◆ 「ガラスの仮面」最終巻の予想:  nando ブログ

2008年01月02日

◆ 「ガラスの仮面」最終巻の予想

 「ガラスの仮面」は、言わずとしれた超有名漫画。
 その最終巻(最終回・完結編)を ありありと予想する。

   【 目次 】
はじめに
ストーリー
解説

 ──

 《 注 》 
この予想は、42巻まで刊行された時点のものです。
      その後に刊行された分では、本項の予想とは食い違いが出ています。
      というか、刊行された 47巻の内容は、予想の 43巻の前半に相当します。
      ( ※ つまり、予想に比べ、圧倒的に遅くなっている。 (^^); )




 《 はじめに 》

  「ガラスの仮面」 は、日本最大の少女漫画であり、手塚治虫の 「火の鳥」 を上回るとさえ言えるほどで、たぶん世界最高の漫画だろう。そこらの小説と比べてみても、はるかに面白い。 「ふたりの王女」 は、そこらの演劇や脚本よりずっとハイレベルだし、 「紅天女」 に至っては、ゲーテやシェークスピアに比肩しうる高みに達している。

 で、その結末を予想するというのは、はっきり言って、野暮である。そんなことをするのは、常識的に考えて、バカのやることであろう。
 しかし、である。作者の執筆ペースは、ここ数年、非常に遅くなっている。42巻(2004年)は、内容はごく稀薄なのに、何と6年を要している。およそ信じがたいことだ。(40〜41巻ならば時間はかかるだろうが。)
 私の予想だと、次のようになる。
  ・ 2004年 … 42巻 
  ・ 2009年 … 43巻 
  ・ 2014年 … 44巻 
  ・ 2020年 … 45巻 
  ・ 2030年 … 46巻 
  ・ 2040年 … 47巻 

 完結時には、著者は 90歳になっている! 
 これは、事実上、完成されないということを意味する。要するに、著者には、完成させる予定はないのだ。
 おそらく、その理由は、 「まだストーリーができていないこと」 にあると思う。
 私の想像では、著者は、40〜41巻というクライマックスを描くことに、全精力を使い果たしてしまった。そのあとは、脱け殻である。だから、何を描いていいのか、わからないのだ。そのせいで、原稿を描いても失敗して、新たに描き直すハメになったりする。(42巻)

 そこで、私が本項を書く意味がある。その意味は、次の三つだ。

 (1) 読者のためには、 「ガラスの仮面」 の将来像を、著者よりもよくわかっていそうな人(私)が、予想する形で示す。(なぜかというと、著者自身が、作品の将来像を見つけられなくなってしまったため。42巻の雑誌掲載版で顕著。)
 (2) 著者のためには、まだわからないで悶々としている 「ガラスの仮面」 のあらすじを、代筆者(原作者ふう)として、かわりに示す。著者の創作力を補足する形で。(脚本家みたいなものです。)
 (3) (2)のことを通じて、 「ガラスの仮面」 の完成時期を、大幅に早める。ストーリーさえ決まれば、あとはスラスラと漫画を描けるはずだ。現状では、2040年に完成することになりそうだが、できれば今から5年後に完成するように、用意をととのえる。


 この三つを目的として、本項を書く。
 とはいえ、これは、あくまで私の勝手だ。
  「偉大なる美内すずえ先生の作品を、勝手に先読み想像するなんて、けしからん。畏れ多い真似はやめよ」
 と思う人は、このあとを読まないでほしい。

 なお、私の先読み想像を見て、 「こいつは作者を侮辱している」 と思う人がいたら、それは、勘違いである。私は、作者を非常に尊敬しているし、作者の大ファンである。また、 「ガラスの仮面」 の大ファンでもある。それゆえ、作品の完成が遅くなるのが惜しいし、また、未完成になるのを、何よりも恐れる。
 本項はあくまで、 「ガラスの仮面」 を完成させることを第一目的とする。そのためには、作者の領域の一部を侵犯するという無礼を犯す真似もする。失礼であるとはわかっているが、 「ガラスの仮面」 を完成させることを第一目的とするためには、やむを得ない。
 そもそも、私は、こんなことをやりたくない。作者の描く漫画を黙って読むのが一番いい。しかしながら、現在のペースでは、とても完成しそうにない。すでに何十年も待たされているし、私が死ぬ方が早いかもしれず、ひょっとしたら、作者が……という可能性がある。
  「ガラスの仮面を完成させること」
 これが何よりも最優先なのだ。多少の無礼は、わかっていてやっているのだが、何とか免じていただきたいとお願いします。




