◆ 終戦記念日に思う:  nando ブログ

2007年08月14日

◆ 終戦記念日に思う

 終戦記念日を控えて考える。
 あの終戦は、悲惨な形であった。では、正しくは、どういう形で終戦を迎えればよかったか? 
 また、なぜ、正しい形で終戦を迎えることができなかったのか?
 その本質を考える。

 ──

 まず、あの終戦は、きわめて悲惨であった。このことを理解しよう。

 しばしば「朝鮮の慰安婦が悲惨だった」ということが言われるが、別に、慰安婦が大量虐殺されたわけじゃない。
 「女を売春婦にしたのがけしからん、むしろ、大量虐殺するべきだった、それなら人道的だった」
 ということにはならない。当り前。

 一方、日本の国民は、まさしく大量虐殺された。
  ・ 東京大空襲による市民大虐殺
  ・ 広島・長崎の原爆
 これらはまさしく、大虐殺と言える。史上最悪の大虐殺だ。これに並ぶ大虐殺は、ナチのユダヤ人虐殺ぐらいしかない。(あっちはまだ人道的だった。というのは、ガス室で無痛で殺したからだ。)

 なお、「日本人の南京大虐殺はどうか」という反論もありそうだが、そもそも、南京大虐殺というのがどのくらいあったのかは、信頼できる資料が存在しない。
 大虐殺の形にならない市民殺害はあったが、それというのも、中国兵が便衣兵の形を取って、兵士が市民にまぎれていたからだ。ここでは、市民を戦争に巻き込んだのは、中国人兵士自体である。
 一方、日本人の場合は、便衣兵ではなかった。兵士と市民ははっきりと区別されていた。にもかかわらず、米国は市民を狙って、東京・広島・長崎で虐殺をした。

 ま、今さら非難をしなくてもいい。(というのは、そもそも戦争を始めたのは日本だったからだ)。……だが、ともかく、ここでは「悲惨な歴史があった」ということを理解しておこう。この悲惨さは、是非とも避けるべきだった。
 そのことは、次の形で結論できる。
 「日本は 1945年の7月以前に降伏するべきだった」


 ※ 東京大空襲は、3月と5月。これは避けられなかったようだ。
    ある程度の悲惨さは避けがたい。
 ※ 広島と長崎は、8月。これは避けることが可能だった。
 ※ 戦局から言っても、6月以前は、日本はまだ若干の戦闘能力を
   有していたが、7月になるともはや戦力は壊滅状態だった。

 ──

 悲惨な結果になる前に、終戦を迎えるべきだった。
 では、正しい終戦の形とは? 私なりに考えた結果、次の形が適切だと思う。
 「天皇の命を保証することだけを条件とした、条件降伏」
 これならば、双方にとって合意のできる内容だと思える。理由は、次の通り。
 
 (a)米国
 米国としては、もともと「終戦後には天皇を利用する(国家の統率のために権能を利用する)」という方針であったのだから、天皇を殺す意図はない。従って、この条件を受け入れることは可能だ。何も問題はない。もともとそのつもりなのだから。
 
 (b)日本
 日本としては、次の二者択一である。
  ・ 天皇の命を保証されるので、降伏する。
  ・ 降伏しないで、天皇を殺害されるか捕虜にされる。
 後者の理由は、次のことである。

 「原爆がないまま本土決戦をした場合、日本は一億総玉砕にはならず、あっさりと征服されてしまう」

 どうしてかというと、日本はゲリラ戦はできないからだ。途上国ならばゲリラ戦をするだろうが、日本は文明国なのでゲリラ戦なんかをしない。放送局と新聞社と皇居を占拠されたら、それでおしまいである。
 とにかく、まずは、皇居と放送局と新聞社を占拠する。どうせ本土の日本兵は、竹槍ぐらいしかないのだから、戦車の敵ではない。あっという間に勝敗は決する。
 そのあとで、次の放送をなす。

