◆ ジェネリック薬はなぜ安いか?:  nando ブログ

2008年05月25日

◆ ジェネリック薬はなぜ安いか?

 ジェネリック薬(後発薬・ゾロ薬)は、なぜ安いのか?
 「先発薬は、研究開発費などのコストがかさむから、高くなる」
 という説があるが、この説はまったくの間違いである。

 ──

 「ジェネリック薬(後発薬・ゾロ薬)は、なぜ安いのか?」
 という疑問について、
 「先発薬は、研究開発費などのコストがかさむから高い」

 という説がある。ネット上にもあふれているし、マスコミ上にもある。典型的な記事は、朝日新聞にある。(朝日・週末 be 緑色版・ s5面 2008-05-25 )
 その趣旨は、すぐ上に述べたとおりだが、この説はまったくの間違いである。つまり、「先発薬は研究開発費などのコストがかさむから高い」ということは、成立しない。そのことを示す。

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 まず、コストとは、次のことだ。
  ・ 先発薬 …… 研究開発費、承認獲得費、販売促進費(MRの費用)
  ・ ジェネリック薬 …… それらの費用が不要。


 しかし、これはまったく正しくない。話の本質をずらしてしまっている。
 比喩的に言うと、こうだ。
 「夏の木陰と冬の日向は、どちらが暑いか? もちろん、冬の日向だ。その理由は、木陰よりも日向が暑いからだ」
 もちろん、この理屈は正しくない。ここでは、「夏か冬か」という時期の違いが決定的なのであって、「木陰か日向か」ということは非本質的な違いだからだ。
 そして、このような「木陰か日向か」という非本質的な違いが、「どちらのコストがかかるか」ということだ。コストはあくまで非本質的である。

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 話を戻して、説明しよう。
 先発薬には、コストはかかる。ただし、それは、特許切れまでの期間だけだ。一方、特許切れ後には、もはやコストはかからないのだ。なぜなら、研究開発費や承認獲得費は、特許切れの時点までに、すでに減価償却されているからだ。(さらに言えば、工場の設備費用も減価償却されている。)
( ※ 「減価償却」という概念が理解できなければ、別途、勉強してほしい。)

 たとえば、商品販売後の 10年間、特許が有効だとしよう。その10年間のあいだに、研究開発費や承認獲得費を償却する。その間は、研究開発費や承認獲得費が上乗せされるので、薬価は高い。とにかく、こうして 10年間、コストゆえに価格は高くなる。(そのことは上述の説で説明される。)
 しかし、である。いったんその 10年が過ぎてしまえば、もはや研究開発費や承認獲得費は償却されているので、それらはもはやコストとはならない。(むしろ、工場の設備費用も減価償却されているので、設備コストがない分、ジェネリック薬よりもコストは低い。)

 要するに、「研究開発費や承認獲得費がかかるから」というのは、嘘である。その説は、「特許切れまでの価格が高い理由」にはなるが、「特許切れ後にも先発薬がジェネリック薬よりも高い理由」にはならないのだ。

( ※ 上述の説では、比べるものを間違えて、比べてしまっている。「夏の木陰と冬の日向は、どちらが暑いか?」というような、見当違いの比較だ。どうせ比べるのならば、同一条件で比べなくてはならない。そして、同一条件で比べれば、「先発薬にはコストはかかっていない」とわかるはずだ。)


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 では、先発薬は、コストが低いのに、なぜ価格が高いのか? 特許切れまで価格が高いのは当然だが、なぜ、特許切れ後も価格が高いのか? 
 そのことは、経済学を勉強すれば、簡単にわかる。こうだ。
 「市場価格は、コストによって決まるのではなく、市場の需給で決まる」

 
 わかりやすく言えば、こうだ。
 「コストが低い商品でも、市場の人気が高ければ、価格は高い」
 たとえば、ブランド品がそうだ。「ハローキティ」などのマークがつくと、高めの価格で売ることができる。ここでは、コストがどうのこうのというより、市場の人気が高いかどうかで、高めの価格になる。つまり、
 「売れる物は高い」
 ということだ。逆に言えば、こうだ。
 「放っておいても高く売れる物を、わざわざ安く売るバカはいない」

