人は、日本統治終了後、韓国軍の主力として朝鮮戦争などでも指導的役割を果し、第18代(1969年)までの韓国陸軍参謀総長は全て旧軍出身者で占められていた。
( → 朝鮮人日本兵 - Wikipedia

 要するに、次の対比がある。
 (妄想)日本が旭日旗を掲げて、韓国を侵略した。韓国を植民地化して、収奪した。
 (事実)韓国は併合されて、日章旗を掲げる側になった。併合後は生活が大幅に向上した。戦争のときには、韓国人が旭日旗を掲げて、連合軍と戦った。

 ※ ただし朝鮮人は、二級市民の扱いであり、日本人と対等ではなかった。
 ※ その意味で、「同じ仲間なのに差別したのはけしからん」という主張ならば、全面的に正しい。しかし、「同じ仲間ではなく、敵対していた」というのは、完全に間違いだ。日本と韓国が敵対したのは、数十年も前のことではなく、今現在のことである。
 ※ ちなみに、日本人と韓国人が戦った(殺しあった)のは、今現在でもなく、数十年前でもなく、秀吉の朝鮮出兵のころまで遡る必要があるだろう。
 ※ ただし、韓国が日本人を一方的に虐殺したことならある。韓国の竹島侵攻のときだ。日本漁船が拿捕され、多数が死傷した。 → Wikipedia

 結論


 最後に結論を言うなら、こうだ。
 「事実を正確に見よ。勝手な思い込みで目を曇らすな」


 私の結論として、「日本は悪い」とか「日本は悪くない」とか、そういう結論を期待した人もいるかもしれない。しかし、そんなことは結論ではない。
 私が言いたいことは、「真実を見よ」ということだけだ。そして、真実とは、おおざっぱな善悪でまとめられるものではなくて、一つ一つの事実という細部に宿るのである。細かな事実を一つ一つ見ることこそが、事実を知るということだ。それこそが大切なことなのである。
 一方、「日本が悪い」とか「日本は悪くない」とか、そういう一面的な判断で物事を見ると、真実を見ることができなくなる。その典型は韓国人であるが、それと逆のことを日本のネトウヨがやっても仕方ない。
 良いとか悪いとかではなくて、事実を正しく知るということこそが、何より大切なのである。



 [ 余談 ]
 清は、朝鮮を属邦としていたが、実は、清そのものが異民族(満州族)の支配下にあった。漢民族は満州族に支配されていたのである。
 また、東南アジアの各国は、欧米の列強の支配下にあった。これらの植民地が独立運動をしたときには、日本軍出身者の協力が大きかった。特にミャンマー(ビルマ)ではそうだ。これはまた調べると長い話になる。
 当時は、植民地支配は世界的に普通にあったことなので、当時の日本による朝鮮支配だけをことさら難詰するのは、歴史を無視した発想だと言える。



 [ 補足 ]
 「韓国併合」における「韓国」とは、当時の朝鮮全域にわたる「大韓帝国」と意味する。それは「旧韓国」とも言われる。現在の「大韓民国」(南朝鮮だけ)とは別のものである。混同しないように。

posted by 管理人 at 23:00 | Comment(1) | 政治 このエントリーをはてなブックマークに追加 
この記事へのコメント
韓国人「東南アジアをみればハッピーなのだ」
日本人「欧米の植民地支配を見ればハッピーなのだ」
Posted by abc at 2019年09月24日 21:08
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