 《 ストーリー 》

  ※ ガラスの仮面の最終巻に至るまでの予想(など)です。

 ● 既刊分 (発売済み)

  ※ 作者本人により、すでにストーリーは決定されています。

  ◇ 41巻 まで
 マヤと速水は、心を伝えあわないまま、愛しあっていた。そしてついに、 「魂のかたわれ」 と感じあいながら、引きつけられる。が、ごく間近まで近づくが、その寸前で、すれ違う。
 その後、マヤは自分の感じたことを告白しようとして、速水のもとに向かう。だがそこで、速水の婚約を知って、茫然自失する。

  ◇ 42巻
 マヤは速水の婚約を知らされて、 「魂のかたわれ」 と感じたことが幻想だと悟る。失恋のあまり、魂の脱け殻となってしまう。すると桜小路が優しくする。マヤは癒されて、元気を取り戻していく。それを知った速水は、嫉妬の火が燃え上がる。マヤとは結ばれないものと思って諦めるつもりでいたのだが、諦めきれない本心に気づく。

 ● 未刊分 (未発売・未発表)

   ※ 本サイトの管理人(南堂)による予想です。

  ◇ 43巻
 前巻でマヤと速水が引き離された。その反動で、いよいよ、マヤと速水はくっつく。(前巻で引き離されたのは、そのあとでいよいよ くっつくための伏線であった。)
 速水はこれまでずっと自分の本心を抑えてきた。しかしとうとう、抑えきれない本心に気がつく。マヤへの思いを抑えきれない。どうしても自分の心に正直に生きたい。

 ただし、だからといって、いきなりマヤにプロポーズするようなことはしない。まず、その前段階として、婚約者の紫織に婚約解消を告げる。
 そのあと、また、すったもんだが起こる。
 (どういうすったもんだかは、作者のアイデアしだい。紫織が自殺しかけて事故に遭うとか。)
 (テレビ版では、紫織が真澄を刺して、紫織が自殺しかけるが、これはありえない。紫織が真澄を刺すということは、紫織の性格からして絶対にありえない。モテモテの令嬢がそんなことをするはずがない。アバズレじゃないんだから。)
 (むしろ、速水が婚約解消しようとして、親父と大喧嘩して勘当される、という可能性が高い。次に示すとおり。)

 
 速水の婚約は、結婚式の日取り(紅天女の試演の直後のころ)もすでに決まっていたし、婚約披露宴を大々的に開いて財界にも告知していた。いまさら婚約破棄などをすることは、とうていできない。もともと速水も婚約破棄をするつもりはなかった。しかるに、とうとう意をひるがえして、婚約破棄を紫織に告げた。紫織の父は激怒して、大都芸能をつぶそうとした。速水の父親は、大都芸能を守るために、速水を勘当して追放した。
 このあと、すべてを失った速水は、マヤに正直に本心を語る。 「愛している。だが今のおれは何もない。ただ一言謝りたい。これまで傷つけて済まなかった。ただ背後から力になりたかった」 。
 マヤは問う。 「紫のバラの人はあなたね」 「そうだ」 「どうして紫のバラをくれたの?」 「いつもきみを見守っていると。そのことを知ってほしかった」 。 「ありがとう。どんなに力づけられたことか」 「あんなものでも役立ったかな?」 「あれがあたしのすべてだった」
 マヤは抱きつき、抱き合って、 「もう離れない」 と思う。 「ついに魂のかたわれに会えた」 と感じる。