 
 これが本当の理由だ。いわば「ブランド効果」である。それは、性能がいいとかどうとかいうより、長年をかけて築き上げた「信頼性」だ。人々はその信頼性のために高めの価格を払う。「効くかどうか確実ではないがちょっと安い」という薬よりは、「ちょっと高めでも確実に効く」という薬を使いたがる。
( ※ 実際、先発薬とジェネリック薬とでは、微妙な差が結構あることが知られている。詳しくはネットで調べるといい。なお、この「差」とは、品質の良し悪しではなく、品質[薬効]の安定性のことだ。医師は先発薬についてはどういう品質か熟知している。だから、安心ないし安定性のために、先発薬を指定することがかなり多い。……そして、これが「ブランド効果」というものだ。)

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 以上をまとめると、こうなる。
 ジェネリック薬はなぜ安いか? 実は、ジェネリック薬は、安くはない。ただし先発薬は異常に高い。だから相対的にジェネリック薬が安く見える。それだけのことだ。
 ではなぜ、先発薬は異常に高いのか? それは、「コストが高いから価格が高い」のではなく、「高く売れるから高く売る」だけのことだ。
 ここでは、価格に占める割合のうち、コスト(原価率)が高いのではなく、儲け(収益率)が高いのだ。
 似た例で言えば、マイクロソフトの Windows が高いのは、やたらと高い開発費がかかっているからではなく、マイクロソフトの収益率が異常に高いからだ。単にボロ儲けをしているだけだ。これを見て、「優秀な製品には多額の開発費がかかるからです」などと解説するのは、マイクロソフトの宣伝係だけで十分だ。
 ジェネリック薬についても同様だ。「先発薬は、研究開発費などのコストがかさむから高い」という説は、先発薬の宣伝係だけに任せておけばいい。実際には、そんなコストはとっくに回収済みなのだから。


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 さて。話が面白くなるのは、ここからだ。
 まず、次の発想がある。
 「先発薬の会社は、暴利をむさぼっている。原価の低い薬を、高く売って、ボロ儲けしている。あまりにも高利益だ。それは、社会の富を搾(しぼ)り取ることだ。けしからん。そのボロ儲けを阻止しよう」

 
 この発想は、人々の喝采を浴びるだろう。しかし、いかにも共産主義丸出しの発想だ。自民党側の政府が、そんなことを言うわけにはいかない。そこで、こう語る。
 「ジェネリック薬の利用を増やせば、薬価が低下する。それは社会全体にとって利益となる。ゆえに、ジェネリック薬の使用を増やそう」


 もう少し正確に言えば、こうだ。
 「先発薬は、コストがかさんでいるわけでもないのに、価格が異常に高い。ならば、その価格を引き下げるべきだが、先発薬はそうしない。ならば、ジェネリック薬を多く使うべきだ。ジェネリック薬を多く使えば、社会全体で薬価のための費用を抑制できる」


 これはいかにももっともだ。そして、その説に従って、政府は方針を決めた。
 「原則として先発薬に限らずジェネリック薬をも使えるように」と。

( ※ 具体的に言うと、処方箋で変更について「無指定」の場合、従来は先発薬限定だったが、今後はジェネリック薬も可となる。詳しくは → Wikipedia

 しかし、である。このような発想は、意外なことに、実は正しくないのだ。そのことを以下で示す。

 ──

 まず、理屈を述べる前に、そのような政策でどうなるかを、シミュレーションしてみよう。特に、極端な場合を考える。こうだ。
 「ジェネリック薬の使用が劇的に増えて、先発薬の使用が劇的に減った。そのせいで、社会の薬価の負担は、3割ぐらい低下した。国民の医療保険料における薬価負担の金額が減ったので、医療保険料や薬代などが総計で2割ぐらい低下した。財政的には、かなり改善した」
 「その一方で、先発薬のメーカーには利益が入らないので、先発薬のメーカーはほとんど消えてしまった。あるのは従来の薬ばかり。新薬はまったく開発されなくなった。開発しようにも、開発するべき新薬メーカーが消滅してしまったからだ」
 「あるとき、エイズのような新病が出現した。社会では死者が大量に出現したが、もはや対応する新薬は開発されない(できない)ので、死者が出ても、指をくわえて眺めているばかりだった」
 「ところが外国では、新薬が開発されていた。人々は命が惜しいので、莫大な金を払って、外国メーカーの新薬を購入した。『命あっての物種』とつぶやきながら、さんざん稼いだ金を外国メーカーに献上した。」
 「こうして、医薬品では途上国の日本は、外国に生殺与奪の権を握られたまま、莫大な富を毎年多額に献上するハメになった。あるとき、中国や米国が『おれたちの属国になれ。さもないと、薬を与えてやらないぞ』と脅迫したが、対抗するすべがないので、やむなく、属国になることを承諾した」


