◆ ワーキングプア & 古典派の倒錯:  nando ブログ

2007年10月19日

◆ ワーキングプア & 古典派の倒錯

 ワーキングプアの問題の根源を指摘する。この問題は、いかにして起こったか? 
 「狙いは正しかったが、対処が不十分だったから、ワーキングプアという問題が起こった」のではない。
 「あえてワーキングプアの問題を起こそうとしたから、この問題が起こったのだ」と理解するべきだ。
 そして、それは、「現代の経済学が根源的に錯覚している」ということを意味する。

 ──

 まず、しばしば聞かれることだが、次のことがある。
 「ワーキングプアの問題がある。特に、派遣社員は、低賃金だ。この問題を解決するために、賃金などを上げるように、法律で対処するべきだ。すなわち、最低賃金の法定賃金を上昇させるべきだ」
 このような意見は、しばしば見られる。「人間への優しさ」を重視する立場だ。(たとえば、朝日・夕刊・1面コラム 2007-10-18 )
 
 しかしながら、このような対処は、「社会主義経済」と同様である。国が市場に介入するものだ。そして、その結果がいかに悲惨な状況をもたらすかは、次の二つの例からわかる。
  ・ ソ連における社会主義政策の失敗
  ・ ジンバブエにおける価格統制経済の失敗。
   (価格を半減させる政府命令を出したら、商品が売り切れ。
    残りは闇市場に出回る。経済混乱で、経済の大幅縮小。地獄。)
   (読売新聞・朝刊・国際面 2007-10-18 )

 では、どうればいいか? 「間違った状況に対して、それを補償する政策を取る」のではなく、「根源的に間違いを起こさない」という政策を取ればいい。そして、そのためには、「現状は根源的に間違った政策を取っていればいい」と理解すればいい。
 すなわち、われわれは、「間違って首を吊ってしまった」のではなく、「あえて首を吊ろうとして、首を吊っている」のだ。つまり、狙い通りの結果を得ているのだ。ただし、自分が何を狙っているのか、理解できないのである。自分の頭に向かって銃弾を発射しながら、「自分は宝くじに当たろうとしている」と思い込んでいるのである。── これが現状だ。
   ( ※ この比喩は、先に述べたとおり。
        → ワーキングプアの本質(首吊り)
        → 不況対策としての生産性向上 (拳銃)

 ──

 では、「あえて自殺しようとしている」という錯覚とは、どんなことか? それを、本項では説明しよう。

 先に述べたことでは、次のように言える。
 「好況のときになすべきことを、不況のときになしている。つまり、正反対の対処をなしている」
 ( → 不況対策としての生産性向上

 これは、比喩である。では、比喩をはずすと、どうなるか? それを本項の主題である。

 ──

 この錯覚は、次の一言で示せる。
 「市場原理による最適化」
 つまり、「神の見えざる手」である。古典派経済学の金科玉条だ。これが錯覚の本質である。
 では、なぜ、それが錯覚なのか? そのことを説明しよう。

 ──

 古典派の金科玉条としての
 「市場原理による最適化」
 という原理は、次のように言い換えることができる。
 「需給曲線による均衡点で、価格と数量が決定される。そこが最適点である」
 このことは、一般的には、成立する。しかしながら、成立しない場合がある。
 つまり、次の二通りがある。
  ・ 標準的な場合 (需給曲線による最適化が成立する場合)
  ・ 非標準的な場合 (需給曲線による最適化が成立しない場合)


 この二通りは、通常、「均衡/不均衡」という用語で区別される。(前者が均衡、後者が不均衡)

 ──

 では、その両者は、どうして違いが起こるのか? それは、次の図からわかる。

トリオモデル

 この図の右半分は、普通の需給曲線である。(水平線は無視してよい。)
 この図の下半分は、不況のときの需給曲線である。需要が低下しているせいで、均衡点の価格が低下している。

 ここで、古典派は、次のように主張する。
 「価格低下が起こることにより、需給は均衡する。したがって、労働市場では、賃金が低下することで、失業は自然に解決する」
 「労働者は、賃金が低下しても、無職になる(賃金ゼロになる)よりは、マシである。ゆえに、とにかく問題は解決する」

 これは、古典派の主張である。特に、フリードマンの主張そのまんまだ。
 一般に、現代経済学は、この方針で運営されている。経団連もまた同じ。
 「派遣社員の賃金はどんどん低下させよ。それだって、彼らは失業して無賃になるよりはマシだ。餓死するよりはマシだろう。だから、労働者は低賃金を甘受せよ」

 ──

 こうして、次のことがわかった。
 「現代経済学では、需給曲線による最適化、という方針のもとで、労働者の賃金をどんどん下げようとしている。それは、間違ってそうしているのではなく、あえて狙ってそうしているのである。」

 ──

 では、その発想の、どこが間違いなのか? それは、次のことから言える。
 「人間が生きるためには、生きるための最低基準(最低の生活費 ≒ 生活保護費)が必要である。それを割り込んだ低賃金で均衡が実現しても、意味がない」

 これは、需給曲線では、次のように言うことができる。
 「価格には、最適価格がある。賃金には、最低賃金がある。それは、図では、一定の水平線で示される。その水平線を下回る位置では、均衡しても、均衡は無意味なのだ」

