空洞化とIT化が進みつつある。では、どうすればいいか?
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空洞化とIT化が進みつつある。これは次のように認識できる。
IT化が進むことで、産業構造が変わりつつある。
・ IT分野の産業が伸びていく。
・ 各産業において熟練労働者が不要になっていく。
前者は、あまり問題ではない。IT産業が伸びていくと、その分、旧来の産業は減っていくのだが、旧来の産業が劣化していくわけではなく、単に需要が変化していくことの盛衰があるだけだからだ。たとえば、フィルム産業が縮退して、デジカメ産業が隆盛していくが、これは時代の流れというものだ。栄枯盛衰はあるが、その時流に従う産業が伸びて、従わない産業は縮んでいく。それだけのことだ。企業が滅びても、人が滅びるわけではないから、それはそれで仕方ない。黙って受容するしかない。
後者は、いくらか問題がある。熟練労働者には、次の二通りがある。
・ 機械職人などの現場の職人
・ 設計技術者などの高度な知的作業の技術者
いずれにせよ、コンピュータ制御の加工機械や、コンピュータソフトの設計ソフト(CAD)などが非常に進歩したおかげで、経験のない初級者でさえ、かつては熟練技術社にしかできなかったような高度なことができるようになる。たとえば、エンジンの設計は、かつては 10年以上の経験者でないと設計できなかったのに、今ではソフトがどんどん修正点を教えてくれるので、今では初級技術者でも熟練技術社のように容易に設計ができるようになっているという。( → 朝日新聞・朝刊・特集面 2011-12-24。入交昭一郎の言葉。)
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以上のように、産業分野でも、個別の労働者レベルでも、IT化が進むことで、産業が大幅に変化しつつある。変化に乗り切れない会社や人材は、需給の変化について行けなくなり、ミスマッチが起こりやすくなる。倒産や失業などの問題が避けられない。
IT化には、倒産や失業が必然的に付随するのだ。
特に、熟練技術が必要なくなると、途上国の企業や人材でも大丈夫だ、ということになるので、先進国の企業や労働者は不要になってくる。先進国の仕事が途上国に奪われてしまう。このことは空洞化をもたらすだろう。
つまり、
IT化 → 産業が途上国へ移転 → 先進国の産業が空洞化
と傾向は必然的だ。この問題を、どうすればいいか?
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以上は、問題提起だ。これについての解答を、以下で示す。
この問題は、ミクロ経済学の発想では、解決できない。しかしマクロ経済学の発想では、解決できる。
(1) ミクロ的には?
ミクロ経済学の発想では、需要は一定だ(需要曲線は変化しない)という前提がある。この前提のもとで、供給状態を最適化させよとする。そのための方法としては、
「何もしないのがいい」(自由放任で市場原理に任せる)
というのが、最適化の方法となる。ま、これは、間違いではない。確かに、政府としては、何もしないのが最適だろう。ただし、それだったら、経済学そのものが不要だ。ここでは、「経済学は、自己の不要性を証明してしまった」という、倒錯的な結果が出てしまう。
比喩的に言えば、こうだ。
「風邪を引いたので、治してもらうために、医者にかかった。そうしたら、医者はこう言った。『風邪を治すために最適の方法は、何もしないことです。あなたが風邪を治したければ、医者にかからなければいい』」
ほとんどジョークだ。しかし、間違いではない。……ただ、経済学的には間違いではないが、個々の企業では「どうやったらいいか教えてくれ」と言いたくなるだろう。それに答えるなら、こうだ。
「個々の企業がどうするかは、経済学の問題ではない。個々の企業ごとに、個別に診断を受けてくれ。それには、経営コンサルタントなどに頼むといい」
ま、こんなところです。ともあれ、個別の経営は、経済学の扱うことではない。
(2) マクロ的には?