 「日本人の皆さん。日本はもはや米国に占領されました。そのことを、この放送でお知らせします。天皇は逮捕され、縄で縛られ、手錠をはめられ、牢屋に監禁されています。その写真は、翌日の新聞で発表されます。日本は征服されました。これからは、抵抗せず、占領軍の指示に従ってください。なお、××大将の言葉をお伝えします。『わが軍は敗北した。天皇は逮捕された。これからは占領軍の指示に従って欲しい。繰り返す。わが軍は敗北した。』」
 
 この放送によって、すべては決する。途上国の人ならば、まだ抵抗するだろうが、天皇を奪われた日本国民は、もはや何もできない。

 以上をまとめよう。
 「天皇の命を保証する」
 ということを条件とした条件降伏を、米国は要求するべきだった。
 また、日本は、それを受諾するべきだった。
 仮に、日本が受諾しなくても、日本は(本土決戦なしに)あっさりと征服されてしまったので、何も問題はなかった。

 これが、正しい終戦の形である。この場合、悲惨な結末にはならなかったはずだ。

 ──

 では、なぜ、正しい終戦の形にならなかったか? 
 それは、日本と米国が、ともにそれを選ばなかったからだ。ここでは、日本と米国の双方に、原因がある。そのことを次に示す。

 (1) 天皇教の日本

 日本は自分から「正しい終戦」を提案することができた。(上記の形)
 しかしながら現実には、「国体の保持」を条件とした。こういう条件を取ることで、「天皇の命の保証」という条件を付けることができなかった。では、なぜ? 
 それは、「天皇の命の保証」ということは、もともと論外だったからである。なぜなら、天皇は現人神であって、人間ではないからだ。人間ならば「命の保証」というのは意味があるが、神様には「命の保証」などありえない。
 「神様の命の保証」などを条件にするとしたら、それまでの戦争の大義名分がすべて崩壊してしまう。「天皇陛下のため」「現人神のため」という戦争の大義名分がすべて消えてしまう。……そんな提案は、できようがなかったのだ。
 では、その本質は? こうだ。
 「日本は天皇教という宗教に染まっていた」

 これが決定的に重要である。
 「兵士が死んだら靖国神社に入れる、という宗教性」

 こうして、靖国神社というものの特殊性もわかる。靖国神社とは、天皇教という宗教の総本山なのだ。それは、仏教やキリスト教のような普通の宗教ではなくて、日本人全体を洗脳していた特殊な排他的な宗教なのである。
 現代でも、「靖国神社は絶対的だ」と主張する右翼が多い。彼らの主張は「アラーは絶対的だ」と主張するイスラム教の狂信的宗教信徒と、まったく同じである。「自分の宗教は絶対的だ」「自分の神は絶対的だ」「それを認めない異教徒を攻撃してしまえ」「自分たちは絶対的に正しい」というふうに主張する。
 ともあれ、現代の右翼は靖国教ないし天皇教を信じている。それと同様に、昔の人々は天皇教を信じていた。こういう宗教的な発想に染まっている限り、「天皇は人間だ」という常識は通用しない。
 かくて、当時の日本は、「正しい終戦」を提案することは不可能だった。

 (2) マネー主義の米国

 一方、米国はどうか? 米国は「正しい終戦」を提案できたはずだ。ではなぜ、提案しなかったのか? 
 ここで、「もし提案したら」というのを想定してみよう。そのシナリオは、前述の通りだ。すなわち、
 「本土上陸のあと、あっさり征服する」
 というふうになる。一億総玉砕になんかならずに、日本の中心だけを占拠して、あっさり勝負を決める。
 特に、皇居に近づいたあとで、「降伏しないと天皇を殺すぞ」と言えば、日本兵はたいてい志気が萎えてしまうはずだ。

