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バイデン大統領はアフガン政権崩壊の理由を、次のように述べた。
バイデン氏は、政権崩壊の背景として「政治指導者らは諦めて国外逃亡し、アフガン政府軍はときに戦わずして崩壊した」と述べた。「ガニ大統領はアフガン政府軍は戦うと言ったが、明らかに違った」と不満を漏らし、「アフガン政府軍が戦おうとしない戦争で、米兵が戦って死ぬべきではない」とした。
( → 撤退は「正しい決断」バイデン大統領強調 「アフガン軍が戦わない戦争、米兵が死ぬべきではない」:朝日新聞 )
つまり、「米軍が弱かったからではなく、アフガニスタン政府軍が弱かったからだ」と述べて、「私は悪くはない」と自己正当化をしたわけだ。
だが、アフガニスタン政府軍は急に弱くなったわけではない。最初からずっと弱かった。なのにそれを放置して、何年たっても弱いままにしておいたのは、米国の方針が間違っていたことを意味する。
正しくは、アフガニスタン政府軍を強化・養成するべきだったのに、そうしなかったからだ。
だが、より本質的には、アフガニスタン政府自身が、アフガニスタン政府軍を強化するべきだった。(そのために米国の協力を仰ぐべきだった。)
ではなぜ、そうしなかったのか?
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それは、そうしなかったというよりは、そうできなかったというべきだろう。そうしたくても、そうするだけの能力がなかったのだ。その理由は、すぐにわかる。
それは、近代社会の歴史が浅くて、近代的な政府機構の歴史もなかったからだ。
このことは、第二次大戦に負けたときの日本と比較するといい。このとき日本は戦争には負けたが、明治維新以来の近代社会の歴史があった。また、明治維新以前も、(近代化されていない状態で)文明社会としての長期の実績があった。戦国時代には鉄砲の生産量においては世界一だったほどだ。
戦国時代末期には日本は50万丁以上を所持していたともいわれ、当時世界最大の銃保有国であった。
( → 火縄銃 - Wikipedia )
日本には長い文明社会の実績があり、政府の統治機能のも十分な実績があった。だから明治維新以後、日本軍は世界有数の軍事力を備えるに至った。
一方、アフガニスタンは、そうではなかった。長い混乱の歴史があっただけだ。
→ 1分でわかるアフガニスタンの歴史
アフガニスタンには、文明社会としての長い歴史はなかったし、政府の統治機能にも長い実績はなかった。だから、政府の統治機能はずさんだったし、軍の統治機能もずさんだった。そういうずさんな体制のなかでは、まともな軍が形成されるはずがなかったのだ。
ここでは「失敗した理由があった」のではなく、「もともと成功する理由が何もなかった」というだけのことだ。
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では、成功するには、どうすればよかったか? それは、先にも述べたとおりだ。つまり、こうだ。
「米国が、アフガニスタン政府軍を強化・養成するべきだった」
それはまた、政府軍だけでなく、政府そのものを養成するべきだった、とも言える。次のように。
「米国は、アフガニスタン政府そのものの権限を尊重しないで、アフガニスタン政府そのものを支配下に置くべきだった。いわば、占領軍のように。その状況で、徐々に政府を養成するべきだった。同時に、政府軍も養成するべきだった」
これを換言すれば、次のことになる。
「米国は、民主主義を尊重したので、アフガニスタン人による民族自決の方針で、アフガニスタン人の選挙による民主的な政府を支援した。しかし、そのような民主的な方法を取るべきではなかった。米国はアフガニスタン政府を、尊重する代わりに、米国の支配下に置くべきだった。その統治下で、アフガニスタン政府とアフガニスタン政府軍を、強力になるように養成するべきだった。そして、アフガニスタン政府とアフガニスタン政府軍が養成されていくのにつれて、徐々に権限を譲り渡すべきだった」
これは敗戦後の日本において、占領軍(GHQ)が日本を民主化する過程に似ている。日本を民主化するのと同様に、アフガニスタンを近代化するべきだった。
なのに、現実には、そうしなかった。米国はアフガニスタン政府を自主独立の形で尊重した。そのとき、アフガニスタン政府や政府軍を近代化するという養成を放棄した。
これがすなわち、アフガニスタン政府軍がタリバンに負けた理由である。と同時に、アフガニスタン政府が崩壊した理由でもある。
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結語。
民主主義の尊重というのは、言葉の上では美しいが、戦時中の途上国においては、無力なのである。民主主義の尊重という美名の下で、軍は弱体化しているので、圧倒的なゲリラの戦力の前には、崩壊するしかない。
大騒ぎしてばかりいる劣等生ぞろいの崩壊学級においては、生徒の自主独立に任せても、何の解決にもならない。ここでは、ビシッと決める教師による統率が必要なのだ。
ちょうど、「ドラゴン桜」で、ビシッと決める教師が劣等生を立て直したように。
【 関連項目 】
次項に続編があります。
→ 新国家の統治機構を構築するには? : nando ブログ (次項)
1980年代のアフガンです。ソ連式の近代化が管理人のやり方そのものですが、それをゲリラを援助してブッ潰したのがアメリカです。
今の惨状は因果応報というかなるべくしてなったというべきです。ソ連式を否定しておいてソ連式を導入はできませんよ
私は「ソ連式の近代化をしろ」なんて言った覚えはありません。勝手に歪曲しないでください。
「兵士をきちんと鍛える」というのは、近代的な軍隊ではどこでもやっていることです。それをソ連式というのなら、日本も米国もイスラエルも、みんなソ連式をやっていることになる。
それで動画にもあるように曲がりなりにも近代化され、ソ連撤退後もアフガン政府は3年は保った。管理人の主張は正しいという証拠でもあるし、アメリカはソ連の主導の政府では駄目だ、アフガン人自身でと言って介入した以上管理人の言うことはできない。
あのときのアメリカと近年のアメリカとは違う。国はいくらでも政策を変更できる。
以前の自民党政権が何かをしたからといって、将来の革新政権がそれにこだわる必要性はない。
それをいざその時なって反故にされたら彼らが敵に回ります。
大人しく言うことなど聞きません。アメリカの軍事力でどうこうなるならタリバンがアフガンを制圧してませんね。