「教育では思考力を養うことが大事だ」
という趣旨の朝日・社説があった。( → 朝日のサイト )( 2008-01-07 )
この社説について論評しながら、「思考力を養う教育とは何か」を論じる。
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まずは、朝日の社説を取り上げよう。原文は上記のリンクにあるとおり。
ここでざっと趣旨を述べれば、「思考力を養うことが大事だ」というふうに書いてある。
引用:
「第一に、正解を先回りして教えない。(正解を先に教えると、その時点で思考が止まってしまう。)
次に、他人と競わせないことだ。(下の子はやる気をなくし、上の子は自分が優秀だと思いこむ。)」
なるほど、言っていること自体は、非の付けどころがない。しかし、である。ここには、重要なことが欠けている。画竜点睛を欠くというよりは、肝心のものが何もない。
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「思考力を養うことが大事だ」というのは、ただの題目だ。
しかし、こんな題目だけなら、ここ40年ぐらい、ずっと言われている。高度成長期までなら、「廃墟から立ち直ること」が目標だったが、その後は、「創造的建設」が目的となった。そこでは、「思考力・創造力が大事だ」と言われてきた。
つまり、40年も同じことが言われてきた。それでいて、今また同じ題目を繰り返す。
バカじゃなかろうか? 同じことを繰り返すだけなら、テープレコーダーがあればいい。(この比喩、時代遅れですかね? ボイスチャージャー?)
話が逸れたが、要するに、こうだ。
朝日の社説は、同じ題目を何十年も唱えるだけだ。そこでは、思考停止状態になっている。「思考力を養うことが大事だ」という正解だけを知って、その正解を繰り返し語るだけだ。それ以上の思考がまったくできていない。「思考力を養うことが大事だ」という言葉は、自分にこそ向けられるべきだろう。わかっていないようだが。
朝日に思考力があれば、こうわかるはずだ。
「40年もずっと同じことが言われているのは、なぜか? なぜ、ちっとも解決しないのか?」
こういう疑問を立てるべきだ。そして、その上で、その疑問に対する解答を出すべきだ。
では、解答は? 読者も、自分なりに考えてみてほしい。
※ 私の考えを、以下に示す。ただし、いきなり読む前に、あらかじめ自分でも考えてほしい。
[ 補説 ]
「思考力を養うことが大事だ」という結論なら、言われなくても、誰だってわかっている。だから、そんな結論を、いちいち言う必要はない。誰もが知っていることを、いちいち言う必要はないのだ。(「自分だけは正解を知っている」と言うつもりで、威張って社説に書くまでもない。誰だって知っているのだから。)
問題は、その結論ではない。その結論を実現するにはどうすればいいか、ということだ。「どうすれば、思考力を養うような教育ができるのか?」
いきなり私なりの解答を言えば、こうだ。
「思考力を養うような教科書を使う」
つまり、今の教科書は、「正解を覚える」という教科書だから、そういう教科書を全面的に変更して、「素材を利用して自分で考える」というタイプの教科書に書き改める。
一般に、教師は自発的に教育を構築することはできず、教科書に基づいて教育するだけだ。とすれば、教科書を全面改定することこそ、最優先の課題となる。
そしてまた、教科書を利用して、生徒に考えさせるための指導書(教師用のアンチョコ?)も、たくさん用意しておくべきだ。実例集ふうに。
では、それで十分か? いや、十分ではない。そういう教科書があるとしても、そういう教科書を教師が消化するのは、容易ではない。というのは、教師は忙しすぎるからだ。特に、小学校の教師は、全教科を自分で教えるから、とても負担が大きい。したがって、小学校に置いても、中学校のように、教科別担任制にする必要があるだろう。……これは、教科が難しいのを解決するためではなくて、単に教師の(教育準備の)負担を減らすためだ。
実は、「理科」についてだけは、この方針が実現することが決まっている。ただし、「理科」だけである。あれこれやると、「予算」がかかりすぎるせいらしい。
ここまで考えてくると、最大の根源がわかる。それは、「予算不足」である。とにかく、金がない。金がないから、すし詰め教室で、過労教師が、ひいひい言いながら教えることになる。……こういう状況を解決しない限り、根本的な問題は解決しない。
現状では、政府の方針は、「思考力の重視」ではなくて、「予算の削減」だ。教育でもそうだし、NHKでもそうだ。「質の向上」ではなく、「予算の削減」が最優先となる。そのせいで、「質の劣化」が起こっても、放置される。
そして、「予算の削減」は、やむをえないことでもある。なぜなら、日本中がワーキングプアの状況で、ひどい状況なのだから。
とすれば、根源の根源がわかる。それは、「経済失政」だ。ここにすべての根源がある。経済そのものがまともにならない限り、教育であれ何であれ、すべてはメチャクチャになるのだ。
例。 iPS細胞という画期的な医療技術が日本で開発された。しかし日本政府はこの医療技術を開発しない。
→ 予算の必要性。米国では数千億円の予算支出。
→ 日本ではたったの 20億円程度。
こういうふうに、必要な金を出さない。そのせいで、技術開発に後れを取り、せっかくの日本初の技術は、ほとんどすべてが米国のものになってしまう。(特許権などで。)
この医療技術は、将来的には莫大な産業になることが予想されるが、それはすべて米国の会社に牛耳られることになる。ITでマイクロソフトや Google に牛耳られれ手莫大な金を奪われるように、医療技術でも同様のことが起こる。違いは何かというと、その技術を開発した人が日本人だ、ということだ。すべては日本のものになるはずだったのだが、必要な金を惜しむせいで、すべてを奪われてしまう。
では、なぜ? 金がない、金がない、と惜しんでいるせいで、必要な金さえも出せなくなる。貧すれば鈍す。
結局、経済の失敗が、さらに悪循環を生むので、われわれは未来の大量の富をも失う結果となる。
ここには、経済の失敗が根源としてある。では、その経済について、朝日はどう考えているか? 次項で示す。
→ 朝日の経済判断
2008年01月07日
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