 ただし、このようにした場合、米国には途方もないマネーの無駄が発生する。それは「マンハッタン計画(原爆計画)の開発費」である。この開発費は、途方もない巨額に上った。戦争全体の数分の一、であって、日本の戦費全体を上回るほどの巨額の金だ。もともと戦力の向上のために多額の金を必要としていたのに、その貴重な金のうちの何分の一かを、マンハッタン計画のために使っていた。なのに、その金が、何の成果ももたらさないまま、消えてしまうことになる。史上最大の浪費となる。
 そんな浪費をするわけには行かない。特に大統領というのは、金にうるさいから、莫大な無駄などはできない。
 現在価格に換算して、数百兆円にも相当する巨額だ。戦争の勝利のためにその巨額を使ったのに、何も成果のないままにするわけには行かない。
 そこで、「原爆で勝利した」という実績を作る必要がある。そのためには、原爆投下以前には、日本が降伏しないことが大事だ。そのためには、日本が受け入れることのできるような条件を付けてはいけない。
 たとえば、「天皇の命を保証するから、降伏せよ」という案は、米国でもまさしく検討されたはずだ。当り前だ。あれやこれやの検討をしていたのであるから、そういうことも検討されていたはずだ。
 しかし、その案は、受け入れられる可能性が高い。そして、もし受け入れられたら、原爆を投下することができなくなる。だから、何としても、受け入れることのできない条件を突きつけるしかなかったのだ。

 では、その本質は? こうだ。
 「米国にとって最も大事なのは、マネーである。自国で費やした莫大なマネーを無駄にしないことが、最優先の課題であった。一方、日本人の市民の命を犠牲にするということは、何の問題もなかった。なぜなら、日本人は、人間ではなく、イエロー・モンキーだからである。こんなものをいくら殺そうが、胸が痛むことはない。他人の命ならともかく、イエロー・モンキーの命なら、どうってことはない。……それよりも何よりも、自分のマネーが大切だ。自分のマネーを無駄にしてまで、イエロー・モンキーのことを心配する必要などはない」

 米国には、こういうマネー至上主義があった。このことが、米国をして、「正しい終戦」から遠ざけた。

 ──────

 結論。
 正しい終戦は可能だったが、現実にはなされなかった。その理由は、次の二つ。
  ・ 日本人は「天皇教」を信じていた。
  ・ 米国人は「マネー至上主義」を信じていた。
 どちらも、変に歪んだものを信じていたから、正しいものを選択できなかったのだ。



  【 追記 】

 では、どうすればよかったのか? そのことを示そう。簡単に言えば、こうだ。
 「自分の頭で考えよ」

 (1) 日本
 日本人は、「天皇教」から離れるべきだった。洗脳されずに、自分の頭で考えるべきだった。政府が「天皇陛下のために!」と唱えても、「ふん、逆だろ、国民のためだろ」と思えばよかった。とにかく、自分の頭で考えるべきだった。

 (2) 米国
 米国人は、「マネー主義」から離れるべきだった。政府が「自由のため」と唱えても、「ふん、その自由はアメリカ人の金儲けの自由だろう、アジア人の自由じゃないんだろう、ただのエゴだろう」と思えばよかった。とにかく、自分の頭で考えるべきだった。

 以上、いずれにせよ、「自分の頭で考える」ことが大事だ。そして、そうすれば、「戦争をする」「大虐殺をする」ということが、いかに馬鹿げたことかがわかる。
 たとえば、当時の日本人にも、反戦主義の人々はいた。また、当時の米国でも、東京大空襲に反対した高官はいた。
( Wikipedia 「東京大空襲」によると、「前任者は高高度からの軍事目標への精密爆撃にこだわった故に解任されている」とのことだ。)

 ──

 では、「自分の頭で考える」ことで、それで解決するか? 
 実は、それは、必要条件ではあるが、十分条件ではない。十分条件になるためには、次のことがさらに必要だ。
 「自分の頭で考える、ということのできる人が、大半を占める」
 つまり、少数の人だけがまともな判断力を持っていても、そのことは社会的には有効にならない。民主主義の社会では、大半の人々が正常化しない限り、社会は正常化されない。一部の人だけが覚醒していても、不十分なのだ。
 そして、それゆえ、マスコミの役割は過大になる。マスコミは、社会を洗脳することもできるし、社会を洗脳から覚醒させることもできる。刃物のようなものだ。使い方しだいで、良くも悪くもなる。