  ◇ 44巻
 速水とマヤがそう語りあった場所は、山岳地帯であった。そこに台風が襲いかかる。豪雨。小屋に閉じこもる。
 速水の本心(マヤを愛すること)を聞いたマヤは、紫織と婚約した速水に疑問をぶつける。
  「本心はそうだったの? ではどうして紫織さんと婚約したの?」 「きみのことは諦めていた」 「諦めていた? 愛してくれたんじゃなかったの?」 「愛していたが、きみを愛する資格がないと思っていた。きみの母が死んだことの責任はおれにあるんだ。実は、かくかくしかじか ※ 」 ( ※ 詳細は → Wikipedia 「北島春」
 マヤはそれを聞いて驚くが、速水を慰める。 「だったら別に、あなたのせいじゃない」 「いや、おれのせいだ」 「いいえ。あなたのせいじゃない」
 マヤはそう告げて、速水を許したつもりでいる。だが、実は、ショックが大きい。母はこの人のせいで死んだという思いが、頭から離れない。頭では許せると思うが、心が揺れる。ショックのあまり、つい、ふらふらと外を歩く。
 豪雨のせいで、落石が起こる。マヤは危険にあって、ケガをしそうになる。そこを、速水が助けようとするが、逆に、速水自身が大ケガをしてしまう。
 二人はかろうじて小屋に入る。そのあと、マヤは救助を求めるが、豪雨のせいで無理だ。助けを求める自分が死んでしまいそう。それでも小屋を出ようとするが、速水が止める。 「朝まで待て。約束してくれ。どんなことがあっても」 。やむなく約束。小屋に留まる。
 そのあと、思い出話。 「こんなこともあったわね」 「そうだな」 「あのころからずっと愛していたの」 「自分もだよ。おちびちゃん」 「バカ! おちびちゃんじゃないわ」 「あはは。そうだな。ごめん」
 優しくキスしあう。愛される実感。
 ……
 翌朝、目が覚める。光が差す。 「台風は去った! 下山して、救いに行こう。もう助かる!」  そう思って、速水に話しかける。だが、速水は返答をしない。目覚めない。心臓が止まっている。速水はすでに死んでいた!
 愕然。 「もう離れない」 と思ったときに、愛する人に死なれてしまった!
 速水の安らかな死に顔。生きているかのように優しい顔。

  ◇ 45巻
 マヤは戻ったが、もはやボロボロである。何もできないありさま。浮浪者のようにさまよう。野良犬のように汚くなる。
 しかし桜小路が見つけてくれて、引き戻す。かろうじて練習をするが、まるで気が入らない。 「姫川亜弓の勝利は決定的」 と誰もが思う。
 そこへ月影千草が現れる。マヤを黙って見つめる。マヤは気づくが、口答えする。
  「あたしに真面目にやれって言うんでしょう? でも、無駄です。もう何もやる気はありません。舞台は無意味です。生きていることも無意味です。何もやる気はありません。候補から下ろしてください。紅天女の役は亜弓さんに渡してください。もともとあの人がふさわしいんですから」
  「何を勘違いしているの。私はあなたを元気づけようとなどとは思っていません。やめたければやめなさい。やる気のない人にやってもらおうとは思っていません」
  「では、何のために……」
  「あなたが勘違いしているからですよ」
  「勘違い? 何のこと?」
  「マヤ。あなたは、もはや生きていることが無意味だから、舞台は無意味だという。そこが違うんですよ。生きていることが無意味であればこそ、舞台に生きることに意味があるんです」
  「え……?」
  「あなたは速水さんを愛していたのね?」
  「え……はい」
  「もしあなたと速水さんが、ともに楽しく生きているのであれば、あなたは地上で楽しく生きていればいい。あえて舞台に生きる必要はない。でもね。あなたは速水さんを失った。だから、あなたはもう、舞台の上に生きる以外、真に生きることはできないんです。あなたが本当に生きるための場所は、舞台の上だけなんですよ」
  「え……なぜ?」
  「なぜ? それはね、あの舞台をごらんなさい」
 マヤは舞台を見た。しかしそこには何もない。
  「何も見えませんけど」
  「そう。それは、あなたの心が死んでいるから。でもね。あなたの心が生き返れば、舞台の上に、あなたの生きる場所が生じる。なぜなら……そこには、あなたの求める人がいるはずだから」
 マヤは舞台を見つめる。マヤの顔のアップ。大きな瞳。

  ◇ 46巻 《 最終巻 》
 マヤは舞台に立つ。 「ここにいるとき、紫のバラの人が、いつも見守ってくれた。ここいれば、今もきっと見守ってくれる」
 やる気になって、練習で演じる。演じながら、思い出す。彼の優しさ。彼への憧れ。愛する喜び。愛されない悲しみ。それでも愛する充実。
 紅天女の練習場面が続く。
  「わかる。紅天女の言葉が。気持ちが。……月影先生の言った言葉もわかる」
 人々は感嘆する。 「まるで今までのマヤとは別人みたいだ」 「紅天女が乗り移ったみたいだ」
 月影は見守りながら思う。 「マヤ。あなたは苦しんだ。悲しんだ。だからいっそう、紅天女に近づいた。」
 そして昔の恋人であった一蓮のことを思う。 「一蓮。わたしがあなたを愛して力をもらったように、マヤも速水さんを愛して力をもらった。あなたが死んでも私が生きつづけたように、彼が死んでもマヤは生きつづける。愛する人への思いゆえに」

