◆ 宗教の本質は?:  nando ブログ

2019年11月26日

◆ 宗教の本質は?

 宗教は人類に多大な影響を及ぼしている。では、宗教の本質は何か? 

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 宗教は人類に多大な影響を及ぼしている。歴史的には多くの戦争の原因となって、多大な生命や国家の存否に影響した。また、現在でも、各地の紛争に影響している。たとえば、中東の紛争にはイスラム教が影響しているし、それが難民の欧州移入を通じて、EU を揺るがし、英国の EU 脱退騒動までもたらしている。
 こういう紛争だけでなく、文化面でも宗教は多くの影響を及ぼしてきた。宗教というものは人類にとってあまりにも巨大な影響を及ぼしているのである。

 では、それはなぜか? 宗教の告げることは、科学的にはほとんど虚偽(嘘)であることが多い。というか、そもそも、神というもの自体が虚構のものであるにすぎない。ではなぜ、人々はそれほどにも虚構のものを信じるのか? ……これは大いなる謎である。

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 これについて、ネットでググっても、まともな情報はほとんど出てこない。
  → 宗教の本質 - Google 検索

 Wikipedia を見ても、宗教の性質をいろいろと説明するだけであって、「宗教とは何か」というような根源的な話は何もない。
  → 宗教 - Wikipedia

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 そこで、私なりの見解を示そう。長年の考察の末に、私は次のように結論した。

 宗教は人に、何かを与える。その何かとは、心の慰めである。
 幸福で満ち足りている人にとっては、宗教は必要ない。しかし歴史上で、人々は常に苦しみに苛まれていた。飢餓や貧困や病気などだ。
 飢餓や貧困や病気などは、現時点ではほぼ解決されつつある。しかし人類の歴史上では、これらは常に人々の苦しみの原因となっていた。しかもそれを解決する手段がなかった。日々に苦しみの抑圧があり、そこから逃げるすべがない。そのせいで精神が弱まったが、精神が弱まったことがいっそう状況を悪化させた。(一種の鬱(うつ)状態である。「病は気から」みたいな状況を悪化させる。)
 ここで宗教が登場する。宗教は現実的には何も与えてくれない。しかし心に慰めを与えてくれる。そのことで心に安らぎをもたらしてくれる。
 「神を信じなさい。信じるものは救われる。あなたが神を敬い、神を愛すれば、神はあなたを愛してくれる」
 そういう形で、心に慰めを与えてくれる。

 それは苦しい現世からの逃避となる。あるいは、苦しみを現世に限ることで、来世(らいせ)における救済という希望をもたらしてくれる。そういう形で魂に安らぎを与えてくれる。かくて、心を鬱(うつ)状態から解放し、心に平安をもたらしてくれる。つまり、心を癒してくれる。
 これが宗教の役割だ。

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 宗教は魂に安らぎを与えてくれる。それは、どうしようもない苦しみに苛まれていた時代には、とても大切なものだった。鎮痛剤も抗鬱剤もない時代には、心の苦しみを癒すものは宗教史かなかった。
 現代でも、それを必要とする人は多いだろう。大切な人を亡くして精神が崩壊しそうになっている人もいる。耐えがたい不安に襲われている人もいる。病気や事故で肉体上の苦痛に悩んでいる人もいる。……こういうふうに苦しみに苛まれる人には、宗教はほとんど必要不可欠なものとなる。
 それは、鎮痛効果という意味では、アルコールや麻薬に似た効果だ。ただし、そういう化学的・生理的・物質的なものではなくて、精神的なものだ。そこが違う。(効果は似ているが。)

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 ではなぜ、そこに神が現れるのか? 
 おそらく、絶対的なものを信じることで、現世にあるすべてを相対的に小さくするからだ。頼るものがないときに、頼るものをとりあえず見出して、心の落ち着きを得るわけだ。それは、子供が親に頼るような先進状態でもある。人の心を子供のようにすることで、人の心に安らぎをもたらす。
 イスラム教で「アラーは偉大なり」と称えるのは、現生における英雄崇拝や独裁者崇拝とはまったく別の意味がある。神を限りない高みに持ち上げることで、自分たちのすべてを卑小化して、そのことで現世の苦しみを矮小化して、心の平安をもたらすのだ。
 そういうことが宗教の本質だ、と私は考える。



 [ 付記 ]
 宗教はすべてが同じであるわけではない。

 キリスト教には、慰めを与える優しさだけでなく、厳しさもある。悪いことをしたら懲らしめる、という感じだ。それは、父親の厳しさに似ている。

 イスラム教は、キリスト教と根源が同じで、アラーとゴッドは同一のものなので、キリスト教と似た傾向がある。ただし、いっそう厳しいようだ。あれこれと掟もある。

 仏教はちょっと違う。仏様は、おおむね優しいばかりで、厳しく懲らしめたりはしないようだ。また、全能でもない。父親ふうの厳しさはなく、親ふうの優しさがる。特に、「南無妙法蓮華経と、お経を唱えることだけで、救われる」という感じがあって、即効的な感じもする。「御利益がすぐに得られる」という感じだ。


 新興宗教だと、もっと即物的なことがある。「お金を払って、黄金の壺を買うと、ただちに御利益がある」というふうな。……ただしこれは、宗教というよりは、宗教の皮をかぶった詐欺かもしれないね。

posted by 管理人 at 23:13 | Comment(0) | 一般 このエントリーをはてなブックマークに追加 
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