 ──

 以上の話から、教訓を得られる。それは、こうだ。
 「研究開発には金がかかる。そのための金を惜しめば、研究開発ができなくなるので、かえって損をするハメになる。研究開発費の1万円を惜しめば、その1万円を節約できるが、命を救う大切な薬を1万円で買うこともできなくなる。逆に、外国から『それを 10万円で売ってやる』と言われても、唯々諾々として承諾するしかない。……何事であれ、途上国の国民は、富を先進国に収奪されるものだ。医療の分野でも同じ。研究開発費を惜しんで、目先の1万円を惜しめば、あとで 10万円を失う。あるいは、命を失う」


 わかりやすく言おう。
 社会全体でジェネリック薬の利用が増えれば、たしかに、薬価の負担は減る。その分、現在の利益は増える。だが、同時に、新薬開発の資金が減る。そのせいで、新薬開発の速度が鈍り、将来的には画期的な新薬が開発されにくくなる。今現在では1万円を得ることができるが、将来で 10万円以上の損失を阻止する能力を失う。


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 以上で、結論はわかった。ただ、物事の本質を知りたい人のために、根源を明かしておこう。どうしてこうなるのか? そのことは、経済学に分析できる。

 実は、ジェネリック薬と先発薬とは、比較対象にならない。両者はまったく別のものだ。「どちらが安いか」「どちらが高いか?」というような質問は、まるきり無効である。それはいわば、「社長のベンツと、山手線の電車の車両は、どちらが高いか?」と問うようなものだ。ここでは、購入者が違うのだから、比較にはならない。しょせん比較するようなものではないのだ。
 ジェネリック薬と先発薬もまた、比較対象にならない。というのは、両者は、市場が異なるからだ。

  ・ ジェネリック薬 ……
   特許切れ以後/ライバルあり/市場競争あり/製造コストで価格決定
  ・ 先発薬 ……
   特許切れ以前/ライバルなし/市場競争なし/開発コストで価格決定

 このような違いがある。だが、より本質的なのは、次の違いだ。
  ・ ジェネリック薬 ……
   現在の商品の製造コストによって価格が決まる。
  ・ 先発薬 ……
   将来の薬品の開発コストによって価格が決まる。

 これを簡単に言えば、こうなる。
 「ジェネリック薬メーカーと、新薬メーカーとでは、ビジネスモデルが異なる」

 これはとても重要なことだ。

( ※ わかりやすく言おう。ジェネリック薬と先発薬は、薬の種類が違うというより、会社が違う。それはつまり、ビジネスモデルが違う、ということだ。個々の利用者は「成分や薬効はどう違うか」というふうに薬の違いを気にするが、国全体ではジェネリック薬メーカーと先発薬メーカーとを選択していることになる。個々の利用者がジェネリック薬ばかりを選択していれば、ジェネリック薬メーカーばかりが残り、先発薬メーカーは消滅しかねない。最終的には、日本にはジェネリック薬メーカーだけが残り、先発薬は欧米からの輸入だけに頼るようになる。)

 ──

 ジェネリック薬のメーカーは、現在の商品の製造コストによって価格を決める。ここでは「薬効はどうか」というようなことは関係しない。開発費も関係しない。
 先発薬のメーカーは、現在の商品の製造コストよりも、将来の薬品の開発コストによって価格を決める。ここでは、重要なことがある。次のことだ。
 「将来の薬品の開発コストのほとんどすべては無駄に消える」


 なぜか? 先発薬開発の成功率はきわめて低いからだ。0.1%とか何とか、そのくらいのレベルだ。
 とはいえ、そのような低頻度であっても、とにかく稀に画期的な薬が誕生する。だから、人類の歴史上では、次々と新薬が開発されてきた。そのおかげで、現在のわれわれは恩恵をこうむっている。