 やがて、紅天女の配役を決めるための試演がなされる。会場は、都市の廃墟。どうしてここが選ばれたかは、作者があれこれと説明する。
 いろいろとダイナミックな演技がなされる。亜弓も名演、マヤも名演。手に汗を握る競争。亜弓は運動神経を駆使し、マヤは演技力で迫る。
 いかにも演劇っぽい高まり。興奮。しかし、 「亜弓の方が上だね」 という評価が大勢。
 そして、クライマックス。亜弓がいかにも名演を演じて、人々は感嘆する。感動の嵐。 「ブラボー」 と声を上げて、大きな拍手。 「マヤさんは、これではとても叶わないね」 という観衆の声。
 マヤもどう演じてよいかわからないまま、舞台に進む。まだ何かをつかめていない感じ。しかし、やがて、演じる前に速水のことを思ううちに、悲しみが込み上げる。そして、愛も込み上げる。ふと、紅天女が乗り移った感じ。そして、ふと気づく。
「悲しみと愛とは同じものなんだ。あの人がいないので悲しい気持ち。あの人がいることに喜びを感じる愛する気持ち。ともに同じことなんだ。愛することは悲しむこと。悲しむことは愛すること。それが紅天女なんだ。」
 マヤの台詞。紅天女の台詞。争いの乱の時代に、天女が人々を哀れむ気持ち。人々をいとおしむ気持ち。その台詞が続く。
 マヤは思う。 「これはあたしの気持ちだ。あの人をいとおしむ。あの人を大切にしたい。あの人が間違った力に呑み込まれるのを救いたい。この世の残虐な荒々しい力を止めたい。たとえ止めがたくとも、愛を差し伸べたい。それはあたしの気持ちそのものだ。」
 紅天女は地上の人々に言葉を語りかける。その優しさは自然の優しさであり、自然の慈しみだ。紅天女の思いが、傷ついた人々をつつみこむ。優しい光のように。優しい風のように。優しい薫りのように。
 マヤの台詞。紅天女の台詞。それが舞台に響く。
 それを聞いていた人々は、そこにまさしく紅天女を見た。マヤと紅天女は一体化していた。人々は言葉を失い、ただ涙を流していた。
 舞台が終わったあとも、誰一人として声を発さなかった。ブラボーという声も拍手もなかった。人々は圧倒されて、茫然自失して、言葉を失い、拍手をすることすら忘れていたのである。マヤが消えたあとでも、人々は今見たのが現実のことであったのか疑われた。舞台にはもはやマヤの姿はなかった。

 マヤが舞台裏に戻ると、月影と出会った。月影が問う。
  「どういう気持ちで演じたの?」 「いえ。別に。……ただ、悲しみと愛とは同じだな、と思って」 「そう。その通り。愛という字は、『かなし』と読むのよ。昔は悲しみと愛とは一つのものだったの。だからこそ紅天女は、あの時代を舞台にしていたのよ」
 マヤは質問する。 「あたし、よくできましたか?」 「そうね。完璧とは言えなかった。特に、技術の面では、まだまだ亜弓さんには劣るしね」 「では、どうすれば……?」 「私が言えることはただ一つ。かなしみを表現なさい、ということ」 「かなしみを……表現する?」 「そう。あなたは かなしみを感じたはず。魂のかたわれをもがれる かなしみを。それを、舞台の上で表現なさい。そのかなしみを表現するとき、そのときには、あなたのなかでは、かたわれ同士だった魂が、一つのものになっている。もっとも悲しむときに、最も愛することができる。それが、舞台でなすべきことです」 「舞台でなすべきこと……って、舞台の上で愛すること?」 「そう。そして、舞台の上で生きること。いい? 役者が真に生きることができるのは、舞台の上なのよ。舞台の上で、あなたは、ふたりの王女にもなれるし、海賊ビアンカにもなれるし、ヘレンケラーにもなれるし、狼少女にもなれる。舞台の上で、あなたは何にもなれる。透明な仮面をかぶって。……舞台の上で、あなたはどんなふうにも生きることができる。舞台の上でこそ、あなたは生きることができるのよ」 「そんなことが……できるんでしょうか」 「できることを、あなたは今日、証明しました。そして、それは、あなたの力だけではない、とわかっているでしょう?」 「速水さん……」 「あの人の心は、あなたのなかに生きているのよ。あなたが真に演じるときだけ、あの人はあなたのなかに生き返るのよ」 「でも、あたし、そんな、とても……」 「もちろん、そうね。あなたにそれをする気がないというのなら、無理にやれとはいいません。でもあなたは、それができるということを示した。とすれば、あとは、あなたがあの人をこれからどれだけ愛するかということにかかっています。あの人を愛し続けるのであれば、あの人は舞台の上に現れる。あの人を愛さなければ、あの人はもうどこにも現れない。どちらにするかは、あなたが決めなさい」
 月影は去る。マヤは思う。 「速水さん……」 。思い出す。 「愛している」 と感じる。 「忘れられない。愛し続ける。舞台の上で」 と誓う。 「あなたがいる限り、私は生きていける。あなたのおかげで。あなたの力で」