マクロ経済学の発想では、需要は変化する。その意味は、こうだ。
「空洞化にともなって、国外の産業が伸びていく。それにともなって、国内の産業は縮んでいく。だからといって、世界的に需要が縮むわけではない。国外の産業が伸びれば、国外の所得が増えるので、国外の需要も増えるのだ」
ここでは、
生産(供給) = 所得 = 需要
という等式(三面等価の原則)が、国外について成立する。
ならば、国外で増えた需要を吸収すれば、国内の需要を食われる分を、補うことができる。
簡単に言えば、こうだ。
「IT化にともなって、海外の企業に国内市場を食われてしまうが、その分、海外の需要が増えていく(所得増加に伴う需要増加がある)。だから、その海外で増えた需要に応じれば、国内の需要不足を補える」
具体的に言おう。ある種の部品の生産を考える。これまでは熟練労働者のいる国内企業が有利だったのに、IT化の進展によって、海外の初級技術者の作る製品でも、ほぼ同等の品質で安価に生産できるようになった。そのせいで、国内企業のシェアは奪われてしまい、熟練労働者も国内企業も、倒産の危機に瀕した。では、どうするか?
大丈夫だ。そんなこともあろうかと。その優秀な技術でしか作れないような、新たな需要部門を見つけておいた。それは、国内では需要は小さいが、世界全体を見渡せば、需要は大きい。特に、近年では、インドや中国などの新興国で、その需要が伸びている。新興国に日本の需要を食われたら、こちらが逆に新興国の需要を食ってしまえばいいのだ。新興国が伸びれば伸びるほど、その市場もまた急速に延びていく。その市場を食っていけば、国内のシェアを奪われたことの影響は帳消しにできる。いや、それどころか、いっそう伸びていくことができる。災い転じて福となす、だ。
では、このようなことは、できるか? できる企業と、できない企業がある。できる企業は新興国に進出して、どんどん伸びていく。できない企業は、国内に留まって、どんどん縮んでいく。……そういう違いが起こる。しかし、それだけだ。 ( ¶ )
結論。
「優勝劣敗」という市場原理は、これまでは国内だけで起こった。しかし今後は、世界レベルで起こる。それがグローバル化の時代の原理だ。
そして、国内だけを見れば、「IT化で空洞化が起こる!」と大騒ぎする結果になるだろう。だが、世界全体を見れば、時代の流れに乗った企業が伸びて、時代の流れに乗れなかった企業が縮むだけだ。
企業がなすべきことは、「国内市場が途上国に食い荒らされる!」と騒ぐことではなく、「海外に出て国外の市場を食ってやろう」と努力することだ。そうすれば、特に問題はない。
[ 付記 ]
問題があるとすれば、ただ一つ、関税だけだ。日本企業に対してだけ、差別的な関税が課せられることがある。それは、日本だけが TPP に参加していない場合だ。FTA でもそうだが、「日本企業だけに関税が課せられる」ということが、結構ある。実際、欧州市場では、韓国も他国も特に関税が課せられないのに、日本企業ばかりが5%の関税を課せられる。(ま、他に、同様の関税を課せられる国もあるが。主要国では、日本だけだ。)
企業がいくら努力しても、関税の問題だけはいかんともしがたい。これへの解決策はただ一つ。日本を捨てることだ。実際、東レなどの企業は、工場を韓国に移転している。そうすれば「日本製品への関税」を免れるからだ。
ここまで理解すれば、TPP への参加が、日本にとってどれほど大切か、わかるだろう。もし参加しなければ、日本は国内の零細農家を守ることができるが、日本全体の工業分野の仕事をいくらか失ってしまうのである。そのせいで被害が甚大になる。
保護論者は「国内の農業労働を守れ」と叫ぶが、そのことは、「国内の工業労働を失う」ということを意味する。……ここに気づかないと、日本は滅びへの道をたどる。
中野ナントカみたいな TPP 否定論者は、日本を滅ぼそうとしている亡国の徒なのだ。
【 関連サイト 】
→ NECトーキン という会社の斜陽化
一流だった会社が、時代の変化に乗り切れず、大幅に縮小していく。
とはいえ、日本中の企業がこうなるわけじゃない。「駄目な会社はこうなる」という一例にすぎない。変化のなかでは、駄目な会社はどんどん縮小していく。
( ※ 上記の ¶ を参照。)
一方、日産自動車みたいに、新興国の需要を食うことで、急激に伸びていく会社もある。日産(ルノーを含む)は、いつのまにか世界第三位となり、トヨタを上回る世界企業になってしまった。
→ 読売新聞
2012年01月31日
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