 つまり、新薬メーカーは、たしかに暴利をむさぼっているのだが、その暴利は、自社のぜいたく三昧のために遣われているのではなく、将来の新薬開発のために費やされている。現代の人々は、莫大な富を奪われているのだが、誰に奪われているのかと言うと、新薬メーカーに奪われているのではなく、将来の自分たちに奪われているのだ。
 そして、「奪われる」ということは、「与える」ということでもある。比喩的に言おう。あなたは自分の子供に金を「与える」が、これを「奪われる」というふうに見なすと、「子供に金を与えるのはイヤだ」と思うようになり、子供は餓死する。同様に、「未来の自分たちに金を奪われるのはイヤだ」と思えば、「未来の自分たちに金を与えるのはイヤだ」と思うことになり、未来の自分はひどい目に遭う。
 そして、このことに気づかない人々が、「金を奪われるのはいやだ、金を節約したい」と言い出す。そのせいで、社会全体で、新薬開発の投資が減る。かくて、日本全体としてみれば、開発費の負担が減る。そのせいで、新薬開発の能力が衰えて、将来的には新薬を得られなくなる。

 以上をまとめて比喩的に言えば、こうだ。
 「ジェネリック薬を増やして、先発薬を減らすと、ジェネリック薬のメーカーが増えて、新薬開発のメーカーが縮小する。結果的に、現在では小幅の利益を得るが、将来では多大な損失が発生する。……これはつまり、タコが自分の足を食べて喜ぶ、ということだ」


 今さえよければそれでいいのさ、と考えて、目先の富を追うものの末路。……野垂れ死にですかね。



 【 蛇足 】
 
 以後は、小学生向きの解説。
 わかりやすく説明しよう。すぐ上の比喩で言いたいことは、次のことだ。

  ・ 安い薬ばかりを使って、開発をしないと → 死亡率が現状維持
  ・ 新薬メーカーを通じて開発支援をすると → 将来の死亡率が低下

 
 前者は、目先の利益を追う愚者。今は金を得て、喜ぶ。あとは悲惨。
 後者は、長期的な進歩を狙う賢者。

 で、現在の日本は、どちらの方針を取っているか? ……これは言わずもがなだろう。

 ( ※ ついでだが、過去の日本は賢明だった。「目先の医療費を減らそう」とは思わなかった。だから、過去の日本の遺産として、現在では多大な新薬を得ることができる。過去の賢明なる人々の遺産の上に、現在のわれわれの幸福や生存は成立する。……しかし現代のわれわれは、それほど賢明ではないのだ。来年の収穫よりは、目先の種イモを食い尽くしてしまえ、と考える人々ばかり。)


  【 予想 】
 馬鹿な日本についての予想。
 将来的には、新薬メーカーの収益が悪化して、新薬メーカーが次々に撤退する。日本から新薬メーカーがどんどん消えていく。
 それを見て、政府はあわてて、新薬メーカーならぬ新薬開発公団(非効率な半官半民会社)に、補助金を与える。その補助金は、5000億円程度。しかるに、ジェネリック薬による国民の利益は、2000億円程度。差し引きして、3000億円の赤字。
 「だったら最初から何もしないでいた方がよかったじゃないか」
 という声が渦巻く。しかし、今や、後の祭りである。本四架橋・東京湾横断道路・石原銀行と同じことで、お祭り騒ぎのあとには莫大な赤字。これが本当の「後の祭り」。

( ※ 教訓。「こうすれば儲かりますよ」といううまい話には、必ず落とし穴がある。欲張りな人ほど、それに引っかかる。……童話を読み返しましょう。人生で学ぶべきことはたいてい幼稚園にあります。  (^^); )