 やがて、マヤは呼ばれる。
 紅天女の役の決定の場面。マヤか亜弓か。決定発表のステージ。
 司会者が叫ぶ。 「とうとう決まりました。紅天女は、この方です」 と手を上げる。
 しかし、マヤは何も聞いていない。もうどちらでもいい。紅天女の役がどうなろうとどうでもいい。愛する人のために舞台上に生きる。そのことだけが自分のすべてだ。それ以外はどうでもいい。
 大勢の人々が拍手している。人々が自分を見つめている。姫川亜弓もこちらを向いて拍手している。それが何を意味するのかはわからない。 「あたしにとってすべては、あの人を愛したことだ。そして、これからも、舞台上で、あの人とともに生きることだ。あの人をいかに愛したかを、舞台上で表現することだ。そのために、あたしは生きている。あたしが生きることで、あの人も生きる。あの人を生かすすべは、あたしが演じることだけだ」

 多くの人が駆け寄る。マヤを抱きしめて、祝福する。マヤは抱かれて、もみくちゃにされているが、わけがわからないまま、涙が止まらない。 「そんなに泣くな」 と人々がこづく。
 遠景。舞台を遠くから見守る観衆たち。万雷の拍手。
                                  【 完 】

 ──

  ◇ 47巻 《 エピローグ 》
 すでに完結したあとで、余談を示す。マヤ以外の人々はどうなったか。
  ・ 桜小路は、恋人(舞)と別れ、常にマヤを支える。(月影の付け人ふう。)
  ・ 姫川亜弓は、紅天女は取れなかったが、マヤと並ぶ大女優として成功する。
  ・ 月影は、満足する。 「私が恋人の一連のおかげで得たものを、あの子(マヤ)も恋人から得た。あの子は私のあとを受け継いでくれた。いつでも死ねる」 と思う。
  ・ 速水の父親と月影はやがてどちらも病気が重くなるが、病院で出会って、和解する。父親は 「私が息子を死なせたようなものだ」 と悔いるが、月影が慰める。ともに安らかに息を引き取る。
  ・ 紫織は、速水の会社のような小さな会社の御曹司ではなく、大きな大財閥の御曹司と結婚する。玉の輿結婚。




 《 解説 》
 本項で述べたストーリーは、必然性が非常に高い。微小な差異は別として、 「これ以外にはありえない」 というほど、必然性が高い。
 たとえば、
  ・ 42巻でマヤと速水が引き離されたのは、43巻でくっつくための伏線。
  ・ 43巻でくっついたのは、45巻で決定的に離別する伏線。
  ・ 44巻で離別したのは、 「離別からの回帰」 が愛の核心だから。