 これは「トリオモデル」という語で説明される。
 ( 詳しくは → 経済学の教科書

 ──

 では、以上において、大切なことは、何か? 次のことだ。
 「需給曲線による均衡、という発想では、均衡が実現可能である。それによって、資源の最適配分も可能である。すなわち、ミクロ経済学は、まさしく成立する。」
 「しかしながら、それは、マクロ経済学の理念には適用できない。すなわち、『数量の最適化』ということは実現できない」

 比喩的に言おう。
 (1) 人間が百人いて、食料が百人分ある。このときには、市場原理で価格による調整をすればいい。そうすれば自然に、最適配分ができる。
 (2) 人間が百人いて、食料が80人分ある。このときには、市場原理で価格による調整をしても、無意味である。しょせんは不足が生じる。その不足を解決するには、食料そのものを増やすしかない。いくら競争を激化しても、何の意味もない。むしろ、競争を激化させることで、過剰な競争が起こり、全員が不幸になる。

 要するに、「資源を最適配分する」という理念と、「資源の量を最適化する」という理念とは、別のことなのだ。「パイを最適配分する」ということと、「パイの大きさを最適にする」ということとは、別のことなのだ。
 その別のことを理解しないで、何が何でもミクロ経済学の理念(神の見えざる手)を適用するところに、古典派の根本的な倒錯がある。

 ──

 ここで、話を最初の比喩に戻すためには、次のように考える。
 「市場競争の徹底、という発想は、好況時には有効だが、不況時には有害である。にもかかわらず、不況時にその有害な方法を取ろうとしているのが、現状だ。」
 「ここでは、状況を悪化させる方法を取りながら、状況を好転させると信じている。これはつまり、あえて自殺する方法を取りながら、『幸福になれるぞ』と信じている、ということだ」

 つまりここには、倒錯があるわけだ。そして、その根源には、マクロ経済学に対する無知がある。その無知は、「古典派」という言葉で示される。その本質は、こうだ。
 「マクロ経済学(不均衡の経済学)を理解できないので、ミクロ経済学(均衡の経済学)を、マクロ経済学の分野に、無理やり当てはめる。そのせいで、見当違いの結論を出してしまう」




 以上のことを直感的に理解するには、次の比喩的な説明を読むといい。

 経済学には、次の二通りの立場がある。
  ・ ミクロ経済学 ( 均衡 )
  ・ マクロ経済学 (不均衡)

 この二通りは、まったく異なる。どちらが正しいか、というようなことではなく、まったく別のことなのだ。
 比喩的に言えば、この両者は、X軸 と Y軸 に相当する。
 この両者を理解するには、この両者のなす平面( X-Y 平面)で物事を考えればいい。
 しかるに、古典派は、Y軸 だけで物事を考える。そのせいで、X軸 の発想を理解できない。
  ・ ミクロ経済学 …… Y軸
  ・ マクロ経済学 …… X軸
 で、どうなるか? 
 古典派は、いわば、猪突猛進である。Y軸の前方に向かって、ひたすら直進する。
 しかしながら、その方針では、壁にぶつかることがある。壁を破ろうとしても、破れない。いくら前進しようとしても、前進できない。しかしながら、古典派は、前に進むしか能がないので、ひたすら前進しようとする。
 一方、逆のことを主張する人もいる。社会主義者だ。
 「前に進んでも駄目なら、後ろに進んでみよう」
 しかしこれでは、状況を悪化させるだけだ。前に進んで駄目らからといって、後ろに戻ればいいわけではない。
 しかるに、マクロ経済学者なら、別の方法を知っている。
 「前に進んでも駄目なら、右か左に進んでみよう」
 これは、「方向の転換」であり「方針の転換」である。そして、そのことで、新たな視野が開ける。いったん右または左に移動することで、その先でさらに前進することができるようになる。

    壁 ━━━━━  ━━━━━
         →→→↑

 要するに、「前に進むだけが能じゃない」ということだ。
 しかるに、単細胞の生物は、前に進むことしか知らないのだ。その代表が、「古典派」である。
 ( ※ 「前に進む」= 市場原理 etc. )



 参考となる話を示す。
 下限直線については、前に述べたことがある。
  → 2003年1月05日2003年1月16日
posted by 管理人 at 19:28 | Comment(1) | 経済 このエントリーをはてなブックマークに追加 
この記事へのコメント
NHKスペシャル「ワーキングプアV」が、12/16 (日) 21:15から放送されます。
今回は、海外の状況がメインになるようです。録画と意見投稿の準備をしなくては。

第2弾放送後、上層部 (おおもとは、その筋=ワーキングプアを作り出している側) からの圧力で、第3弾の制作・放送ができないのでは、という情報が流れたため、変に自主規制していない内容だといいですが...

海外の状況からヒントを探すのも必要ですが、日本の状況についても、まだまだ掘り下げる必要があります。

NHKスペシャル ワーキングプア
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/news/3695/1197557565/
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/368/1169404176/54-
http://find.2ch.net/?STR=%A5%EF%A1%BC%A5%AD%A5%F3%A5%B0%A5%D7%A5%A2&COUNT=50
Posted by at 2007年12月14日 17:44
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