  【 追記 】
 あとで考え直すと、本項で述べたことは、全面的に正しいとは言えない。なぜなら、次のことがあるからだ。
 「新薬は、少なくとも特許期間の間は、保護されている」
 とすれば、本項で述べたことは、
 「新薬への特許保護をなくせ」
 ということへの批判にはなっている(特許権の大切さを訴えている)が、
 「特許切れ後の先発薬の高価さをなくせ」
 ということへの批判にはなっていない(特許切れ後の権利保護などことさら必要ない)からだ。
 ま、論理的には、その通り。とはいえ、本項で述べたことが、まったくの間違いというわけでもない。
 結論から言えば、次のようになるだろう。
 「特許切れ後の収益の減少は、現実に存在する。とすれば、そのあとは、次のいずれかでしかない。
  ・ 収益低下による開発力の低下
  ・ 特許期間中における新薬の値上げ
 このいずれかだ。そして、そのいずれも、現実に起こるだろう。」

 ま、当然の話である。どこかで暴利をむさぼってぜいたくをしている人がいるわけではない。とすれば、利益を得れば、どこかで損をするしかない。
 「目先の富を追えば、別のところで損をする」
 ということは、厳然として成立するのだ。なぜなら、金が天から降ってくることはないからだ。



 【 補足 】
 本項の趣旨は誤解されかねないので、注釈しておこう。
 「あとでひどいことになるだろう」
 という趣旨の予想を記したが、これを「科学的な予想だ」とは受け止めないでほしい。これはただのイヤミである。現実には、そうはなるまい。
 現実にどうなるかというと、たぶん、ほとんど何も変わらないだろう。その意味は、二通り。
  ・ 特に悪くはならない。特許期間中の薬価は上がるだろうが、
   全体としてみれば、新薬メーカーが倒産することもあるまい。
  ・ 良くもならない。「ジェネリック薬で国民負担が大幅に減る」
   というような予想は成立しない。

 要するに、部分的な変動はあるだろうが、あくまでも枠の変動にすぎない。パイの切り方を変えるようなものであって、パイの大きさそのものを変えるようなことにはならない。国民の損得を見ても、損も得もあるまい。
 では何が言いたいか? 「たいして変わらない」「損も得もない」ということだ。逆に言えば、こうだ。
 「ジェネリック薬で国民負担が大幅に減る、という人々の発想は成立しない」
 「ジェネリック薬ならば先発薬よりもコストの負担がない、ということはない」

 つまり、「人々の発想は間違っている」と言いたいのだ。

 このことは、次のように比喩的に言える。
 「右手で得があり、左手で損があるときに、右手だけを見て『得をした』と思っても、それは錯覚にすぎない」

 あなたの両手に百円玉がひとつずつ乗っている。そのうち、左の百円玉を右手に移すと、右手の百円玉がひとつ増える。それを見て、あなたは「百円玉が増えた、大儲けだ」と喜ぶ。しかし、そんなのは、錯覚だ。右手で増えて、左手で減っているなら、総計では損得なしだ。
 だから、そのことに気づくべし。……というのが、本項の趣旨だ。要するに、本項が言いたいことは、ジェネリック薬そのものではなくて、ジェネリック薬をめぐって人々が錯覚していることを話題にしながら、そのような錯覚を正したいわけだ。── それが本項の意図だ。

( ※ だからこそ、あれこれと、長々と説明してきたわけだ。ただの医薬の問題であるならば、こんなふうに長々と説明する必要はない。簡単に結論だけを記せばいい。……とはいえ、人々の発想法の間違いを指摘するには、人々の発想の根源をくつがえす必要がある。だから、長々と説明するハメになる。)

 
posted by 管理人 at 20:46 | Comment(2) | 一般 このエントリーをはてなブックマークに追加 
この記事へのコメント
薬価の決め方については、Wikipedia の「薬価」を参照。簡単に言えば、次の通り。

患者が払うときの「薬価」は国の公定価格で決まるが、薬局が製薬会社から買うときの「薬価」は市場価格で決まる。後者が一年遅れぐらいで前者に反映される。
Posted by 管理人 at 2008年05月28日 17:40
薬に頼らないで、本来人間が持っている自然治癒力と自己免疫機能を信じて、少しのことで医者にかからない事が全体の医療費抑制につながるのではないでしょうか。今の医者は薬に頼りすぎてるし、患者も薬に頼りすぎている。薬剤師は医者より薬の知識があるのだから、処方薬を渡すときに患者に主作用・副作用についてしっかりとした説明をする義務があるのに、ほとんどの薬剤師はそれをやっていない事にも問題がある。
Posted by kurebayashi at 2015年11月29日 17:29
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