 ──

 こうして、過去の問題は、現在につながる。
 あの戦争のときの問題は、本質的には、次のことだった。
  ・ 「自分の頭で考える」ことが、できない人が多かった。
  ・ マスコミは洗脳のために寄与し、覚醒のために寄与しなかった。

 この二点は、現状とまったく同じである。
 そしてまた、この問題は、私もしばしば指摘している。思い出してほしい。
  ・ 「自分の頭で考えよ」
  ・ 「マスコミに洗脳されるな」
 これは私がいつも唱えていることだ。

 ──

 なお、過去と現在では、どう違うか? 次の二点だ。
  ・ 過去の愚かな人々は、戦争に邁進した。
  ・ 現代の愚かな人々は、不況脱出をサボっている。
 どちらにせよ、マイナスから脱出することができず、プラスに入ることができない。蟻地獄から抜け出せないというよりは、愚かな人々があえて蟻地獄に飛び込んでいるありさまだ。しかも、そのことに、自分で気づいていない。
 比喩的に言えば、自分で自分の首を絞めながら、「なぜ自分は苦しいのか?」と首をひねっている状態だ。愚の骨頂。
 この愚かさを指摘し、目を覚まさせるように指摘することも、私がいつも告げていることだ。

 ──

 ともあれ、過去と現在とは、大きく隔たっているわけではない。
 現象そのものは、「戦争」「不況」というふうに、別の現象であるが、その根底には、同じ本質がある。
 「現代はコンピュータの時代だ。昔とは違って新しい時代に突入した。人類はすばらしく進歩した」
 なんて思っている連中が多いが、あまりにもおめでたい。人間の本質は何一つ変わっていない。「自惚れ」「盲信」「無反省」「自己破壊」……こういう愚かさは、何一つ変わっていない。
 違っているのは、何かと言えば、次のことぐらいだろう。
 「昔は戦争で世界を破壊したが、今は温暖化や環境汚染や貴重種絶滅で世界全体を破壊しつつある」
 今の人間の方が、愚かですね。不可逆的な地球破滅的な破壊をなしているのだから。
 地球改造計画ですかね? ガローン!!!!! 