 要するに、くっついたり離れたりするのは、大きな振幅で振動しながら、最終的に大きなエネルギーを発揮するためなのだ。ブランコのようなものである。少しずつ振幅を大きくしていった末に、最終的にはブランコからジャンプする。そのためには、何度も振幅を繰り返す必要がある。
 こうして、最終的に、 「愛の本質」 にたどり着く。それこそが主題だからだ。
 しかも、それが、舞台と結合する。そして、舞台おいて愛の本質が示されることこそ、紅天女の本質だ。
 ガラスの仮面とは、愛の本質を舞台を通じて示す作品である。そのために、紅天女という劇中劇が用意された。では、その意味は? 
 紅天女という劇中劇を見ることで、劇中の人物は劇の本質を知る。
 同様に、漫画中の劇を見ることで、漫画を見ている人々は人生の本質を知る。
  ・ 劇中劇(紅天女)→ 漫画世界
  ・ ガラスの仮面  → 現実世界


 漫画の登場人物(マヤなど)は、紅天女の世界を知ることで、漫画のなかで真実を知る。
 ガラスの仮面の読者(われわれ)は、ガラスの仮面の世界を知ることで、現実世界における真実を知る。

 逆に言えば、紅天女の世界は、二重の意味で 「われわれの世界の縮図」 なのである。そこでは人生の真実が最も濃密に凝縮される。そこを垣間見ることで、この世界の真実を示す。……それこそが、作者のなそうとしたことであった。

 あとは、この作品が完成する日が一日も早く来ることを、切に願うばかりだ。何しろ、上記のストーリーは、あくまであらすじにすぎない。作品にはなっていない。作品になるためには、漫画のタッチが必要なのだ。骨だけがあっても、肉がなければ、生命の形にはならない。そして、それ(生命の形にすること)こそが、最も大切なことなのだ。
 
 [ 付記 ]
 なお、先のストーリーでは、わざと書き落としたことがあった。それは、
  「亜弓とマヤの演じる紅天女の演技内容は、どういうものか」
 ということだ。亜弓はどう演じるか。マヤはどう演じるか。……このことは、多くの読者の関心のマトだろう。 「是非とも知りたい」 と思う人が多いだろう。そして、その内容を、私は予想できる。しかし、あえて書かない。
 なぜなら、その予想内容は、完全に当たっているからだ。 「これ以外にはない」 という形で、すでに作品中に伏線が張られている。その伏線を知れば、両者の演技内容もほぼわかるし、どちらが勝つかもわかる。(マヤの勝利。前述。)そして、その理由は、亜弓が全然見当違いの方向に進んでしまったからだ。亜弓は戦う前から敗れている。そのことは、はっきりとわかる。また、そのことから、演技内容も予想がつく。
 しかしながら、その予想を、私はここでは書かない。なぜなら、それを知ってしまったら、作品を読む楽しみがなくなるからだ。前述の 「おおまかなストーリー」 ならば、あらかじめ知っておいても、作品を読む楽しみが消えるわけではない。しかし、演技内容まで知ってしまったら、作品を読む楽しみが消えてしまう。肝心の 「意外さ」 が消えてしまうからだ。
 少し前に、こう述べた。
  「作品になるためには、漫画のタッチが必要なのだ。骨だけがあっても、肉がなければ、生命の形にはならない。そして、それ(生命の形にすること)こそが、最も大切なことなのだ。」
 骨を知るだけなら、どうということもない。しかし、肉についてまでいくらか知ってしまったら、あとで初めて知るときの感動が消えてしまう。だからこそ、本項では、演技内容については書かない。
 とはいえ、はっきりとしていることがある。こうだ。
  「作者はすでに、最終巻における『演技内容』を構想済みである」
 このことは確かだ。私が予想できることからしても、確かだ。しかるに、 「『演技内容』を構想済みである」 としても、演技内容以外の人間関係のストーリーが、まだできていないと思える。
 実際、雑誌掲載版では、(ストーリーが思いつきのせいで)とんでもない方向に迷走してしまう。たとえば、紫織の自殺未遂やら、亜弓の失明やら。( 「ええっ。ありえなーい」 と叫びたいですね。ま、作者も、あとになって馬鹿馬鹿しさに気づいたのだろうが。)
 というわけで、迷走している作者のために、本項では 「あるべきストーリー」 を示したわけだ。その目的は、最初に述べたとおり、 「ガラスの仮面を完成させること」 である。(何しろ、作者自身が、本来のストーリーを知らないようなので。)
 なお、私としては、あくまで作者を補助するのが目的であり、読者へ 「結末を教える」 ことは目的ではない。だから、演技内容については、わかっていても、あえて書かない。そこのところは、ご斟酌いただきたい。


        


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(この項目はガラスの仮面の最終回を予想するものです。)
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