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女か虎か
前項末では「女か虎か」という小説を紹介した。この内容は、Wikipedia で解説されている。
ある国の身分の低い若者が王女と恋をした。
それを怒った国王はその国独自の処刑方法で若者を罰することにした。その方法とは二つの扉の一つを選ばせることである。ひとつの扉の向こうには餓えた虎がおり、扉を開けばたちまちの内にむさぼり食われてしまう。もうひとつの扉の向こうには美女がおり、そちらの扉を開けば罪は許されて彼女と結婚することが出来る。
王の考えを知った王女は死に物狂いで二つの扉のどちらが女でどちらが虎かを探り出した。しかし王女はそこで悩むこととなった。恋人が虎に食われてしまうなどということには耐えられない、さりとて自分よりもずっと美しくたおやかな女性が彼の元に寄り添うのもまた耐えられない。
父に似た、誇り高く激しい感情の持ち主の王女は悩んだ末に結論を出し、若者に扉を指差して教える。王女が示した扉は果たして? − 『女か虎か?』
( → リドル・ストーリー - Wikipedia )
結末は示されないまま、小説は終わっている。
女と虎と
このあと、別の物語が誕生した。それを解説する記事がある。
後年の作家たちによって様々な説が唱えられたが、中でもジャック・モフィットの書いた小説「女と虎と」(1948年、The Lady and the Tiger?)は、もっともスマートな解答であるとされる。取り上げてみたい(引用は紀田順一郎編「謎の物語」2012年2月、ちくま文庫刊より。仁賀克雄訳)。
モフィットによれば、ストックトンの物語の王とはヘロデ・アンティパスだという。「ローマ総督ポンティウス・ピラトの監督下でユダヤを支配していた彼は、父親が作ったローマの闘技場に似た闘技場を持つ、唯一の東方君主であり、彼もまた娘――正確にいえば継娘――を持ち、彼女に常識を超えた過度の愛情を抱いていた」。そしてこの娘が王女サロメだったというのである。
その前提でモフィットは「女か虎か」の結末をこう読む。若者が明けた扉には虎が入っていた。虎を見るやいなや若者は退き、電光石火のごとくもう一方の扉も開けてしまう。そして自分は2つの扉の間の閉じられた楔形の小空間に入り込み、両腕で大きな樫扉を盾にして身を守った。闘技場には扉から出てきた虎と女が残された。そのあとどうなったかは、いうまでもない――と。
聖書によれば、サロメはヘロデ・アンティパスに、祝宴での舞踏の褒美として「好きなものを求めよ」と言われ、「洗礼者ヨハネの斬首」を求めたほど気性の荒い女である。
( → コヤちゃんねる )
上の新案の話は、なかなか興味深いが、一休さんのトンチみたいだ。面白さや愉快さはあるが、文学的・人間的な感動は得られない。その意味では、原作よりもはるかに劣る。理詰めの技術者のひねり出した応急措置みたいな解決策であるにすぎない。
女と男と
では、もっと奥深い話はないか? もちろん、ない。困った。どうする?
そこで、困ったときの nandoブログ。うまい話を新たに書こう。以下の通りだ。
王女サロメは、愛する男であるヨカナーンに向かって、右の扉を示した。ならば右の扉を選べばヨカナーンは助かるはずだ。誰もがそう思った。
しかしヨカナーンはサロメに従うまいとした。傲慢女であるサロメの愛を断固として拒もうとしたのである。そのためには死ぬことをも厭わなかった。
「サロメの愛を拒否して死のう」
そう思って、ヨカナーンは左の扉を開いた。するとまさしくヨカナーンの予想したとおり、そこからは虎が現れた。虎はヨカナーンの首に噛みついて、ヨカナーンを殺した。
それを見た人々は呆然とした。あとに残るのは虎の食い荒らしたヨカナーンの死体だけである。ならば、それを知った王女サロメは期待を裏切られて、打ちひしがれているだろう。誰もがそう予想した。
ところが意外なことに、サロメの目は狂気の歓びで燃えていた。
「ほらね。やはり左の扉を開いたんだ。きっとこうなると思っていたの。だから右の扉を示したのよ。すべては狙っていた通りになったね」
そしてサロメは部下に命じた。
「ヨカナーンの首を切りなさい。その生首を皿に載せなさい」
しかし部下はためらった。そこでサロメは、王女の玉座から下りて、闘技場の現場まで下りていった。そして食い散らかされてバラバラになったヨカナーンのそばまで来ると、その死体に触れて、その顔にくちづけした。
―― (以下、オスカー・ワイルド「サロメ」の翻訳) ――
おまえの唇に くちづけしたよ。
ヨカナーン!
ああ、おまえの唇に くちづけしたよ。
おまえの唇。苦い味がしたが、
あれは、血の味だったの?
いいえ。あれはきっと恋の味。
なぜなら恋は苦い味がするというから。
ああ、そんなことはどうでもいい。どうでもいいの。
おまえの唇に くちづけしたよ。
ヨカナーン!
おまえの唇に、ついについに、
くちづけできたよ。
―― (以上、オスカー・ワイルド「サロメ」の翻訳) ――
サロメはキスした口を血に染めながら、笑顔で狂喜にひたっていた。
そのときである。
扉の奥に引っ込んでいた虎がまたも現れた。
虎は近づいて、サロメに襲いかかって、その首に噛みついた。
あとに残るのは、二つの生首だった。……女と男と。
(新案、終わり。)
(ワイルドの翻訳は、南堂久史 訳)
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