(手塚治虫の漫画「ガロン」では、怪物ロボットが「ガローン」と叫びながら、惑星改造をなして、地球を破滅する。)
posted by 管理人 at 20:26 | Comment(6) | 政治 このエントリーをはてなブックマークに追加 
この記事へのコメント
「南京大虐殺は便衣兵のせい」というのは完全なデマ理論ですよ。
「便衣兵狩り」を理由に虐殺が行われたのは間違いありませんが、本当に南京で便衣兵が組織的活動をしたという証拠はありません(最高司令部が逃げ出してしまったのだから、そんなものの配置や指揮に頭を使う余裕があったはずがない)。日本軍の戦闘報告にも、日本兵の回想にもそれらしいものはなし。あるのは、戦意喪失して命惜しさに軍服を脱ぎ捨てて民間人の振りをした脱走兵がいたというぐらい。戦意などなく、何より武器を捨てていますから、これを便衣兵扱いして殺すのを正当化する理由にはなりません。そして何より、本物の民間人すら識別の努力もせず便衣兵と決めつけて殺害した行為や、投降捕虜(軍服は着ているが武器と戦意は捨てた)を殺害する行為をどうやったら正当化できるんですか?
「便衣兵というのが中国には(一般的に)いた」という理論が通るなら、「日本では『軍民一体』『一億玉砕』というスローガンが政府によって公然と叫ばれ、男は学校や地域で軍事訓練を施され、婦女子でさえ竹槍訓練で『敵兵を見たら即殺す』気概に満ちている。日本上空で撃墜された米軍飛行士が、明らかに軍人でない、民間服の住民に殺害された事例すらある。だから日本人は全員戦闘員だ」理論で無差別爆撃が正当化できないはずがありませんが、いいんですか?
Posted by その理論は都合良すぎます at 2007年08月15日 01:43
本日の記事の後半部でおっしゃっていることはとりあえずわかります(特に異議を挟もうとは思いません)が、前半部に大きく外している(としか思えない)箇所があり、そこに口を挟ませていただきました。南堂さんは「些末な点ばかりにとらわれず、本質を見抜け」という意味のことを繰り返しておられますね。私は、本日の前半部に「本質的に不公平な比較」を見たのです。
私は南堂さんの長年の愛読者であり、毎日のように膝を打っていた人間であり(特にライブドア騒動の『本質』は白眉だったと思います)、だからこそ本日の前半部のような杜撰な点を見過ごせなかったのです。後半部はおおむね賛同します(ただ、継戦能力が尽きたのは、昭和19年中だと思う。6月に航空隊が壊滅し、10月には艦隊も壊滅して、制海権が完全に消えて取り戻す見込みもなくなってたから)。最後に些末な点ですが、皇居も放送局も大本営も中部山岳地帯の山奥の松代に移転する計画だったのご存知でした?
Posted by その理論は都合良すぎます at 2007年08月15日 07:19
正しくは、
「日本が正しい提案をしたとしても、「マネー至上主義」であった米国は、原爆を落とした。」
ではないですか? 日本の対応が悪いから「マネー至上主義」を選択したとは思えません。
これが「しようがない」なのでは?
Posted by Rockwell at 2007年08月15日 08:08
お二方のご指摘は、誤読だと思います。私の趣旨ではありません。(私の書き方がまずかったのかもしれませんが。)

便衣兵は、「だから正しい」と述べているのではありません。そんなことは主張していません。「そういう主張もあるだろうが、その主張はここでは当てはまらない」というふうに述べているだけです。

だいたい、戦争を正当化する主張なんて、私はすべて認めません。「便衣兵ならば殺していい」なんて思ってもいません。本項で述べたのは、「そういう(正当化の)理屈すらも成立しない」ということだけです。

 ──

> 正しくは、
> 「日本が正しい提案をしたとしても、「マネー至上主義」であった米国は、原爆を落とした。」
> 日本の対応が悪いから「マネー至上主義」を選択したとは思えません。

 そうですよ。私はまさしくそのつもりで書きましたが。そう読めませんでしたか? 米国はもともとマネー至上主義だ、というのが私の主張です。

 日本のせいで米国がマネー至上主義になったなんて、明らかに本末転倒でしょう。ありえません。あまりにも馬鹿げている。

 ────

 細かな話では、・・・


> 皇居も放送局も大本営も中部山岳地帯の山奥の松代に移転する計画だった

 そういう計画があるだろう、ということぐらいは推察していました。その上で、次のように結論しました。
「天皇自体がそれを受け入れない。天皇が率先して逃げ出すようなことはしない。それでは国民に対して申し開きができない、と感じた天皇が拒否する」

 天皇は東京大空襲のあとも、最後まで疎開しませんでした。「たとえ死んでも離れない」という覚悟があったのだと思います。
 当時において正常な思考ができたのは、天皇だけだったのかもしれません。皮肉。

 なお、大本営が山岳部に移転するというのは、もはやゲリラ戦です。それは可能ですが、実質的には無効でしょう。「負け犬の遠吠え」に過ぎません。
 なお、放送局は、移転しても、電波を出した時点で、爆撃されます。無意味。
Posted by 管理人 at 2007年08月15日 09:07
最後のあたりに、【 追記 】 を加筆しました。(かなり長い。)
タイムスタンプは、上記。   ↑
Posted by 管理人 at 2007年08月15日 09:10
管理人さまの主旨は理解しています。
が、軽重を無視した列記は、読者に錯覚を起こさせますので、念の為の確認です。 失礼しました。
Posted by Rockwell at 2007年08月15日 12:45
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